01 奄美剣星 著 『エルフ文明の暗号文 13』
13 鑑定
王国特命研究員レディー・シナモン少佐は、かつて城の召使い達の食堂を転用した整理場と、専属補助員五名を与えられていた。
部屋には大きなテーブルが設置され、遺物が並べてある。食器が並んでいたところには、番号をふった遺物収納箱が置かれ、重ねられていた。
黄金の髪を短く刈り揃えた貴婦人は、これまで収集された〝エルフ文明〟に関する膨大な資料を整理・製本し、報告書としてまとめるのが仕事だ。
建造物跡である遺構ごとに、測量図と写真を添えコメントをつける。また、そこから出土した遺物は、建造物の様式と照合し、これに伴うものなのか判断。そして標本たるに相応しい状態の良いものを選んで、遺構同様に、計測図と写真を添えコメントをつけるのだ。
第一の作業は卓上に拡げられた重要性が高い遺物に仮番号をつけ、報告書の所定枚数に見合う数に調整することから始める。選ばれた遺物は、投影法によって計測図を描き、報告書原稿に添付して行く。
若い女性考古学者が選んだ遺物は十箱だ。
遺跡の概要、各遺構と出土遺物についての図面とコメントを載せたノートの列記、そして最後に報告書で導き出された結論を小論文にまとめるのだ。
「では、原稿と図版の一式を印刷に……」
若い貴婦人は、映画にでてくる探検隊が着るような作業服姿だった。
その人が、絨毯の敷かれた館長室のドアを開けて、原稿と作図資料一式をリビングテーブルに置くと、館長は検査合格とし、納了となる。
彼女が戻ってきたとき、廊下ですれ違った博物館学芸員たちは、毎度のごとく驚きの声を上げた。
――我々なら遺物の復元、計測、撮影だけでも一月かかる仕事量だ。なのに彼女ときたら、二週間で終えてしまった。
*
博物館になる前、城主が謁見につかっていた広間には現在、新たな主が鎮座している。部屋の中心にカプセルを収納したケースがあり、さらに周囲を防弾ガラスの仕切りで囲っていた。
カプセルに収められているのは、墓所遺跡から出土したエルフ族の童女だった。学芸員達は〝王女〟と呼んでいる。エルフの童女は、我らサピエンス族とは少し違う、耳の長い種族だった。
容器内は製法不明の特殊な溶液で満たされ、〝王女〟はその中で眠っていた。ここでいう眠っているという表現は、遺体という意味ではなく、本当に眠っているのだ。仮死状態と言い換えておこう。黄金で縁取られたガラス質の、ラグビーボールのようなカプセルは、科学ではないところの高度な技術によって造られている。俗にいう〝魔道具〟だった。
「エルフ族は甲殻虫を使役するテーマ―だった。エルフ文明は甲殻虫を使って都市を築き、甲殻製レコード盤を用いた水車式コンピューターさえ持っていた。――エルフ文明恐るべしというところですね、ブレイヤー博士」
「いやまさに、……私達の祖先が新大陸に上陸できたのは、たまたまエルフ族が休眠期に入っていたから出来たことだったのでしょう」
――するとエルフ族は定められた時期に目覚め、密林で放牧していた甲殻虫を使って、新参者サピエンス族を一斉駆除にかかるのだろうか?
私は寒気を覚えた。
「レディー・シナモン、これで半月分の日数が〝貯金〟されましたわね」
「ドロシー博士、それでは捜査に戻るといたしましょう」
三月、四月は私達の本業である遺跡調査官の仕事が忙しく、ランティエ兄妹の捜査が出来なかった。だが五月になって、けっこうな余裕が出来た。そのタイミングを計ったシナモン少佐が、二週間の休暇届けを上官に提出したところ、すんなりと受理された。
ノート20240131
【登場人物】
01 レディー・シナモン少佐:王国特命遺跡調査官
02 ドロシー・ブレイヤー博士:同補佐官
03 グラシア・ホルム警視:新大陸シルハ警視庁から派遣された捜査班長
04 バティスト大尉:依頼者
05 オスカー青年:容疑者。シルハ大学の学生。美術評論家。
06 アベラール:被害者。ジャーナリスト。洗濯船の貸し部屋に住む。
07 エロイーズ:被害者。アラスの寄宿学校教師。アベラールの妹。
08 シャルゴ大佐:シルハ副王領の有能な軍人。
09 フルミ大尉:ヒスカラ王国本国から派遣された連絡武官。
10 トージ画伯夫妻:急行列車ラ・リゾンで同乗した有名人。
11 サルドとナバル:雑誌社〈ラ・レヴュ〉報道特派員。記者とカメラマン。