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コルコニアの旅人たち  作者: 南河鯨
1章 / 旅立ち

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13/25

13 / 旅日記

 今日、レナルドを出た。


 昨日までは、旅に出ると決めたらもっとわくわくすると思っていた。


 ロビから外の話を聞くのはずっと好きだったし、森の向こうに何があるのか知りたかった。海も見たいし、大きな町にも行ってみたい。大図書院には、私の知らない本がたくさんあって、《旅人》のことも分かるかもしれない。


 アンティルの魔法も、もっと教えてもらいたい。


 だから自分で行くと決めた。


 それは今も変わっていない。


 でも、家を出るときは思っていたより寂しかった。


 朝ごはんはいつもと同じだった。


 ジグが私の皿に大きい肉を入れようとして、母さんに止められた。旅に持っていく荷物も昨日全部確認したのに、ジグはもう一度確認しろと言った。


 いつもと同じだったから、余計に変な感じがした。


 明日の朝は、あの席に私はいない。


 そう思ったら、急に家の中のいろいろなものが気になった。窓も、床も、ベッドも、ずっとそこにあったのに、昨日までちゃんと見ていなかった。


 ジグから父さんの短剣をもらった。


 見た瞬間に分かった。


 小さいころ、父さんが腰に差していたものだった。


 触ったら、少し怖かった。


 父さんのことを思い出したからだと思う。


 全部は覚えていない。覚えているところも、思い出したくないところがある。


 でも、持っていきたいと思った。


 ジグは、父さんと同じ使い方をしなくてもいいと言った。父さんのものだからといって、父さんと同じにならなくてもいいらしい。


 それを聞いて、少し安心した。


 私は父さんの娘だけど、父さんではない。


 たぶん、そういうことだと思う。


 母さんには久しぶりに抱きしめられた。


 ちょっと苦しかった。


 でも、自分から離れようとは思わなかった。


 声があれば何か言えたのかな、と少し考えた。


 何を言ったらいいのかは、結局思いつかなかった。


 だから、声があっても同じだったかもしれない。


 大樹のところでは、みんなが見送ってくれた。


 《旅人》になったあと、里では私がここに残ることを怖がる人もいた。あのとき言われたことを忘れたわけではないけれど、今はもう嫌な気持ちじゃない。


 私が嫌いだったからではなく、みんなにも家族や守りたいものがあって、何が起こるのか分からなかったから怖かったんだと思う。


 私だって、魔穴を初めて見たときは怖かった。


 分からないものを怖いと思う気持ちは、たぶん同じ。


 この前、山羊を追って森へ入ってしまった子にも見送られた。


 また貝殻を頼まれた。


 前に聞いたときより、欲しい貝殻の大きさがずっと大きくなっていた。


 本当にあんな大きな貝がいるのかは知らない。


 海へ行ったら探してみる。


 そういえば、里を出るとき、大樹から白い葉が一枚落ちてきた。


 今は葉が落ちる季節じゃない。


 たまたま落ちただけかもしれない。


 分からないけど、捨てる気にはなれなかった。


 最近、分からないことが増えた。


 ロビたちが覚えているのに、なくなっていた集落のこと。昨日まで確かに使っていたのに、途中だけ森になってしまった道。里の近くに突然現れた魔穴と、そこで初めて見た魔物。普通の鹿だったのに、瘴気で魔獣になってしまった鹿のこと。


 カギリ草の名前だけが、急に思い出せなくなったこともある。


 私の《旅人》が何なのかも、まだよく分からない。


 少し前なら、分からないことは嫌だった。


 答えがないまま残る感じがして、早く何なのか決めたかった。


 今も怖いものはある。


 でも、分からないなら調べればいいと思えるようになった。


 アンティルは、見たことと考えたことを分けて書けと言った。


 私はまだ上手くできない。


 今日の日記も、たぶん考えたことの方が多い。


 でも、これは誰かに見せるためだけの記録ではないから、それでもいいことにする。


 私は声が出ない。


 小さいころは、それが嫌だった。


 今も嫌じゃないと言ったら嘘になる。


 普通に話せたら楽だと思うことはたくさんある。布を出して書いている間に話が進んでしまうこともあるし、危ないときに誰かの名前を呼ぶこともできない。


 でも、何でも書かなければ伝わらないわけではない。


 うなずけば済むこともあるし、嫌なら首を振ればいい。指を差せば分かることもあるし、レナルドのみんななら簡単な手の合図だけでも分かってくれる。


 言葉が必要なときだけ書けばいい。


 それでも、書いたものには一つだけ声より便利なところがある。


 文字は残る。


 森でカギリ草の名前が分からなくなったときも、私が書いた文字は残っていた。


 もし私が何かを忘れても、この日記を読めば、今日の私は何を見て、何を考えていたのか分かる。


 だから、これからも書こうと思う。


 珍しいものだけじゃなくて、どうでもよさそうなことも書いておきたい。


 おいしかったものとか、知らない鳥とか、ロビが変なことを言ったこととか、アンティルの魔法が少し格好よかったこととか。


 本人には言わないけど。


 今日、里が見えなくなったあと、一度だけ帰りたいと思った。


 帰ろうと思えば、まだ戻れた。


 走れば夕方までには着けたかもしれない。


 でも戻らなかった。


 レナルドを捨てたわけだからじゃない。


 むしろ、帰りたい場所だからだと思う。


 外へ行って、知らないものを見て、それから帰ってきたい。


 そのとき母さんとジグに見せられるものを、たくさん持って帰りたい。


 みんなにも話したい。


 私は声で話せないから、きっとまた書くことになる。


 それでもいい。


 貝殻も忘れない。


 明日から、もっと知らない道になる。


 少し怖い。


 でも、それより楽しみな方が大きい。


 まずはイトゥアン。


 海を見たい。


 海が本当に、向こう側の見えないほど大きいのか、自分の目で確かめたい。

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