第102話「石で家を建てたら楽になれるらしい」
翌朝、作業場に入ると設計図が広げっぱなしだった。
ガロンが昨夜のうちに全部引っ張り出したらしい。酒瓶が三本転がっている。
「起きたか! おい人間、この図面───天才だぞ、お前!」
……朝からうるさい。
赤髯のドワーフは俺の設計図を並べ、食い入るように一枚一枚を睨んでいた。あの小さな体のどこにそんな体力があるのか、徹夜明けの目はぎらぎらと輝いている。
作業場には木屑と酒の匂いが混ざった、なんとも言えない空気が充満していた。
「ここの柱の組み方、筋がいい。だがな───」
ガロンが太い指で設計図の一点を突く。
「この接合部は甘い。木だけでは荷重を受けきれん。雨が続けば三年で歪む」
……うるさいけど、的確だった。
俺の設計は【効率化】で最短手順を割り出したものだ。構造の理屈は合っている。でも、実際に建てて壊れるまでの経験は、俺にはない。
こいつにはある。
「めんどいけど……確かに、ここは弱い」
「だろう! ワシの目は誤魔化せんぞ!」
ガロンはにやりと笑い、ハンマーの柄で設計図の余白を叩いた。
「なあ人間。木をやめろ。石で建てよう」
石。
それはまあ、考えなかったわけじゃない。木造の修繕が増えてきたのは事実だし、二階建ても木では限界がある。
でも石は重い。加工が面倒だ。運ぶのも面倒だ。何もかも面倒だ。
「石は手間がかかるだろ。俺は楽がしたいんだが」
「手間がかかる? ガハハ! お前、ドワーフの建築を知らんな!」
ガロンが腕を組み、胸を張る。身長百三十センチの胸張りは、まあ、その、迫力というよりは微笑ましい。
だが目だけは真剣だった。
「石は一度組めば百年持つ。修繕はほとんどいらん。つまりな───お前が一番好きな『何もしなくていい時間』が増える」
……百年。
修繕がいらない。
何もしなくていい。
その三つの言葉が、俺の怠惰な魂に突き刺さった。
「……ちょっと待て。本当に百年持つのか?」
「ワシの腕なら持たせてみせる。だが根拠が欲しいなら、お前のあの力───昨日のアレを使え」
昨日見せた【効率化】のことだ。
しゃーない。やるだけやるか。
俺は作業台に置かれた木材の端切れと、ガロンが持参した石のサンプルに手を伸ばした。両方に触れて、意識を集中する。
頭の中に、声が響いた。
『木材──強度は並。荷重に対して十五年から二十年で劣化する。修繕は年に二度。二階建て以上は構造が不安定になる──推奨しない』
続いて、石。
『石材──強度は極めて高い。耐久年数は木造の十二倍以上。修繕は二十年に一度で済む。三階建てまで安定──さらに、この石にはわずかにマナが通っている。強度が通常の石より二割ほど高い』
十二倍。
木造の十二倍の耐久性。
「……おい、ガロン」
「なんだ?」
「石造り、木造の十二倍持つらしいぞ。しかもこの石、マナが通ってるから普通の石より頑丈だ」
ガロンが握っていたハンマーの柄を、がんと作業台に突き立てた。
「十二倍だと!? ワシの見立てでは八倍から十倍だったが……マナか! マナが通った石は別格だとは聞いていたが、ここまでとは!」
興奮したガロンがハンマーを振り回す。危ない。作業場が狭いんだから暴れるな。
「おい人間! この石で建てれば、修繕なんぞほとんどいらんぞ! お前の言う『楽』が手に入る!」
修繕がいらない。雨漏りの度に叩き起こされることもない。
柱の歪みに昼寝を潰されることもない。
……やるか。
「さらに聞いていいか。ガロン、お前の設計修正案───あの接合部を変えるってやつ。ちょっと見せろ」
ガロンが石のサンプルと設計図を使って、接合部の改良案を組み立てる。太い指が意外なほど器用に石を並べ、噛み合わせの形を作っていく。
そこに【効率化】を当てた。
『接合部の改良案──現在の設計より荷重の散らしが三割よくなる。石材同士の噛み合わせで、接着材なしでも自重で固定できる──施工の手順を整えれば、必要な加工は半分で済む』
「加工回数が半分で済むらしい」
「なんだと!? ワシが三日かけて考えた案を、お前は一瞬で改良するのか!」
「俺が改良したんじゃない。お前の案が良かっただけだ。俺はちょっと無駄を削っただけ」
ガロンが唸った。
それから、がははと笑い、俺の背中をばんと叩いた。
「お前、ドワーフじゃないのにものづくりが分かるやつだな!」
……気に入られてしまった。これは楽にならない。
そこへ、カイが駆け込んできた。
「おう、ユウト! 朝から何やってんだ? ガロンの大声が集落じゅうに響いてたぞ」
「石造りの話だ。木造より十二倍長持ちするらしい」
「十二倍!? そりゃすげえ! よし、じゃあまず俺が基礎を掘る! 人手も集めるぞ!」
カイが腕まくりを始める。こいつの行動力は相変わらず速い。速いのはいいんだが、方向が惜しい。
「待て待て。基礎を掘るにも、まず石がいるだろ」
ガロンが太い腕を組んで止めた。
「いい石がなきゃ話にならん。北の山にはあるが……遠い。往復で丸一日はかかる」
「丸一日!? 運搬だけで何日かかるんだよ……」
俺は思わず天を仰いだ。石造りが楽だという話じゃなかったのか。
「もっと近くにないのか? 俺は歩きたくないんだが」
「贅沢言うな! 石は選ぶものだ、場所は選べん!」
カイが横から口を挟む。
「でもガロン、石の運搬って相当大変だろ? 人手はどれくらいいる?」
「ふむ……切り出しに五人、運搬に十人。ワシが加工すれば──」
「それ、今の集落の半分じゃねえか。畑も食堂も回らなくなるぞ」
カイの指摘はもっともだった。こいつ、こういうところは頼りになる。
ガロンが腕を組んで唸る。
「……確かに。人数の問題があるか。ワシは石のことしか考えとらんかった」
まあそうだろうな。職人ってのは自分の仕事には天才だが、段取りは別の話だ。
「とにかく、まずは近くにいい石がないか探すのが先だ」
ガロンが窓の外を見た。北の山脈が霞んで見える。
「この辺りの地質なら……川沿いに岩場があるかもしれん。ワシの鼻───いや、耳が、昨日から何か感じとる」
「感じとる?」
「ドワーフの鉱脈感知だ。地中の石や鉄の気配を感じ取れる。熟練すれば、歩いとるだけで分かるようになる」
……種族能力か。便利だな。俺の【効率化】とはまた違う方向の便利さだ。
「まずは石だ。いい石がなきゃ話にならん」
ガロンはハンマーを肩に担ぎ、北の方角を見据えた。
目は笑っていなかった。職人の目だ。
……俺はただ、楽になりたいだけなんだがな。
お読みいただきありがとうございました!
本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。
【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!
もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!




