File.60「盾・核」
◆御角 陽彩 (みかど ひいろ) 15歳(高1)
本作の主人公。運動神経抜群だが能天気。瀕死体験をきっかけにクロッカスを志した。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆桔梗 レエナ (ききょう れえな) 16歳(高2)
本作のメインヒロイン。口数が少なく、感情表現が苦手。陽彩の専属コーチ。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆白百合 結衣 (しらゆり ゆい) 15歳(高1)
人見知りな性格だが、トキシーを前にすると狂戦士化する。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆翡翠 蘭 (ひすい らん) 17歳(高2)
お淑やかな性格で、ヒュドール学園高等部の生徒会長を務めている。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆月下 人美 (つきした ひとみ) 17歳(高3)
ギャルメイクと"うずらっち"が趣味の姉御肌。第1部隊の頼れるリーダー。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆黒華 苧環 (くろばな おだまき) 15歳(高1)
クロッカス入隊試験首席合格の優等生だが、キザで性格に難あり。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆アカツキ
陽彩の相棒である初代ルミナスクロー。かつては牡丹田朱里のパートナーだった。
お嬢様口調で、派手な見た目をしている。
「はぁ……」
「どうした?陽彩」
盾を構えながら溜息を零した俺を見て、翼は顔色を窺っている。
「いや……何でもない」
俺もホントは戦いたかった――なんて幼稚な我儘を、小学生のコイツに聞かせるわけにもいくまい。
俺はもう高校生だ。立派な大人にはまだまだ程遠いが、自身の感情よりも理屈で動くことをそろそろ覚えるべきかもしれない。
「――陽彩はさ、クロッカスでの目標とか夢ってあるの?」
「あー……まあ、あるには……ある、かな?」
「何だそれ」
翼の質問に、俺はつい曖昧な回答をしてしまった。
俺の中では答えが出ているはずなのに、それを翼に向けて自信満々に語ることを何故か恐れてしまう。
「わたくしも、是非お聞きしたいですわ♪」
「どわひゃあっ!!!ひ、翡翠先輩!?!?」
まさに俺にとっての”答え”が突如として至近距離に現れ、俺は悲鳴のような叫びと共に背中から派手にズッコケてしまった。
蛙のように飛び跳ねた俺を見て、翡翠先輩は無意識に口元へ指を運ぶ。
「あらあら、驚かせてしまいましたか?」
「い、いいえ……何かすみません」
俺は視線を逸らしつつ、尻についた汚れを必要以上に払った。
恥ずかしさのあまり死にそうだが、俺は命の恩人を前にやるべきことを思い出した。
いや……ずっと頭の片隅には存在していたが、その機会を逃がし続けていた――と言う方が正しいだろう。
「その……翡翠先輩」
俺は立ち上がり、翡翠先輩の美しい瞳に吸い込まれるようにして視線を合わせる。
彼女が覚えていなくても構わない。ただ、路頭に迷っていた俺の人生に彩りを与えてくれた感謝を伝えたい――それだけだ。
――それだけなのに、俺の口先はきつく縫われているかのように固く閉じ、発したい言葉は歯に引っかかって俺の身体に戻っていった。
「……こんな時に何考えてるんだ俺は」
不意に己に対する嫌悪感だけが乾いた唇から零れ落ちた。
他のチームメイトが敵に立ち向かっている最中、自分だけ私欲を満たそうとしたことが許せなかった。
「……?」
当然、翡翠先輩は不思議そうに首を傾げる。
時間はまだ幾らでもある。今はまだ、その刻ではない。
「――いや、何でもないです。すみません」
「ええ、お気になさらずにね」
俺は気恥ずかしさと気まずさが入り混じり、咄嗟に翡翠先輩から視線を外した。
それから間もなくして、月下先輩の緊迫した声がイヤホンを通じて伝わってくる。
『ひいろっち、蘭、聞こえるか!?』
その声色は、苧環が走り出した時よりも数段焦っているように感じた。
「はい!人美先輩、どうかされましたか?」
翡翠先輩が月下先輩を落ち着かせるように返答する。
『トキシーを2体発見した!1体は苧環とアタシが、もう1体はゆいっちとレエナが追っている状況だ!他にもトキシーが隠れているかもしれないから、十分警戒してくれ!』
「承知いたしましたわ。陽彩くんと翼くんはわたくしにお任せください」
『あぁ、頼んだぞ!』
必要事項だけを伝達した月下先輩との通信は切断され、通話を断片的に聞いていた翼は、俺たちの表情から何かを察し身を縮こませた。
「ついに……ヤツが……」
俺の額にも冷や汗が徐々に滲み始め、それに抗うように盾をさらに強く握りしめる。
そうだ、俺が怖がってどうするんだ……!
今の俺にはうずらっちの仲間がいる。相棒のアカツキがいる。そして……守るべき人がいる。
ただ俺は、クロッカスとしての責務を果たすことだけ考えればいい。
「ではでは……”ジャスミン”ちゃん、出番ですわよっ」
翡翠先輩も相棒のジャスミンを抱きしめ、深呼吸をしながら瞳をゆっくりと閉じた。
「――L・ライフル!」
掛け声と共にジャスミンはショットガンのような見た目に変化し、それを手に取った翡翠先輩の凛々しい佇まいは、あの時を彷彿とさせている。
生徒会長から戦士へと切り替わった瞬間を目の当たりにした俺は、無意識に口を開いた。
「か、かっけぇ……!」
絶世の美少女と猟銃――対極な存在の二者が織り成すコントラストは、まさに”究極の美”を体現していた。
きめ細かな艶髪を靡かせ、猟銃を構えるその幻想的な姿は、森の守護神にさえ見えてくる。
「……来ますわ」
耳を研ぎ澄ませていた翡翠先輩は、僅かな風向きの変化を察知し、銃口を風上へと向けた。
そして、風上からやって来る地鳴りのような足音は次第に大きさを増していき……
『グォオオオオオオオオオオオオッ……!!!!!!!』
「……!!!!!!」
咆哮を上げながら俺たちの元に一直線で迫ってきたのは、体長約2メートル、鋭利な鉤爪、さらに口元には巨大な牙が2本突き刺さっている紅眼の猛獣だった。
漆黒の堅牢な装甲で覆われた猛獣を目の当たりにした翼の顔は青ざめてしまい、今にも卒倒しそうだ。
「ビースト型トキシー――あの個体を生で見るのは初めてですわ……」
盾も怖気づいているような口ぶりでボソリと呟く。
人間に支配されているとはいえ、幾つもの尊い命を奪ってきたであろう凶暴なバケモノを前に、俺の胸の奥から激しい怒りが湧き上がってきた。
「くっ……!」
歯軋りをしながら肩を震わせる俺を一瞥した翡翠先輩は、精悍な顔つきで盾を構える俺の前方で片膝立ちになり、猟銃のスコープを覗き込む。
「ちょ、翡翠先輩!そこは危な――」
「陽彩くん、下がってて。わたくしがお相手いたしますわ」
彼女の自信に満ちた口調は、心配は無用だと諭していた。
「……はいっ!」
クロッカスに入っても、結局俺は彼女に守られてばかりだ。
でも、これが最善策だというのなら……俺は彼女の勇姿をしかと目に焼き付け、無事を祈るしかない。
俺は全神経を研ぎ澄ませ、さらに盾を強く握りしめた。
そして、ビースト型との距離が100メートルを切ったところで、翡翠先輩の人差し指に力が加わる。
――鋭い破裂音が閑静な森を震わせた。
1発、また1発、容赦のない銃声と共に、ビースト型の眉間へ一寸のズレもなく弾丸が吸い込まれていく。
「これで、最後ですわよっ」
『グォォォォォォッ……』
暴れ回るビースト型に全く動揺することなく、翡翠先輩はビースト型の首元を正確に狙い撃ち、息の根を止めてみせた。
中身はAIだというのに、息絶える挙動まで本物の猛獣とそっくりそのままだ。
「や、やったぁ!!」
「さすが……俺のヒーローだな……」
素直に喜ぶ翼と、複雑な感情が渦巻く俺に向けて翡翠先輩は静かに微笑む。
「カッコいいな……」
彼女に聞こえないように俺は溜息交じりに本音を零した。
「人美先輩、トキシーを一体撃破いたしましたわ」
『おう!サンキューな!こっち苧環が片づけてくれたよ』
アイツ……学年代表とはいえ、既に一人前の戦士になっていやがる……
性格は褒められたものじゃないが、精鋭部隊の先輩方と肩を並べるほどの実力は、今後も重宝されるだろう。
「お見事ですわ♪あとは……」
『レエナ!そっちの状況はどうなってる!?』
無論、心配の矛先は白百合と桔梗先輩に向いていた。
『白百合さんが……必死に追いかけていますが……敵の動きが早すぎて……彼女の戦闘スタイルでは……足止めはほぼ不可能でしょう』
白百合を必死に追い続けている桔梗先輩の息遣いが僅かに荒くなっているのを感じる。
『クソっ……!アタシたちも援護に向かうから――』
「陽彩くんっ!!後ろ!!」
何かを察知した翡翠先輩は、瞳を大きく開いて俺の真後ろを指差した。
「んっ?……どわっ!!!!」
俺は間一髪でビースト型トキシーの猛追を食い止めた。さっきの個体よりも一際大きく、怒り具合から群れのボス的存在だと推定できる。
強靭な前脚で俺に殴りかかる度に、鼓膜を突き破りそうな甲高い金属音が森林に木霊する。
「翼くん!俺から……離れろっ!!」
翼は言葉を失いつつも、即座に翡翠先輩の背後に身を潜めた。
「陽彩くんっ!」
翡翠先輩は再び猟銃を構え、狙いを定め始める。
「翡翠先輩!俺は大丈夫ですっ……!それよりも、月下先輩に連ら――」
「オラオラオラオラァアアアッッッ!!!!!!!!!」
聞き覚えのある狂気に満ちた叫び声が茂みの奥から飛んできた。
「なっ!?白百――ユイちゃん!?」
狂戦士化した白百合――黒百合がビースト型の背中目がけてグローブを嵌めた拳を打ち込んだ。
『ゴボォオオオオオオオオオオオオッ……!!!!!!!』
脊髄をひん曲げられたかのように悲鳴を上げたビースト型は、その場にうつ伏せになって倒れ込む。
「やっと捕まえたぜぇ!!!逃げ足の速ぇバケモンが!!喰らぇえええええ!!!!」
勝利を確信した黒百合は、さらにもう一発ビースト型の頭部に拳を振り下ろすが……
「危ないっ!!」
「ぐはっ!!」
俺の忠告よりも先にビースト型の細長い尻尾が黒百合の背中に命中し、黒百合は口から体液を撒き散らしながら地面に叩きつけられてしまった。
「皆さん、無事ですか!」
黒百合の後を追ってきた桔梗先輩が目の色を変えて姿を現した。
「桔梗先輩!俺たちは大丈夫です。ただ、白百合さんが……」
「こんっ……!!のおおおおっ……!!ぐっ!!」
どんなに攻撃をまともに受けても黒百合は幾度となく立ち向かうが、その圧倒的な力の差に翻弄されている。
「うっ……こ、こんっ……のぉ……」
千鳥足になりながら抗い続けるも、黒百合の体力は限界を迎え、最後はゆっくりとその場に頽れた。
「よく頑張ったな!!あとはゆっくり休んでてくれ!!」
俺は黒百合の元へ素早く駆け寄り、抜け殻のように軽い身体を負ぶって安全な場所へと避難させる。
そして、ビースト型の次なる標的は――ヤツを鋭い眼光で睨みつけている桔梗先輩だ。
殺気を感じ取った桔梗先輩は、肩に乗っているウイングに掌を翳し深呼吸をする。
「今まで見たトキシーよりもかなり強敵ですね……ここは私が引き受けます」
「……頼みます!」
俺は身を屈めて翼と白百合の前方に盾を張り、桔梗先輩に声援を送った。
「――L・グレネード」
掛け声と共にウイングが体内から生成したのは、手の平サイズの見覚えがある物体だ。
「あれは……手榴弾か!?」
桔梗先輩は手榴弾を握りながら、誰もいない方向へ駆け出す。
『グォオオオオオオオオオオオオッ……!!!!!!!』
当然、ビースト型は興奮しながら彼女の後を追いかけるが、まさにこれが狙いだ。
桔梗先輩は卓越した身体能力で森林内を駆け回り、間合いが詰められた一瞬の隙に手榴弾の安全ピンを引き抜き、ビースト型に命中させた。
『ゴボォオオオオオオオオオオオオッ……!!!!!!!』
耳を両手で塞ぎたくなる程の爆音と共に、ビースト型は咆哮を上げながら粉々に砕け散った。
爆煙が過ぎ去り、軽く手を払った桔梗先輩は表情を一つ変えずに俺たちの元に戻ってくる。
「……片付きましたね」
「凄いです!桔梗先輩!」
「さすがレエナちゃん、だねっ♪」
プロフェッショナルと呼ぶに相応しい戦いぶりに、俺だけでなく翡翠先輩も素直に彼女を褒め称えた。
「……ありがとうございます」
僅かに頬を染めた桔梗先輩は俺たちからそっと視線を外した。
「あっ……そうだ」
すると、桔梗先輩は何かを思い出したかのようにビースト型の残骸を漁り始める。
「えっと……桔梗先輩、一体何を?」
不審に思った俺は彼女の様子を覗き込んだ。作業に夢中で聞こえていないのか、単なる無視なのか、今はツッコまないでおこう。
しばらく様子を窺っていると、桔梗先輩はハンドボールサイズの鈍く黒光りする鋼鉄の球体を拾い上げ、俺に見せつけた。
「トキシーの動力源である核の回収です。コアはヒュドールカンパニーの特設工場にて後処理が行われます。もしもこのまま放置してしまうと、敵組織に回収されたり、最悪の場合トキシーが再起動する可能性がありますので」
「敵組織……」
”トキシー・カタストロフィ”を引き起こした諸悪の根源――10年近く経った今でも首根っこすら掴めていないらしい。あれだけ多くの人間を殺めておいて、未だにこの世界のどこかで息を潜め、殺戮兵器を生み出し続けているのだ。
「思ったんですけど……コアを回収するんなら、中身を色々解析しちゃえば敵組織のアジトを特定するのは簡単なのでは?」
「それが可能ならば、苦労はしませんよ。このコアは撃破を検知した瞬間、内部のソースコードを完全に消去するようにプログラミングされていますから」
やはりそう甘くはないようで、桔梗先輩は俺の提案を二つ返事で否定した。
「つまり、ここに転がっているデカブツ共はただの金属の塊ってことか……」
「そういうことです」
桔梗先輩もやるせない気持ちを露わにしつつ、コアを持参していた回収ボックスに納めた。
一件落着としたところで、茂みの奥から甲高い声が飛んでくる。
「おーい!みんな!無事で何よりだ!」
「月下先輩!……と黒華」
元気一杯に手を振る月下先輩と、コアをお手玉のようにして弄ぶ黒華が戻ってきた。
「フンッ☆実体のトキシーは初めましてだったけど……別に大したことなかったねぇ」
決して強がっているわけではなく、本当に大したことなかったのだろう。
「とりま、この辺はもう大丈夫そうだな。それより、ゆいっちの体調はどうだ?」
月下先輩は俺の傍で横になっている白百合の顔を険しい表情で覗き込む。
「えっと……体力は尽きてしまいましたけど、黒百合ちゃんからは戻りましたし、あとは安静にしておけば何とかなりそうです」
「そっか……良かった……」
ほっと胸を撫で下ろした月下先輩は、労いの意味も込めて白百合の頭を何度も優しく撫でた。
「さてと!この後はつばさっちを親御さんの元へ帰して、ヒュドールに戻るとするか!」
「帰る……そう、だよな……」
「翼くん、ほらっ」
俺は後ろめたさを感じているであろう翼に手を差し伸べる。
「……うん!」
今回の初任務で、翡翠先輩や桔梗先輩には勇姿を見せてもらった。
ならば……俺が最後に出来ることは、翼の手を取り背中を押してあげることだ。
場が和んだところで、月下先輩はパチンと手を鳴らす。
「じゃ、うずらっち号に戻って、しゅっぱ~」
腕を目一杯突き上げたと同時に、月下先輩の腹の虫が豪快に鳴り出した。
背を向けていて表情は見えていないが、そのまま静止しているあたり相当恥ずかしがっているだろう。
「あはは……その前に、昼飯にすっか」
「賛成!」
はにかむ月下先輩の提案に真っ先に乗じたのは翼だった。
「つばさっちの好きなもんでいいぞ!何がいい?ラーメン?寿司か?」
「やったぁ!えとえと、えっとね……」
俺の真横に居たはずの翼は、いつの間にか月下先輩と肩を並べて歩き出す。
「……まるで、仲のいい姉弟みたいね」
「……ですね」
そんな二人の様子を遠目で眺め、翡翠先輩と桔梗先輩は互いに微笑み合った。
――誰もが任務の成功と無事を喜ぶ和やかな空気。
――だが……翡翠先輩の口元が、耐え難い痛みを押さえつけるかのように、ほんの一瞬だけ歪んだのを俺は見逃さなかった。
いつまで経っても脳裏に冷たく焼き付いた彼女の横顔――その意味を知ることになるのは、まだ先の話だ。
こんばんは!ProjectAI.【プロジェクトアイ】です。
危ない場面がありつつも、初任務を無事に終えたうずらっち、見事でしたね。
そして、蘭の表情に隠れた意味とは……
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