第108話「石の家が建った。昼寝場所が増えた」
壁が、立っている。
木ではない。灰色の石と、鈍く光る金属の骨。大人の背丈の二倍はある壁に、小さな窓が二つ。屋根はまだ木だが、壁の重厚さが全体の印象を別物にしている。
ガロンが最後の石をはめ込んだ瞬間、集落じゅうに歓声が湧いた。
……ああ、やっとか。
正直、長かった。基礎を固めて、石を積んで、金属の骨組みで補強して。ガロンとドスが汗だくになって石を運び、ニーナが仕上げの精度にこだわり、カイが人員をまとめ、フィーネの木材が要所を支え。
全部が噛み合って、ようやく一棟。
「できた……できたぞ!」
カイが拳を突き上げた。周りの住民たちも口々に歓声を上げている。
「すげえ、石の壁だ!」
「頑丈そう……!」
「賢者さまが、またやってくださった!」
いや、俺はほとんど寝てたんだが。設計図を描いて、工程を最適化して、あとはガロンたちに任せてた。ほぼ昼寝してた。
「ガハハ! どうだ、見たか!」
ガロンが巨大ハンマーを地面に突き立て、胸を張る。赤い髭が汗で湿って、額のゴーグルが曇っている。小柄な体の全身から、職人の誇りが溢れていた。
「ドワーフの石工を舐めるなよ。この壁、ちょっとやそっとじゃ崩れん」
カイが完成した壁を見上げ、ごくりと唾を飲んだ。
「ガロン……お前、すげえな。本当にすげえ」
「当たり前だ!」
ガロンは豪快に笑ったあと、ふっと表情を引き締めた。
「……だが、まだ足りん」
小さく呟いた声は、歓声に紛れてほとんど誰にも聞こえなかった。
でも俺には聞こえた。ガロンの視線が、完成したばかりの壁の継ぎ目を辿っている。太い指が握るハンマーの柄を、無意識に撫でていた。
……俺は「これで充分」で止まれる人間なんだが。
住民たちが石の壁に触れている。恐る恐る手を伸ばし、冷たい表面を撫でて、目を丸くしている。
「硬い……! 木とは全然違う」
「雨が降っても平気なのか、これ」
そりゃそうだ。石だからな。
ただ、実際どれくらい持つのかは気になった。せっかく建てたのにすぐ壊れましたじゃ、また作り直す羽目になる。
それだけは勘弁してくれ。
【効率化】を完成した建物に向ける。
頭の中に、澄んだ声が響いた。
『この構造──石材と金属骨組みの組み合わせにより、木造の十倍以上の耐久性を確保。修繕不要期間、およそ三十年。耐荷重は現行木造の八倍。風雨・積雪への耐候性も極めて高い』
三十年。
三十年、修繕しなくていい。
……最高か。
三十年間、壁が壊れたとか屋根が漏るとか言われずに済む。三十年間、昼寝を邪魔されない。これだけで石造りにした甲斐がある。
「おい人間、何をにやけておる」
「いや、三十年修繕不要だってよ」
「ほう?」
ガロンが片眉を上げた。
「ドワーフの石造りなら五十年は持つがな」
「いや充分だろ三十年で」
「甘い。五十年を目指さんでどうする」
……この職人、向上心の塊かよ。俺は三十年で充分なんだが。
西日が石壁を照らしている。灰色だった表面が、夕陽を受けてほんのり橙に染まっていた。石の中に混じった金属の粒が、きらきらと光を返す。
そこへルナがやってきた。完成した壁に顔を近づけ、くんくんと鼻を鳴らす。銀色の耳がぴこぴこと動いている。
「この石……安心する匂いがする」
「匂い?」
「うん。みんなを守ってくれる匂い。土の匂いと、ガロンさんの汗の匂いと、金属のあったかい匂いが混ざってて……なんだろ、おうちの匂い」
守ってくれる匂い、か。
獣人の嗅覚は、堅牢さを匂いで感じ取るらしい。数字で「三十年」と言われるより、ルナの「安心する匂い」のほうが、なんだかしっくりくる。
「ガロンさん、すごいね! ありがとう!」
「ガハハ、嬢ちゃんにそう言われると悪い気はせんな!」
ガロンが赤い顔で髭を撫でた。照れてやがる。
歓声が収まらないうちに、住民たちが集まってきた。
「賢者さま! 次はうちの家も石造りにしてもらえませんか!」
「俺んとこもだ! 木の家、この前の嵐でまた壁が歪んだんだ!」
「賢者さまの新しい奇跡だ……! ドワーフまで味方につけて……!」
奇跡じゃない。ガロンの腕と、俺のスキルと、みんなの労働の成果だ。
……いや、それよりも。
「仕事が増えた」
俺はそう呟いて、深いため息をついた。一棟建てたら全員が石の家を欲しがる。当たり前だけど、当たり前に面倒くさい。
夕方。歓声が落ち着いた頃、建設現場の隅で小さな出来事があった。
「あの……ガロンさん」
カルルだ。精密作業班の班長。器用だが気の弱い男で、いつも目が泳いでいる。
「俺にも、石の扱いを教えてもらえませんか」
ガロンが振り返った。ハンマーを肩に担いだまま、カルルを上から下まで見る。
いや、ガロンのほうが小さいから下から上か。
「お前、手先は器用か?」
「木の細工なら……その、まあまあ」
「石は木とは違うぞ。硬い。重い。一発間違えたら割れる。やり直しがきかん」
カルルが唾を飲み込んだ。でも、逃げなかった。
「それでも、やりたいんです。今日、あの壁が立ったのを見て……俺も、あんなものを作れるようになりたいって」
ガロンはしばらく黙っていた。
「……試しに、そこの石を削ってみろ」
カルルが小さな石を手に取り、ガロンから借りたノミで慎重に削り始める。
ゆっくりだ。だが、一削りごとに迷いなく丁寧で、木を扱うときの繊細さが、そのまま石にも出ている。
ガロンの目が細くなった。
「……悪くない」
カルルの肩がぴくりと跳ねる。頬の強張りが解けて、口の端がじわりと持ち上がった。
「じゃ、じゃあ……!」
「明日から来い。ニーナと一緒だ。あいつは細かいことにうるさいが、基本はワシが叩き込む」
ニーナに続いて、二人目の弟子。
ガロンの師匠は「最高の一品は孤独の中から生まれる」と言ったらしい。でもガロンの周りには、もう弟子が二人もいる。
孤独で作れと教わった職人が、人に囲まれて仕事をしている。
さっきの「まだ足りん」と呟いた横顔と、カルルに「悪くない」と言った横顔。
……まあ、俺が口を出すことじゃない。寝よ。
そう思って背を向けかけたとき、視界の端に気になるものが映った。
住民たちは石の家に歓喜している。でも、一人だけ険しい顔をしている奴がいた。
フィーネが、完成した石造りの建物をじっと見つめている。
「……美しくない」
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