02 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 28』
〈梗概〉
大航海時代、商才はあるが腕っぷしの弱い英国の自称〈詩人〉と、脳筋系義妹→嫁、元軍人老従者の三人が織りなす、新大陸冒険活劇連作掌編。今回は日本のナマハゲに似た行事・クランプス祭についてだ。
挿図/(C)奄美「夜の訪問者」
28 鑑定
――ハレルヤの日記――
クランプス祭はオーストリア北部ホラブルンの伝統行事だ。冬、毛むくじゃらで山羊角を冠した悪魔に扮する大人が、子供がいる家庭を回って、親の言うことを聞くよい子にはプレゼントを渡し、悪い子にはお仕置きをする。
用をたすとき、オマルを使ってもいいのだが、メイド達に負担をかけるので、僕は庭の離れにある化粧室を利用する。夜、僕の部屋がある本館を出ると月夜で、雪は止んでいた。そこから戻ろうとしたときのことだった。
「坊ちゃん、君はハレルヤですね?」
山羊角の男だった。
父様の書斎には百科事典があって、ときどき僕は読むことがあり、クランプス祭について書かれている頁がある。ここマサチューセッツ植民地にそんな祭りの風習はない。そして僕の目の前にいるのは、変装した大人ではなく、本物の怪異だった。
「ハレルヤ、食べていい?」
そう言うと、奴は僕に突進して来た。
雪に足をとられてうまく前に進めない。
僕の家系は魔法使いだった。けれどもまだ、父様ほどの力量がない。それだから人間嫌いな森の魔族を呼び寄せてしまうのだろう。
角の毛むくじゃらが、僕の肩に触れかけたそのとき、護身用に隠し持っていた短い魔法の杖をかざしてやる。杖には父様によって雷撃系術式が仕込んである。それに触れて感電した毛むくじゃらが派手にのけ反って、雪面に崩れ落ちた。
起き上がりざまに、
「私から逃げるとは、君は悪い子ですね。お仕置きしますよ」
――僕は悪い子じゃない。おまえが悪い奴なんだよ。
本館玄関はあと数十歩のところにある。だが毛むくじゃらはなかなか諦めない。
エントランスのステップに足を掛けたとき、そいつが、僕の二の腕を捕らえた。
「ふふふっ、無駄だよ、坊や」
このときドアが開いた。
父様だ。そこから、僕なんかでは及びもつかない、強力な雷撃が閃光を放った。毛むくじゃらの頭には二本の角が生えているのだが、そのうちの一本が吹き飛んだ。魔族はほうぼうのていで逃げ出し、森の中に消えた。
脳筋系の母様や執事を始め、フライパンや箒を掲げたメイド達が続き、どっと外に飛び出してきて、僕を取り囲むように守ってくれた。
*
さて魔族が落としていった角の片方だが、父様が鑑定したところ、薬用成分があるとのことだ。……いわく、夜、化粧室に行かなくても済む効能がある。僕はとてもいい子なので、薬研にかけて粉薬にした包をプレゼントされた。
了
〈登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。実は代々魔法貴族で、昨今、〝怠惰の女神〟ザトゥーを守護女神にした。
マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻になる。ロデリックとの間に一子ハレルヤを産んだ。
アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。マデラインの体術の師でもある。
その他
ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。
シスター・ブリジット:修道女。アッシャー家の係付医。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。




