Chapter 20 「目指すはサンディエゴ」
祭祀場で邪神の神官?を撃破した後はユッグの目撃、被害報告は急速に減少、収束していった。
下水道や森の中など、人の目があまりない場所に潜んでいる個体はそれなりにいるようだが、火に弱いという弱点が共有されたので、軍や町の自警団などによって狩られて数を減らしている。
ユッグ大量発生という事態が解消されたことにより、街道の封鎖は解除された。
この国の当面の危機は去ったと言えるだろう。
俺達は事件の報告と、巨人討伐の報酬を受け取るべく知事の待つ州都チャンカを訪れていた。
首都クスコに比べると若干田舎という印象を受けるが、それでも街には電気の街灯が設置されて人の通りも多い。
遺跡最寄りの町、パカリ・タンプは寂しい町だったので、そこと比べると大都会だ。
知事が待っている庁舎へ向かうために街を歩いていると、やたら注目されることに気付いた。
どうやら俺の白髪紅眼という、このタウンティンの現地民と全く違う容姿はかなり目を引くようだ。
面倒ごとになっても厄介なので、仕方なく髪と瞳が見えにくいように帽子を深々と被る。
魔女という物語の悪役ポジションが世間からどう思われているかについては理解している。
やはり魔女というとは世間から排斥されるものらしい。
「オイオイ、英雄様の凱旋だぞ。もっと景気良く迎えてやれよ」
何故か俺を奇異の目で見る住民達を、カーターが大きな声と態度で睨みつけている。
あんなことがあったというのに、まだ俺達の味方のつもりなのだろうか?
それに英雄様がどうのとか言うのは運営側の事情な話だろう。
「いやいや、逆に目立つだろ。どうせすぐにこの国は出て行くんだし、穏便に済ませたい」
そもそも粗暴な悪いオッサンがあたりを威嚇しているだけにしか見えなくて逆効果の気がする。
こいつの性根は悪い奴ではなさそうなのだが、それ以外の信用できない要素が強すぎる。
「だがそれでもな、こういう時は何か言わないと気が済まないだろう」
確かに邪険にされるよりは歓迎された方が良いというのはあるが、ここに滞在するのは日本に戻るまでの短期間だ。別にそこまで必死になることでもないだろう。
それに、俺は別に他人の目がどうのというのは気にしない性格だ。
別に遠慮しているのではなく本当に何も思っていないのでやめて欲しい。
「私もこの悪目立ちする銀髪のせいで昔はよく虐められました。ただ、逆に負けてなるものかと頑張った結果が今の私であり、それが私の誇りでもあります」
リプリィさんが俺の肩に手を置いた。
俺は別に気にはしていないのだが、もしかして気遣いをいただいているのだろうか?
だとしたら感謝の気持ちしかない。
「まあ、ひたすら仕事に対して努力一筋だったせいで、19歳にもなって恋人の一人も出来たことないんですけどね」
おいやめろ。
19歳で恋人なしを嘆くとか、23歳の人生で一度も恋人なしの俺に流れ弾を浴びせる行為を止めろ。
おそらく謙遜なのだろうが、本当に止めてくれ。その術は俺に効く。
「大丈夫ですよ。リプリィさんは綺麗だし、性格も良いし、すぐに恋人だって出来ますよ。もしも良いなら俺が立候補しても良いくらいです」
一連の話を聞いていたモリ君がリプリィさんの手を取って、とんでもないことを言い出した。
決して悪意などではない。
モリ君の下心などない善意であることは伝わってくる。
本当にモリ君は悪くない。悪くないのだが悪いのだ。
地雷原でタップダンスを踊り始めるのだけはやめて欲しい。
リプリィさんが「年上でも良いですよね」などと怖いことを小声でボソボソ言い出したり、エリちゃんが無言のまま殺意のオーラを放出しながら俺に「ラビちゃん、ちょっと女子トークしない?」と笑顔で語りかけてきたりと、とんでもないことになっている。
俺の精神的な健康のためにも人間関係のブレイクだけはやめて欲しい。
針のむしろ状態で気まずい中、俺達は庁舎に着いた。
◆ ◆ ◆
「今回の巨人討伐の任務、改めてご苦労様でした」
「ありがとうございます。軍の皆さんや飛行機を提供していただいた工廠の方にもお世話になりました」
知事とは初対面の時は色々とあって初印象は悪かった。
だが今は震電……箒を用意していただいたり、ユッグの群れから助け出していただいたりと助力いただいている。
ここは礼儀を欠かさず謝辞を述べたい。
「『ゲームマスター』なる人物については既に指名手配済ですが、未だに確保、もしくは有力な情報の入手には至っていません」
「まあそうでしょうね」
あちこちを自由に転移できる奴が目立つ都市部に潜んでいるとは思えない。
おそらく各地を点々としながら例のゾス神の祭祀場のように、何かの古代遺跡を利用してタウンティンに攻撃を仕掛けようとしてくるだろう。
「ただ、ここから先は私達の国の仕事です。いつまでも貴方達の手を借りるわけにはいきません」
この世界でゲームをやっている奴がいて、そいつらは盤外にいるこの世界の現地人が勝手にモンスターを狩るのを嫌がっているという話はリプリィさん経由で知事には伝わっている。
ならば、この国の科学力で敵を倒すことが、このふざけたゲームをやっている運営者への攻撃にも繋がるのだ。
ここで俺達が手を出すと、ただのゲームの一環として、逆にマイナスになる方が大きいだろう。
それにもう、あいつらのゲームに乗る気もしない。
今は一日でも早く日本に帰りたいというのが正直な気持ちだ。
ただ、だからと言って見て見ぬふりをするのかと聞かれると、それは否と答えるだろう。
それはおそらくモリ君とエリちゃんも同じだろう。
俺達が何もしなかったせいで、それで何も知らない一般人に犠牲が出るのは目覚めが悪い。
手の届く範囲くらいならば何とかしたいとは思う。
「それでは報酬でしたね」
度会知事はそう言うと、机の上に何から袋のようなものをいくつか取り出した。
それぞれの袋はずっしりと重そうで、中にはかなりの量が入っているのが分かる。
「こちらはお約束していた金銭的報酬です。全員分をまとめていますので、分配についてはご自由に」
「ありがとうございます。これはリーダーのモリ君に」
モリ君が金が入った袋を受け取ろうとしたところ、その手を知事が掴んだ。
「ところで、うちの孫もついでに貰ってやっていただけますかね」
「孫ってリプリィさんですよね? いや良い人だとは思いますけど、それは本人が決めることだと思います」
モリ君は分かっているのか分かってないのか微妙な回答を返した。
今回の場合は本人が割と乗り気で、あとは完全にモリ君の意識の問題だから困っているのだ。
モリ君が「はいこの国に残ります」と言えば、すぐにでも知事が結婚式の手配を始めそうな雰囲気だ。
「いやいや、うちの子を勝手に勧誘しないでください」
「そうそうダメですよ。モリ君は私たちの仲間ですから」
俺とエリちゃんの2人で知事の指に手をかけてモリ君の手からゆっくりと引き剥がした。
全く、油断も隙もないとはこのことだ。
「相手は孫でなくとも、貴方達同士で結婚して、この国に残っていただいても構いませんよ。仕事は厚遇で用意しましょう」
「え、結婚!? いや、私達はそういうのじゃなくて……うん、まあ」
「そうですよ。俺とエリスはただの仲間でそういう関係ではありませんから」
満更でもなさそうなエリちゃんに対して、モリ君がまたも地雷原を踏み抜きに入った。
「そういう関係ではない」と断言されたエリちゃんの顔がスッと急に真顔に戻っている。
怖い。
そんな二人を見て知事がクククと笑っている。
どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか判断に困る。
「俺達は日本に帰ります。ですので、いただくのはお気持ちだけにしておきます」
「なるほど、それは残念」
知事の反応から、断られるのは分かっていて「あえて」からかっているだろうと感じる。
「ただ、この国に残って欲しいという気持ちは本当です。もし、日本に帰る方法が空振りに終わって、この世界で生きる必要が生じたのならば、また戻ってきなさい。歓迎しましょう」
「その際にはよろしくお願いします」
もちろん社交辞令だ。
失敗する気などない。
「そして最後。日本に戻るための情報ですね」
本題はこれだ。
金銭も無駄にはならないだろうが、それはあくまでオマケ。
この日本に戻るための情報を入手するために俺は……俺達は必死に頑張ってきたのだ。
「日本に戻るための情報ですが、これについては私にも分かりません」
「え?」
いやそれは話が違うだろうという目で訴えるが『そんなことは分かっている。話はまだ続くから聞け』と言わんばかりの目線で返される。
「昔の戦いで生き残った仲間のうち、3人が日本への帰還ルートを調べると言ってこの町から旅立っていきました。1人は音沙汰がありませんが、そのうち1人は居場所が判明しており、今も定期的に連絡を取り合っています。そしてそのうち1人は……」
知事はそう言って机の上にある写真立てへと視線を向けた。
何かの記念写真なのだろうか?
一瞬だけだが3人の少女達が仲良さそうに肩を組んで写っているのが見えた。
1人はリプリィさんに似ていたので、おそらく知事が若い頃の姿。
1人俺と同じ魔女の格好をした黒髪。
そしてもう1人、魔法使い風の姿をした少女。
「1人だけですが、日本へ帰還出来たのですね?」
「はい、その通りです」
これは朗報だ。
たとえ1人でも前例があるというのは強い。
「では、知事が今も連絡を取り合っている1人が情報を持っていると?」
「あなたはこの世界の魔法についてどう思いますか?」
急に話題が変わった。
魔法について知っているとはどういうことだろうか?
「この世界に魔法は存在しません」
「え? なら俺達の力は?」
「私達の力は謎の存在……現在行方を追っているゲームマスターなる存在に与えられた、この世界の法則を無視して発動される独自の能力です。まるで魔法のような現象を引き起こしますが、魔法ではありません」
そう言われてみて思い返すと、陸軍の兵士達は全て銃器を使用しており、誰も魔法を使う人はいなかった。
俺が入院していた病院や前線基地の野戦病院もそうだ。
医師達が行う治療はあくまでも医学の範疇であり、モリ君のような回復能力を使用できる人間は誰もいなかった。
回復魔法があればもっと医学に取り入れられているはずなのにである。
「魔法は有りません。ただし、神の奇跡は存在します。この世界には神が実在しています。例の巨人やその眷属を呼ぶ儀式も魔法ではなく、神の奇跡とも言えるでしょう。まあ、神は神でも邪神なのですが」
なるほど、そういう意味での「魔法がない」というのは分からない話ではない。
魔法的な物は存在しているが、哲学とか学術的、宗教的な問題で魔法と呼びたくないということだろう。
これはもう単なる名称や物事の考え方の話なので、ここで議論する内容ではないだろう。
「つまり、その神の奇跡に頼れば日本に戻る方法があるということでしょうか」
「はい。この世界には複数の神の存在が確認されています。地母神を始めとして、風の神など様々な神が存在します。そして、今回重要なのは時間と空間の神」
「時間と空間ということは、それは……」
「そうです。この時間の神はあらゆる時間と空間に存在しており、どんな空間とも接続できる門の神。一なる全、全なる一……まるで地球の『神』と同じように謳われています。この神と交信することが出来れば、日本へ戻る方法が手に入る可能性は高いと思われます」
「一なる全、全なる一」……どこかで聞いたようなフレーズだ。
いや、地球の『神』がそう言われているのは知っている。
今はこれを全く違う場面で聞いたことがあるように感じたような気がするという話だ。
ただ、日本に戻るための情報としては、なかなか信憑性の高そうなものが出てきた。
「それで、その時間の神とどうやれば交信出来るのですか?」
「それについて調査を行っているのが、私の昔の仲間です」
知事が紙の地図を広げて中心を指さす。
その地図の形状は南アメリカ大陸の西海岸、ペルーを中心とした南北アメリカの地図だった。
「私達が今いるのはここ。州都チャンカです」
知事が指さしたのは南米、ペルーの中心から少しずれた場所だった。
現在の地球のペルーの首都であるリマと首都のクスコの中間地点だろうか。
「地球の名前で説明します。このペルーを北上。中央アメリカ、ユカタン半島を抜けて、メキシコを通過した後にアメリカのカリフォルニア州に入ります。昔の仲間……西の魔女はこのアメリカ西海岸、サンディエゴに住んでいます」
アメリカのカリフォルニア州サンディエゴ。
ロサンゼルスのすぐ南にある大きな都市だ。
だが、よりにもよってここで、俺と同じ肩書……「魔女」なのか。
前に知事が話していたハンマーに乗って空を飛んでいた魔女というのはこの人のことだろうか?
先程の写真に写っていた魔女の少女がおそらくそれだろう。
ということはもう1人の少女が単身、日本へ帰還したということになる。
「それで、道中に鉄道などは?」
「ありません。文明が発展しているのは数百年前から日本人が喚ばれ続けたこのタウンティンだけで、他の地域は中世……日本で言うところの鎌倉時代後期から室町時代初期だと考えてください」
「ということは徒歩以外の交通手段はなしか」
昔に南米ブラジルからアメリカ西海岸ロサンゼルスまでの8000kmを歩くという紀行文を読んだ記憶がある。
ペルーからサンディエゴも、おそらくはそれと同じくらいの距離があるはずだ。
仮に一日40km歩くとしても単純計算で200日……半年以上はかかる計算になる。
もちろん山や川などが間に挟まれば1日あたりの移動距離は更に減るだろう。
「もちろん全ての道程を歩いて進めなどとは申し上げません。地球だとペルーの首都、リマがある場所に我が国最大の貿易港があります。そこから交易船に乗っていただきます」
知事が地図を指で指しながら説明を始めた。
「交易船はパナマ、ホンジュラスに寄港した後は北の国タラスカ……メキシコの貿易港、アカプルコまで約2か月かけて移動をします」
パナマは南米と北米を繋ぐ場所にあるパナマ運河がある場所のことだろう。
パナマ運河がこの世界にあるのかどうかは分からない。
あれは20世紀に完成した人口の運河のはずなので、まだ作られていない可能性の方が高いだろう。
ホンジュラスはそこからやや北上したところ。
ユカタン半島の入り口部分、コーヒーで有名なグアテマラやメキシコと隣接する場所。
アカプルコは名前を聞いても、こちらもコーヒー豆くらいしか思い浮かばないが、確かメキシコの真ん中くらいだったと思う。
そこから先はソノラ砂漠やらチワワ砂漠などの砂漠が広がっており、更に北上するとやはりアリゾナ、ネバダというやはり砂漠地帯が続く。
メキシコシティは内陸の都市だったはずなので、アカプルコがメキシコの首都最寄りの港になるのだろうか?
「ここからは先は隣国のタラスカ王国……アステカ王国の前身の国であり、他国ですので、詳細は不明ですが、カリフォルニア海沿いに隊商が交易を行っていると聞いたことがあります。そこに入り込めばカリフォルニア州の付け根までは行くことが出来るでしょう。そこから先は徒歩で1000kmほどです」
それならばかなり現実味が出てきた。
1000kmも長いが、東京から山口の門司までの距離と同じと考えると、意外と近く感じる。
車を飛ばせば半日で着ける距離だ。
逆に考えると、日本は意外に広いのか?
道中で徒歩以外の移動手段を見つけることが出来れば、更に期間は短縮できるだろう。
「急な話ですが、交易船は5日後に出港します。ただ、手続きがありますので、前日には乗船準備を全て済ませていただきたい。乗船に必要な書類はこちらで用意します」
ここから港の町までの移動に1日かけるとして、ここの滞在時間は2日か。
それまでに、お世話になった人への挨拶や、旅に必要な買い物などは済ませておくべきだろう。
目指すはアメリカサンディエゴだ。




