第107話「スキルが勝手に目覚めた。俺は寝ていたかった」
建設現場を見渡した瞬間、世界が変わった。
いつもの【効率化】とは違う。ガロンの【金属加工】、フィーネの【植物操作】、ルナの嗅覚───全部の「動き」が、一枚の図面みたいに見える。
なんだこれ。
朝だった。昨日の基礎工事の疲れがまだ残っていて、正直もう三時間は寝ていたかった。
なのに、目が覚めた途端にこれだ。
視界の端に、淡い青色の線が走っている。
ガロンがハンマーを振り下ろすたびに、金属の温度と硬度が数字じゃなく「色」で見える。赤が強すぎる。あと三度下げれば、隣に積まれた木材との相性が跳ね上がる。
──なんで、そんなことがわかる。
『異種族の技術に接触した回数が一定の閾値を超えた──新たな段階が開いた。複数種族の技術を組み合わせた最適化の提案が可能になった』
頭の奥で、スキルの声がいつもより鮮明に響く。
新たな段階。開いた。
……いや、勝手に開くな。俺は頼んでないぞ。
「ガロン」
気づいたら、口が動いていた。
「おう、なんだ人間。朝っぱらからぼんやりしやがって」
ガロンがハンマーを肩に担いだまま振り返る。朝日を浴びた赤い髭が、金属の火花みたいに光っている。
「その金属、温度を三度下げろ。そうすれば、フィーネの木材と接合しやすくなる」
言い終わってから、口元が強張った。自分の喉から出た声とは思えない。
ガロンの目が大きく見開かれた。ハンマーがわずかに下がる。
「……おい人間。今、何を言った」
「いや、俺もよくわからん。ただ、見えたんだ。金属の温度とフィーネの木材の繊維方向が、今のままだと噛み合わない。三度下げると、ぴったり合う」
ガロンが黙った。
職人の目になっている。俺の顔をじっと見つめた後、ハンマーの先でぐい、と金属を叩いた。温度が下がる。加工し直した金属片を木材に当てる。
こつん、と小さな音。
ぴったりだった。継ぎ目が消えたみたいに、二つの素材が一つになった。
「……なんだこりゃ」
ガロンの声が、低くなった。
「ワシが三日かけて試行錯誤しても見つけられなかった接合条件を、お前は見ただけで言い当てたのか」
「見ただけっていうか……見えちまったんだよ。勝手に」
そこに、フィーネが歩いてきた。手に森から持ってきたばかりの木材を抱えている。
「何を騒いでいますの──」
フィーネの視線が、接合された金属と木材に止まった。
翠の瞳が見開かれる。
「……どういうことですか、これ。この継ぎ目、金属と木がまるで一つの素材のように──」
「ユウトだ」
ガロンが腕を組んだ。赤い髭の奥で、口元がにやりと歪む。
「こいつが、接合の最適条件を一瞬で見抜きやがった」
「一瞬で?」
「ああ。天才か狂人か、どっちだ」
どっちでもない。怠け者だ。
──だが、スキルは止まらなかった。
『金属と石の配合比率──現行では石が過剰。金属の骨組みを二割増やし、石を三割減らすことで強度は維持したまま重量が半減する』
来た。
『木材の繊維方向と金属の接合角度──現在の直交配置では強度の三割を損失している。十五度の傾斜を加えることで最大強度を引き出せる』
まだ来る。
『さらに、フィーネの【植物操作】で木材にマナを循環させた状態で接合すれば──』
「うるさい、一個ずつにしろ」
思わず声に出していた。
ガロンとフィーネが同時にこちらを見る。
「……誰に言ってますの?」
「スキルに」
頭を抱える。
新しい段階に目覚めた、とスキルは言った。複数種族の技術を組み合わせた最適化。確かに、人間の集落の工程だけを見ていた頃とは、明らかに見える範囲が違う。
ガロンの鍛冶、フィーネの植物操作、ルナの嗅覚。三つの種族の技術に触れたことで、何かの条件を満たしたらしい。
便利といえば便利だ。楽になるなら歓迎する。
ただ、情報が多すぎる。こめかみの奥がずきずきする。こんなの、昼寝の邪魔だろ。
「ふん」
ガロンが鼻を鳴らした。だが、その目は笑っている。職人が面白い素材を見つけた時の、あの目だ。
「おい人間。お前の『見えた』を全部試させろ。金属と石の配合比率とか、接合角度とか、言ってたな?」
「……聞こえてたのか」
「耳は良い方だ。で、どうなんだ」
めんどくさい。
だが、ここで断ると、このドワーフは明日も明後日も聞いてくる。それはもっとめんどくさい。
さっさと全部吐き出して、あとは寝る。それが最も効率的だ。
「金属と石の配合比率。今の石が多すぎる。金属の骨組みを二割増やして石を三割減らせ。強度は変わらず、重量は半分になる」
「なに……?」
「木材との接合角度。直角じゃなくて十五度傾けろ。強度が跳ね上がる」
「待て、待て待て待て」
ガロンが目を丸くしたまま、指を折って計算を始めている。
しばらく黙った後、ゴーグルを引き上げて額に乗せた。
「……合っとる。理屈が合っとるぞ、おい。ワシの経験と照らし合わせても、筋が通る。いや、ワシが試したことのない組み合わせだ。こんな発想──」
「スキルが勝手に出した。俺は寝てただけだ」
「寝てただけで天才の域に達するんじゃねえよ!」
フィーネが、静かにこちらを見ていた。
「……あなたのスキル、また変わりましたの」
「変わったっていうか、目覚めたっていうか。三つの種族の技術に触れたのが条件だったらしい」
「三つの種族」
フィーネが呟く。翠の瞳に、複雑な光が揺れた。
それから、ふと西の森の方角に視線を向けた。
「……最近、西の森が気になりますの。何か不吉な気配を感じるというか」
「不吉な気配?」
「いえ──気のせいかもしれません。忘れてくださいまし」
フィーネはそう言って、話を切り上げた。
西の森。何があるんだ。……まあいい。今は考えたくない。
その日はガロンに付き合って、融合提案を片っ端から試した。
金属と石の配合。木材との接合角度。フィーネの【植物操作】でマナを循環させた木材の強度変化。
全部、スキルの提案通りにうまくいった。
ガロンは「信じられん」を十七回言った。数えてしまった。
夜になる。
頭が鉛みたいに重い。新しい段階とやらは、便利だが燃費が悪い。もう寝たい。
──なのに、足が勝手に動いている。
古代遺構の入り口。地下に続く黒い岩盤の階段。
以前来た時は、壁に刻まれた文字が【解析不能】としか表示されなかった。
だが、今日は。
『──部分解読が可能になった。接触した技術体系の増加により、読み取りの精度が向上している』
壁に手を触れる。冷たい石の感触。指先に、かすかにマナの震えを感じる。
淡い光が、文字の輪郭を浮かび上がらせた。
『「融合」──「技術」──もう一語、解読可能──「警告」』
融合。技術。そして──警告。
壁に浮かぶ文字が、ぼんやりと光っている。
……読めたのはそこまでだった。残りはまだぼやけている。
何の警告だ。誰が、誰に向けて書いた。
足元の闇が、少しだけ深くなった気がした。
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