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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 3. Tomb of the Red Queen
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Chapter 3 「パナマ地峡」

 交易船はようやくパナマ地峡に到着した。

 船は水や燃料の補給、積み荷の積み替えなどのため、ここに1週間ほど滞在する。


 タウンティンを出発して1週間……と言いたいところだが、このパナマもタウンティンの領土内なので、実は別の国に来たというわけではない。


 日本で例えるならば、東京を出発して青森まで船で来ましたくらいの感覚だ。

 まだどこにも至っていない。


「しかし、久しぶりの陸地って感じだな」


 狭い船内でじっとしていて体がなまっているので、腹筋、前屈、背筋反らしとラジオ体操で身体を伸ばす。


 俺は箒で空を飛んで適度にストレス解消していたが、他のみんなは本当に船室でじっとするしかなかったので、かなり辛かっただろう。


 エリちゃんも俺と同じようにラジオ体操で全身の筋を伸ばしている。


 モリ君とカーターはちょっとおかしい。

 住んでいる地域の違いだろうか?


「ラビ助、なんかお前のラジオ体操変じゃない?」

「カーターとモリ君がおかしいんだろ。俺とエリちゃんは同じだ……というか、ラビ助ってなんだよその呼び名」

「男だしクソガキだし、ぴったりな呼び名だと思うけどな」


 やはりこいつとは相容れそうにない。


 俺たち日本人に対してリプリィさんたち現地人組は、軍隊式の柔軟体操だ。

 柔軟という意味ではラジオ体操よりも効率は良いだろう。


「でも、来週からは、また1週間の船旅なんだよね」

「まあ、ただじっとしているだけで着くんだから楽と言えば楽なんだけど」


 このパナマの港は交易港であり、あちこちの船が出入りするというならば何かしら店があるだろう。


 長い船内の暇つぶしのためのボードゲームかカードゲームを購入するのもありかもしれない。


 パナマ運河は標高が高い山の上の湖を利用して太平洋と大西洋を接続している。

 そう聞いたことがあったが、実際には延々と平地が続いており、山ははるか彼方にしか見えない。


 逆に言うならば、そのはるか彼方の山まで川を掘り進めないと運河は完成しないということだ。


 この世界にまだパナマ運河は存在していない。


 耳を澄ますと、はるか彼方から花火のような炸裂音が微かに聞こえてくる。

 おそらくその炸裂音こそが運河を建設するために岩壁を発破している音なのだろう。


 タウンティンが強力な爆弾を所持しているのは、巨人(イソグサ)の爆破計画で知っていたが、本来の利用用途はこれだったのだろう。


「ダイナマイトと蒸気エンジンのおかげで、百年計画と言われた計画はかなり早まりました。もしかしたら10年以内に完了するかもしれません」


 山の方を見る俺にリプリィさんが説明してくれた。


 現実のパナマ運河建設も手彫りの時はまるで進まず、スポンサーが逃げ出しまくったが、ダイナマイトの発明と重機の投入、そしてマラリア対策で一気に計画が進んだという。

 この世界でも同じだろう。


「パナマ運河って具体的にどういうものなの?」


 エリちゃんから今更の質問が飛んできた。


「世界史とか地理とかやらなかった?」

 答えの代わりに「エヘヘ」と愛想笑いが返ってきた。

 これは簡単に説明しておいた方が良いだろう。


「まず地球の話だ。太平洋から大西洋に抜ける時、もしくはその逆の時に、いちいち大陸を一周しないと移動することができず不便でした」

「なるほど」

「なので、北米と南米の間にある細い部分に穴を開けて船の通り道を作ったら移動が楽になりました。これがパナマ運河」


 簡単に説明するとこういうことだ。


 パナマ運河の説明は小学校の地理の時間で学ぶ内容だった気がしないでもない。


「事情は異界……あなたたちの世界と同じですね。タウンティンから大陸の東側への移動はアンデス山脈とジャングルがあるために困難です。なので、パナマのチャグレス川経由で運河を建設することになりました。高低差の解決策として、今は船をクレーンで持ち上げる方式を検討しているようです」


 おそらくはその「チャグレス川」というのがパナマの山にあるダム湖のことなのだろう。


 地球のパナマは、運河の途中を壁で仕切って、そこに水を流し込んで高低差を解消するという方式だが、この世界ではクレーンで船ごと持ち上げる方法のようだ。


 日本の青島なんかの離島で漁船を吊るのと同じ仕組みだろう。


 ただ、あまりに大きな船だとクレーンで吊り上げるのは困難になるはずだ。

 まだ完成まで程遠いのでいいが、最終的には地球と同じ方式へと改造されることになるのかもしれない。


「分かった?」

「まだ運河は工事中なので荷物は陸で運んでますってところまでは」

「はい、日本に帰ったら家庭教師をやってあげるのでエリちゃんはもっと勉強しましょうね」

「はーい」


 今の雑な返事で、全く勉強する気などないと確信した。


 家庭教師計画は本格的に考えた方が良いかもしれない。


 まあ、そのためには俺も再度勉強が必要だろう。

 受験勉強の内容はどんどん頭から抜け落ちているわけなのだから。


「モリ君はOK?」

「授業で教わったので知識では知ってましたけど、実物を見ると理解が違いますね」

「それは俺も同じだ。実物を見るとやっぱり違うな……いや、地球とは全く別物なんだけど」


 俺たちが先程まで乗っていた交易船からも次々と木箱を運んでいるトリケラトプスに目を向けた。


 陸路での荷物運搬は、タウンティン本国と同じく、ここでもトリケラトプスが中心だ。


 象のような巨体と馬力を生かして、重そうな荷物が入った木箱をいくつも乗せた荷車を引いて、力強くノシノシと歩いている。

 先ほどまで俺たちが乗っていた船に積まれていた荷物の一部だ。


 ここで、港の周辺にあるレンガ造りの倉庫へと運ばれて、また別の船で違うところへ運ばれていく。


 技術的に未熟な蒸気エンジン搭載の車よりはトリケラトプスの方が馬力はあるので効率的なのかもしれないが、さも当然のように恐竜が町中を闊歩している絵にはまだ慣れそうにない。


「異世界ですねぇ」

「こういうところは異世界だよなぁ」


 俺とモリ君は腕組みをしながらしみじみとトリケラトプスの動きを見る。

 男はみんな恐竜が大好きなのだ。


「では、そろそろ食事にしましょうか」


 リプリィさんが両手をパンと打ち合わせたので、全員の注意がリプリィさんの方を向く。


「食事ができるところがあるんですね?」

「港湾労働者や商人向けの店ですけどね。安くて美味しい店が並んでいます」


 リプリィさんの先導で、レンガ倉庫が並ぶ倉庫街方向へ歩いていくと、屋台が立ち並ぶ通りが見えてきた。


 トマトスープや海鮮を焼いたであろう香ばしい匂いが風に乗って流れてくる。


「こういうところは小樽や神戸なんかと同じだな。倉庫街の近くには労働者が食うための飯屋の通りがある」

「横浜もそうですよ。赤レンガ倉庫の近くとか」


 リプリィさんの言うとおり、港湾関係者向けらしく、持ち帰って簡単に食べられるファストフード的な料理や、酒を提供する立ち飲み屋などが中心に軒を連ねている。


 実際、荷物の積み込み、積み下ろしの作業を終えて休憩しているであろう作業員たちが、露店席に屋台で購入した食事や酒を持ち寄って宴会を始めている。


「もしかして、ようやくあの乾燥ジャガイモピザもどきから解放されるのか?」

「ああ、久々のまともな食事だ」


 カーターはよほどあのジャガイモピザが嫌だったのだろう。


 今まで見たことのない満面の笑みで屋台に並んでいる食べ物を品定めしている。


 俺もさすがに1週間ずっと同じ保存食というのは辛いものがあっただけに、せっかくなのでここは美味いものを食べたい。


「ここで美味しいのはタコスですね。店によって色々な味があるので、食べ比べてみるのも良いかもしれません」


 このパナマを何度か訪れたことがありそうなリプリィさんが説明をしてくれた。


「エビや貝を焼いたものなど、美味しいものが多いですよ」

「タコスに海鮮……そうか、もうメキシコが近いもんな。それにこの港の反対側はカリブ海か」

「カリブ海ってあの海賊とか出るカリブ?」


 エリちゃんが尋ねてきたので首を振る。


 まるで海賊が名物のように言われても困るが、そのカリブだ。

 多分ジョニーデップとかいる。


「カリブって地中海だと思っていた」

「海賊映画はスペイン人とイギリス人ばっかり登場するから場所が分かりにくいんだけど、カリブってアメリカ圏なんだよ。レゲエとか全然ヨーロッパじゃないだろ」


 屋台には様々な料理が並んでいたが、リプリィさんが薦めてくれたので、その中であえてタコスにターゲットを絞ってみる。


 タコスに限定しても店によって肉、魚、エビ、豆……それぞれで中の具材が異なっている。


 かかっているソースも赤かったり黄色かったりで味の予想が難しいが、どれも旨そうだ。

 何を注文すべきか迷う。


 おそらくどれもチリソース味なのだろうが、それ以外の味付けの可能性も否定できない。


「全部買うのは無理だろうし、違う店のを何個か買ってシェアかな」

「私と分けましょ。私はエビにするけどラビちゃんは?」

「俺は煮詰めた豆と白身魚。平凡な具材で勝負しているあたり、味付けに自信があると見た」


 自分で調理する時のことを考えると、店ではどのような味付けをしているのかに興味がある。

 もし美味しければ、同じ調味料をこの市場で探して買うのもありだ。

 これからの旅では確実に役に立つ。


「なら俺は肉で。やっぱりたまには肉を食べないと力が出ないよ」


 モリ君の選択は実に高校生男子らしくて安心する。

 高校生男子が求めるものといえば、カロリーと量を確保するための肉だろう。

 

「ならモーリスさんは私と分け合うということで」


 リプリィさんが笑顔でモリ君に声をかけるや否や、エリちゃんがモリ君の腕を取った。


「モリ君は私と分け合うので」

「エリスさんはラヴィさんとエビと豆を分け合うんですよね」

「それはそれ、これはこれで」


 モリ君を巡ってまた何やらややこしい事態が始まってしまった。

 仕方ない、ここは仲裁するしかないだろうと2人の方へ向かうと、先にモリ君が動いた。


「分け合うよりも俺は1人でガッツリ食べたいかな」


 モリ君が空気を全く読まずにカーターと一緒にオープンテラスのテーブル席に付いた。


「オレも肉料理だな。あと酒を一杯」

「おいおい、昼間から飲む気満々かよ」

「ここには何日か補給のために滞在するんだろ。今日くらい好きにさせてくれよ」


 カーターは既に店員に酒の注文を入れていた。

 周りで騒いでいる港湾労働者たちが飲んでいる酒が気になったようだ。


 完全に椅子に重い尻を預けて酒と料理を催促するその姿からは、しばらくはそこから、てこでも動く気はないという鉄の意志が伝わってくる。


 一体こいつは俺たちの何の監視とサポートをするつもりなのだろうか?


 あまりストーカーのように付きまとわれても、それはそれで鬱陶しいので良いこととしたい。


 というわけで、俺たち女性3人だけがその場に取り残された。


「……とりあえず3人でシェアってことでいいですか」

「うん、まあそれで」


 仕方ないので適当に屋台でタコスを購入して食べながら商店街を見て回る。


 販売されている物は労働者向けの日用品と食材が中心だ。

 異国情緒を楽しむのは良いが、観光客向けの土産物などは売られていない。


 この世界のパナマは、軍事拠点かつ運河建設のために町があるが、周りには他の町はなく、陸の孤島だ。

 労働者とその家族向け以外の観光客などまず誰も来ないのだろう。


 そもそも観光でこんなところに人が来る時代ではない。


 それでも乾燥ジャガイモピザの味変をするための調味料が何か手に入ればと淡い期待を胸にあちこち見て回る。


 しばらく歩くと、商店街の一番奥に商品を幌で覆った暗い雰囲気の店を見つけた。


 その店から何やら嗅いだことのある懐かしい匂いが流れてくる。

 幌の中には壺がいくつも並んでいる。

 その壺から醸し出されるのは間違いなく醤油の香りだ。


「これは売り物ですか?」


 商店の主らしい老婆がいたので声をかけてみる。


「ああ、これは魚を漬け込んだ保存食だよ。安くしとくよお嬢ちゃん」

「ちょっと見せてもらって良いですか?」

「どうぞ。試食もどうだい?」


 壺の蓋を開けると、中には真っ黒に変色した液体に浸かったグズグズに崩れたイワシらしき魚が詰め込まれていた。


 おそらく魚を塩や何かの調味料で漬け込んで作った発酵食品なのだろう。


 魚の発酵食品ということで鮒寿司をイメージしていたが、食べてみると味はいかなごの佃煮に近い。


 もちろん独特の酸味があり、佃煮とは別の味で別の料理だと分かるのだが、これはこれで美味い。

 ご飯が欲しくなる味だ。


 珍味なのだとは思う。

 だけど、俺にはその魚の発酵食品よりも、上澄み液の方が重要だった。


 臭いといい、色といい、完全に醤油……いや、魚醤だ。


 豆で作った醤油と比較すると、若干魚の生臭い臭いがあるのは気になるが、そこまで騒ぐほどではない。


 もしかすると、この店が、商店街の一番奥にひっそりと店を構えているのは、この発酵食品が放つ独特の臭いが原因かもしれない。

 日本人だと馴染みの匂いだが、慣れない人間には臭いかもしれない。


 せっかくのチャンスだと俺は壺ごとその魚醤を購入した。


 壺のままだと嵩張るし持ち運びにくいので、小分けして保存するための蓋つきの瓶も探したい。

 

「しかし、最近は外国の方がよく来るね。珍しいこともあるものだ」


 店主の老婆はニコニコで壺を抱える俺……いや、俺たち3人を見てそう答えた。


 俺とエリちゃんはもちろん、この国ではあまり見ることのない銀髪のリプリィさんも他国の人間に見えたのだろう。


 ただ『よく来る』というのは気になる。

 

 俺たちと同じ、この世界の召喚された人間なら、再会して情報交換はしておきたい。


 ただ、これがゲームマスターや、他の運営関係者ならば話は変わってくる。


 今のところパナマで活動している情報はないが、ここは重要拠点だ。動いていない保証がない。

 連中がこのパナマで何かを企んでいるのならば、早めに潰しておいた方が良いだろう。


「船が出るのは来週ですよね」

「はい、時間的な余裕はあります」


 リプリィさんに予定を再確認する。


 どうせ、船が出るまでやることはないのだ。

 調査する時間的な余裕はある。


 まだ運営絡みと限ったわけではないが、念のために調べておいても良いだろう。


「おばあさん、前にこの辺りに来た外国人はどのような方でしたか? もしかしたら知り合いかもしれないので」

「2、3日くらい前かねぇ。ここの商店街を歩いていたんだよ。全身真っ赤なドレスを着て、これまた赤い帽子をかぶった女性が」


 明らかに派手すぎる。


 地域にそぐわない変な服装でウロウロしているのは、召喚された日本人である可能性が高い。


 日本人なのか、運営の関係者なのかは分からないが、会ってみても損はないだろう。

 もしかしたら、この地域に飛ばされた仲間ならば、なおさらだ。

 1人で困っているかもしれない。


「まずは聞き込みをしてみよう。そんな目立つ人物が、噂になってないわけがない」


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