File.56「憧憬・我儘」
◆根茂平 侑 (ねもひら ゆう)16歳(高1)
陽彩とは隣の席で、清楚な見た目ながら芯が強く、プライドが高い。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆Tsubaki (つばき)16歳(高2)
ヒュドール学園高等部4名で結成されたガールズバンド":LL"(ロロ)のボーカル。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
◆黒華 苧環 (くろばな おだまき) 15歳(高1)
クロッカス入隊試験首席合格の優等生だが、キザで性格に難あり。
ヒュドール学園高等部戦闘護衛部隊"クロッカス"に所属している。
――あの人の音楽が、私を創り上げた。
――あの人の音楽に、私は救われた。
――あの人の背中を追いかけて、私はこの学園にやってきた。
あの人の一番は私であり、私の一番もあの人なのだと……
その瞬間までは本気で信じていた。
『今日は、ボクから大切なみんなに、重大なお知らせがあります』
あれは中2の冬――歌織先輩の卒業ライブの日……
『ボクは、ヒュドール学園の戦闘護衛部隊に挑戦します』
歓声で満ちていた会場はたちまち騒然となり、私は唇を嚙み千切るほど憤りを感じていた。
その口から零れ落ちた言葉は、私の心臓を突き破るほど尖っていて、残酷だったのだ。
私と先輩だけの世界が、モノクロに染まって、消えていく……
「……嘘つき」
————————————————————◇◆
ほとんどの生徒がライブの余韻に浸るなか、私はすぐさま歌織先輩の元へと足早に向かった。
体育館裏の倉庫を抜け、ステージのバックヤードに入ると、バンドメンバーに柔和な笑顔を向けている歌織先輩の姿があった。
「……そっか、私以外にもあんな顔するんだ」
不意に嫉妬心が零れ落ちてしまった。
クラス内では目立たないようにしてるって言っていたから、少し意外だった……それだけ。
私は雰囲気を崩さぬよう、複雑な感情を押し殺して静かに歌織先輩へと近づいていく。
「……歌織先輩」
「ん、侑じゃないか。今日の卒業ライブ、どうだっ――」
「どういうことなんですか!!!あれっ!!!」
でも、次の瞬間には閉じ込めていた憤りが吹きこぼれてしまった。
歌織先輩に限らず、バンドメンバーの先輩方も、突然大声を上げた私に訝しげな視線を向けている。
「……ははっ、急にどうしたんだよ。もしかして、今日のライブはお気に召さなかったかな……?」
「いいえ……先輩の音楽は最高でした……今までで、一番っ……」
私は瞳を閉じ、唇を震わせながら想いを紡ぐ。
「私の心に、響きましたっ……!」
「そっか……ちゃんと伝わってたのなら良かったよ」
「……えっ?」
「アンコールで披露した曲、あれは君へ――侑への贈り物さ」
『感謝』『惜別』『愛情』『謝罪』
最後の曲に込められていた歌織先輩の心情が次々に思い起こされる。
「うっ……そっ、そんな……」
最後の最後まで、歌織先輩は私を一番に考えてくれていたんだ。
歌織先輩は私にゆっくりと近づき、両腕で優しく私の体を包み込む。
「侑、この2年間……ファン第1号としてボクを支えてくれて、本当にありが――」
「歌織先輩っ!!!なんで……なんでなんでなんでっ!!!クロッカスになんか行っちゃうんですかっ!!一緒の……高校に行って……ずっと、歌織先輩の……傍にっ……一番にっ……!」
それでも私は歌織先輩の抱擁を切り割くほどの声量で不満をぶちまけた。歌織先輩は反射的に私から距離をとる。
我儘だってのは解ってる。でも、二人だけの未来が彼女の口によって閉ざされた今、私はこうすることしか出来なかった。
苦悶の表情に満ちた私を、歌織先輩は申し訳なさそうに見つめる。
「ごめんよ、侑……隠すつもりは無かったんだ。いつか必ず言うべきだとは思っていた。ただ、もし志願書を出す前に侑に話していたら、絶対に止められただろうからね」
「当たり前ですよ……!そんなこと、私は望んでない!歌織先輩だって、行きたくてクロッカスに行くわけじゃないんでしょ……?一体、誰に唆されたんですか……?」
「別に唆されたわけじゃないよ。ただ……」
歌織先輩は興奮している私を宥めると、ポケットからスマホを取り出しヒュドール学園のホームページを見せてきた。
「……ヒュドール学園軽音楽部?」
「ああ、ここに所属してる先輩とネット上で知り合ってね。何度かやり取りを重ねるうちに、ボクはここで音楽がしたいと思ったんだ。運命って言うのかな……特別な感情が湧いてきたんだよ」
「そう……ですか……」
歌織先輩の特別は私だけで充分――心の奥底ではそう思っているのに、返す言葉がすんなりと出てこない。
「それに……侑は、この世界の現状をどう感じているかい?」
歌織先輩は深刻な顔で私をじっと見つめる。
「……この世界、ですか……?」
唐突に向けられた質問に私は思考を凝らしつつも、どう答えるのが正解なのか分からずいいる。
そもそも、何故こんな質問を私にしてきたのか、何故ネット上でしか会話をしたことがない人間に歌織先輩を奪われてしまったのか、その理由ばかり考えてしまった。
そして、私の答えを待つ前に歌織先輩が口を開く。
「この世界は、辛うじて平和の仮面を被っている。諸悪の根源を潰さない限り、犠牲になった数百万の命は報われないし、本来の平穏な日々は決して訪れない。想像もしたくないけど、時折考えてしまうんだ。ボクを支えてくれる大切な人たちも、いずれ犠牲になるとも限らない……ってね」
「歌織……先輩……」
数年前の”トキシー・カタストロフィ”――正直、ここ最近は思い出すことも少なくなっていた。むしろ、無意識のうちに思い出さないようにしていたんだと思う。
歌織先輩の一番であり続けることが出来るのならば、あとは何も望まなかった。
今こうしている間にも、多くの尊い命が奪われているのかもしれないのに。
偽りの日常に隠された脅威――歌織先輩はアーティスト活動を通じて、一つの道を見つけたのだろう。
歌織先輩は、私が目を背けてきた世界へと足を踏み出すのだ。
「でも、これだけは約束するよ。ボクは、これからも侑を一番に想いながら歌い続ける。侑の笑顔のために歌い……そして戦うよ。これは、ボクに与えられた使命なんだ」
歌織先輩の言葉に迷いは無く、己が向かう道に想いを馳せていた。
「……ううっ……ず、ずるいです……かおり……せ……」
歌織先輩は私の震える掌を両手で包み込み、首を傾げて微笑む。
「――だから、ボクの我儘を、今だけは許してほしい」
こんなの、私に止める権利なんて無い――彼女の覚悟を宿した瞳を見て確信した。
私は涙を拭い、精一杯の笑顔を歌織先輩に向ける。
「……はい、許しますっ」
私が歌織先輩に出来ることは、背中を押してあげることだけだ。
きっと、歌織先輩もそれを望んでいたのだろう。
「受験、応援してますから!」
「あぁ、ありがとう」
「落ちたら許さないですよ?」
「ふふっ、わかってるさ」
私たちは再び固い抱擁を交わした。汗と涙でぐちゃぐちゃになった互いの顔を見合ってつい吹き出してしまったけれど、それすらも私には非常に心地が良かった。
笑顔で溢れる二人の未来を信じて、私たちは歩み出す――
————————————————————◇◆
それから1年後――
私はヒュドール学園の制服を身に纏い、荘厳な校舎を見上げていた。
「……すっかり遠くなっちゃったな」
歌織先輩はクロッカスに合格後、誘われていた軽音楽部に所属し、ガールズバンド『:LL』を結成した。
:LLは瞬く間に人気を獲得すると、デビューから僅か半年で有名な音楽番組の出演や大企業とのコラボまで果たし、歌織先輩は宣言通りクロッカスと音楽活動を両立していた。
歌織先輩――ボーカル”Tsubaki”が有名になればなるほど、一番だったはずの自分が置き去りにされていくような感覚になった。
そして、気が付くと私は同じ道を辿っていた。
歌織先輩の生きる世界を、私も共にしたかった。見てみたかった。
何よりも、置いて行かれたくなかった。
中学3年の時、剣道の全国大会で個人優勝を成し遂げた私は、有名大学からオファーを受けていたが、両親の反対すらも押しのけてクロッカスに挑戦した。
「何やってんだろ、私……」
ふと我に返って、自分の無鉄砲さに度々呆れてしまう。私は冷静に己を客観視出来る人間だと思っていた。情に流されるようなタイプではないと思っていた。
でも、私――根茂平 侑はここに居る。
音楽活動で多忙を極めている歌織先輩とは、入学後まだ一度も顔を合わせていない。
だからこそ、学年代表になって強くなった姿を歌織先輩に見て欲しい。
……ただ、それだけ。
「追いつかなきゃ……だね」
ふと天を仰ぎ、私は胸元で拳を固く握りしめた。
そして、私の命運を分ける戦いが今、幕を開けようとしている。
「ん?どうしたのカナ?怖い顔して……可愛い顔が台無しだヨッ☆」
私の隣に佇む男子生徒――黒華 苧環くんは飄々とした様子で私の顔を覗き込み、ウインクを飛ばしてきた。
女の子相手だからといって侮っているのか、ただ私を煽りたいだけなのか。
どちらにせよ、非常に不愉快だ。
「あはは……ご忠告ありがと」
私は苛立ちを必死に堪えて作り笑いを浮かべた。
――歌織先輩、私を信じていてね。
――この人だけには、絶対に……負けないからっ!
こんばんは!ProjectAI.【プロジェクトアイ】です。
今回は根茂平 侑の深堀り回でした。
大人びた雰囲気の裏にあれほどの執念深さが隠れていたとは……
苧環との頂上決戦、瞬き厳禁ですよ!!
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