Chapter 14 「反撃」
目が覚めると最初に見えたのは、またも病院の天井だった。
「いくらなんでも命を燃やしすぎだろう」
自嘲するように呟く。
さすがに連続で気絶して病院へ搬送など、命を粗末にしている自殺願望者だと罵られても返す言葉がない。
しかも、今回の任務は巨人を誘導するだけで、後は軍任せという話だったはずだ。
なのに、結局巨人と真正面から殴り合いという無茶なことをやってしまった。
他に手段はなかったとはいえ、非力な魔法使いが殴り合いをする以外に助かる方法はなかったのか?
今回の勝因は、たまたま相手が俺を侮ってくれたという相手の慢心のおかげだった。
なんとか勝利することができたが、一歩間違えると確実に死んでいた。
さすがにこれからは、効率よく生きる方法を考えて行動しないと、命がいくらあっても足りないだろう。
仲間に積極的に頼っていきたい。
俺のポジションは魔法使いだ。
後方から状況を見極め、支援攻撃と指示を飛ばして勝利という参謀ポジション向きなのだ。
これからは、リーダーのモリ君をもっと成長させていくことを考えよう。
まずは習慣になっている紋様の状態の確認をするために腕を伸ばす。
光る紋様はまだ手の甲に残ったままだ。
どうやら、野戦病院で倒れてから目覚めるまで間にそれほど時間は経過していないのだろう。
ベッド脇を見るが、今回はモリ君もエリちゃんも不在だ。
例の蛆虫対策要員として駆り出されているのだろうか?
それとも、今回は比較的軽傷だったので、付き添いは不要ということかもしれない。
まずは起きたことを報告するために体を起こすと、突然にめまいと吐き気を含む倦怠感が襲ってきた。
そのままベッドに逆戻りをする。
下腹部からじんじんと鈍い痛みが襲ってきて起き上がる気力が沸いてこない。
血の巡りがおかしくなっているのか、身体のあちこちが熱を持っていたり、逆にヒンヤリと冷え切っていたりと神経が色々とおかしくなっている。
まだ傷は完治していないのだろうか?
それとも、魔女の呪いの副作用だろうか?
「収穫」を零距離でイレギュラー的に使ったのがまずかったのかもしれない。
ベッドに寝たままの状態で、身体のあちこちを触って傷の状況を確認してみると、一番酷かったアバラ骨の骨折は完治しているようだった。
これはランクアップしたモリ君の回復能力のおかげだと考えていい。
ただ、ベッドのシーツは血で汚れていた。
どこか傷口が開いたのかもしれない。
モリ君でも完全に治すことは出来なかったのだろうか?
眠っている間に着替えさせられた入院患者用の服にも血が付いていた。
またも下腹部あたりから鈍い痛みが差し込んできた。
あまりにも痛みが辛いので毛布に潜り込む。
幸い手足にはギプスなどの固定具は填められておらず、点滴もされていない。
何か身体が楽になる姿勢はないかと色々と姿勢を変えてみる。
膝を曲げて抱え込み、腹を圧迫する姿勢になると、少し楽になってきた。
俺がそうやってベッドの上でもぞもぞしていると、医者らしき白衣を着た、壮年の男が入ってきた。
俺の意識が戻ったことを見ると、眼鏡をかけ直しながら何やら駆け寄ってきた。
「ああ……落ち着いてください」
俺が辛い表情をしていることに気付いたのか、優し気な声で語りかけてきた。
「ここはどこですか?」
「州都の国立病院です。軍の野戦病院では限界があるために州知事からの要請で貴方を当院へ移送しました」
「そうですか、ありがとうございます。入院から何日経ちました?」
「ここに運び込まれて約1日です」
1日か。
紋様も消えていないし、まあそんなものだろう。
「しかし、あの回復能力は素晴らしいですな。通常だと半年はかかる傷があっという間に完治とは。ただ、体力は相当低下しているようですので、しばらくは安静にしていてください。他に気付いた痛みなどはありますか?」
やはりこの男は医師で間違いないようだ。
なので、今も症状を伝えた。
腹部から激しい鈍痛が続いている上に倦怠感があること。
頭も痛く、貧血のような症状まで出ていること。
ベッドのシーツにも血が付いていたと今の症状を医師に伝えた。
俺の話を聞いた医師は何やら気まずそうな顔をしている。
俺の体調はそれほどに悪いのだろうか?
「看護師!」
医師が声をかけると奥から女性の看護師が早足で駆けてきた。
「どうなさいました?」
「彼女に今の状況の説明を」
何故、看護師なのだろう?
何故、医師が直接教えてくれないのだろうか?
その疑問はすぐに解消した。
「具体的に今の症状を申し上げますと、生理です」
えっ?
言葉の意味が理解できない。
いや単語の意味は理解できる。知性では理解できるのだが、理性では理解できない。
だが何一つとして理解できない。
「生理です」
「そんな馬鹿な?」
生理とか女じゃないんだから、別の症状の間違いだろう。
……あれ?
でも、今の俺の身体って女子だよな……
いや、でもそんなまさか。
この手の召喚者は「人間っぽいけど、実は人間じゃない生体兵器みたいになっているので生殖能力とかなくて、困惑する」というパターンが定番のはずだろう。いい加減にしろ!
と憤慨するが、割と最近に知事とリプリィさん、召喚者とその孫という事例を思い出した。
思い出してしまった。
生殖能力あるじゃん。
生殖能力って誰が産むんだよ?
……俺だよ!
巨人との戦闘後、体内の「全て」の臓器が何としても生きるという意思を実行するために、活性化するのを確かに感じていた。
脳も、心臓も、肺も、腎臓も、全てが生きるためにフル稼働したのだ。
そう、その中にはとりあえず生命維持に必要な活動だからお前は呼んでいないぞ、
という空気を全く読まず
「みんな助かるために必死だし、タカキも頑張ってたし、俺も頑張らないと」
と張り切ってしまった困ったちゃんがいたのだろう。
「下腹の辺りから鈍い痛みがやってくる」
「はい」
「貧血気味の症状になる。頭も痛い」
「はい」
「暑かったり寒かったり調子がおかしい」
「はい」
頭が働かないので、機械的に返す。
「生理痛です」
「アッハイ」
「若干重いようですので、楽になるように薬を用意しておきますね」
「アッハイ」
「下着とシーツは後で取り替えましょう」
「アッハイ」
「今日一日ゆっくり寝ていれば明日から動けるようになりますよ。ただ、生理後の数日はお腹の中が傷つきやすいので、過激な運動はしないようにしてくださいね」
「アッハイ」
「アッハイ」
……なんというか、あれだ。死にたい。
つい最近俺は死なないなどと言ったが、あれは嘘だ。今すぐ死にたい。
巨人と戦う前は何があっても死んでたまるかと決意を固めたが、それはそれとして、もう死にたい。
――うん。もう死のう。
最近は絶望を感じることがあまりにも多い。
やはり魔女の呪いからは逃れることは出来ないというのだろうか?
助けてください魔女さん。
返事はない。なんてやつだ。
それにしても、こういう時に相談できる相手がいないというのは困る。
エリちゃんやリプリィさんはどこに行ったんだ?
ああ、モリ君は来ると多分デリカシー皆無の発言をして、ろくなことにならないと思うので、来なくていいです。
というか来るな。男は来るな。
絶対に来るな。いいか、絶対にだ。
◆ ◆ ◆
「それで、なんであなたが来るんですか?」
「もちろんお祝いですよ。赤飯でも炊いてご用意いたしましょうか?」
最初に見舞いへやってきたのは、よりにもよって度会州知事だった。
こちらの気も知らず、何か面白いことでも有ったかと言わんばかりにニコニコしているのが腹立たしい。
「赤飯を炊いて」うんぬんも完全に嫌がらせで言っているとしか思えない。
「貴方の仲間に同世代の男子がいたでしょう。彼はここには来ないように手を打っておきましたから安心なさい。今の状況で会いたくはないでしょう」
「同世代じゃなくて年下ですけどね。子供みたいなものですよ」
そもそも、何をどうしたらこの国のトップクラスの人間が俺の見舞いへやって来るのか?
「あの男子はもう一人前の大人ですよ。認めてあげなさい」
「そうですか? まだまだ遊びたい盛りという感じですが。もう少し落ち着きも持って欲しいし」
「そうでもないですよ。良ければうちの孫を嫁がせてこの国に残って欲しいところです。立派な医師になってくれそうです」
「お前は何を言っているんだ?」
突然の知事の発言につい本音が出た。
敬語も何もなく、飾り立てない本音の言葉だった。
「元々、召喚された日本人には、この国の発展のために能力を使ってもらおうと思っていました。なので、対価として仕事と結婚相手くらいは用意するのは当然でしょう」
とんでもない話がさらっと知事の口から出てきた。
実の孫であるリプリィさんをハニトラ要員にするつもりなのか?
話がどんどん気まずい方向へ行きそうだ。
話題を逸らすことにする。
「その話は後で本人を交えてちゃんとやりましょう。それで今日は何の御用ですか?」
「あの蛆虫についての続報です。治療が済んだら来なさいと言ったのに、いつまで経っても来ないものですから、こちらから来ました」
それについては謝罪が必要だろう。
仕方がない事情とはいえ、知事の約束を破ってしまったことにはなる。
「それについては申し訳ございません」
「事情は分かっています。謝罪は不要です」
蛆虫が何なのか、あれからどうなったのかについては俺も気になっていた話だ。
あの蛆虫は一体何なのか? どこから来たのか。
「あの虫の呼称はユッグ。伝承によると、あの巨人……イソグサの眷属とのことです」
「眷属……つまり、部下ということですか」
「はい。ユッグはあの巨人の通り道から次々に現れました。対処方法は分かったので駆除はしていますが、なにせ数が多い」
巨人は超強力な再生能力を持つタイプだったが、この眷属は超強力な増殖能力による物量作戦が特徴か。
あの手この手で攻めてくるのがいやらしい。
「対処方法というのは?」
「火です。表面の粘液は熱に弱く、また体内には毒液を兼ねたガス袋が詰まっているようで、低い温度でもすぐに引火して爆発するようです」
州知事の説明で、ユッグがあっさりと極光で燃え尽きたのか理由が分かった。
極光は熱と衝撃を伴ったレーザー光線だ。
それが粘液を一瞬で焼き払い、中の本体のガスに引火したのだろう。
「ユッグは町や、それらを繋ぐ街道沿いで暴れています。今はまだ軍が街道を封鎖して駆除を続けていますが、この状態が長く続くと、国の経済活動は停止し、それによって疲弊して自然に崩壊するでしょう」
それは地味だが国へダメージを与えるという点ではかなり強い。
経済活動だけではなく、不気味なモンスターが町のすぐ近くで動き回っているとなると、精神的な影響も大きいだろう。
巨人はストレートな破壊だけだったが、蛆虫の方も相当厄介な敵だ。
「何か阻止する手はあるのですか?」
州知事が俺のところにやってきて、これほど詳しい話をしているということは、何か解決策を考えているのだろうと思って疑問をぶつけてみる。
州知事の能力については俺も否定はしない。
国の平和が脅かされているのに何の対策もせず、俺の見舞いだけにやってきたとは思えない。
「私たちの現役時代に、人々を石化させる巨大な貝の化け物が出ました。それを討伐した後に、今度は翼竜のようなモンスター……眷属が発生しました。今回の状況と似通っていると思いませんか?」
ここで州知事から金のメダルをいただいたことを思い出した。
金のメダルがあるということは、過去にも巨人と同格の敵を倒していたということになるが、それならば納得だ。
「貝の化け物と巨人。翼竜と蛆虫。出現するモンスターこそ全く違いますが、状況は同じですね」
州知事は頷いた。
「つまり、その時と同じ対応をすれば解決に至る可能性が高いと」
「ええ。巨人と蛆虫は何の前触れもなく突然現れました。そのことから、昔の怪物と同じく、魔術的な儀式でこの世界に呼び出されたと推測されます」
「つまり、その魔術的な儀式を行った場所を特定し、そこにいるであろう召喚者を叩いて、根本から原因を断つ……そういうことですね」
「召喚者が潜伏しているであろう場所について概ね特定できました」
話が早い。
俺が眠っている間に、もう勝負は半ば解決していた。
州知事は有能なのは良いのだが、ここまで行くと少し怖いものがある。
「今も斥候が、具体的な場所の特定を行っています。報告はすぐに届くでしょう。作戦決行日は明後日です。それまでに体調を万全にしなさい」
俺は腹を抑えた。
あとは体力の回復と生理痛さえ解消すればすぐにでも動ける。
ここまで来たらやるしかあるまい。
今までは守勢だったが、今度はこちらの反撃のターンだ。
「それともう1つ」
州知事が何かを思い出したように人差し指を立てた。
「兵士たちにあの地母神の遺跡の調査を行わせたところ、日本人を1人救助することに成功しました」
「1人……ですか」
遺跡の中に取り残されている日本人については俺も気にしていたところだ。
多数はどこかに転移しており、遺跡内にはそれほど多くは残っていないと予想はしていたが、1人だけというのは寂しいものがある。
「1人だけというのが気になりますか?」
「いえ……1人でも助かった命があるというのは良いことです」
「本当に助かった人物なのでしょうか?」
ところが、州知事の反応は俺の予想と違っていた。
まるで、1人の状態で発見されたことが不自然だと言わんばかりだ。
「私たちの世代も、あなたたちも3人でチームを組んでいたと思います。もちろん、仲間が途中で失われた可能性もありますが……」
「最初から1人だったと?」
州知事は俺の疑問に対する回答をしなかった。
「彼は、あなたたちに同行して、儀式を中断する作戦に参加したいと言っています。これをどう判断するかはあなたたちに任せたいと思います」
「私たちのリーダーはモーリス……あの少年です。彼の意見は?」
「怪しいのは確かですが、同じ日本人同士を疑いたくはないと」
「モリ君らしい」
少し笑みが漏れた。
リーダーであるモリ君がそう言うならばたとえ怪しい人物でも、俺は受け入れることに反対はしない。
「何かあれば私が対処するようにします」
「ええ……頼みます」
州知事が俺のところにやってきた本題はこちらだったかもしれない。
ユッグの話は別に俺の退院後の説明でも良いのだから。
「それで、その人物の名前は?」
「日本人名は片倉秀則。キャラ名は[カーター SSR]」
◆ ◆ ◆
「運営の連中は酷いことしやがるな」
スーツ姿の男性は、機械人形の残骸に腰かけながら、虚ろな目をしている遺体を見た。
スーツのポケットへ無造作に手を突っ込み、煙草とライターを取り出して、火を点ける。
吸い込んで、ため息と共に大きく吐き出す。
「残念だけど、オレにはあんたたちを助けられない。日本に帰してやることもできない。だけど、せめて墓くらいは都合をつけてやる」
男はスーツのポケットから今度は携帯用の煙草の吸殻入れを取り出し、その中に煙草を入れた。
立ち上がり、人間の頭蓋骨に酷似した機械人形の頭部を革靴のつま先で蹴飛ばすと、胴体から切り離された首はそのままコロコロと暗がりの奥の方へ転がっていった。
スーツの内ポケットから手帳を開いて、ページをめくる。
指がボールペンで雑に書き込まれた「鹿島櫻子」のところで止まった。
「えっと、小森裕和がモーリス。赤土恵理子がエリス。鹿島櫻子がラヴィニア……なんかオウカって名前も書いてあるんだけど、1人がカード2枚持ってんのか? その上に他3名は現時点だと不確定? なんだそりゃ、不確定って」
手帳を開きながら歩きだしたところ、倒れていた機械人形に蹴躓いてバランスを崩す。
「おっとっと……こいつら多すぎだろ。床をこんなに散らかして大丈夫かね……まあ適当にやってくれるか」
男は手帳を内ポケットに戻し、パンツのポケットに両手を入れて猫背の姿勢で、十体以上の機械人形の残骸が転がる部屋を後にした。
階段を上っていくと、通路の先からオリーブカラーの軍服を身にまとい、手にライフルを持った兵士たちが姿を現す。
男は両手をポケットから出して、頭の上に掲げた。
「オレは日本人だ。助けてくれ! 抵抗はしない。この後ろの部屋に仲間の遺体がある! 回収してくれると助かる!」
突然の声に兵士たちは一瞬動揺した。
もちろん、彼らは優秀な兵士だった。
すぐに役目を思い出し、任務通りに男に駆け寄った。
「抵抗はしないって言ってるだろ」
「すまない。抵抗される可能性があるので、まずは武装解除をさせて拘束するように言われている」
「分かったよ。痛くしないでくれ」
男は兵士たちと共に通路を進み、部屋に開けられた大穴から遺跡の外に出る。
やや遅れて、遺跡の奥から3名の遺体に白い布がかけられて、担架で運ばれてきた。
男と兵士たちは近くに停まっていた竜車の客車に乗り込んだ。
遺体は荷台に積み込まれた。
客車に座ったところで、兵士たちが男の拘束を解いた。
「今から貴君は軍の施設に入ってもらう。簡単な身元確認と事情聴取が済めば、他の仲間に会わせたいと考えている」
「そこで風呂と食事はいただけるんで?」
「ああ、用意しよう」
男は口角を上げてにやけた。
少し前まで拘束されていたとは思えない余裕の表情だった。
「じゃあ、自己紹介から始めますか。名前は片倉秀則。28歳。山梨県の市役所の土木課勤め。キャラクターの名前は――」
男……片倉はポケットの中から一枚のカードを取り出しながら言った。
「――ランドルフ・カーター」




