Chapter 4 「赤い女を追え」
「というわけで、その赤い女について色々と聞き込みをして来た……んだが」
2、3日前に通りを歩いていたという怪しげな「赤い女」について聞き込みをした結果をモリ君へ報告に来たのだが――
「そこで寝てる自称サポーターはなにやってんの?」
「かなり強そうな酒をビール感覚でガブガブ飲んじゃってこのざまです」
モリ君はカップを片手にしたままテーブルへ突っ伏したカーターを起こそうとしているところだった。
だが、カーターは言葉になっていない意味不明な唸り声を出すだけで起きようとしない。
カップの匂いを嗅ぐと、強烈なアルコール臭がする。
出航前に買って調理にも使った「チチャ」は蒸留もされておらずアルコール度数は低めだったが、今カーターが飲んでいるのは蒸留された透明な酒だ。
相当アルコール度数が高いのだろう。
火を付けたら普通に発火しそうだ。
消毒薬の代わりに使えるかもしれないので、確保しておいても良いかもしれない。
「もうちょっと荒く起こしてもいいぞ、こいつは」
鳥を喚び出してカーターの頭や背中の上でタップダンスをさせると「なんか鳥臭いな」と言いながらようやく頭を上げた。
「今は何時? 終電はまだ走ってる?」
「まだ昼だし、この世界に電車は走ってない。1人で船に戻れるか? 宿は別に取ってないから寝るなら船室だぞ。掃除が大変だから途中で吐くなよ」
「なら途中でタクシー拾って帰るわ」
カーターは通行人に「ヘイ、タクシー!」などと言いながら、音程が怪しい鼻歌混じりでフラフラと千鳥足で歩いて行く。
話を聞きたかったのだが、今の調子だととてもそんな状態ではない。
酒が抜けるまでは話は保留だ。
まあ、現段階の情報だと、そこまで急ぎの案件ではないので、無理に起こさなくていいだろう。
「モリ君、悪いんだけど、船室まで連れて行ってやってくれ」
「仕方ないですね。カーターさん、行きますよ」
モリ君がカーターに肩を貸して歩いていった。
本当にあんなのが監視だかサポートだかで大丈夫なのだろうか?
屋台街から船は近いからか、モリ君はすぐに戻ってきた。
では、本題に戻ろう。
商店街や港湾の作業員たちに赤い女について話を聞いてみた。
深紅のドレスを身に纏い、つばが広く赤い帽子で目元を隠した若い女性が、この町に現れたのは3日前らしい。
ここは交易港なので様々な人間が街に来るのは日常茶飯事だ。
だが、女が町に現れた3日前は強風で海は荒れており、船の発着はない日だった。
南北を深いジャングルに囲まれているこの町への出入りは、基本的に船だ。
船の発着がない日に突如として現れたその赤い女は歩くのには適さないドレス姿で、足元はハイヒールだったとか。
なので、ジャングルを抜ける陸路で来たとも思えない。
全身が真っ赤という派手で目立つ服装だったということ。
帽子を深々と被って顔は分からないはずなのに、体形や顔の輪郭、口元だけで絶世の美女だとみんな噂しているのも怪しい。
女の正体について流言飛語が飛び交ったらしい。
今のところ、豪商や政府の役人用の高級ホテルに滞在していることからして、豪商が囲っている情婦が一人で町に抜け出してきたのでは?
という説で落ち着いている。
前からパナマにいたけど、誰もその存在を知らなかっただけ。
船便がない日に海外からやってきたわけではなく、ずっと籠っていたホテルから出てきただけでも理由が説明できるからだ。
「まあ、俺はそいつがただの情婦だなんて全く思っていないわけだが」
「『ゲームマスター』絡みの可能性ですね」
「前に祭祀場で見た『ゲームマスター』は男だったが、別にゲームマスターが1人だという理由もないし、カーターみたいな小間使いポジションが、他にいてもおかしくはないはずだ」
ゲームマスターに部下が大勢いて、赤い女もそのうちの1人と考えてもおかしくはない。
地下遺跡で見た男や眼鏡マンは瞬間移動能力を使っていたが、赤い女も同様に瞬間移動でこのパナマへやってきた説は成り立つ。
「変な恰好すぎるので、俺たちと同じ召喚された人間が、遺跡の転移の扉でこの町に飛ばされてきただけという可能性もありうる」
「もしここに飛ばされただけの人ならば、何もわからずここに来た可能性はありますし、俺たちが助けになれたらとは思いますね」
モリ君は相変わらず生真面目だ。
ほぼ敵だとは思うのだが、もし被害者だった場合には何とか救済をすることまで考えている。
だが、俺達はそのキャラクターが所持している設定以外の物は何も持たない手ぶらで召喚されている。
高級ホテルに連泊できる金を持っているとは考えにくい。
まだ「金持ちの情婦」説の方が整合性はある。
俺は屋台街から見える、小高い丘の上に建っているホテルを指さした。
「今はリプリィさんが、軍人の特権で令状を取れないかの確認に行ってる。もし令状を取れたら堂々と踏み込める」
「国家権力万歳ですね、それ」
いくら科学技術がそれなりに発達しているといえ、ここは中世の南米だ。
日本とは違い、それなりの地位にある軍人が「これをやらせろ」と言えば、だいたい通ってしまう世界でもある。
敵に回ると厄介極まりないが、味方でいるうちは実に頼りになる。
「令状は取れました」
噂をすれば……というやつだ。
リプリィさんが何やら手書きの書類、おそらく捜査令状を片手にこちらへと走ってきた。
「入国や滞在許可の書類が提出されていなかったようですので、不法入国の疑いで令状を取りました」
「要するにスパイか何かの疑いで調査ということですか?」
「はい、そういうことです」
この国の法律については分からないが、これで合法的にホテルに踏み込むことができそうだ。
ここでカーターがいれば、何か分かったかもしれないが、いないのは仕方がない。
とりあえず「敵」という認識で捜査を行いたい。
「では行きましょう、ホテルに」
◆ ◆ ◆
小高い丘の上に建てられた高級ホテルは、豪華さと静けさを兼ね備えた空間だった。
ロビーには大理石の床が広がり、シャンデリアの光が柔らかく反射していた。
その高級ホテルに似つかわしくない場違いな俺達が踏み込んだことで、ホテルの従業員が何事かと慌てて駆けてきた。
「本日、このホテルの宿泊客への事情聴取を行います。協力をお願いします」
先頭に立っていたリプリィさんはそう言うとその従業員に令状を突き付けた。
従業員はその令状を見るや否や「支配人を呼んでまいります」と言って、奥の部屋へ慌てて飛び込んでいった。
ややあってホテルの支配人らしき痩せた人物が姿を現した。
「私共の分かることでしたら」
「3日ほど前から女性客が滞在していると思う。外国人だ」
落ち着いた語りの支配人にリプリィさんが端的に要件を伝えると「ご案内します」と支配人が階段を上がり始めた。
リプリィさん、ランボー、コマンドーがそれに続く。
「洋画で見た」
「本当にやるんですね、こんな感じの調査」
慌てふためく従業員を横目に、醤油が入った壺を抱えた俺とモリ君、エリちゃんの3人が続く。
ホテルの宿泊客らしき人物が数人ほどドアから顔を出しているのを見かけたので「すみませんお騒がせします」と手を振っておく。
「それで宿泊客の名前は?」
「『レイナ=ロハ』とサインにはあります」
「他に同伴者は?」
「お1人のみの宿泊となっております。料金は1週間分を現金先払いでお支払いいただいております」
「このホテルだとそれなりの金額のはずだが、それを現金一括で?」
「はい」
見るからに高級ホテルだ。
1泊でもそれなりの金額になるだろう。
現代の地球のようにクレジットカードや振り込みで後から支払いができる世界ではない。
この時点で俺たちと同じ召喚者という可能性は消えたと思う。
「この奥の部屋です」
「分かった。感謝する」
支配人は3階の踊り場で立ち止まり、そこから見える廊下の奥の部屋を指さした。
リプリィさんは支配人から鍵を受け取って廊下の奥へと進んでいく。
ランボー、コマンドーの2人が銃を構えてそれに続く。
「レイナさん。軍のリプリィと申します。少しお話を伺いたいのですが」
リプリィさんが扉をノックしながら室内に呼びかけるが返事はない。
ノックと呼びかけを3回ほど繰り返したが状況は同じだった。
ホテルの支配人は困惑した表情を見せた後に、扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。
ガチャリと音を立てて鍵が開いた。
まずランボーとコマンドーが拳銃を片手に勢いよく踏み込む。
豪華なスイートルームの内装が一瞬で視界に広がった。
「クリア!」
「誰もいません」
リプリィさんと俺たちがそれに続く。
室内には誰もいなかった。
それどころか、人がいた痕跡すら見当たらない。
ホテル支配人の話によれば、女性はこの部屋に3日滞在していたはずだ。
ソファーやベッドのシーツにしわ1つなく、床にもゴミ1つ落ちていない。
ホテルの従業員が定期的に掃除やベッドメイクをしていたとも考えられるが、それを差し引いても3日間同じ人物が宿泊していたのならば何かしらの痕跡は残るものだ。
別の部屋と間違えているのだろうか?
それとも、部屋を借りただけで全く使用していないのだろうか?
女はシャワー、ソファー、ベッドなどを一切使うことなく、3日間この部屋の中央でずっと棒立ちのままだったというのだろうか?
「そこの窓から逃げたんじゃ?」
エリちゃんが壁際にある換気のためだろう、開けられたままの窓を指した。
確かにその窓は人一人なら余裕で通ることができるくらいの大きさはある。
ただ、ここは3階だ。
ドレスを着た女性が窓から飛び出したところでどうにもならない。
常識の範囲でならばの話だが。
「いたよ! 向こうの方に逃げてる!」
窓の外に首を出したエリちゃんが声を上げた。
俺達は慌てて詰めかけるが、それらしい影は何も見えない。
「無茶苦茶速い。どんどん遠ざかってる」
「いや、全然見えないんだが」
「いや、あの通りのところ」
エリちゃんが指差すが、その方向を見ても俺の目には何も見えなかった。
「本当だ。赤い点みたいなのが見えます」
「点じゃなくて人!」
モリ君は点のようなものではあるが、視認できたようだ。
そういえば山の遺跡でワイバーンの存在に最初に気付いたのはエリちゃんだった。
モリ君はやや遅れてそれに気付き、俺は結局至近距離に近づくまで目視できなかった。
リプリィさんやランボー、コマンドーも俺と同じように見えないと言っているので、別に俺の視力が劣るというだけではなく、2人が優れているだけだろう。
「追いかけなくていいの?」
「しかしこの距離では……」
確かにこの3階の部屋から一度階段を降りてホテルを出て……とやっている間にどこか見えない場所まで逃げられてしまうのは間違いないだろう。
「大丈夫、ちょっと走って行ってくる」
エリちゃんが何の躊躇もせずに3階の窓から飛び降りた。
「ちょっ、エリス!」
「何やってんのエリちゃん!」
俺たちの心配をよそに、エリちゃんは窓から飛び降りると何事もなかったかのように華麗に着地を決めた。
普通の着地とは違う。
一瞬だけ足元にスキルを使った時に出る青い光が走った。
着地の瞬間にスキルで足を強化したのだと思うが、あんな使用方法は今までやったことがなかった。
もしや、深夜に一人でトレーニングしていたのは、スキルの使い方の訓練だったのだろうか?
エリちゃんは土煙を上げながら、ホテルの敷地を抜けて駆けだしていく。
「モリ君はあれと同じことはできる?」
「できるとは思いませんが、エリス1人を行かせられません。俺も追いかけます」
モリ君はそう言うとブーツの音を響かせながら部屋を飛び出していった。
こうなっては俺もここでただ待っているわけにはいかないだろう。
「すみません、後の処理について任せます。俺もあの女を追います」
「それは分かりましたが、どうやって……」
「追いつくのは簡単です。ただ、あの女はどうすれば良いんですか? 捕縛ですか? それとも聞き込みだけですか? 殺傷はありですか?」
念のために方針だけは確認しておく。
追いかけて交戦して怪我を負わせた後に「法律上その行為はダメです」と言われて犯罪者扱いされても後の祭りである。
「今回の令状はあくまでも事情聴取です。こちらの調査から逃亡したということで公務執行妨害の現行犯として拘束することは可能ですが、正当防衛ならばともかく、一方的に攻撃を仕掛ければフォローできません」
「なるほど、ありがとうございます」
可能な限りは会話で解決。方針は理解できた。
「では追跡します。多分、今のペースだと俺が一番に追いつけます。なので、リプリィさんたちはホテル内に他の仲間がいないか、あの女が本当に何の痕跡も残していないのか、確認をお願いします」
俺は醤油の入った壺をリプリィさんに預けた。
鳥1羽を使い魔として肩に乗せる。
俺の視力では離れた距離にいる赤い女を視認することはできないが、はるかに視力が優れている使い魔の目を通してならば話は別だ。
使い魔の目が赤い女を捉えた。
箒に跨り、開いた窓から勢いよく飛び出した。
ランクアップによって強化された箒は、最大速度80キロほどで飛べる。
なのに、女との距離はなかなか詰まらない。
赤い女の走る速度が人間を明らかに超えている。
少なくとも現地民ではない。
俺たちと同じ召喚者か、運営の関係者と思って間違いないだろう。
眼下にエリちゃんが土煙を上げながら爆走しているのが見えた。
ホテルから飛び降りた時と同じで、走る瞬間だけ、軸足を一瞬光らせて速度を上げている。
今までの脚力強化は、ずっと足を光らせっぱなしだった。
着地の瞬間だけ力を一点集中させることで、強化の効果を増していると見た。
このスキルの使い方については後で聞いておきたいところだ。
俺のスキル強化にも繋がるかもしれない。
モリ君はかなり後ろの方だ。
出発したのが遅いし、同じランクアップと言っても、格闘特化のエリちゃんと、万能型のモリ君ではフィジカルにかなり差がある。
モリ君にはスキルによる身体強化がないのでなおさらだ。
だが、エリちゃんはあくまでも地面を道なりに走っているだけだ。
何も障害物がない空中を一直線に飛行する俺の方が先に赤い女のところに着くだろう。
一度高度を落として真下を走っていたエリちゃんに「先に行ってる」と声を掛けた。
「一人で大丈夫?」
「リプリィさんとも話したが、まずは会話ってことになってる。先に行って時間を稼いどく。できれば戦闘なしで進めたい」
「わかった」
再度高度を上げて、赤い女に向かって飛行する。
赤い女もエリちゃんと同じで道なりに走る必要がある。
いくら足が速くとも、遮蔽物がない空中を移動できる俺に圧倒的なアドバンテージがある。
すぐに追いつける。
「さて、こんなことをできる奴がただの金持ちの情婦ってわけはないんだろう。話を聞かせてもらうぞ赤い女!」




