File.63「生贄・透過」
◆御角 陽彩 (みかど ひいろ) 15歳(高1)
本作の主人公。運動神経抜群だが能天気。瀕死体験をきっかけにクロッカスを志した。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆桔梗 レエナ (ききょう れえな) 16歳(高2)
本作のメインヒロイン。口数が少なく、感情表現が苦手。陽彩の専属コーチ。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆白百合 結衣 (しらゆり ゆい) 15歳(高1)
人見知りな性格だが、トキシーを前にすると狂戦士化する。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆黒華 苧環 (くろばな おだまき) 15歳(高1)
クロッカス入隊試験首席合格の優等生だが、キザで性格に難あり。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆田中 大葉 (たなか たいよう) 15歳(高1)
クラスの中心人物で、爽やかな好青年。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆牡丹田 朱里 (ぼたんだ あかり) 27歳
厳格な性格で、常に冷静沈着。
戦闘護衛部隊"クロッカス"の総指揮官を務めている。
◆アカツキ
陽彩の相棒である初代ルミナスクロー。かつては牡丹田朱里のパートナーだった。
お嬢様口調で、派手な見た目をしている。
◆翡翠 輝羅 (ひすい きら) 45歳
ヒュドールカンパニー代表取締役社長兼ヒュドール学園理事長。
行方不明の娘・"葛"を探すため、蘭をクロッカスに入隊させた。
◆???
"ボス"と呼ばれる謎の男。
クロッカスを忌み嫌い、人類撲滅計画を企んでいる。
◆クイン
ボスの配下につく、感情を失った少女。
「どうだ?君たちにとっては、この上ない報酬だろう?」
翡翠理事長は活き餌を撒いた漁師の如く、男子生徒一人一人の様子をじっくりと窺い、薄ら笑みを浮かべている。
困惑する者、素直に喜ぶ者……反応は様々だが、俺は込み上げてくる怒りを静かに抑えていた。
そんな中、クラスの中心人物である田中大葉が遠慮がちに右手を挙げる。
「……理事長、質問よろしいでしょうか?」
「ああ、構わんぞ」
大葉はゆっくりと立ち上がると、翡翠理事長に向けて鋭い視線を飛ばした。
「蘭先輩のご意思は尊重されていますか?」
静まり返った教室に、大葉の凛とした声が響き渡る。
大葉はどうやら俺と同じ疑問を脳裏に浮かべていたようだが、理事長という絶対的な権力者を前にして怖気ることなく立ち向かう彼の姿に、俺はひしひしと格差を感じてしまった。
「ほう……?意思、かね」
理解不能な言語を耳にしたかのような表情を見せた翡翠理事長は、大葉を威圧するように詰め寄ると、その冷徹な視線が再び教室全体を支配する。
「彼女らの人生の選択権は、親である吾輩のデータ内に存在する。それに……余所の家庭の事情に首を突っ込むのは、少々悪趣味じゃあるまいか?少年よ」
「……」
感情を一切排した発言に、教室は完全に凍りついた。
大葉も返す言葉が思いつかないのか、視線を床に落としてしまう。
「他に質問は……無いようなら、吾輩はこれにて失礼するぞ」
翡翠理事長は牡丹田に会釈をすると、満足げに教室から去っていった。
俺は男の背中が見えなくなるまで睨み続け、無意識に机を拳で叩く。
「ったく、何なんだよあのおっさんは……!」
「……非道ですわね」
アカツキも目を細めて愚痴をこぼした。
淀んだ空気が流れる中、教室の後方で”あの男”が口火を切る。
「ハハッ☆あのオジチャン、なかなか面白いゲームを提案してくれるじゃないか」
「ゲーム……?黒華お前、何言ってんだ……?」
不可解な発言をした黒華に対し、俺は眉をひそめながら押さえつけていた苛立ちをこぼした。
「別にボクは蘭センパイの伴侶になるつもりはないけど……今後一切働かずに自由に生きることが保証されているんだ。そんな報酬、君たちだって喉から手が出るほど欲しいんじゃないのカナ?」
黒華は翡翠理事長を真似るように薄ら笑みを浮かべ、ざわつく男子生徒を睥睨している。
「だからって、翡翠先輩の人権は――」
「静粛に」
俺が立ち上がろうとした瞬間、牡丹田の矢文が俺たちに割って撃ちこまれた。
俺はその場に静止しながら、物音を立てずに再び腰をかける。
そんな牡丹田の表情は、怒り――というよりは呆れに近かった。
「理事長はああ仰っていたが……君たちはまだ未来ある若者だ。目先の報酬に眩んで本来の目的を忘れてもらっては、こちらも対応に困る」
牡丹田は教卓に両手をつくと、より一層語気を強めつつ俺たちを見渡す。
「まずは一つのチームとして、与えられた任務を確実にこなしてくれたまえ。君たちは人類の命を護る、クロッカスなのだ」
「オーケー☆」
絶対にオーケーではなさそうな黒華の軽薄な返事に、牡丹田は今にも額に筋が入りそうだった。
「……以上でホームルームを終了する」
怒りを露わにする前に、牡丹田は静かに教室を去った。
息苦しかった教室にはようやく活気が戻り、1時間目の選択科目の教室へ続々と移動し始める。
ほとんどの生徒が教室を去り、俺はため息混じりに愚痴をこぼす。
「にしても、あのおっさん……何を企んでんだ……?」
「まあ、ロクでもない人間であることは間違いないですわね」
「そう……だな」
アカツキの辛口な評価に対し、何故だか俺は歯切れの悪い返事をしてしまった。
それは、理事長が翡翠先輩の父親だからなのか、俺自身もよくわからない。
そもそも生きているのかすら分からない葛さんの影を追い続けるストレスは、きっと尋常なものではないのだろう。
そして、生贄同然の扱いを受けている翡翠先輩自身も……
————————————————————◇◆
放課後――
「今日は……トレーニング場か」
桔梗先輩に弟子入りして以降、任務以外の日は桔梗先輩が分単位で考案したトレーニングをこなすことが約束されていた。
非常にありがたいのだが、いかんせん内容が地獄すぎていつも以上に足取りが重い。
だがこれも自分のため、そして人類のためだ。
俺はトレーニング場のキーリーダーにメモリングを当て、扉を解錠する。
「お疲れ様です、桔梗せんぱ――あれっ、白百合さん?」
ひと目でわかる淡い青髪――桔梗先輩の隣では、それ以上に目立つ白髪が一定のリズムで激しく靡いていた。
「御角くん、お疲れ様です」
桔梗先輩の隣でランニングマシンに夢中な白百合は、時間差で俺の存在に気がつき、慌てて顔を覆いながらその場にしゃがみこむ。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!?御角さんっ……!?」
「やあ白百合さん、体調は……大丈夫そうか?明智さんも心配してたぞ」
「あっ、えっと、その……すみませんですっ!と思います……」
白百合は気まずそうに視線を落とした。
俺は誤解を解くために、胸元で両手を左右に何度も振る。
「別に休んだことを責めてるわけじゃないさ。昨日の疲れがまだ残ってるんじゃないかって思って……ここで一体何を?」
「えっと……そのっ……」
白百合が言い淀んでいると、桔梗先輩が口を開いた。
「白百合さんの位置情報が今朝からずっとここにあったので、昼休みに様子を伺いに来ていたんです。そしたら……」
桔梗先輩は白百合に視線を向ける。
「もしかして、一人でずっとトレーニングを?」
隠しても無駄だと察した白百合は、閉ざしていた口をゆっくりと開いた。
「……精鋭部隊に選んでいただいたので、皆さんの足を引っ張りたくなかったんです……ただ、それだけです……」
消え入りそうな声と、虚しく立ち上る汗。
「……こんなことしても、黒百合ちゃんが消えるわけじゃ……ないんですけどね……」
彼女なりに皮肉を言っているつもりだろうが、その虚しい表情を見るたび、俺の奥底に秘める想いが込み上げてくる。
彼女がどれだけの恐怖と孤独の中で日々を過ごしているのか――考えれば考えるほど胸が激しく痛む。
白百合と戦闘パートナーになった以上、俺の果たすべき責務は一つだ。
「白百合さん、俺も特訓に付き合うぜ」
「ええっ?でも……」
白百合は困惑しているが、桔梗先輩も俺に乗じるように俺たちの顔を交互に見つめる。
「そうですね、お二人ならいい勝負になりそうですし」
「んんっ??それってどういう――」
「タイマン!ですわねっ!」
桔梗先輩の不可解な発言を問いただす前に、アカツキが高く飛び上がった。
「はぁっ!?俺と白百合さんが!?」
「むっ、むっ、むむむ無理ですっ……!!」
白百合は俺以上に激しく拒絶をした。
「何を言っているんですか。白百合さんはまだしも、御角くんは何度も私と一戦交えているじゃないですか」
「そうだけど……」
桔梗先輩と戦ったとて、今の俺には勝機がない。
だが黒百合を封印している白百合の実力は、はっきり言って未知数だ。
か弱い女の子に剣先を向けるなど無理な話――それは白百合自身も理解しているはず。
ところが、しばらく思い悩んだ末、白百合は思いもよらぬことを口にする。
「……結衣、やります……!」
「……はっ!?……いいのか?」
俺だけではなく桔梗先輩も僅かに瞳孔を開いた。
それでも、肩が飛び跳ねるほど驚いた俺の瞳を、白百合は真っ直ぐな眼差しで見つめている。
「御角さん、決して手加減はしないでください。黒百合ちゃん抜きでも、結衣は戦えますからっ……!」
彼女の強く握りしめる拳を見て、俺の迷いは消える。
そうだ、白百合は変わろうとしているのだ。
それなら俺は、彼女の覚悟に全力で応えるのが礼儀だ。
「わかった、俺も本気でいかせてもらうぜ」
俺が前向きに同意したことで、桔梗先輩も表情を緩ませた。
「では、位置についてください。既に接近戦の準備は済ませてありますので」
部屋の中心には、接近戦用の機材が設置されている。
いくらなんでも用意周到すぎるぞ……
「さては、最初からこれが狙いだったな……」
「……なにか?」
ボソッと呟いた俺を横目に、桔梗先輩が静かな圧力をかけてくる。
「いいえ……」
俺はアカツキを模造刀に変形させ、所定の位置につく。
白百合も俺の目の前に立つと、胸に手を当て深呼吸をした。
俺は彼女の引き締まった表情を眺めながら、ふと数時間前の牡丹田の発言を想起する。
「人類の命を護る――だもんな」
結果的に彼女を傷つけることになってしまっても、俺は決して後悔してはいけない。
彼女は何度も苦しい場面を乗り越えてきたし、今もこうして真摯に向き合っている。
彼女の成長を妨げることは、俺の成長を妨げることにもなるのだ。
人類の命を護るのがクロッカス――ならばこの戦いは、自身に対するケジメだ。
————————————————————◇◆
某日深夜、東京都・第7コロニー、外縁――
一体の小型トキシーを引き連れた少女――クインがイヤホンに耳を当てる。
「……ボス、指定ポイントに到着いたしました」
『そうか……早速実行フェーズに移れ』
ボスと呼ばれた男の平坦で不気味な声が少女の鼓膜に伝わった。
「……かしこまりました」
少女はトキシーに手の平を乗せ、呪文のようなものを唱える。
「――”ルージュ・トランスミッション”」
その後、少女はトキシーをPシェルターの外壁に近づけた。
本来であれば、トキシーがPシェルターに触れた瞬間に装甲を破壊される仕組みとなっている。
どれだけ高所から攻めても、たとえ地面を掘り進めたとしても、その壁を透過するのは絶対に不可能――ヒュドールカンパニーが開発した世界最高峰の防御システムだ。
ところが、魔法のようなものをかけられたトキシーの装甲は陽炎の如く揺らぎ、まるで空中と水面を行き来するかのようにPシェルターを容易く透過してしまった。
「……ボス、第一段階を成功させました。第二段階へ移行します」
鉄壁のシステムが、砂上の楼閣と化した瞬間――人類の終焉を告げる秒針が、再び音を立て始める。
『ふっ……その調子で頼むぞ』
「……かしこまりました」
『AIを盲信した罰だな……哀れな連中め……ククッ……』
男の薄気味悪い笑い声にも少女は表情一つ変えることなく、人々が偽りの平和を貪るコロニー内へと足を踏み入れた。
雲間に隠れゆく朧月にそっと細い手を伸ばし、掴んだ虚空を胸元へ引き寄せるようにして、少女は呪詛を紡ぐ。
「――大地に永遠の沈黙を。すべては、母星安寧のために」
こんばんは!ProjectAI.【プロジェクトアイ】です。
陽彩VS結衣、果たしてどんな結果となるのでしょうか……!
そして、偽りの平和を被った世界に、魔の手が再び……
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