第29話 辛さと筋肉痛は遅れてやってくる
宇月さんは若干青ざめた顔でニッコリ笑うと、「ひ、ひと口目は大きくいこうね」と仲間を集め始めた。
そしてちゃっかり自分の元に水筒を用意している。
「……なんか俺、作った二人の様子見てたら怖くなってきたんだけど」
「だ、大丈夫だよ〜。味見した私たちもこうして元気に生きてるし……。ね、ねぇ、友梨乃〜?」
「う、うん、げんきげんき〜……!それに、蒼汰君と辺見君は大丈夫だよ、お、男の子だし……?」
なんて乱暴な理論なんだ。
「天羽さん、委員長は女の子だけど大丈夫?」
「えっと……ご、ごめんねっ」
「……さ、先に謝らないでください……」
委員長、気の毒に。
「じゃ、じゃあせーので皆いっしょに食べようね……。せ、せ〜のっ……!」
怯えた宇月さんの合図に合わせ、俺たち五人は大きな口を開けておにぎりを頬張った。
ふむふむ。たしかに味噌っぽい食感のものが入ってるな。そしてお米、おいしい。
呑気に味わっていると、突然、今まで感じたことのない猛烈な辛味が口の中を支配した……!!
「ぐふっっ!!」
俺の口が大発火したのとほぼ同時に、他の数名も耐えきれずジタバタと暴れ出す。
「ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙……!!!」
青ざめて自分の口を抑える宇月さん。
「ケホッケホッ」
涙を流しながら咳き込む天羽さん。
「おぉ、これはいけるな」
誠一郎は……涼しい顔でもぐもぐしている。
「そうですね、美味しいです」
委員長もこれといったリアクションなしにおにぎりを頬張っている。
……ん?……おかしい。激辛おにぎりは四つあるはずなのに。
ふと天羽さんを見ると、俺と同じく辛さに耐えながら、この不可解な状況に納得していない様子だった。
「ううっ……。天羽さん、ほ、ほんとに、激辛は四つなの?」
「……うん。あ、合ってるはずだよ……。ケホケホッ。おにぎり詰めたのは明澄だから、明澄ならどれか分かってると思うけど……」
「え、私、ちゃんと四つを激辛にしたよ……うぐっ。……んんっ……それで、辛くないやつは真っ先にペン見くんが取ってたけど……」
誠一郎の方を確認すると、先程と同様に涼しい顔でおにぎりの2口目を口に運んでいた。
「うん、これ普通にうまいぞ」
ということは……?
全員が一斉に委員長に視線を送る。相変わらず表情は分かりづらいが、皆に見られて少し恥ずかしそうだ。
「……私、辛いのは好きなので……」
委員長の一言で、それぞれに色々な感情が渦巻く。しばし沈黙の時間が流れた。
……二人が試行錯誤して作ったおにぎり。何の料理にするか迷ってたし、遠足前から準備して、おそらく辛さの加減とかも難しかっただろう。
……辛くないおにぎりが一つしかないというルール。みんな選ぶとき真剣だったし、いまから激辛を食べるかもと思うと、口に入れるまでずっとドキドキが止まらなかった。
全ては委員長に汗をかかせるため。
……一体これまでの時間は何だったんだろう……。
「ふふっ」
宇月さんの笑いが漏れたのをキッカケに、全員が堪えていた笑いが溢れ出す。
「あはははっ、いいんちょー、辛いの得意なら先に言ってよね〜」
「うふふ、そうだよ〜。リアクションしないから誰が当たり引いたか分かんなかったよ〜」
「俺も、自分が本当に辛くないやつだったのかって一瞬疑ったぞ」
「俺は誠一郎にも味わって欲しかったんだけどなぁ」
委員長は口に手を当てて、少しだけ笑っているように見える。
「……すみません」
作戦は失敗した。……が、こうして楽しい時間を過ごしていると、委員長との仲が深まっているのを感じる。
俺たちは激辛バトルを終えた後、くだらない話をしながらしっかりと自分たちの弁当を食べきった。
おにぎりの激辛成分が抜けていなかったせいか、何を口に入れてもヒリヒリして時間がかかってしまったけど。
「もうお腹いっぱい。俺は横になってるよ」
「おぉ、いいなそれ」
俺は誠一郎と一緒に芝生の上で横になった。
女子三人はと言うと、キャハハと笑いながら各々の髪の毛を触り始めている。出発の時に言っていたように、委員長のヘアアレンジを始めるようだ。
「ふぅ。明日は筋肉痛かも。やっぱり、こうやって日向ぼっこしてるのが一番いいね」
「お前ほんとに高校生か?おじいさんみたいだぞ」
「そう?見た目は若いから、俺もおじいさん界隈だったら少しはモテるかな」
「なんだよそのオタサーの姫的なポジション……でも蒼汰、そういうとこポジティブだよな」
「それは光栄だね」
上まで昇りきった太陽の日差しが眩しく、目を瞑りながら静かに話を続ける。
「そういえば誠一郎、今日委員長と話せてる?」
「いや、あんまりだな。ま、いつでも話す機会ぐらいあるだろ」
「それはそうだね。でも委員長、今日ぐらい誠一郎と話したいんじゃないかな」
「そうか?」
喜びを隠しきれていない誠一郎は、少しだけ声のトーンがあがった。
「うん、なんとなくそんな気がする」
「お前なぁ、テキトーに言ってるだろ」
「はは。俺は背中を押したいだけだよ」
「そんならまぁ、サンキューだけどよ」
誠一郎と日向ぼっこを続けていると、「ねぇ二人とも見て」と女子たちから声がかかった。
じゃ~んとお披露目されたのは、宇月さんや天羽さんと同じリボンを付けた委員長だった。
長く伸びていた前髪は、控え目に横に流してピンで止めている。さすがにおでこ全開ではないが、本人は恥ずかしそうに顔を赤らめており、前よりもずっと顔が見えやすい。
「委員長、よく似合ってるね」
「え、あの……ありがとうございます」
「可愛いでしょ!……にしても、松村くんが自分から感想を言うなんて……。よく成長したわ…。ぐすん」
「うん、そだね……」
「俺の事なんだと思ってるの。……天羽さんもウンウン頷かないで」
今日三度目だから。何か言わないといけないのは心得ている。
「で、ペン見くんはどう??……"可愛い"でしょ?」
何も言っていない誠一郎に向けて宇月さんが圧をかける。顔と言い方から、"可愛い"って言わせたい感がダダ漏れだ。
「……おぅ、いいと思うぞ」
「……あ、ありがとうございます」
素っ気なく答えた誠一郎に、委員長がボソリとお礼を言った。……メガネを白く反射させながら。




