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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 3. Tomb of the Red Queen
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Chapter 5 「赤の女王」

 全身を深紅のドレスに包んだ女は、まるで急いでいるようには見えない、ゆったりとした歩き方だ。

 なのに、恐ろしい速さでジャングルに挟まれた街道を北方向へ移動していた。


 こちらは遮蔽物のない空中を直線移動。

 赤い女は道なりに歩いているので距離の面でも不利なはずなのに、想定よりも速すぎるせいで距離差をなかなか縮められない。


「普通に歩いて速いとか、地面がエスカレーターみたいになってるのか?」


 ここは現代の地球とは違い、それほど開発が進んでいるわけではないので町と街道以外はほぼジャングルに覆われたままである。


 もし、このまま追いつけずに密林地帯へ逃げ込まれて潜伏されたら追跡はほぼ不可能になる。


 視界が開けている街道沿いで何とか足止めをする必要がある。


 少しでも風の抵抗を減らすために箒へ身体を密着させる。


 帽子を目が隠れるまで深々と被り直す。

 視点を使い魔である鳥の視点のみに切り替えて箒を加速させた。


 激しい風切り音に耐えながら限界まで加速して突き進むと、さすがに赤い女との距離が詰まってきた。


 一度追い抜いた後に5羽の鳥を追加召喚。

 上空から爆撃のように赤い女の進路の先に降らせると、赤い女はようやく足を止めて、滞空中の俺を見た。


「上から目線で失礼だが問おう。お前は『ゲームマスター』のお仲間か?」


 女からの返答を求めて少し待つが何の反応もない。

 無視ということか?


「声が小さくて全然聞こえない」


 予想外の答えを女は大声で返してきた。


 確かに女との距離は高低差で15メートルほどはある。

 聞こえなくても仕方がないかもしれない。


「『ゲームマスター』の仲間なのか?」


 俺は相手に聞こえるように精一杯の大声を張り上げた。


「聞こえない、もっと大きな声で」


 なぜ向こうの声は聞こえるのに俺の声は届かないのか?

 あえて無視しているのかもしれない。


「ゲエム! マスタアの! 仲間! なのか! って! 聞いてんの!」


 単語ごとに細かく分割して、それぞれを肺の中の空気を全部吐き出すつもりで、大声を張り上げた。


 これで聞こえないということはないだろう。

 一息つくと、女から返事が返ってきた。


「……だから聞こえないって言ってるじゃない」


 女の声はまるで耳元でささやくように聞こえた。


 常識で考えるとありえないが、何かまずいことが起こっている。

 直感でそう判断して、声が聞こえたのとは逆方向へ、箒を回転させる。


「あら器用」


 空中を転がるように横方向へ高速移動した直後に、赤い女の腕が、俺が今までいた場所を薙ぎ払った。

 まるで肉食獣のような鋭い爪が空気を切り裂く音が唸りをあげる。


 咄嗟に勘で避けたのは正解だったようだ。


 女の指の先から伸びた爪は細くて長く、そして鋭い。

 太陽の光を受けて反射するそれは、まるで金属のような鈍い輝きを放っていた。

 直撃を受ければ大きく切り裂かれただろう。


 体勢を立て直して状況を確認する。


 地面にいたはずの赤い女はいつの間にか土煙を纏いながら俺のいる15メートルほどの高さまで跳躍してきていた。


 急に耳元で声が聞こえたのは、赤い女が一瞬で俺のすぐ横まで接近したためだろう。


 先程までの疾走といい人間離れした途轍もない脚力を持っていることがうかがい知れる。


 腕力に関しても同様に人並み外れていることは、今の空振りになった攻撃でも分かる。

 避けられたのは僥倖と言わざるを得ない。


 帽子に隠された赤い女の表情の全てを見ることはかなわないが、舌を出して口紅が塗られた唇をなめる動きをしているのだけは目視できた。


 舌で唇をなめる。

 ただそれだけの動きにも関わらず、女からは妖艶な魅力が伝わってくる。


 今のような艶めかしい動作で何人もの男を誑かしてきたのだろう。


 だが、現在の俺は少女な上に、二次元専門だ。

 狙い目を外した超暴投球に過ぎず、それが直撃することはない。

 

「獲物を前に舌なめずりは三流のすることだぞ」

「これは余裕ってものよ。覚えておきなさい、魔女のお嬢ちゃん」


 それだけ言うと女は地上へと落下していく。


 一瞬で15メートルまで飛び上がる跳躍力はあるが、飛行能力や空中で二段ジャンプするような特殊能力はないらしい。

 飛行可能な俺のアドバンテージはなおも変わらない。


「降りてきなさい、お姉さんが相手をしてあげる」


 そう言われても、正直、(ラヴィ)の足では、先程から恐るべき脚力を見せつけてくる赤い女の速度に付いていける気などしない。


 何が悲しくて俺が有利な空中というフィールドを捨てて、地上戦に付き合ってやる必要があるのか。


 それに、地上での格闘戦のプロなら、たった今この戦場にたどり着いた。


「その女が一方的に殴りかかってきた。たまたま避けたけど、当たれば命の危機だった」


 今の状況を大声で端的に説明した。


「じゃあ、これは当たり所が悪かったらごめんなさいってことで!」


 着地の僅かな隙を狙って流星のように放たれた、エリちゃんの飛び蹴りが無防備な赤い女の胸元に直撃した。

 赤い女の身体能力がどれほどのものかは分からないが、流石に着地のタイミング、膝が曲がった状態ではまともな回避運動など取れなかったのであろう。


 もろに蹴りの直撃を食らった赤い女は飛び蹴りの勢いを殺すこともできず、紙屑のように吹き飛ばされていった。


 あまつさえ、一度地面に落下してもその勢いは止まらずに跳ね上がった。

 再度地面に激しく叩きつけられるも、まだ勢いは止まらない。

 なお衝撃の反動で跳ね上がり、また着地。


 まるで飛び石のように数度跳ねながら50メートルほど転がり続けたところでようやくその動きを止めた。


 女よりやや遅れて、飛び蹴りの勢いを殺すために空中でバク転をしたエリちゃんが体操選手のような華麗な着地をした。


 さらにワンテンポ経ってから、蹴りの衝撃で脱げたであろう赤い女がかぶっていた帽子がヒラヒラと地面に落ちた。


 赤い女は地に伏したまま動く気配はない。


 だが、今ので仕留められたとは思っていない。


 先ほどの運動能力からして、今の攻撃一発で沈むはずがない。

 どう見ても狸寝入りだ。


 油断すると手痛い反撃が来る可能性は十分あり得る。

 今の先制で大ダメージを与えたのは法律がどうのという話を抜きにすれば、良かったのかもしれない。


 一応リプリィさんから聞いた話では、俺たちに許されているのは事情聴取を受けるように説得だ。

 なので、今のエリちゃんの蹴りはセーフかアウトかと言うと……セフト。

 グレーだ。やりすぎた。


 俺は一度地上に降りた。


「今のは正当防衛ってことでアリ?」

「俺は警告をしているだけなのに、女は突然に鋭い爪を薙ぎ払ってきたんだ。エリちゃんはそれを止めた……正当防衛だ」


 女から反撃があることを警戒してエリちゃんのやや後ろに隠れるように立った。

 年下の女の子の後ろに隠れるのは正直格好が良いものではないが、俺はプライドより安全を取りたい。


 かなり無理のある理屈ではあるが、だからと言って無抵抗のままやられるつもりはない。


 それよりも、問題はここからだ。

 この状態からどうやって拘束するかだ。


「でも助かった。敵は思っているよりも強い。倒せるうちに倒しておかないと、かなり面倒なことになりそうだ」

「面倒というのは?」

「何をするのか読めないってことだ。エリちゃん、出航前にロープとか買ってなかった? 今のうちにあいつを拘束したいんだけど」

「買ったけど船に置きっぱなしじゃけぇ、持ってきとらんよ」


 こればかりは仕方がないだろう。


「船から降りてとりあえず食事」という流れから、何となくこの追跡劇が始まったので捕縛用の道具などを持っているわけもない。


 どうしたものかと様子を見ていると赤い女がゆらりと立ち上がり、視線を上げて今まで帽子で隠していた顔を露わにした。


 その顔には、目も鼻も髪も何もなかった。


 滑らかな陶器でできた卵のような曲面に、口紅(ルージュ)が塗られた口だけが大きく開いていて、まるで何か悪趣味なマネキンか芸術品のように見えてくる。


 この急な変貌は、おそらく人型の怪物が、普通の人間に見えるように何かしらの偽装を行っていたのだろう。

 ダメージを受けたことで、それが解除されたといったところか。


 人間ではなかったからこそ、あれだけの人並外れた運動性能を見せたのだろう。


 赤い女は無機質な動きでゆっくりとこちらを見つめた。


 眼など存在しないというのに、確実にこちらを睨みつけていることは理解できた。


「礼儀も礼節も……男も知らないようなおぼこい娘が2人……」


 ただ、立つには立ったが、ノーダメージと言うわけではなさそうだ。

 蹴りの直撃のダメージから回復できていないのは明白で、首を傾げるように横を向いたままである。


 姿勢は極端に背中を曲げた猫背を保ったままで背筋を伸ばそうとはせず、足は内股で膝から下は小刻みに震えている。


「お前は『ゲームマスター』の仲間か? このパナマで何をしようとしていた?」


 先ほどと同じ質問を改めて投げかける。


 ダメージで身体能力はかなり落ちていそうだが、妙な隠し玉で反撃をしてくる可能性は捨てきれない。


 口から火の玉を吐き出して攻撃してくるくらいは想定して、いつでも盾で防げる準備だけはしておく。


 最悪は魔女の呪いを使用して一気に消し飛ばすことも視野に入れておいた方が良いだろう。


「私は荷物が無事に届くよう手配に来ただけ。まあそれもやり直さざるを得ないようだけど」

「荷物?」


 まるで質問への回答になっていないどころか、荷物うんぬんという、聞いてもいない話が返ってきた。

 情報なのか、それともミスリードのための誤情報なのか。


「まあ、これ以上はここに留まり続けても意味はないようね。引き上げましょう」


 赤い女がそう言うや否や、足元に淡く青白い光が広がり始めた。


 その光は段々と強くなり、最初はぼんやりとしていた何かの模様がしっかりとした像を浮かべ始めてきた。

 タウンティンの海辺の遺跡で眼鏡マンが使っていた魔法陣と同じ……おそらく転移。逃げるつもりだ。


「ならば3羽をリリーす……ってできないか」


 俺のすぐ真横にはエリちゃんが立っている。


 魔女の呪いを放てば、確実に赤い女を消せるだろうが、その事前動作である「収穫」にエリちゃんを巻き込んでしまうので使うことはできない。


 そういう意味では因果な能力だ。


 威力こそあるが、今回のように仲間との連携が必要な場面では使用できない。

 同様の理由で街中のように人が多くいる場所でも使用は限定される。


「ならば、ノーマルの極光で!」


 箒の先から閃光を放つが、赤い女の手前……魔法陣の淵で弾かれて到達しない。

 エリちゃんが足元にある石を拾い上げて投げつけるも、女に当たらず、手前でどこかに消えた。


「どうする? また飛び蹴りを当てる?」

「止めた方が良さそうだ。あれは多分転移魔法陣だ。ついうっかり飛び込めば、どこに飛ばされるか分からない」


 魔法陣の光はどんどん強くなる。

 なんとか解除方法を見つけないと、やつに逃げられる。


「ならば、あの魔法陣を潰せれば!」


 鳥を放って地面に浮かんだ魔法陣に叩きつけるも、地面が凹んで砂が舞い上がるだけだった。

 光る魔法陣は物理的な実体を持っていないようだ。


 路面の状態とは無関係に、魔法陣は宙に浮いたまま、形を崩すことはなかった。


「さすがに今回ばかりはあなたたちの勝ちを認めましょう」

「待て、逃げるのか!」

「もちろん。次は万全な状態で。また会いましょう、お嬢さんたち。今度は北の(ヒキガエル)の遺跡で」


 女はそれだけを言い残して姿を消した。


 これは完全に撤退したと判断してよいだろう。

 警戒を解いた。


「完全に逃げられたな。でも、ヒキガエルがどうのってのは一体……」


 気付くと脱げて地面に落ちていたはずの女の深紅の帽子も消滅していた。


 帽子に見えるだけで、実は女の身体の一部なので一緒に転移した。

 距離が離れすぎると消滅するような仕組みだった。


 理由は色々と考えられるが、女は何も残さず消えたので調べようがない。


 だが、少しだけでも分かったことはある。


 女は「荷物」とやらで何か行おうとしていたこと。

 北の「蟇の遺跡」で待っているという発言。

 これは今後の方針になる。


 全身赤色の妖艶な美人という目立つ容姿ならば、聞き込みをすれば簡単に見つかるだろう。


 身体能力は高いが、倒す手段は十分ある。

 転移で逃げられない程度に連続攻撃を当てれば普通に倒せそうというのは次回戦闘時に作戦を決めるためのヒントになる。


「一度戻って状況報告をしよう。その上で今後の対策会議だ」


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