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働きたくないので効率化していたら、いつの間にか文明ができていました  作者: 猫野ひかる
第5章「森の隣人たち」

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第100話「ヒゲのオッサンが来た」

 村が変わった。

 森から届く高品質の木材で、新しい家が次々と建ち始めている。

 木の香りが風に乗って、朝の空気を満たしていた。



---



 通りを歩くだけで分かる。

 二週間前とは別の場所だ。


 柱の太さが違う。壁板の厚みが違う。マーレンの食堂は壁を一枚ぶち抜いて、隣の空き地まで広がっていた。入口に掲げられた看板は新しい木の色をしている。


「朝ごはん置いてくわよー! あんたたちの分もあるからねー!」


 マーレンの声が通りに響いた。

 食堂の前を通りかかると、大きな鍋から湯気が立ち上っている。香草と木の実を煮込んだ粥のいい匂いだ。


 ……腹は減っているが、今は食堂に入りたくない。

 入ったら最後、住民に捕まる。


「賢者さま、おはようございます!」


 遅かった。


 道を整備していた若い住民が、満面の笑みで近づいてきた。

 その後ろからもう二人。三人。気づけば五人に囲まれている。


「賢者さま、新しい家が素晴らしくて! 木の質が全然違います!」


「森のエルフの方からいい木材を分けていただいて──」


「賢者さまがエルフまで味方に引き入れるとは。もはや怠惰の賢者を超えて、大賢──」


「次の二つ名を言うな」


 俺は全力で遮った。


「絶対にやめろ。これ以上の称号はいらない。俺は楽に暮らしたいだけだ」


 住民たちが顔を見合わせて、感動したような表情をしている。

 その反応がもう駄目だ。


「ユウトさーん! フィーネさん来たよー!」


 ルナが駆けてきた。

 その後ろを、長い金髪のエルフが歩いてくる。背筋が伸びた足取りは優雅だが、視線はあちこち泳いでいる。


「……森の状態を確認しに来ただけです。毎日来るのは監視のためです」


 フィーネが早口で言った。

 耳の先が赤い。


「はいはい。監視な」


「そうです。監視です。人間の集落に興味があるわけでは断じてありません」


「フィーネさん、今日も嬉しいにおいするー」


「嗅がないで!」


 フィーネがルナから距離を取ろうとしたが、ルナの方が速い。いつの間にか隣に並んで、尻尾をぱたぱた振っている。


「匂いを嗅ぐのは……もう、諦めました」


「えへへ」


 二人が並んで歩いていく。

 二週間前に睨み合っていたのが嘘みたいだ。


 ……まあ、平和ならいい。平和なら昼寝ができる。



---



 だが、昼寝の前にやることがある。


 作業場の長机に地図を広げた。

 カイが向かいに座り、フィーネとルナは少し離れた場所に立っている。


「木材の供給は安定した。森との共同管理で、質のいい木が定期的に入ってくる」


「おう。大工連中も腕が鳴るって喜んでるぜ」


 カイが腕を組んだ。

 頼もしい反応だが、俺はそう楽観していない。


 ……現実から目を逸らすと後が怖い。


 地図に手を置いて、【効率化】を発動した。


『現在の木材供給量で建築可能な住居数は最大五十棟。ただし構造強度に限界がある。石材との組み合わせが理想だが、周辺に適した石切り場がない』


 五十棟が天井か。

 今の集落は三十棟弱。あと二十棟は建てられるが──木だけで建てた家には限界がある。二階建ては厳しい。倉庫も、食堂の拡張も、壁の厚みで制約がかかる。


「石がない。木だけじゃ、ここから先の発展に天井がある」


「石か……」


 カイが顎に手を当てた。


「北の山に石切り場があれば、運べなくはないが」


「距離がな。往復で丸一日かかる」


 サボる時間がなくなるのは困る。

 根本的にどうにかしないと、俺の昼寝ライフに響く。


 そのとき──


 ガァン、ガァン。


 遠く、北の山の方から、金属を叩く音が聞こえた。


 リズミカルで力強い。規則正しい間隔で、硬いものが硬いものを打つ音。

 風に乗って、断続的に響いてくる。


 ルナの耳がぴんと立った。


「……この音、知らない。すごく遠いけど、金属のにおいがする」


 ルナの鼻がひくひく動く。

 匂いまで嗅ぎ分けるのか。どういう鼻だ。


 振り返ると、フィーネの顔色が変わっていた。

 翡翠の瞳が見開かれ、北の山を凝視している。



---



「……この音を、わたくしは知っています」


 フィーネの声が硬い。


「山の民の鍛冶の音です」


「山の民?」


 カイが眉を寄せた。


「ドワーフ。北の山脈に住む種族です。金属を鍛え、石を削り、地下に都市を築く民」


 フィーネが北を見つめたまま続けた。


「三千年のあいだ、彼らは山を降りなかった。エルフとの交流も途絶えていました。それが──動き出した」


 三千年。

 エルフの長老が四千歳だから、長老の記憶にすら新しい時代の話だ。


「金属加工の種族なら、石の扱いにも長けているか」


「……ええ。石材、鉱石、金属。地のものを扱わせれば、右に出る者はいません」


 ちょうど石がないと嘆いていたところに、石と金属の専門家がいるわけだ。

 出来すぎている。


 内心でため息をついた。


 ……ドワーフか。次は何だ。ゴブリンか?


 いやそれは勘弁してほしい。



---



 数日後の朝だった。


 ルナが真っ先に気づいた。


「──ユウトさん! 北から誰か来る!」


 耳がぴんと立ち、鼻がひくひく動いている。

 瞳がきらきらしていた。未知の相手への好奇心が隠せていない。


「……鉄のにおい。すごく強い。あと──お酒のにおい」


 朝から酒臭いのか。


 北の山道を見れば、小柄な影が一つ。

 近づくにつれて、輪郭がはっきりしてくる。


 背丈は俺の胸くらい。だが肩幅が広い。逞しいなんてもんじゃない。腕が丸太のように太く、首にはゴーグルをかけている。

 背中に背負ったハンマーは、本人の体に見合わない巨大さだ。


 そして──赤い髯。

 顎から胸まで届く見事な赤髯が、朝の風に揺れていた。


 男は村の入口で足を止め、ぐるりと周囲を見渡した。

 新しい木造の家並み。整備された道。朝靄に煙る集落の全景。


 目が輝いた。


 大声が、村じゅうに響き渡った。


「おい! この辺に面白い設計をする人間がいると聞いたんだが! ガハハハ!」


 笑い声が地面を揺らすかと思った。

 住民が驚いて家から顔を出す。カイが腰の斧に手をかけた。フィーネが眉をひそめている。


 ルナだけが尻尾を振っていた。


「ユウトさん! あの人、すっごくいいにおいする! 鉄と……なんか楽しいにおい!」


 楽しいにおいとは。


 赤髯の男が、こちらに気づいた。

 ずんずんと歩いてくる。一歩が重い。地面が軋む。


「お前か? 木だけでこれだけの村を建てた人間ってのは!」


 至近距離で見ると、さらに酒臭い。

 ゴーグルの奥の瞳は、鍛冶の炎を映したみたいに赤みがかっている。


 ……ヒゲで小柄で酒臭い。


 定番すぎる。


 俺の平穏な昼寝ライフに、また新しいめんどくさいのが来やがった。

お読みいただきありがとうございました!

本人はやる気ゼロですが、周りの環境がどんどん激変していきます。


本日から一旦100話まで【毎日 朝7時・夕方17時】の2回更新で投稿していきます!


もし『この怠惰な主人公、面白いな』と思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援いただけると、執筆の励み(と睡眠時間の確保)になります!

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