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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 3. Tomb of the Red Queen
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Chapter 11 「ククルカン」

 チョカンの街を出て一晩と半日。


 太陽が熱を増す昼下がり、俺達は鬱蒼と茂るジャングルの中を歩いていた。


 約40kmはほぼ直進だったが、蟇の神殿の正確な位置が分からない以上、そこからは地道に足で稼ぐしかなくなる。


 一度箒で上空から観察してみたのだが、木々に覆われて現在位置すらよく把握できなかったので、結局は探窟家のパタムンカさん頼りになった。


 木々の葉は頭上でざわめき、野生の鳥たちが見えない場所から鳴き声を響かせている。


 腕や足に絡みつくツタを払い、汗を拭いながら、俺達は進んでいった。


 やがて、ジャングルがその密度を緩め、目の前には岩だらけの渓谷が広がった。


 岩の上には熱帯植物が生えることはないのか、この地帯だけは低木や背の低い草が生えるだけで鬱陶しいツタは存在していない。

 暑さには変わりないが、渓谷を吹く風のおかげで少しだけ涼しさを感じる。


 木には謎のサイケデリックカラーの実も成っているが、そちらは手を出さないでおく。

 毒でもあったら大変だ。


「ここなら毒蛇や毒虫もいないな。少し休憩だ」


 パタムンカさんの指示で全員が渓谷に転がる岩へ腰掛けて水筒から水を飲む。


 幸いにも熱帯のジャングル地帯のおかげであちこちには水の流れる沢が有るために水の補給は容易だ。

 比較的綺麗な水を汲んで清潔な布でろ過&煮沸して全員の水筒に詰め直しておく。


「ラビちゃんクッキーお願い」

「はいはい、甘い物は疲労回復に最適ですよ」


 エリちゃんの要望通りにクッキーを取り出して渡すと、他の面々からも要求されたので一枚ずつ手渡す。


 スキルは連発することが出来ず、1枚出す度に1分半待たなければいけないのだけが欠点だ。


「いや、その菓子をどこから出してるんだよ。食えんのかこれ?」


 と最初は怪訝そうな顔をしていたパタムンカさんも「美味い美味い」とクッキーを頬張っている。


 よく考えるとこの世界に来てからは穀物はトウモロコシとキヌアのみで小麦粉を一切見ていない。

 なので、小麦、卵、砂糖というここでは希少食材で作られたクッキーはよほど新鮮な味に感じるのだろう。

 

「遺跡はこの渓谷のどこかにあると思いますが、場所の見当などはつきますか?」

「そうだな……岩の種類が違うのは分かるか?」


 パタムンカさんが指差した岸壁を見ると、岩の種類が微妙に異なっていることに気付いた。


「遺跡を作った古代人もバカじゃねえ。こういう堅いが崩れやすく風化しやすい岩がある場所には造らないはずだ。何故なら無理に造ってもすぐに崩れるからだ」

「つまり、遺跡は残るべくして残っていると」

「単純に言えばそういうことだ。勿論他にも地下水が吹き出す場所とか、雨が降り続いて急な増水で川になるような場所も避けるはずだ。水が流れた場所はそこみたいに黒い線が残る」


 パタムンカさんが指差した別の場所には彼女の言うとおり、岩壁に不自然な黒い線が走っている。

 水垢か苔などが乾燥した跡が黒く残ったのだろうか?

 

「私らは遺跡が有りそうな場所じゃなく、ここにはないなという場所を除外していくんだ。岩の種類や水跡なんかはもちろん、他にも判別する方法は山程有る。飯の種だから教えられねえけどな」

「もっと力業で探してるものだと思ったけど意外と頭を使ってるんだな」


 シャツの胸元へ何とか風を送ろうと手で扇いでいたカーターが呟くように言った。


「頭を使わない無能も山程いるが、そういう連中は残り物に群がるくらいしか出来ないし、苦労の割に実入りも少ない。私らは最小限の労力で最大の効率で探窟する」

「ということはあんたは一流ってことか」

「得意分野が違うんだから、こういうのはランク付けするもんじゃない。無能かそれ以外かの区別だけでいい」


 技術、知識、考え方もしっかりしている。


 本人は認めないようだが、パタムンカは間違いなく一流の探窟家だろう。

 どうやら彼女を雇ったのは大正解だったようだ。


「あんたが確かな腕を持っていることは分かった。今回の件が終わっても、私はまだまだ他の案件をいくつも抱えているので、その時は依頼して良いだろうかね?」

「ああ、手が開いていればな」


 教授もパタムンカさんの腕と知識は気に入ったようで早くも次の探索の勧誘をかけている。


 そこからはパタムンカさんに任せて俺達は後ろからレミングスのようにゾロゾロと付いていくだけになった。


 視力の良いエリちゃんはパタムンカさんに張り合って何かを探そうとしているが


「鳥の巣を見つけた」

「なんか花が生えてる」


 など、目が良ければ良いというものではないことを証明しただけだった。


「視る」ではなく「観る」能力が必要なのだろう。


「大変だ、なんか変な鳥が来る」


 そんなエリちゃんが突然に騒ぎ出した。


「そりゃジャングルなんだから、鳥くらいいるだろう」

「違う! なんか無茶苦茶大きな鳥がこっちに飛んでくる」


 エリちゃんが指差す先には首の長い鳥が飛んでいるのが見えた。


 だがそれほど大きいとは思えない。

 大きさだって普通のサギくらいで……


「いや、おかしい。これだけ距離があるのに、サギと同じ大きさに見えるのはおかしい」


 モリ君もそう言って武器を構え始めた。


「えっ? だってあのサイズならすぐ近くだろう」


 俺は目を細めてそいつの姿を見る。

 言われてみれば先程よりもかなり大きいように見える。


「鳥よ来い!」


 鳥達を召喚。

 そのうち1羽を使い魔モードに切り替えて、鳥の視点で確認する。


 対象までの距離を800mと仮定。

 今見えているサイズから計算するとあの翼竜の全長は……20m!?


 再度計算を行うが間違いはない。

 遠近感が狂うが目標のサイズは20から30mだ。


 赤い鶏冠(とさか)を持った鳥のように見えるが、体表のほとんどは緑色の鱗に覆われている。

 羽毛は首の周りや尾などにわずかに生えている赤と白のみ。

 ワイバーンとはまた違う翼竜だ。


 有名なプテラよりもはるかに大きく、より鳥に似たデザイン……確かケツァルコアトルスとかいう巨大翼竜だろうか?


「ククルカンだ!」


 そいつを見たアンカス教授が叫んだ。


「ククルカン? そういえば酒場でそんな話を聞いた覚えが」

「神話や伝承に登場する羽の生えた鳥の神のことだよ」

「あいつが臆病な探掘家の言っていた化け物鳥か」


 パタムンカさんもそいつの方をじっと見ている。


「問題はあいつがこちらを襲ってくるかどうかだが」

「今のところは大丈夫かな?」


 そいつは叫び声をあげながら俺達の頭上を一度通り過ぎたと思ったら、すぐにターンをしてまた戻ってきた。


 そして通過した後にすぐにターン。


 俺達の頭上で8の字を描くように旋回運動を繰り返している。


 今のところ俺達へ襲ってくるような行動は見せてはいないが、動作が不気味だ。

 このまま無視して良いものか判断に困る。


「あいつを倒した方が良いと思います?」

「倒したところで得られるものはないだろう。変な鳥の噂が広まっているというのは、あいつに狙われても生還した奴が多いってことだ。つまりそこまで凶暴ではない」

「すぐに襲ってくるほど凶暴ならば、噂を広める前に殺されているはずだと?」

「そういうことだ。ひとまずあいつが飽きてこの場を去るのを待とう」


 確かにいくら巨大で凶暴そうな見た目だとしても、ただの無害な野生動物ならば無理に殺す必要はない。

 警戒は引き続き継続だが、立ち去るまでの間は休憩と考えても良いかもしれない。


「凶暴じゃないならなんでこっちに飛んできたんだろう」

「餌がいるぞと飛んで来たものの、近くに寄ってよく見たら戦力過多で手に負えないと悟ったんだろ」

 

 カーターの言う通り、チラチラをこちらを視て様子を窺ってはいるが絶対に一定距離内には詰めて来ないという感じだ。

 おそらくカーターやリプリィさん達のライフル銃、俺のスキルだと射程距離内ではあるが、この地域、この時代で使われているような弓矢では届かないか、もし届いても表皮を貫けないくらいの距離だ。


 経験から矢が届かない距離を隔てれば反撃されないと学習しているのだろう。


 そう思った時に、エリちゃんが突然、右腕に青白い光を灯し始めた。

 スキルを使用した際に現れる光だ。


 その輝きをどんどん強くしながら、腰を低くして身構え――恐ろしい速度で拳を岸壁へと叩きつけた。


 反動で大量の岩石が飛び散り、岸壁に大穴が開いた。


 なんの意図があってそんなことをしたのかを聞くより先にエリちゃんが叫んだ。


「みんな、早くこの穴の中へ! 何かが降ってくる!」


 どういうことだ?

 俺は帽子のつばを掴んで空を見上げようとした時、その体をコマンドーにひょいっと掴まれた。


「ふえっ?」


 同じようにランボーはカーターを。

 パタムンカさんはアンカス教授を。

 モリ君はリプリィさんを抱き抱えてエリちゃんが作り出した穴へと飛び込むように入った。


「一体何が?」

「吸血ダニだ」


 パタムンカさんが言うと同時に、何か黒い点のようなものが天から雨のようにポツリ、ポツリと降り注いできた。


「ジャングルを行軍していると、たまに木の上から降ってくることは有るが、こんな開けた場所で降ってくることがあるなんて」

 

 俺は使い魔の鳥の目で確認する。

 まるで超高倍率の望遠鏡のように小さく黒い塊の映像が拡大されていく。

 

 確かにそれはパタムンカさんの言う通り、小さくて丸いダニだった。


 何かの映像で見た覚えがある。


 一度生物に食らいつくと体の数倍の血液を吸って何かの種のような丸い塊になる山や森に住んでいるダニだ。


 皮膚へ強烈に食らいつくので剥がすのも困難。

 無理に取り除こうとすると周辺の皮膚ごと持って行かれるという悪質なやつだ。


 そのダニが雨垂れのように空から降り注いでいる。


「気をつけろ。この吸血ダニは病原菌の感染源だ。噛まれると血を吸われるだけじゃなく、致死率が高い病気に感染する危険が有る」


 その説明を聞いたモリ君の顔色が真っ青になった。


「どう対処すれば?」

「少数ならハーブを煮詰めた虫除けで追い払えるんだが……」


 パタムンカさんは鞄から小さな素焼きの瓶を取り出して見せた。

 振る度に中の液体がちゃぽんちゃぽんと音を立てて鳴っている。


「生憎、虫除けはこれしかない。全員をこの数のダニからカバーするには全然足りない」


 空から降り注ぐ吸血ダニは、今のところエリちゃんが掘った穴のおかげで防げてはいる。

 だが、地面に落ちたダニが移動してくるのまでは防げない。

 虫の群は黒い絨毯のようになって、じわじわとこちらへ向かってきているのが視認できた。


 この数はどう対応すれば良いか?

 極光で全て薙ぎ払えるのか?


 その時、ランボーがバックパックの中から毛布を取り出してダニの絨毯の前へ投網のように広げた。

 続いてガラス瓶を取り出すと、その毛布の上へ中に入っていた液体をぶちまけた。


「カーターさん、あんた火種を持っていたな」

「火種? ああ、ライターのことか」

「違うだろ、スキルだよスキル!」


 俺がフォローすると、カーターは手を打ち合わせた後に、内ポケットから銀色の鍵を取り出した。


「来い火精! その毛布を焼き払え!」


 カーターの叫びと共に毛布が赤い炎に包まれた。


 すると、その毛布は爆発するように激しく燃えあがり始めた。

 毛布の上に乗ったり近くを歩いていた熱でダニが次々と炎に焼かれて黒く焼け焦げていく。

 

「やけに派手に燃えるな。これなんかの油か?」

「可燃性のオイルだ。ユッグがまた現れるだろうと予想して、常に持ち歩いている」


 ランボーの機転で急場は凌げそうだ。

 だが、天からまだ降り注ぐ吸血ダニの雨は途切れていない。


「あんなダニはどこから……」

「さっきの鳥だよ。私達の真上を通った時に、あの鳥にくっ付いていたのが一斉に降ってきたのが見えた」


 エリちゃんが足元をバンバンと踏みながら答えた。

 どうやら、燃える毛布をかいくぐり、地面を這って迫ってくるダニを踏み潰しているようだ。


「要するにあいつは媒介者(キャリア)なのか……単体では脅威はないが、病原菌を無自覚にばら撒く存在。ペスト菌をばらまいた野ネズミと同じペイルライダー」


 これがククルカンの祟りとやらの正体か。


 巨大怪鳥に寄生したダニの群れが地上へとバラ撒かれて、病原菌を広げてパンデミックを発生させる。

 そういう意味では死の使いと言えなくもない。

 

「火の絨毯を逃れたやつが穴の中へ入ってきているみたい。早く対処しないと」

 

 そうは言われても、こんな小動物の集団を一気にまとめて駆除するなど、そんな都合の良い能力なんて……一つだけ有った。


「モリ君、悪いけどプロテクションで傘を作って欲しい。10秒ほど持てばそれでいい」

「傘?」


 リプリィさんと抱き合ったままのモリ君が答えた。

 

 ……待って、君はこの非常時に何をやっているんだ。

 

 なんというか、ツッコミどころ多数だが、今は突っ込んでいる余裕などない。


「いいから早く。手遅れになる前に」


 俺が箒にまたがると、モリ君が帽子の上に丸いプロテクションの壁を作ってくれた。

 これでダニが俺に食い尽くまでの数秒は凌げるはずだ。


「鳥3羽を解放(リリース)!」


 鳥3羽が消滅したのと同時に、俺は箒に乗って穴から一気に飛び出した。


 プロテクションの傘を隙間から抜けたダニが肩などに降ってくるが、今は無視だ。

 皮膚に到達しなければそれでいい。


 クツァルだかククルカンだか知らんが、あいつを仕留めないとダニの犠牲者が際限なく増えることになる。


 今は僻地なので被害は俺達だけに留まっているが、あの怪鳥が町へ飛んでいけば大惨事になる。


「魔女の呪い」が発動して、箒の前に黒い球体が生成されると俺を中心とした球状に黒い雨が一瞬にして消え去った。


「収穫」は発動時に周囲の弱い生命体から黒い霧へと変えて吸収する能力だ。


 つまり、発動すると、まず単体では弱い生き物でしかないダニから食い尽くされる。


 空から降り注いでくるもの、地面に落ちたもの、俺の服へ潜り込もうとしているもの。

 そいつらが次々と黒い霧と化して消滅していく。

 

「みんなは足元にダニが残っていないか警戒をしてくれ。俺はあの汚染物質バラ撒きクソバードを撃墜してくる」

「わかった。少数ならばこちらでなんとかしよう」


 パタムンカさんはそう言って先程の素焼きの瓶に入った液体を周囲に巻き始めた。


 ここはみんなに任せて大丈夫そうだ。


 俺は「収穫」の効果範囲がみんなの潜んでいる穴へ到達する前に旋回して黒い霧をまといながら空高く舞い上がった。


 ククルカンは俺が飛翔したのと同時に、俺達の頭上から飛び去って距離を取っていく。

 明らかに逃走の動きだ。


「こちらが脅威と気付いたか」


 箒を加速させて追跡を開始する。

 それなりの速度のようだが、ランクアップによって強化された俺の箒の速度ならば余裕で追いつける。


 箒の先に黒い球体を浮かべたまま、一気に箒を加速。

 回転しながらククルカンの翼の被膜へ突撃した。


 そのまま「収穫」で奴の翼を消し去りながら反対側へ突き抜ける。


 巨人(イソグサ)にトドメを刺した黒い球体を零距離で叩き付けて黒い霧に変える攻撃の空中バージョンだ。


 一度ターンして、今度はククルカンの真上から胴体を貫通。真下へ突き抜ける。


 そしてジャングルの木に接触するギリギリで反転……落下してくる奴とダニの群れへ箒の先を向ける。


「チャージは既に完了した……照射!」

 

 箒の先端から発せられた熱線がその巨大な鳥とダニを跡形もなく消滅させた。

 

「全くなんなんだこの世界は……油断も隙もないってのはこのことだ。早く戻ってモリ君にツッコミをいれないと」


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