第14話 神聖なる異能と最強の死霊(ダリス・オノリスの場合)
今日は神殿への納品。俺が『布袋工房』を構えた当初からのお得意様だ。シスターたちの祭服や平服、時には護身用の装備などを仕立てることも多い。
それというのも異世界における神殿は、単なる信仰の対象というだけではない。病気や毒といった状態異常に陥った冒険者を治療したり、その解毒薬や治癒薬を売買したりする医療拠点としての役割も担っている。また、町に入り込んできた死霊や不死者など、一般的な戦士では討伐しづらい邪悪な存在を祓うことも重要な任務だ。高位の神官となると、生命の理を捻じ曲げるかのごとき〈死者蘇生〉といった禁忌にも近い奇跡さえ行使できるという噂もある。
「イオリさん、ご苦労様です。今日も良い服をお持ちいただき感謝いたします」
深みのある、しかしどこか包容力のあるバリトンボイスで挨拶をしてくれたのは、ダリス・オノリス神父だ。
「いえいえ。こちらこそ、いつもご贔屓にありがとうございます」
会釈しながら俺は改めて思った。
神官にしては並外れてガタイが良く、背も高い。その知的な眼差しと落ち着いた振る舞いは聖職者そのものだが、纏っているオーラは凄腕の戦士か、あるいは数多の死線を潜り抜けてきた冒険者のそれだった。もしかしたら僧兵上がりなのかもしれないな……などと、益体もないことを考えていた次の瞬間。
(!!)
――冷徹な観察眼と圧倒的なパワー。
――見えざる暴力と精密さを兼ね備えた最強の「傍観者」。
――そしてその主は、静かに拳を固めるだけだ。
全身を駆け巡る震えと高揚感。
これは間違いなく――
天啓。
「だっ……ダリス神父!! 明日もこちらにいらっしゃいますか!? 少し確かめたいことが!!」
「え? ええ、はい。特に外出の予定はありませんので、一日おりますが……」
「わかりました! 明日また必ず参ります! 必ずです!!」
俺はダリス神父の困惑したような微笑みにも構わず、商品の入った木箱を慌ててシスターに押し付けると、神殿を後にした。
「イオリさん? 一体何事でしょうか?」
背後で誰かが呆れたような声をかけてきた気がしたが、今の俺には全てが遠い世界の出来事だった。
ーーー
自慢の工房に戻るや否や、俺は必要な材料を即座にリストアップし始めた。
今回のテーマは「不滅の精神力」。
メインは、足元まで届く漆黒のロングコート。シンプルかつクラシカルなデザインだが、着用者を選ぶ難易度高めの逸品だ。濃紺色の絹織物を基布に選び、上質な黒羊皮を内側に張って耐久性と身体へのフィット感を追求する。裏地には精神を研ぎ澄ませるための銀糸を織り込み、襟には黄金の鎖――重圧を象徴する、あの象徴的なチェーンをあしらった。特徴的な三つのボタンは、それぞれに異なる特殊な鉱石(ダイヤモンド相当の硬度を持つ星屑鋼)を研磨したものを使い、並の斬撃や魔法ならば容易には砕けないようにした。襟元のV字部分には、氷を思わせる薄青色の刺繍を入れてアクセントをつける。
帽子は後頭部から髪の毛と一体化して見えるよう、特殊な魔法繊維でグラデーションを施した特別製だ。
「召喚陣と術式は……背中に大きく入れるか」
背中の一部を切り裂き、直接肌に触れる位置に精緻な紋様と古代文字で構成される複雑怪奇な魔方陣を刺繍した。着用者の背後から、精神エネルギーを凝縮した霊体を半自律的に発現させるという、もはや神への冒涜に近い禁忌の術式。
「……できた。これこそ、時を止めるほどの威厳だ」
ーーー
翌日。
再び訪れた神殿の礼拝堂。
柔らかな陽光の中で、ダリス神父は書類整理に勤しんでいた。俺の姿に気づくと、穏やかな微笑みとともに席を立つ。
「イオリさん、昨日はどうされたのですか?」
「実は……これを作るために……」
俺は背負ってきた包みを解き、完成品を取り出して神父の前に差し出した。
濃紺の学生服に、同色のロングコートを重ねた意匠。鋭い眼光で睨み、「オラァ!」と叫べば世界を殴り返せそうな迫力を秘めた装束だ。
ダリス神父は少し首を傾げながらも、にこやかな笑みを絶やさず受け取る。
「これは……学園の制服でしょうか? ずいぶんと独特なデザインですね。神殿の法衣としては、少々独創的すぎる気もしますが」
やがて神父が着替えて戻ってきた瞬間――神殿の空気が変わった。
そこに立っていたのは、穏やかな聖職者ではない。静かな怒りを内包した、圧倒的威圧感を放つ“番長”だった。
「いい! 最高だ! 完璧にジ○ジョだ! 空○承○郎だ!!」
狂喜乱舞する俺をよそに、シスターたちは青ざめている。
「神父様があんな服を……?」
「なにか怖いわ……」
「神官がそんな格好、罰当たりです……」
そんな声を無視し、俺は神父へ詰め寄った。
「ダリス神父! スタンドです! 精神エネルギーを背後に具現化させてください!」
「スタンド……精神の形を外に出す、ということですか。……こうでしょうか」
神父が静かに拳を握る。
その瞬間――
制服全体が蒼白い稲妻のような光を帯び、周囲の温度がわずかに下がった錯覚が走る。そして。滲み出るように、輪郭の曖昧な青白い人影が背後に立ち上がった。禍々しくも力強い“死霊”が、仁王立ちで現れたのだ。
「「「キャアアアアア!!!」」」
悲鳴が礼拝堂に響き渡る。一人は腰を抜かし、他の者も怯えながら後退った。
「ふむ……霊魂の一種でしょうか」
神父は冷静に分析する。
目の前にあるのは、設計通りの姿。
獰猛な顔立ちと隆々たる筋肉。だが動きは恐るべき精密さを備える、最強のスタンドそのものだった。
「そうです神父! 圧倒的なパワーと精密動作制御を兼ね備えた究極のレイスです!」
興奮する俺とは対照的に、神父は穏やかな眼差しでレイスを見つめ、やがて静かにこちらを向いた。
「……素晴らしい出来です。しかし、イオリさん」
「はい?」
「私は神官です。死霊やアンデッドを祓う立場にある者が、逆に死霊を従える……しかも“最強”と称して使うのは、いかがなものでしょう」
「えっ……それは……」
「秩序を乱しかねません。倫理的にも、教義にも反します」
淡々と諭すようなダリス神父の口調に、俺はぐぅの音も出なくなった。確かに言われてみればその通りだ。 ダリス神父は俺が言葉を失っているのを見て取ると、苦笑しながらもはっきりと言った。
「イオリさん。気持ちはうれしいですが、死霊を払い、人々を安心させるべき私が使う装備として、これは……いかがなものでしょうか。やれやれ、これでは人々を救う前に、卒倒させてしまいますよ」
やんわりと、しかし帝王のような威厳を持って諭された。
結局、その装備は「神殿の風紀を乱す」という理由で、神殿の最深部にある宝物庫の奥深くで、日の目を見ることなく眠ることとなった。
……だが。
後日、王都の裏路地で。
「黒衣の神父の背後に巨大な死霊が立っていた」
「瞬時にアンデッドを消し飛ばした」
そんな目撃談が密かに広まることになる。
それが真実かどうかは――
また別の話である。
ーーー
【アイテムデータ】
【S級】星の白金の法衣(ダリス・オノリス専用)
素材: 漆黒の魔導強化布 × 星屑鋼製ボタン × 霊体結合糸
特徴:
精神の具現化: 着用者の背後に、圧倒的な破壊力を持つ人型レイスを発現させる。
精密動作補正: 指先の動きから魔力操作まで、あらゆる動作が精密化される。
重圧の連鎖: 装備者の威圧感を増幅し、並の魔物なら視線だけで行動不能にする。
備考: 使い続ければ、いずれ“時間停止”に到達する可能性あり(未確認)。




