Chapter 13 「野戦病院」
「ここまで運んでいただきありがとうございます」
「いえ、たいしたことはしていませんよ」
俺を前線基地の入り口で降ろした知事は「治療が済んだら来なさい」と言い残して、騎竜の手綱を引いて基地の奥へと歩いて行こうとした。
「あの」
エリちゃんが知事を呼び止める。
「私、あなたのことを勘違いしていたみたいです。あなたはとても良い人です」
「いえ、私はただ、やるべきことをやっただけです。感謝の必要はありません」
知事はそれだけ言うと騎竜を連れて去っていった。
「じゃあ傷はモリ君に治してもらおう」
「そうだな。さすがに今回ばかりは限界だ」
エリちゃんに肩を借りて野戦病院になっているテントまで運ばれた。
テントの中には十数個の簡易ベッドが組まれ、その上には兵士たちが毛布も掛けられず所狭しと寝かされていた。
ベッドが足りないのか、通路に寝かされている兵士たちもいるが、こちらはトリアージされて比較的軽傷者ばかりが並べられているようだ。
「おお……無事だったのですか?」
包帯で腕を吊った男が話しかけてきた。
顔を見ると、以前にお世話になったウェイフさんだった。
別れる直前に死亡フラグ満載のセリフを言っていたが、どうやら無事に生きていてくれたらしい。
「ウェイフさんも無事……ではなさそうですが」
「命あっての物種です。まあ、しばらく養生させてもらいますよ」
思わぬ再会だったが、生きてくれていて良かった。
そんな傷ついた兵士たちの間を縫うようにモリ君が医師たちに交じって汗を飛ばしながら走り回っている。
何のコストも必要なく、比較的傷が重くてもすぐに治癒させることができるモリ君の能力は、この野戦病院では貴重なのだろう。
リプリィさんも、モリ君に付いて治療のサポートを行っているようだ。
薬やら包帯やらを両手いっぱいに抱えて走り回っている。
2人とも忙しそうで声をかけにくい。
「やっぱり俺は後回しでいいかな。この兵士さんたちの方が優先だろう」
「何言ってんの! あのベッドで寝ている兵士さんとラビちゃんとどっちが重傷だと思ってんの? そもそも、その状態で動けてるのが不思議なんだけど」
「えっ? 俺ってそんな重傷なの?」
「自覚ないの!?」
エリちゃんが呆れたように言った。
かなりの痛みはあるものの、耐えられなくはないし、今のところは火事場の底力で動けてはいるので支障は感じていない。
傍からだとそれほど重傷に見えるのだろうか?
まあ別に動けているから急ぐほどのことではないだろう。
「俺よりも見るからに痛みを訴えて苦しんでいる兵士たちの方が酷い傷に見えるんだが」
「ラビちゃん、目まで……」
いや、視力は正常だ。
特に何の支障もなく見えている。
……嘘だ。先ほどから目のかすみが酷い。
どうやら、安全圏に戻ってこられたという安心感から、そろそろ火事場のクソ力も終了のようだ。
「この兵士さんたちは、やっぱりみんな巨人にやられたのか?」
「それもあるけど、問題はその後に出てきた蛆虫みたいなやつ。銃が全然効かないみたいで……」
俺の疑問にエリちゃんが答えてくれた。
やはりあの蛆虫は他の場所にも出ていたのか。
「ごめんね、すぐに助けに行けなくて」
「大丈夫だよ。こうやって助けに来てくれたんだから。本当にありがとう」
俺はエリちゃんに感謝の言葉を告げた。
「あの知事にも感謝しないとな」
「でも、まさかあの人からラビちゃんを助けに行こうなんて誘われるとは思わなかった」
やはりエリちゃんも知事に対しては悪いイメージを持っていたようだ。
何しろ、あの初対面の印象が悪すぎた。
あれだと心がない冷徹な鉄面皮としか思えない。
「多分、人は偉くなると、立場上は自分の感情より優先しないといけないものが増えてくるんだと思う。助けて貰った贔屓目もあるだろうけど、そんなに悪い人じゃないよ」
「そうだね。あの人は意外と良い人だ」
俺も知事のことをそれほど知っているわけではないが、助けていただいた恩もある。
もう少し話せば、さらに印象が変わるかもしれない。
まあ、ひねくれ者だというのは間違いないのだが。
「それで蛆虫はどんな状況で現れたんだ?」
知事の話はさておき、今は蛆虫の情報が欲しいのでエリちゃんに尋ねた。
「今から1時間くらい前……ものすごい光が空に昇っていったあたりだと思う」
光が空に昇っていったというのは、おそらく俺が巨人を倒した後、余剰になった魔女の呪いを空へ向かって空撃ちした時の閃光だろう。
つまり、巨人が倒れたのとほぼ同時刻に発生ということになる。
「急に巨人が通った跡から白い蛆虫みたいなのが大量に湧いてきて、私たちや兵士の人たちも訳が分からないまま必死で戦ったんだけど、やっぱり銃が効かないせいで押し込まれて……」
「そんなにあいつは頑丈なのか」
「私やモリ君でも相当頑張って攻撃しないと倒せなくて、その間に兵士の人たちは押し切られてこんな感じ。多分、他の場所でも似たようなことが起こっているんだと思う」
「なるほど」
俺とエリちゃんが話しているのに気付いたのか、モリ君とリプリィさんがこちらに駆け寄ってきた。
顔にはかなり憔悴の色が浮かんでいる。
治療で奔走した結果、相当疲労が溜まっているのが分かる。
「ラビさん、無事……じゃないみたいですね」
「モリ君の方が大丈夫か? かなり疲れているように見えるけど」
「ラビさん程じゃないですよ。それより早く見せてください、回復能力をかけますので」
モリ君が全く説得力のないことを言い出した。
「俺よりも先に重傷の兵士を回復させてあげてほしい」
「この野戦病院に居る中で一番の重傷者はどう見てもラビさんですよ」
モリ君もエリちゃんと同じことを言うならばそうなのだろう。
自覚はないが、そこまでのダメージを受けているように見えるのだろうか。
改めて自分の姿を見る。
白銀の航空服のうち、触腕に締め付けられた胸の辺りから下半身にかけて真っ赤に染まっていた。
自分で言うのもなんだが、あまりに酷い。
巨人の返り血の可能性もあるのでは? と少し思ったが、冷静に考えると巨人は体液も含めて全て霧に変えたので返り血など付くわけがない。
つまり航空服の赤い色は、全て俺が流した血だ。
「回復能力の正しい使い方がやっと分かったんですよ。相手の傷の状態を見て、正しく治すための医療知識と合わせれば効果が上がるって」
「そうか、それは良かった」
言っていることはなんだか分からないが、モリ君の表情が俺の出発前と少し違う。
ほんのわずかな間に成長したようだ。
「だから俺がすぐに回復を……」
モリ君は俺に近寄ろうとするが、突然にバランスを崩して倒れ込んだ。
転倒する直前にエリちゃんが抱き留めたが、そうでなければ真正面に立っていた俺ごと倒れていただろう。
「モリ君も限界でしょ。一体何人を回復させたの?」
「いや、スキルは使っても別に何も消費しないから、疲れないはずなんだけど……」
「医者の不養生というのはこういうことか」
モリ君は明らかに疲労を隠せていない。
いくらスキルの使用で体力は消費しないと言っても、モリ君の回復能力は患部に触れて発動させるタイプのスキルだ。
負傷箇所を調べて、患部にスキルを発動という慣れない医療行為を大勢の人間相手に行っていれば、肉体的にも精神的にも疲れるのは当然の話だ。
この野戦病院には最低でも50人ほどの怪我人が詰めかけている。
それら全員に回復能力を使っていれば当然限界がくる。
「いいからモリ君も休め。唯一の回復役が倒れたら、俺たちも他の兵士の方もみんな困る」
「私からもお願いします。命にかかわるような重傷者はもういません。あとは通常の医療で大丈夫ですので、少しは休んでください。私も心配です」
リプリィさんが俺に続いた。
あれ、リプリィさんがモリ君へ向ける視線ってこんな感じだっけ?
俺が出撃する前は大切な客人という雰囲気だったのが、大切な友人という感じに変わっている。
いや、違うな。
これ、完全に恋する乙女だ。
俺がいない間にモリ君は何をしたのか?
リプリィさんに何があったというのか?
「それでも……」
だが、モリ君は俺たちからの休めという提案を受け入れようとしない。
「モリ君が良い奴なのは分かるけど、困っている人を見ると、自己犠牲を厭わずに全力を費やそうとするのはダメなところだぞ」
「えっ?」
「他人だけじゃなくて自分の命も大切なんだ。もっと自分を大事にして欲しい」
俺はあまり説教が好きではないが、若い子が暴走して傷つくのをあまり見たくはない。
他人を助けるのは良いが、もっと自分を大事にして欲しい。
こういうことは、はっきり言葉に出さないと、伝わらないこともある。
だが、そんな俺の説法もモリ君やエリちゃんは
「お前は何を言っているんだ」
と言わんばかりの表情で俺を見つめてくるだけだ。
2人とも若さ故に正論に反発したくなるのは分かるが、年長者の言うことはもう少し聞いて欲しい。
「そう言えば州知事からメダルを報酬だって貰ったんだけど、これって使えないかな?」
「メダルを!?」
エリちゃんが布袋からメダルを取り出した。
俺たちが持っていたメダルと合わせると金が2枚、銀が4枚、銅が5枚になる。
銅のメダル5枚と銀のメダル1枚は揃っているので、モリ君はすぐにでもランクアップは可能だ。
銀のメダルが1枚足りないので、どのみち俺はランクアップできない。
「ならばこういうのはどうだ? まずモリ君がランクアップする。それで今の疲労も回復できるし、多分回復能力の性能も上がるだろうから、もっと効率良く治療ができるようになる」
モリ君のレアリティはR。
ハセベさんたちと合流した後に、モリ君かガーネットちゃんのどちらかをランクアップさせようとは考えていた。
だが、3人の居場所が分からない以上は、メダルを温存させても意味はない。
おそらくRのメダルは比較的すぐに揃えられるので、3人と再会する頃には補填もできるはずだ。
「でも良いんですか? 銀のメダルを1枚使うと、ラビさんのランクアップがまた遠くなりますよ」
「そうは言っても銀のメダルが次にいつ手に入るかわからない。俺の負傷については、モリ君がランクアップして強化された回復能力で治してくれるなら帳尻は合う」
「それでも」
「今のリーダーはモリ君だ。俺の意見と顔色ばかり窺うんじゃなく、今の状況だと、何がベストなのかは自分で考えて決めるんだ」
ややあってモリ君が答えた。
「……分かりました。ランクアップします」
「それでランクアップってどうやれば良いんだ? エリちゃんは知ってるだろう?」
ランクアップについては俺もそこまで詳しいわけではない。
経験者であるエリちゃんに聞いてみるしかないだろう。
「そこのところどうですかエリちゃん?」
「え? いや、私はその時は全然意識がなかったので覚えてないんですけど」
ランクアップ時に意識がなかったエリちゃんは具体的に何が起こったのかについて記憶はないようだ。
まあ状況が状況だけに仕方がない。
「メダルを使うという意思を固めると選択肢が出るのでYESを選べば良いと眼鏡マンが言ってた」
「誰なの眼鏡マン?」
「いや眼鏡マンは眼鏡マンで……」
そう言われてみれば、眼鏡マンは戦闘が発生した直後に俺がなぎ倒している。
その間、モリ君はエリちゃんの治療に付きっ切りだったので、覚えていなくても仕方ないと気付く。
まあ、あんな変態眼鏡マンの存在なんて覚えていてもこの先の人生で特に何か良いことがあるとも思えない。
忘れてしまっても良いだろう。
「じゃあ、メダルを持ちすぎてランクアップ機能がおかしくなってもいけないので、余りのメダルはラビさんに返しておきます」
モリ君がそう言って予備のメダルを渡してきたので受け取ることにする。
銀が3枚に金が2枚……あと銀が2枚か。
つまり、州知事が金のメダルを1枚持っていたということだ。
このメダルは人間が死んで出現したものなのか、それとも、俺たちが倒した巨人と同クラスの敵を倒したのか。
巨人が出現してからの対応がやたら手際が良いのは、過去に似たような敵を倒した経験からかもしれない。
「それとこのカードもです。これも大切なものなんでしょう。もう手放さないでくださいね」
メダルに続いてオウカちゃんのカードも受け取る。
だが、本当にこれは俺が持っていて良いものなのだろうか。
ハセベさんに再会したら、彼に渡すのが正しいのかもしれない。
「それでは始めます」
ランクアップの宣言と同時にモリ君の全身がまばゆい光に包まれる。
あまりの強烈な光に、簡易ベッドで寝ていた兵士の皆さんも何事が起こったんだとばかりにこちらを見ている。
ああ、すみません。本当にすみません。
ランクアップを行う場所は選ぶべきでした。
光はすぐに収まった。
特にファンファーレが流れたり文字が浮かび上がったりといった現象は発生しない。
ただ、目に見える分かりやすい変化はあった。
モリ君の服装が、先ほどまでとは全く別物になっている。
槍の代用品として使っていた遺跡の内部で見つけた金属棒をカットして作った槍は、美しい意匠が彫り込まれた白銀の槍に生まれ変わっている。
インナーウェアは変わっていないが、腕や脛に付いていた無塗装の小手やすね当てについては、白銀塗装されたものに変化していた。
薄汚れた茶色のポンチョの代わりに、ライトグレーのマントが身を包む。
モリ君は今までは「ザ・モブ」という地味な感じだったが、今ではファンタジーゲームの主要キャラポジション。
パッケージイラストのど真ん中にいる主人公……の少し横あたりに小さく載っていそうな聖騎士様という雰囲気に変わっている。
ランクアップは成功したようだ。
服装だけではなく、身長も微妙に伸びている気もする。
これはランクアップ時にエリちゃんの胸が微妙に大きくなったのと同じ理屈だろう。
身長が女子の平均くらいに縮んでしまった俺からすると、うらやましい要素だ。
周りの兵士たちは、モリ君の瞬間着替えを、まるで手品か大道芸などの見せ物と思っているようだ。
なぜか割れんばかりの拍手が飛んできた。
まるで物語の主役になったモリ君は照れくさそうに頭をかきながら俺たちの方に近付いてきた。
「『YES』とかいう選択肢なんて出なくて、ランクアップと思った瞬間、すぐに変わったんですけど」
「まあ、情報源はあの眼鏡だしな……気にしないでくれ」
まあ所詮は変態の情報だ。あまり信用しすぎても仕方がない。
もしかしたら、またイレギュラーが発生している可能性もゼロではないが、今のところ調べる方法がない。
「あいつめ、デマを教えやがったな」くらいで流しておく。
「なんかすごいですね、でも、この派手な服装は、慣れるまでコスプレみたいでちょっと恥ずかしいかも」
モリ君がマントの端を摘まみ上げた。
マントの色が白だといかにもコスプレ感があったかもしれないが、汚れが目立たないグレーというのは質実剛健で良い感じだ。
生地も分厚そうで、寒さや雨をしのいだり、ちょっとした攻撃から身を守るにも役に立ちそうだ。
「前の服はザ・モブって感じの地味さだったし、ギャップが凄いな」
「ザ・モブって、そんなことを思ってたんですか?」
「本当に地味だったし……」
かくいう俺も無地の黒のローブに、やはり何の飾りもない真っ黒な三角帽という、やはりザ・モブだ。
あまり人のことは言えないのだが、そこは気にしたら負けだ。
やはり俺もランクアップすると、これくらい派手な衣装に変わるのだろうか?
できれば露出度増加やおいろけ路線は避けて欲しいのだが。
「それで疲労の方は?」
「美味しいものを食べて風呂に入って早めに寝たって感じですね。元気いっぱいです」
モリ君はガッツポーズを取って元気が満ちていることを報告してきた。
自己申告通り、先程まで表情に出ていた疲労の色はもはや感じられない。
あと気になるのは、ランクアップにより、治癒能力の性能がどれだけ向上したかだ。
「ところで、そこで完全に固まっているそこの女性陣は?」
「さあ」
「女性陣」の概念の中に俺が入っていないのは良いのか悪いのかというのは置いておく。
エリちゃんとリプリィさんは顔を真っ赤にしたまま、ポカンと口を開けて固まっていた。
確かにモリ君のランクアップの姿の変化は興味深かったが、そこまで驚くようなことだろうか。
「エリス、感想はどうだ?」
モリ君が先程から無口のエリちゃんに尋ねるが、エリちゃんからの返事がない。
「もしもしエリスー」
「あっ、いやっ……そのっ……」
エリちゃんは口をもごもごと意味のない単語だけを繰り返している。
しばらく何やらもじもじしていたが、ややあってようやく一言。
「……カッコいいです」
下を向いたまま、小声で答えた。
周りの兵士からヒューヒューという口笛と歓声が二人に飛ぶ。
なんだこの愛の告白が成功したみたいな流れは。
「私も驚きました。まるでおとぎ話の中に出てくるような騎士様という感じで。モーリスさんにふさわしい姿だと思います」
リプリィさんも絶賛だ。
この発言を聞いた兵士からは「隊長にも春が来た」などと無責任な発言が飛び始めた。
なんてことをしてくれたんだ、モリ君は。
一瞬で2人の女性を陥落させたせいで、なびく気配など皆無の俺の方が部外者というか、空気を読めない可哀相な人のようになってしまっている。
せめてここは空気を読むしかないか。
ラヴィ(ハロウィン)はクールに去るぜ。
俺は踵を返して、そのままテントから立ち去ろうとするが、急に込み上げてきたものを止められず、口から吐き出した。
黒く濁った血が航空服を赤黒く染めた。
「あれ、おかしいな。まだ余裕があるはじゅ……」
急に舌がうまく回らなくなってきた。
意識も朦朧とする。
もしやこれは、今までフル稼働して頑張ってくれた各種臓器の皆さんもついに限界ということなのだろう。
だが、モリ君のランクアップも確認できた。
彼ならすぐにパワーアップした治癒能力で回復してくれるはずだ。
ただ、最期にこれだけは、これだけは言わせてほしい。
「結婚式には呼んでください」
「ラビさん!」
「ラビちゃん!」
「ラヴィさん!」




