弐拾弐巻
「やっと見つけた。待て、小次郎!」
「みんな、こっちだ!」
俺を呼ぶ複数の声に反応して振り返る。
すると、思わず走って逃げたくなるほどの形相の者たちが迫ってきていた。
話しは変わるが、この里について少し説明しよう。
この里は四方を高い山々に囲まれている。そして、山に生息するモンスターは屈強で弱い者は生き残る事は出来ない。
モンスターの襲撃に備えて、この里は周囲に柵を、防壁を張り巡らし、守りを固めている。
そんな弱肉強食の里だからこそ、弱者は強者を敬ったり、逆に強者は倫理に反しない程度に我がままを言えるのである。
かくいう俺も里に来たころは庇護される側だったが、ここで過ごすうちに強者側に数えられるようになった。
だからこそ、俺に刃向うのはもちろんの事、怒ったり、注意する者ですら数少なく、奇特な者や俺よりも強者でなければ、そのような事をする者はいない。それに、他人に迷惑をかけるような事はあまりしていないという自負もある。むしろ、鈴や寧々の行いのせいで代わりに頭を下げることも少なくないので、強者の故の孤独のようなものは存在せず、誰とでも親密な関係を築く事が出来ていると思っている。
そんな俺がなぜ追いかけられているのか? 全く心当たりがなかった……いや、有った。確かにこれは怒られて然るべきだ。
今回は珍しく鈴は関与していないので、この後の事を逃げながら指示を出した。
「鈴、ちょっと俺はこの後怒られてくる」
「何をしたの?」
盲点だった。即座に手を打っていればこのように追いかけられることもなかっただろう。時宗の見舞いに行ったり、進化した後の確認作業であったりと事が立て込んでいたせいですっかり抜け落ちていた。
「まあ、あれだ。至る所を穴だらけにしちゃったみたいな?」
「……何してんの?」
よもや、鈴に呆れられる日が来るとは……まあ、それも仕方ないが。
「そんなわけだから、俺は叱られた後、修繕の手伝いだから、位階上げの作業は鈴一人でやってくれ。分かってるとは思うが、安全優先だぞ?」
「小次郎にそんな事言われたくないけど、分かった」
「はぁ、じゃ逝ってくる」
全く、自分で蒔いた種とは言え、起こるであろう事を考えると気が重い。正直に言えば全力で走れば、逃げ切れるがこれ以上引き延ばしたら里の住人全員を敵に回しかねない。それは御免被りたい。
「ん、頑張ってねー」
鈴の心の籠っていない励ましを受け、足を止めた。
ここは里を西に抜け、始まりの草原を抜けた先にある竹林。天狗の住む竹林である事から天林っとも呼ばれ、天狗という強者を里の者たちは畏れ敬う。しかし、彼らはその力故に増長し、驕った。それは集団生活には向かなかった。やがて、疎まれ敬遠されるようになった。流石に数で劣る天狗たちは里から爪弾きになった。その時の決定打は絶対的強者である龍の一族が弱者を庇護したからだという。すでに当時の真相を知るものは少なくなったが、依然として里と天狗族の関係は改善されていない。
その鬱蒼とした竹林の中で浮かび上がる色とりどりの複数の光。竹林を円形に切り開き出来たであろうどこか神聖な雰囲気を放つ胴回りの太い一本の竹を中心に天狗たちが坐していた。
「最近、ちょいと外が騒がしくないか?」
「うむ、そうだな。誰かが騒いでおるようだ」
「では、強者である我らが治めねばなるまいよ」
今回の話し合いは竹林の外の情勢についてのようだ。語り合う彼らは皆目をぎらつかせ好戦的なな表情をしている。
「若い衆に命じて見てこさせよう」
「それが良い。良い訓練にもなろうぞ」
「では、早速」
話し合いが済むとさっとその場から天狗たちは姿を消した。
「はぁ、面倒だなぁ」
「同意」
「なぜ、我らがこのような瑣事に動かねばならないのだ」
目の周りを覆う朱色の仮面を付けた者たちが不満を漏らしていた。この仮面の色は一族の中での優劣を示す。上から順に黒地に赤、朱色、白といった様な順列がある。
武力を唯一の判断基準とし、格付けをする。だからこそ、黒と赤の面を付ける長老たちの命令に応じなければならないが、そのせいで常日頃から良いように雑用に使われ、やっとの事で上位の面を付けられるようになった若者たちから不平不満が出るのは誇り高く、驕りやすい彼らからしてみれば当然の事であった。
だが、命令に従うのは義務であり、それに背くにはまだまだ力が足りない。
そして、この命令はそんな若者たちによってさらに弱き者へと伝えられた。
そこでも、同じような事が起こり、結果宝の持ち腐れや落ちこぼれとも蔑まれる一人の青年――劉石――へと白羽の矢が立つのであった。
「くそ、あいつら。俺をこき使いやがって」
この一族に居る限り、この日々は変わらない。だが、俺も天狗一族の端くれ。並大抵のモンスターに後れを取る事はない。だからこそ、皆長老たちの命令を避けるのだ。弱き者と戦うよりも、より強き者と手を合わせた方が実利が有り、楽しいからだ。天狗は戦闘を愉しむ根っからの戦闘狂どもの集まりだ。
故に我ら一族は下剋上が日常的に行われている。俺もそれを批判するつもりはない。
俺もまた、かつてはその日々を謳歌していたのだから。
その栄光から転落したのはあれからだ。
――存在進化。
それは力を手に入れる方法の一つであり、最も効率的な方法である。
既定のレベルに達した時、迷わずそれを選択した。
今思えばそれは間違いだった。
進化によってもたらされたのは身体の大幅な変化と魔力。
魔力の増大は良い。俺の適正は土属性のみ。俺は生まれつき屈強な体に生まれたおかげもあり、一つしか属性を扱うことは出来なかったが、魔法と身体強化術を組み合わせた防御力は目を見張るものがった。だが、これが大きな問題となる。
身体的変化。これは進化する度に多々ある事である。身体が大きくなったり、背に二枚ある翼の数が増えたり、鴉天狗の様に色が変わったりするものもある。その例に習って俺も変化が良い様に働くと信じて疑わなかった。
地天狗。結果として、俺の背に生えていた翼は失われた。
それまでの俺は恵まれた体(今となっては邪魔にしかならない)と魔法で防御しながら時間を稼ぎつつ、翼を使った機動力を生かし接近し、この筋力と防御に用いる土の硬化によって勝負を決めていた。
もちろん、今でもその筋力とその頑強さは健在、寧ろ以前よりも増している。
だが、翼を失いその機動力を失った。
それでも大抵のモンスターには負ける事はなかった。しかし、俺が暮らしているのは妖怪最強と名高い天狗一族だ。
以前のような戦法は使えず次第に勝てなくなった。そして、使える属性が土だけというのもそれを助長した。風や雷属性の様に機動力を補助できるような属性持ちであったならば、他にも手があっただろう。
だが、今の俺では大きな的でしかなかった。こちらの攻撃は当たらず、一方的に攻撃を受けるだけ。俺の防御力と経験は無駄ではないので、耐える事は出来た。
しかし、俺には敵が多すぎた。
掟に則して驕り、抑圧してきた俺が弱体化したとなればそれを期に反発が起こるのは自明の理。
連戦に続く連戦により、疲弊し、更には俺の戦術の研究、そして、的確に弱点を突いてきた。ここまでされる程の恨みを買っていた事に俺自身、驚きを隠せなかった。それでも、一晩休めばある程度回復する自分の体が恨めしかった。
回復した分だけ不平不満の捌け口となった。来る日も来る日も同じ事の繰り返し。いつからか、躍起になって反抗するのを止めた。それからだ、俺が朱色の面を外され、白となったのは。より一層激しさを増す、俺への暴力に制裁。
耐えた。耐え続けることが出来てしまった。最早戦う事を愉しんだり、勝利を渇望したりする事も無くなった。
だから、このような雑用は愚痴をこぼすものの暴力から解放され、外を知る唯一の機会であり、楽しみでもあった。
そんな俺の今回の雑よ……任務は竹林へのモンスターの流入の原因を探る事だ。
だが、大体の見当はついていた。俺もこういった現象を引き起こしたことは幾度となくある。いや、天狗族であるならば当然だ。
おそらくは何者かがモンスターを頻繁にそれもかなりの量を狩り続けているせいだろう。
草原のモンスターをいくら狩ろうとも一族の中では強さを示す事にはならない。単純に草原のモンスターが弱いからだ。
だが、それでもあの脆弱な妖怪の里の中では強さの証明になりうる。もしかしたら、力に溺れひけらかす我が一族の様に横暴な振る舞いをしているかもしれない。
大した力も無いくせに。
そこまで考えたところで乾いた笑いが漏れた。
「クカカカッ!」
血が騒ぐ。弱き者を叩き潰せと。
「面白い。一捻りにしてみせようぞ」
そう思うと久々の愉しめそうな戦いに笑いが止まらなくなり、速度を速めた。
後に起こる出会い。
これこそが彼をさらなる高みに押し上げる。
その運命とも呼べる出会いの時は近い。




