第15話 火を纏う舞姫(アミール・コシュランの場合)
「たまには息抜きも必要ですよ、イオリさん」
そう言って、行商人のサーヤ・アイザックに誘われたのは、活気溢れる広場に設置された特設の野外ステージだった。
今日のサーヤは、贈った「沈黙の魔女」を模した怪しいローブではなく、快活な商人風の衣装に身を包んでいる。まあ、例の衣装だと極度のコミュ障を発動して会話にならなくなるので、当然といえば当然なのだが。
彼女の隣で、俺は並んで舞台を眺めていた。
舞台は豪華絢爛というよりは、親しみやすい庶民向けの賑やかな雰囲気だった。客席に着くと、程なくして軽快な楽隊の音楽とともに幕が上がる。舞台に現れたのは、美しい肢体を惜しげもなく晒した踊り子たちだった。
しなやかに、そして艶やかに舞い踊る彼女たちの中でも、ひときわ観客の目を惹きつけたのが……。
「あ! あの方です! アミール・コシュランさん!」
サーヤが指さした先――そこにいたのは、言葉を失うほどの“存在感”を放つ美女だった。
……いや、正確に言おう。
そこにいたのは、圧倒的主張を誇る「おっぱい」だった。
踊り子らしい豊満な肢体。激しい動きに合わせて危うい均衡を保ちながら揺れ動く双丘。露出の多い衣装も相まって、観客の視線は自然とそこへ吸い寄せられている。
舞台照明を浴びて輝く長い黒髪。
深いスリットの入ったドレスから伸びる、均整の取れた四肢。
大胆に開いた胸元。豊満でありながら決して下品ではない、洗練された美しさ。
見る者の視線を絡め取る蠱惑的な笑みを浮かべ、しなやかに舞う姿は、まるで神話の女神のようだった。
その瞬間。
――揺れる巨大な扇子。
――紅と白の鮮烈なコントラスト。
――ポニーテールを振り乱し、蝶のように舞い、蜂のように刺す。
轟!!
脳天から稲妻が突き抜けたような衝撃が走り、俺の視界が真紅に染まった。
(……見えた。この圧倒的な包容力にふさわしい、伝説の衣装が!)
天啓。
「サーヤ……彼女の名前は?」
「え? アミール・コシュランさんですが……。って、ちょっとイオリさん! その目はまた何か良からぬことを考えてますね!?」
隣でサーヤが心底うんざりしたような顔をしているのは気のせいではない。だが、今の俺にそれを気にする余裕など1ミリもなかった。
「サーヤ! 明日、彼女と会う約束を取り付けておいてくれ! 至急だ!」
「ちょっ、話を聞いてください! ここで帰っちゃダメですってば! 舞台もまだ途中ですよ!? 待って、イオリさーん!」
サーヤの懸命の制止も虚しく、俺は半ば放心状態のまま椅子から立ち上がり、出口へ向かって猛然と駆け出した。
ーーー
自慢の工房に飛び込むと同時に、俺は作業台に向かった。
イメージは既に固まっている。
テーマは――「魅惑の炎舞」。
まず、常識をかなぐり捨てた大胆なカッティングを施す。
胸元は帯で締めるだけという、重力への挑戦状のような構造。背中は潔く全てをさらけ出し、腰から下は長いふんどし状の紅い布を前後に垂らすのみ。
だが、これは決して「ただの布」ではない。それ自体が武器であり盾となり得る特殊な布が、しなやかな身体の動きに合わせて、鮮やかな軌跡を描いて翻るのだ。
配色は紅と白を基調とし、金色の刺繍で炎と蝶を描く。秘められた技の発動をサポートするため、火属性の魔力との親和性を極限まで高めた特殊霊性繊維をベースに使用した。
さらに、東方の神秘的な術式を織り込み、どれだけ激しく動いても「大事なところ」が絶対に見えないという物理法則のハッキング――通称「鉄壁の聖域」を付与。
最後に、巨大な扇子を二つ製作。これには火属性の魔力を極限まで圧縮し、ひと振りで業火を呼ぶ術式を刻み込んだ。
「……できた。これこそ、妖艶なる炎の舞姫に贈る、最強の戦闘正装だ」
ーーー
翌日。約束を取り付けたのか、律儀なことにサーヤがアミール・コシュランを連れて工房を訪ねてきた。
「……イオリさん。誘った女性を放り出して帰るなんて、紳士としていかがなものかと思います」
「本当にすまん! 平謝りするしかない!」
サーヤの至極真っ当な、そして刺すような抗議に、俺は最敬礼の勢いで頭を下げた。そんな俺たちのやり取りを見て、アミールはカラカラと笑う。
「ふーん。あなたが噂の変態裁縫師ね。サーヤが面白い男がいるって言うから来てみたけど」
その笑顔には一点の曇りもなく、むしろ挑発的で魅力的だ。俺が差し出した「布面積の極端に少ない何か」を受け取ると、アミールは少し眉を上げたが、好奇心が勝ったのだろう。躊躇なくそれを受け取り、工房の奥にある仮設の更衣スペースへと向かった。
「東方の国の衣装ってこんな感じなの? ちょっとスースーしそうだけど、嫌いじゃないわ。着てみるわね」
意気揚々と着替えに向かった彼女が、数分後、姿を現した。
(……おお!!)
紅と白を基調とし、金色の刺繍で炎と蝶を描いた和洋折衷の装束。長いポニーテールに、大胆に露出した腹部と胸元。それは妖艶さと力強さが絶妙に同居した、神秘的なまでの造形美だった。
俺は思わず、親指を立てて叫んだ。
「いい! 日本一だ!!」
「ニッポンイチ?」
「気にするな! 最高という意味だ!」
俺の雄叫びに、アミールは少し首を傾げる。
「よくわからないけど……でも、不思議ね。すごく身体が軽いわ。力が溢れてくるみたい」
「身体能力のアップはもちろん、『不知火流忍術』が使えるようになる特別な術式を編み込んであるんだ!」
「なんちゃらニンジュツってなに?」
「ああ! 試してみてくれ。まずはこれだ!」
俺は製作した一対の扇を彼女に手渡した。
「それを使って、『花蝶扇』だ!」
「えっと……こう?」
アミールが扇を前方に投げると、それは空中で鮮やかな軌跡を描き、ブーメランのように彼女の手元に戻ってきた。
「わぁ! 凄い! 手品みたいですね、これ」
「使いこなせば、遠距離の敵を牽制することもできる。いいぞ、次は――『龍炎舞』だ!」
アミールが扇子を広げ、駒のようにくるりと一回転して見せる。
すると、彼女の翻る裾を追うように、巨大な炎の尾が渦を巻いて吹き荒れた!
「すごい! 今度は本当に炎が出たわ!」
「これなら『飛翔龍炎陣』や『龍尾天舞』も使いこなせるはずだ! 格闘大会『KOF』に出場しても、優勝間違いなしだぞ!」
「……あのー、イオリさん。一応確認しておきますが、彼女は『踊り子』ですよ?」
サーヤが極低温の視線で突っ込んでくる。
「あなたは彼女の舞台を見ていたはずですよね? なんで格闘大会に出る前提の戦闘服を作ってるんですか?」
「んなことはわかっている! サーヤも知ってるだろ、俺のロマン砲が炸裂しただけだ!」
呆れ顔のサーヤと、俺の勢いに苦笑いするアミール。だが、彼女の反応は意外にも肯定的だった。
「ま、いいんじゃない? 戦闘力云々はともかく、この衣装そのものは面白いわね。すごく動きやすいし、ステージで派手な演出ができそうで楽しそう」
アミールは扇をパチンと閉じ、不敵に微笑んだ。
「せっかくだし、パフォーマンスの一環として使ってみるわ。お客さんのウケも良さそうだしね」
「やったーーーー!!」
俺は嬉しさのあまりその場で小躍りした。アミールも楽しそうに笑い、サーヤは「まったくもう……」と呟きながらも、微かに口角を上げていた。
後日。
炎を纏いながら華麗に舞う「紅の踊り子」の噂は瞬く間に広まり、彼女のステージは常に超満員。熱心なファンが親衛隊を結成するほどの社会現象となった。
だが、彼女が時折、しつこいナンパ客を「ムササビの術」で迎撃し、路地裏へ沈めている事実は――観客たちの知るところではない。
ーーー
【アイテムデータ】
【S級】不知火流・魅惑の演舞服(アミール・コシュラン専用)
素材: 炎龍の絹糸 × 鉄壁の防護魔法 × 必勝の扇子
特徴:
不知火流忍術補正: 装備中、全ステータスが大幅に上昇。火属性の体術および忍術(花蝶扇、龍炎舞など)が自由自在に発現可能になる。
魅惑の残像: 激しい動きに合わせて、敵(観客)を幻惑する特殊な視覚効果を発生。
鉄壁の聖域: どんなに激しく動き、どんなカメラアングルになろうとも、神秘的な光や物理現象によって「絶対に見えてはいけない箇所」を徹底的に保護する。
備考: 観客から「日本一!」と叫ばれると、その熱量を魔力に変換し、攻撃力が1.2倍に上昇する隠し機能付き。




