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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第6章「地下からの職人」

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第108話「石の家が建った。昼寝場所が増えた」

 壁が、立っている。


 木ではない。灰色の石と、鈍く光る金属の骨。大人の背丈の二倍はある壁に、小さな窓が二つ。屋根はまだ木だが、壁の重厚さが全体の印象を別物にしている。


 ガロンが最後の石をはめ込んだ瞬間、集落じゅうに歓声が湧いた。


 ……ああ、やっとか。


 正直、長かった。基礎を固めて、石を積んで、金属の骨組みで補強して。ガロンとドスが汗だくになって石を運び、ニーナが仕上げの精度にこだわり、カイが人員をまとめ、フィーネの木材が要所を支え。


 全部が噛み合って、ようやく一棟。


「できた……できたぞ!」


 カイが拳を突き上げた。周りの住民たちも口々に歓声を上げている。


「すげえ、石の壁だ!」


「頑丈そう……!」


「賢者さまが、またやってくださった!」


 いや、俺はほとんど寝てたんだが。設計図を描いて、工程を最適化して、あとはガロンたちに任せてた。ほぼ昼寝してた。


「ガハハ! どうだ、見たか!」


 ガロンが巨大ハンマーを地面に突き立て、胸を張る。赤い髭が汗で湿って、額のゴーグルが曇っている。小柄な体の全身から、職人の誇りが溢れていた。


「ドワーフの石工を舐めるなよ。この壁、ちょっとやそっとじゃ崩れん」


 カイが完成した壁を見上げ、ごくりと唾を飲んだ。


「ガロン……お前、すげえな。本当にすげえ」


「当たり前だ!」


 ガロンは豪快に笑ったあと、ふっと表情を引き締めた。


「……だが、まだ足りん」


 小さく呟いた声は、歓声に紛れてほとんど誰にも聞こえなかった。


 でも俺には聞こえた。ガロンの視線が、完成したばかりの壁の継ぎ目を辿っている。太い指が握るハンマーの柄を、無意識に撫でていた。


 ……俺は「これで充分」で止まれる人間なんだが。


 住民たちが石の壁に触れている。恐る恐る手を伸ばし、冷たい表面を撫でて、目を丸くしている。


「硬い……! 木とは全然違う」


「雨が降っても平気なのか、これ」


 そりゃそうだ。石だからな。


 ただ、実際どれくらい持つのかは気になった。せっかく建てたのにすぐ壊れましたじゃ、また作り直す羽目になる。


 それだけは勘弁してくれ。


 【効率化】を完成した建物に向ける。


 頭の中に、澄んだ声が響いた。


『この構造──石材と金属骨組みの組み合わせにより、木造の十倍以上の耐久性を確保。修繕不要期間、およそ三十年。耐荷重は現行木造の八倍。風雨・積雪への耐候性も極めて高い』


 三十年。


 三十年、修繕しなくていい。


 ……最高か。


 三十年間、壁が壊れたとか屋根が漏るとか言われずに済む。三十年間、昼寝を邪魔されない。これだけで石造りにした甲斐がある。


「おい人間、何をにやけておる」


「いや、三十年修繕不要だってよ」


「ほう?」


 ガロンが片眉を上げた。


「ドワーフの石造りなら五十年は持つがな」


「いや充分だろ三十年で」


「甘い。五十年を目指さんでどうする」


 ……この職人、向上心の塊かよ。俺は三十年で充分なんだが。


 西日が石壁を照らしている。灰色だった表面が、夕陽を受けてほんのり橙に染まっていた。石の中に混じった金属の粒が、きらきらと光を返す。


 そこへルナがやってきた。完成した壁に顔を近づけ、くんくんと鼻を鳴らす。銀色の耳がぴこぴこと動いている。


「この石……安心する匂いがする」


「匂い?」


「うん。みんなを守ってくれる匂い。土の匂いと、ガロンさんの汗の匂いと、金属のあったかい匂いが混ざってて……なんだろ、おうちの匂い」


 守ってくれる匂い、か。


 獣人の嗅覚は、堅牢さを匂いで感じ取るらしい。数字で「三十年」と言われるより、ルナの「安心する匂い」のほうが、なんだかしっくりくる。


「ガロンさん、すごいね! ありがとう!」


「ガハハ、嬢ちゃんにそう言われると悪い気はせんな!」


 ガロンが赤い顔で髭を撫でた。照れてやがる。


 歓声が収まらないうちに、住民たちが集まってきた。


「賢者さま! 次はうちの家も石造りにしてもらえませんか!」


「俺んとこもだ! 木の家、この前の嵐でまた壁が歪んだんだ!」


「賢者さまの新しい奇跡だ……! ドワーフまで味方につけて……!」


 奇跡じゃない。ガロンの腕と、俺のスキルと、みんなの労働の成果だ。


 ……いや、それよりも。


「仕事が増えた」


 俺はそう呟いて、深いため息をついた。一棟建てたら全員が石の家を欲しがる。当たり前だけど、当たり前に面倒くさい。


 夕方。歓声が落ち着いた頃、建設現場の隅で小さな出来事があった。


「あの……ガロンさん」


 カルルだ。精密作業班の班長。器用だが気の弱い男で、いつも目が泳いでいる。


「俺にも、石の扱いを教えてもらえませんか」


 ガロンが振り返った。ハンマーを肩に担いだまま、カルルを上から下まで見る。


 いや、ガロンのほうが小さいから下から上か。


「お前、手先は器用か?」


「木の細工なら……その、まあまあ」


「石は木とは違うぞ。硬い。重い。一発間違えたら割れる。やり直しがきかん」


 カルルが唾を飲み込んだ。でも、逃げなかった。


「それでも、やりたいんです。今日、あの壁が立ったのを見て……俺も、あんなものを作れるようになりたいって」


 ガロンはしばらく黙っていた。


「……試しに、そこの石を削ってみろ」


 カルルが小さな石を手に取り、ガロンから借りたノミで慎重に削り始める。


 ゆっくりだ。だが、一削りごとに迷いなく丁寧で、木を扱うときの繊細さが、そのまま石にも出ている。


 ガロンの目が細くなった。


「……悪くない」


 カルルの肩がぴくりと跳ねる。頬の強張りが解けて、口の端がじわりと持ち上がった。


「じゃ、じゃあ……!」


「明日から来い。ニーナと一緒だ。あいつは細かいことにうるさいが、基本はワシが叩き込む」


 ニーナに続いて、二人目の弟子。


 ガロンの師匠は「最高の一品は孤独の中から生まれる」と言ったらしい。でもガロンの周りには、もう弟子が二人もいる。


 孤独で作れと教わった職人が、人に囲まれて仕事をしている。


 さっきの「まだ足りん」と呟いた横顔と、カルルに「悪くない」と言った横顔。


 ……まあ、俺が口を出すことじゃない。寝よ。


 そう思って背を向けかけたとき、視界の端に気になるものが映った。


 住民たちは石の家に歓喜している。でも、一人だけ険しい顔をしている奴がいた。


 フィーネが、完成した石造りの建物をじっと見つめている。


「……美しくない」

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


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