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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 3. Tomb of the Red Queen
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Chapter 13 「蟇の神殿」

 俺達とハセベさん達が合流してから二時間ほど渓谷を歩いただろうか?


 先頭で渓谷を歩いていたパタムンカさんの足がピタリと止まった。


 急にしゃがみ込んで地面から飛び出しているフックのような突起物を何やら引っ張っている。


 そこから辿り、砂に埋もれていたロープを引っ張り出した。

 

 ロープの先端は崖の下へと伸びている。


「おかしいぞ。割と最近にここへ何人もの人間がやって来た形跡がある。足跡も残っている」

「どういうことなんだ?」

「このロープや楔なんかは、普通は他の探掘家に分からないように帰りに引き抜くのが基本だが、何故かそれが残されたままだ。それに、足跡が新しい。まるで昨日一昨日遺跡に入った連中がいて、未だ帰還していないような」


 パタムンカさんはそう言うと崖の下を覗き込んだ。

 俺も釣られて一緒に崖の下を覗き込む。


 そこは何者も寄せ付けないような切り立った断崖絶壁になっていた。

 崖の下までは50mは有るだろうか?


「この崖の中腹部に遺跡があるようだ。その位置に金具を埋め込んでロープが暴れないようにしている」


 パタムンカさんがロープを引っ張ると、確かに崖の中腹部でロープが引っかかったようになっていることが分かった。


 俺と同じように崖の下を覗き込んだカーターは、顔を青くして離れていった。

 何故覗き込んだ?


「私達より先に遺跡へと侵入した連中がいる。足跡の数から察するに、十人単位だ」

「俺達がこの遺跡に向かったことを知って、先回りしたのか?」

「いや違う。私達はあんたの反則技を使って、通常は一週間かかる工程を一日半でここまで来た。だが、その方法を使えない連中は、一週間前に街を出発しないと、私達より先にここへ来ることは出来ない」

「でも、蟇の遺跡なんて嘘吐き爺さんの戯言として誰も聞かなかったんだろう……あっ」


 ここで気付いた。


 一週間前というのは、例の赤い女が町に現れた時期と一致する。


 あの赤い女が一攫千金を狙う探掘者達を唆したとしたら?


 そう考えると、ゲームマスターが2週間前にこの町を訪れたというのも仕込みだったのかもしれない。


 完全の余所者であるゲームマスターが人跡未踏という蟇の遺跡の話をあちこちで聞き込みという形で噂として広める。


 それで多かれ少なかれ、探掘者の間では謎の遺跡の話が広まる。


 その下準備が済んだ翌週に赤い女が現れて一攫千金を狙う探掘者を唆す。

「私ならばその遺跡の詳しい位置の情報を持っている」と。

 赤い女の美貌に惑わされた連中もいたかもしれない。


 そんな欲に目がくらんだ探掘者はここにやって来て……やって来てどうなる?


 考えがまとまらない。こういう時は一度仲間に相談だ。

 

「全員集合! 一度作戦会議だ」


   ◆ ◆ ◆


 俺は既に探索者が来ているという情報を共有した上で、赤い女とゲームマスターの動きについての考察を話した。


「まあゲームマスターが動いているならば、十中八九罠だろうな。目的までは分からねえが」


 最初に口を開いたのはカーターだった。


「でも、俺達がこの遺跡を無視する可能性だって合ったんだぞ。実際、ショートカット道を作らなければ、日数的にこの遺跡の調査は無理と諦めていた可能性は高い。俺達に対する罠と考えるのは早計だ」

「確かにそれもそうだな。実際、オレもこんなクソ暑いところに来たくなかった」


 そう考えると別の目的があるのだろう。


「ここへ人を呼ぶこと自体に意味があった?」

「呼んでどうする。探掘家は早い者勝ちだぞ。分け前が減るじゃないか」


 パタムンカさんの意見は探掘家らしいものだった。

 

「集めた人達を人質にするとかとか」

「どこの誰だか知らない連中を人質にされたところでな。それにここへ来るか来ないか分からない俺達に対してやるのはコスパが悪すぎるだろう」

「コスパ……コスト……?」


 モリ君が何か閃くものが有ったらしい。


「そうですよ、コストですよ! 人間を集めてコストにする」

「生贄か!」


 何故気が付かなかったのか?


 そもそも生贄の風習があるマヤ文明のような遺跡というのは俺自身が昨日言ったことではないか。


「赤い女の目的を考えると、赤い宝石を増やすために寄生生物の寄生先を用意する必要があったのか」


 クロウさんが忌まわしそうに呟いた。

 

「使用されたのは一攫千金という欲望に駆られた探掘者の生命」

「そうなると、遺跡の内部には10……体以上の寄生生物が存在している可能性があるな」


 ハセベさんも沈痛な面持ちで言った。

 10の後に人と言いかけて「体」に言い換えるのに葛藤が有ったと予想される。


「探窟家達がここへたどり着いたのが昨日以前ならば流石に手遅れだ」

「カエルが呼んでる」

「そうだなカエルだな……えっ?」


 声の主はリプリィさんだった。


 何やら虚ろな顔をしてカエルがどうのと言いながらロープを伝ってするすると降りて行く。


 あまりに突然かつ自然な動き過ぎて、全員の反応が遅れて何の動きも取れなかった。


 否、この状況で即座に反応出来たのが1人だけいた。


「リプリィさん!」


 モリ君が何の躊躇いなく崖から飛び出した。

 ロープは使わず、槍を岩壁へ突き刺して落下の勢いを殺しながらリプリィさんの後を追っていく。


「ちょっとあんた何やってんの! ラビちゃん、私も追いかけるから、後から付いてきて!」


 エリちゃんもモリ君を追って同じく何の躊躇いもなく崖から飛び降りた。


 こちらは崖から僅かに飛びだした突起を素手で掴み取り、足や手をかけて、何かのアトラクションのように、ほぼ垂直の崖を降りて行く。

 

「そうだ、カエルが呼んでいる」


 今度は教授だ。


 リプリィさんと同じように、何やらうわ言のような言葉を発しながら、崖の方へとフラフラと歩いていく。


 それを近くにいたカーターが飛び付いて止めた。


「よくやった!」

「いや、この爺さんはとんでもない力だ。振りほどかれる!」


 カーターが渾身の力で羽交い締めにしているのだが、教授はそれを無視して強く足を踏みしめて進んでいく。


「恐らく催眠状態になることで人体のリミッターを越えて身体を動かしている。今のままだと腱も骨もダメになるぞ」


 ハセベさんもカーターのフォローに入って何とか教授を止めようとしている。

 だが、大の大人2人がかりでも止められず一緒に引きずられている。


 ただの一般人が出せる力ではない。


「なんだこれは? 精神攻撃か? それとも寄生生物か?」


 クロウさんはそう言うと、この場にいるメンツを見回した。


「オレにもうっすらと聞こえる。他のみんなは?」


 ウィリーさんとレオナさんが挙手した。


「操られるという程ではないが、耳元で囁かれているようで鬱陶しい」


 レオナさんが首を振りながら言った。

 

 無事なのは俺、マリアさん、ガーネットちゃん。

 メンツからして魔法使い系が無事なのだろう。


「戦士系は対物理が強いように私達は魔法に強いのかと」

「パタムンカさんは大丈夫ですか?」

「いや、あまり大丈夫じゃないな。私にも何か誘うような変な声が聞こえてきた。何か気付け薬みたいなものを持っていないか?」


 パタムンカさんも何かしらの干渉があるのか顔を手で覆っている。


 何か気付け薬の代わりになるものはと鞄の中を漁っていると、調味料として購入したこの地方特産のやたら辛い唐辛子を持っていることに気付いたので、投げて渡す。


 彼女はそれを丸々一本口の中に投げ込んで咀嚼し始めた。

 顔を歪めてむせてはいたが、完食すると頭を振りながら立ち上がった。


「ああ、確かにこいつぁ効くわ。すっかりカエルも消えた」

「なら教授にも効きそうだな」


 唐辛子をカーターに投げて渡す。


「その激辛唐辛子を教授の口にねじ込め! この際、鼻でもいい!」

「大丈夫なのか、こんな辛そうなものを直接口とか鼻とかにねじ込んで!」


 カーターから当然の疑問の声が返ってきたので俺の考えを告げる。

 

「大丈夫じゃないから良いんだ!」

「なるほど確かにそれは一理ある」


 カーターが迷いなく激辛唐辛子を教授の鼻に突き入れると、教授は猛烈な叫び声を上げた。


 教授はそのまま「痛い辛い」と地面をしばらく転がりながら暴れまわっていたが、やがて鼻を押さえながら立ち上がった。

 

「あれ……私は一体何を? うう、鼻が痛い」

「大丈夫ですか教授? カエルはもう見えないですか?」

「カエル? 一体何の話をしているんだ? それにしても鼻が辛い……脚まで痛くなってきた」


 どうやら唐辛子は見事に気付け薬としての効果を発揮したようだ。


 これだけ効果が有るならば、調味料以外の用途でもう少し余分に買い足しても良いかもしれない。


「マリア! 2人に治療を! スキルが効くか効かないかで調査方針を変える」

「はい」


 マリアさんが早速動いて、まずは教授の方へ治療を始めた。

 これで2人はとりあえず大丈夫だろう。


「サンクさんとサティンクさんは?」

「影響はあるが、俺達は拷問に耐えるためのメンタルトレーニングを受けている。この程度のことでは問題ない」


 ランボーとコマンドーの2人は何の表情も変えず、当然のように言ってのけた。

 なんと頼りになるマッチョメン達だろう。

 

「すまん。隊長を放置は出来ない。俺達も後を追わせてもらう」


 ランボーとコマンドーもロープを伝って崖を降りて行った。


「なんだ、カエルって……あの老人の話に有ったアレか?」


 どうやらシカップ老人の話にあった「カエルが見える」と言って迷宮の奥に仲間が一人で駆けだしていったというのと同じ現象が発生しているようだ。


 理屈は分からないが、そのターゲットとしてリプリィさんや教授が狙われたのだろう。


 シカップ老人の話だと、その仲間は変わり果てた姿で遺跡の奥で発見……

 

 先に入った探掘家や生贄の話もある。

 のんびりはしていられない。


「すみませんクロウさん。私も仲間を追いかけます。手遅れにはしたくないので」


 この中だと耐性があって無事な俺が遺跡へ向かうのが間違いないだろう。

 唐辛子が気付けに効くと分かったので覚醒させることも出来る。


「仲間達を捕まえたら一度戻らせます」

「分かった。ならば当初の計画から変更だ。露払いは君達に任せる……出来るな」

「はい」


 俺は即答した。


 ここで躊躇して仲間を失うようなことは絶対にしたくない。

 後悔するにしてもやるべきことは全部やってからだ。

 

 移動に邪魔な荷物は全て下ろして箒に飛び乗った。


「オレ達も対策が分かり次第、すぐに追い付く。だから、若さに任せた勢いだけで無理をしないように。年長者からの忠告だ」

「ありがとうございます。行って来ます」

 

 俺はクロウさんとハセベさんへ頭を下げた。


「まさか、その箒に乗ったまま遺跡の狭い遺跡を突っ切る気か? 天井も相当低いぞ」


 カーターが崖のギリギリまで追いかけてきた。


「でもこれくらいしないと、俺の足でモリ君とエリちゃんの駿足に追いつけるわけないだろ」

「分かった。ここはオレに任せろ。全力で行って仲間……いや、友達を助けてこい」

「お前に言われるまでもない!」


 俺は断崖絶壁を箒に乗って降りる。


 15mほど下ったところで岸壁の一部が抉られたように窪んでおり、その奥に崖へ埋め込まれるように石造りの神殿が建っていた。


 建物の造りこそまるで違うが、日本にある投入堂のような断崖絶壁に建てられた社を思い起こさせる雰囲気がある。


 日本の場合は山岳信仰や密教、修験道の流れから作られたようだが、この神殿はどのような意図で作られたものなのだろうか?

 

 神殿を構成する石は黒っぽい崖の岩の色とは全く違う白い大理石で構成されており、岩壁の岩を削ったのではなく、わざわざ別の場所から石を運んできて積み上げたのだと予想される。


 シカップ爺さんの説明した通り、入口にある石柱にはまるで鳥獣戯画に描かれているような腕組みをした蛙の彫刻が彫られていた。


 神殿の入り口は大きく開かれ、内側からは亜熱帯の今の気温だと心地良い冷たい風が吹き出してくる。

 

 崖の中に埋め込まれているようにしか見えないのだが、風が吹いてくるということは、どこかに別の場所に繋がっているのだろうか?


 モリ君達の姿はもうない。

 既に遺跡の奥へと踏み入ったのだろう。


「みんな無事でいてくれ」


 俺は箒に乗ったまま、遺跡の奥へと進んでいった。

 

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