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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第6章「地下からの職人」

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第101話「酒臭いドワーフが、設計図に惚れた」

 朝っぱらから酒の匂いがする。


 目の前の小柄な赤髯は、俺の顔をじっと見上げたかと思うと、にやりと笑った。


「おう。お前が噂の設計屋か? ワシはガロン。北の山から来た」


 身長は俺の胸あたりまでしかない。だが、その存在感は妙に重い。赤い髪をした立派な髯。首にかけたゴーグル。背中に括りつけた巨大なハンマーは、どう見ても本人より重そうだ。


 そして、酒臭い。とんでもなく。


「……朝から飲んでたのか、あんた」


「起きたら飲む。それが普通だろう」


 普通じゃない。


 昨夜、集落の入口に突然現れた小柄な影。フィーネが「ドワーフだ」と呟いた時点でどう考えても碌な話じゃないと思っていたが、まさか翌朝に自己紹介から始まるとは思わなかった。


 できれば昼寝してから対応したかった。


「くんくん……」


 隣でルナが鼻をひくつかせている。琥珀色の瞳が、ガロンの全身をくまなく嗅ぎ回っていた。


「ねえ、ユウトさん。この人、鉄と煤と……お酒の匂いがする。あと、山」


「見りゃ分かる」


「ううん、違うの」


 ルナの鼻がすん、と浅く動いた。視線がガロンの手元に落ちる。


「この匂い……ずっとひとりで、なにか作ってた匂い。火と金属と、長い長い夜の匂い」


 ガロンの目が一瞬だけ細くなった。だが、すぐに豪快な笑い声がそれを塗り潰す。


「ガハハ! 鼻のいい嬢ちゃんだな! おう、ワシは鍛冶師よ。北の山でずっと鉄を打ってた」


 北の山。


 ずっと前から聞こえていた、あの金属音の正体か。フィーネが「ドワーフの鍛冶だろう」と言っていたが、こうして本人が目の前にいると妙に腑に落ちる。


「……で、何しに来たんだ?」


「お前の設計図を見に来た。面白い仕掛けを作る人間がいると、風の噂でな」


 風の噂って何だ。山から降りてきたドワーフにまで俺の評判が届いてるのか。


 ……めんどくさい。


「酒はあるか? まず飲もう。話はそれからだ!」


「朝だぞ」


「だから何だ!」


 カイが遠くから「おーい、朝飯まだか!」と叫んでいる。普段通りの朝を過ごしたかっただけなのに、小柄な嵐が一つ、集落に吹き込んできたらしい。


 渋々ガロンを作業場に案内すると、こいつは入った瞬間から目の色を変えた。


 壁に貼ってある設計図。以前【効率化】で描いた建物の構造図や、水路の配置図。俺にとっては「楽をするために描いた落書き」程度のものだが、ガロンは一枚一枚を食い入るように見つめている。


「……おい人間」


「ユウトだ」


「ユウト。この接合部の組み方、どこで学んだ?」


「学んでない。スキルが勝手に」


「スキルだと?」


 面倒な説明は省きたい。が、こいつの目が本気すぎて適当にあしらえる雰囲気でもない。


 仕方なく、ガロンが背負い袋から取り出した石と金属のかけらに【効率化】を向けた。


 手のひらに乗せた瞬間、頭の中に声が響く。


『石材──北方山脈産。マナの含有量が高く、密度は通常の石材の三倍。建築用途に最適。耐久年数は木造の十倍以上──ただし、加工には相応の技術を要する』


 続けて金属のかけら。


『鉄鉱──純度が高い。鍛造に適した組成。この品質であれば、接合金具として木造の弱点を補える』


「……石の方は建築向き。木造の十倍は持つ。金属は純度が高くて、接合金具に使える」


 ガロンの手が、石のかけらを持ったまま止まった。太い指が白くなるほど握り込んでいる。


「お前、ドワーフじゃないのにそれが分かるのか!?」


「だからスキルだって言っただろ」


「ガハハハハ! すごいな! いや、すごい!」


 ガロンが俺の肩をばんばん叩く。小柄なくせに力だけは一丁前だ。痛い。


「ワシが言いたかったのはまさにそれよ! この集落、木造ばかりだろう? 木じゃあ限界がある。だが石なら──」


「石なら楽できるのか?」


「楽? ……まあ、そうだな。一度建てりゃ、修繕の手間は段違いに減る」


 それは魅力的な話だ。


 木造の建物は、雨が降るたびにどこかしら傷む。直すのが面倒で放置すると住民が騒ぐ。騒がれるともっと面倒になる。石で建てれば、その面倒から解放される。


 ……悪くない。いや、かなりいい。


「北の山でも、最近は石の質が変わってきてな」


 ガロンがぽつりと呟いた。


「マナの流れが前と違う。硬い石が柔らかくなったり、逆に脆い石が急に硬くなったり。山が……変わり始めとる」


 気になる話だが、今はそれより目の前の問題だ。石造りの可能性。修繕地獄からの解放。俺の安眠を脅かす木造建築の限界を超える手段。


 作業場の外で、聞き慣れた声がした。


「──ドワーフ」


 フィーネだ。


 長い金髪を朝日に光らせて、切れ長の翠の瞳がガロンを冷ややかに見下ろしている。いや、ガロンの方が背が低いから、物理的にも見下ろしている。


「石と金属の民ですか。森を削るつもりなら、許しませんよ」


「耳長か。お前の森の木、いい匂いがするな」


「……は?」


「昨日通ってきたんだが、あの木は香りがいい。削ったらもっと香るだろうな」


 フィーネの声が一段低くなった。言葉の出だしに、ほんの一瞬だけ間がある。


「削る!? あなた、わたくしの話を聞いていましたか!?」


「聞いてたぞ。だが木の話と石の話は別だろう」


「別ではありません! 環境への影響を──」


「まあまあ飲め! 酒を飲めば分かり合える!」


「朝です!!」


 フィーネの声が上擦り、ガロンは無邪気に笑っている。この組み合わせは、明日も明後日も続くんだろうな。


 ……もう詰んだな。めんどくさい。


 だが、ガロンの持ってきた石のことは気になっている。木造の十倍の耐久。修繕の手間が激減する。それは、俺が昼寝できる時間が増えるということだ。


 ガロンは酒瓶を片手に、にやりと笑った。


「おい人間。明日、お前の設計図を全部見せろ。ワシが本物の建築ってやつを教えてやる」


 ……めんどくさそうだけど、こいつの目だけは本気だった。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励みになります!

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