Chapter 13 「蟇の神殿」
俺たちとハセベさんたちが合流してから2時間ほど渓谷を歩いただろうか?
先頭に立って渓谷を進んでいたパタムンカさんの足がピタリと止まった。
「おかしいぞ。最近、ここへ何人もの人間がやって来た形跡がある。足跡も残っている」
「最近? どういうことなんだ?」
「このロープや楔なんかは、普通は他の探掘家に分からないように帰る時に引き抜くのが基本だが、なぜかそれが残されたままだ」
突然しゃがみ込んで砂をかき分けると、地面からフックのようなものが現れた。
そこから辿り、砂に埋もれていたロープを引っ張り出した。
ロープの先端は崖の下へと伸びている。
「それに、足跡が新しい。昨日、一昨日に遺跡内に入った連中が未だ帰還していないようだ」
パタムンカさんはそう言うと崖の下を覗き込んだ。
俺もつられて一緒に崖の下を覗き込む。
そこは何者も寄せ付けないような切り立った断崖絶壁になっていた。
崖の下までは50メートルはあるだろうか?
「この崖の中腹部に遺跡があるみたいだ。遺跡の前に別の金具を埋め込んでロープが暴れないよう固定している」
パタムンカさんがロープを引っ張るも、崖の中腹部でロープは張り詰めたようになった。
「どれどれ?」
俺と同じように崖の下を覗き込んだカーターは、顔を青くして離れていった。
なぜ、飛行能力があって高所に慣れている俺と同じだと思った?
「私たちより先に遺跡へと侵入した連中がいる。足跡の数から察するに、十人単位だ」
「俺たちがこの遺跡に向かったことを知って、先回りしたのか?」
「いや違う。私たちはあんたの反則技を使って、通常は1週間かかる行程を1日半でここまで来た。だが、その方法を使えない連中は、1週間前に町を出発しないと、私たちより先にここへ来ることは出来ない」
「でも、蟇の遺跡なんて嘘吐き爺さんの戯言として誰も聞かなかったんだろう……あっ」
ここで気付いた。
1週間前というのは、例の赤い女が町に現れた時期と一致する。
あの赤い女が一攫千金を狙う探掘家たちを唆したとしたら?
そう考えると、ゲームマスターが2週間前にこの町を訪れたというのも仕込みだったのかもしれない。
完全によそ者であるゲームマスターが人跡未踏という蟇の遺跡の話をあちこちで聞き込みという形で噂として広める。
多かれ少なかれ、探掘家の間では謎の遺跡の噂が広まる。
その下準備が済んだ翌週に赤い女が現れて一攫千金を狙う探掘家を唆す。
「私ならばその遺跡の詳しい位置の情報を持っている」
赤い女の美貌に惑わされた連中もいたかもしれない。
宝石商を名乗る赤い女が持つ金目当ての連中も大勢いただろう。
そんな欲に目がくらんだ探掘家はここにやって来て……やって来てどうなる?
考えがまとまらない。こういう時は一度仲間に相談だ。
「全員集合! 一度作戦会議だ」
◆ ◆ ◆
俺は既に別の探掘家が来ているという情報を共有した上で、赤い女とゲームマスターの動きについての考察を話した。
「まあゲームマスターが動いているならば、十中八九罠だろうな。目的までは分からねえが」
最初に口を開いたのはカーターだった。
「ここへ人を呼ぶこと自体に意味があった?」
「呼んでどうする。探掘家は早い者勝ちだぞ。分け前が減るじゃないか」
パタムンカさんの意見は探掘家らしいものだった。
「集めた人たちを人質にするとか」
「どこの誰だか知らない連中を人質にされたところでな。ここへ来るか来ないか分からない俺たちに対してやるのはコスパが悪すぎるだろう」
「コスパ……コスト……?」
モリ君が何かひらめいたらしい。
「そうですよ、コストですよ! 目的を達成するためには、ここに人間を集める必要があった」
「生贄的なものか、それともここの遺跡を突破する上で、人の数が必要だったのか」
「赤い女の目的を考えると、寄生生物の寄生先だったのかもしれない」
クロウさんが忌まわしそうに呟いた。
なぜ気が付かなかったのか?
赤い宝石が無尽蔵に手に入るならば、赤い女はわざわざ町に現れる必要はない。
宝石を遺跡の中で確保して、さっさと海外へ送り付ければ済む話だ。
「使用されたのは一攫千金という欲望に駆られた探掘家の生命」
「そうなると、遺跡の内部には10……人以上の寄生生物が存在している可能性があるな」
ハセベさんも沈痛な面持ちで言った。
「探掘家たちがここへたどり着いたのが昨日以前ならばさすがに手遅れだ」
「カエルが呼んでる」
「そうだなカエルだな……えっ?」
声の主はリプリィさんだった。
何やら虚ろな顔をしてカエルがどうのと言いながらロープを伝ってするすると降りて行く。
あまりに唐突で、それでいて自然な動きだったため、全員の反応が遅れて何の動きも取れなかった。
否、この状況で即座に反応できた者が1人だけいた。
「リプリィさん!」
モリ君が何の躊躇もなく崖から飛び出した。
ロープは使わず、槍を岩壁へ突き刺して落下の勢いを殺しながらリプリィさんの後を追っていく。
「ちょっとあんた何やってんの! ラビちゃん、私も追いかけるから、後から付いてきて!」
エリちゃんもモリ君を追って同じく何の躊躇いもなく崖から飛び降りた。
こちらは崖から僅かに飛びだした突起を素手で掴み取り、足や手をかけて、何かのアトラクションのように、ほぼ垂直の崖を降りていく。
「そうだ、カエルが呼んでいる」
今度は教授だ。
リプリィさんと同じように、うわ言のような言葉を発しながら、崖の方へとフラフラと歩いていく。
それを近くにいたカーターが飛び付いて止めた。
「よくやった!」
「いや、この爺さんはとんでもない力だ。振りほどかれる!」
カーターが渾身の力で羽交い締めにしているのだが、教授はそれを無視して強く足を踏みしめて進んでいく。
「催眠状態になることで人体のリミッターを外して身体を動かしている。今のままだと腱も骨もダメになるぞ」
ハセベさんもカーターのフォローに入って何とか教授を止めようとしている。
だが、大の大人2人がかりでも止められず一緒に引きずられている。
「無理矢理止められないのか?」
「無理に動きを止めるには足を潰すしかないが、そんなことはできない」
教授は腹も出た小太りの体形で、そこまで運動ができるとも思えない。
その状態で、2人の大人を引きずって歩くなど、明らかにおかしい。
「なんだこれは? 精神攻撃か? それとも寄生生物か?」
クロウさんはそう言うと、この場にいるメンツを見回した。
「オレにもうっすらと聞こえる。他のみんなは?」
ウィリーさんとレオナさんが挙手した。
「操られるという程ではないが、耳元で囁かれているようで鬱陶しい」
レオナさんが首を振りながら言った。
無事なのは俺、マリアさん、ガーネットちゃん。
メンツからして魔法使い系が無事なのだろう。
「戦士系は対物理が強いように、私たちは魔法に強いのかと」
「パタムンカさんは大丈夫ですか?」
「いや、あまり大丈夫じゃないな。私にも何か誘うような変な声が聞こえてきた。何か気つけになるものを持っていないか?」
パタムンカさんも何かしらの干渉があるのか顔をしかめ、手で覆い隠すようにして片膝立ちをしていた。
何か気つけ薬の代わりになるものはと鞄の中を漁っていると、調味料として購入したこの地方特産のやたら辛い唐辛子が出てきた。
パタムンカさんに投げて渡す。
彼女はそれを丸々一本口の中に投げ込んで咀嚼し始めた。
顔を歪めた後、激しくむせ始めたが、それでもなんとか飲み込み、頭を振りながら立ち上がった。
「ああ、確かにこいつぁ効くわ。すっかりカエルも消えた」
「なら教授にも効きそうだな」
唐辛子をカーターに投げて渡す。
「その激辛唐辛子を教授の口にねじ込め! この際、鼻でもいい!」
「大丈夫なのか、こんな辛そうなものを直接口とか鼻とかにねじ込んで!」
カーターから当然の疑問が返ってきたので俺の考えを告げる。
「大丈夫じゃないから良いんだ!」
「なるほど確かにそれは一理ある」
カーターが迷いなく激辛唐辛子を教授の鼻に突き入れると、教授は猛烈な叫び声を上げた。
教授はそのまま「痛い辛い」と地面をしばらく転がりながら暴れまわっていたが、やがて鼻を押さえながら立ち上がった。
「あれ……私は一体何を? うう、鼻が痛い」
「大丈夫ですか教授? カエルの声は大丈夫ですか?」
「カエル? 一体何の話をしているんだ? それにしても鼻が辛い……脚まで痛くなってきた」
どうやら唐辛子の激しい刺激は強すぎて、カエルがどうのは全部吹き飛んだらしい。
これだけ効果があるならば、調味料以外の用途でもう少し余分に買い足してもいいかもしれない。
「マリア! 教授たちに治療を! スキルがカエルの声に対して効くか効かないかで、これからの調査方針を変える」
「はい」
マリアさんが早速動いて、まずは教授の治療を始めた。
マリアさんの回復能力は、モリ君と違って毒や病気も治せるらしいので、唐辛子のダメージも回復できるはずだ。
パタムンカさんたちはとりあえず大丈夫だろう。
「サンクさんとサティンクさんは?」
「影響はあるが、俺たちは拷問に耐えるためのメンタルトレーニングを受けている。この程度のことでは問題ない」
ランボーとコマンドーの2人は何の表情も変えず、当然のように言ってのけた。
なんと頼りになるマッチョメンたちだろう。
「すまん。隊長を放置はできない。俺たちも追わせてもらう」
「確保したらすぐに戻る」
「念のために唐辛子を持って行ってください。いざという時はかじると覚醒できます」
「ああ、ありがたくいただこう」
ランボーとコマンドーの2人に唐辛子を渡す。
2人はロープを伝って崖を降りていった。
「なんだ、カエルって……あの老人の話にあったアレか?」
シカップ爺さんは「カエルの声が聞こえる」と言った仲間が迷宮の奥へ一人で駆けだしていったと言っていた。
それと同じ現象が複数人で発生しているようだ。
理屈は分からないが、そのターゲットとしてリプリィさんや教授が狙われたのだろう。
シカップ老人の話だと、その仲間は変わり果てた姿で遺跡の奥で発見……
先に入った探掘家がどうなったのかも気になる。
のんびりはしていられない。
「すみませんクロウさん。私も仲間を追いかけます。手遅れにはしたくないので」
この中だと耐性があって無事な俺が遺跡へ向かうのが間違いないだろう。
唐辛子の刺激が一時的にでも、カエルを遠ざけられると分かったので覚醒させることもできる。
「仲間たちを捕まえて、一度戻らせます」
「分かった。ならば当初の計画から変更だ。露払いは君たちに任せる……できるな」
「はい」
俺は即答した。
ここで躊躇して仲間を失うようなことは絶対にしたくない。
後悔するにしてもやるべきことは全部やってからだ。
移動に邪魔な荷物は全て下ろして箒に飛び乗った。
「オレたちも対策が分かり次第、すぐに追い付く。だから、若さに任せた勢いだけで無理をしないように。年長者からの忠告だ」
「ありがとうございます。行って来ます」
俺はクロウさんとハセベさんへ頭を下げた。
「まさか、その箒に乗ったまま遺跡の狭い遺跡内部を突っ切る気か? 天井も相当低いぞ」
カーターが崖のギリギリまで追いかけてきた。
「でもこれくらいしないと、俺の足でモリ君とエリちゃんの駿足に追いつけるわけないだろ」
「分かった。この場はオレに任せろ。全力で行って仲間……いや、友達を助けてこい」
「お前に言われるまでもない!」
俺は断崖絶壁を箒に乗って降りる。
15メートルほど下ったところで岸壁の一部が抉られたように窪んでいた。
その奥に崖へ埋め込まれるように石造りの神殿が建っていた。
建物の造りこそまるで違うが、日本にある投入堂のような断崖絶壁に建てられた社を思い起こさせる雰囲気がある。
日本の場合は山岳信仰や密教、修験道の流れから作られたようだが、この神殿はどのような意図で作られたものなのだろうか?
神殿を構成する石は黒っぽい崖の岩の色とは全く違う白い大理石で構成されている。
岩壁の岩を削ったのではなく、わざわざ別の場所から石を運んできて積み上げたのだと予想される。
シカップ爺さんの説明した通り、入口にある石柱にはまるで鳥獣戯画に描かれているような腕組みをした蛙の彫刻が彫られていた。
神殿の入り口は大きく開かれ、内側からは亜熱帯の今の気温だと心地よく感じる冷風が吹き出してくる。
遺跡は崖の中に埋め込まれているようにしか見えないのだが、中から風が吹いてくるということは、どこかに別の場所につながっているのだろうか?
モリ君たちの姿はもうない。
既に遺跡の奥へと踏み入ったのだろう。
「みんな無事でいてくれ」
俺は箒に乗ったまま、遺跡の奥へと進んでいった。




