第四話
フォルテューナは隠してあった魔道具を取り出すとリゲルに手渡した。
「ブレスレットか?」
「ええそう。名のある魔道具師が作ったもので効果は絶大なのだけれど、渡す相手の見極めが必要で簡単には売れなかったの」
フォルテューナはキラキラとした眼差しで魔道具の構造を熱く語る。かわいい、いやそうじゃない。
「ちなみに、どんな効果が付与されているんだ?」
「特定の魔力を持つ人物が感じ取れなくなる効果よ。ほら、試しにつけてごらんなさいな」
さりげなくフォルテューナに促されてリゲルはブレスレットを装着した。そして次の瞬間、顔色が青ざめる。
「嘘だろう、フォルテューナ!」
視覚、聴覚、嗅覚、触覚さえも。リゲルの目の前から忽然とフォルテューナが姿を消した。すぐ近くにいるフォルテューナを必死で探すリゲルの姿は滑稽というよりも一種の恐怖さえ感じさせる。
「はい、検証は終わりよ。落ち着きなさいな」
フォルテューナがブレスレットを外すと、震える手でリゲルがフォルテューナを抱きしめる。その背をフォルテューナがあやすように軽く叩いた。十分成熟した大人なのに、まるで母親を求める子供みたいだ。
「というわけで、このブレスレットを装着すると私が感じられなくなります」
「……それを、なぜ王子に?」
「ローレンス王子も、リゲルも。欠けているものを埋めるように私を愛しました。ですがそれは本来彼らがあるべき姿ではないと思うのです」
フォルテューナはディーナリンデの腕の中で健やかに眠る王子へと視線を向ける。守護者は本来、運命の乙女がいなくても幸せになれるようできている。神の恩恵を受けて幸せになれることが約束されたような人達なのだ。
「王子殿下には生まれたときから真名があります。今後の人生に運命の乙女は必要ないと思いませんか?」
フォルテューナはもう役目を終えたのだ。これ以上フォルテューナが王子に関わることは害にしかならない。
「王子殿下は王太子殿下や王太子妃殿下、それ以外のお城に住むたくさんの人々に愛されることでしょう。たくさん学んで、いつか伴侶となる婚約者ができて。王太子殿下や王太子妃殿下のように、互いを尊重し合い、愛し愛されるような素晴らしい関係を築くはずです」
婚約者がいるにも関わらず、運命の乙女を優先する王子なんて最低だもの。それに、とフォルテューナはリゲルを見上げる。視線が合うと、青白い瞳が安心したようにふわりとゆるんだ。
「私にとっても守護天使は一人で十分なのですよ!」
「フォルテューナ……」
「私の知る守護天使はびっくりするほどの執着心で、しつこく追いかけてきます。今後、起こりそうなトラブルを未然に防ぐためにも必要な措置なのです」
フォルテューナは愛がわからなくてもリゲルが何を望んでいるかくらいはわかる。甥っ子はかわいい、でもフォルテューナを彼に奪われるのは嫌だ。ほんと、子供みたいよね。
「そういうわけで皆の幸せのために、王家に生まれる守護天使は必ずそのブレスレットをはめることを望みますわ」
ブレスレットを装着させる理由をわかりやすく理解させるため、フォルテューナはリゲルの混乱ぶりを彼らに見せつけたのだ。そして効果は絶大だった。
「わかった、その魔道具を買い上げよう」
「ありがとうございます! それではこれが取扱説明書になります。ちなみにブレスレットは年齢や腕の太さに合わせて自動的にサイズが変わりますので、着けっぱなしにしていて大丈夫です。防水防滴、振動や衝撃にも強く、強化の魔法もかかっているため、ときにはちょっとした殴り合いの武器にも」
「フォルテューナ、もういい。皆が引いてる」
「あら?」
取扱説明書を読んだクラウディオ王太子が慎重に王子の腕へとブレスレットをはめてくれる。これで、永遠に彼の世界からフォルテューナは姿を消した。出会うこともないのだから執着されることもないだろう。ご協力いただき、ありがとうございます!
「それでは最後に王太子殿下と王太子妃殿下にとっておきの情報を差し上げましょう」
「とっておきの情報?」
「はい、たぶん私しか知らない秘密です」
ローレンス王子、リゲル、そしてアシェル王子。三人に真名をつけたフォルテューナだからこそ理解できたことがある。本当は言わずにおこうと思っていたけれど、このお二人なら大丈夫でしょう。
「運命の乙女が守護天使の真名をつけると言われていますが、実際は少々違いますわ」
「違うとはどういうことか?」
「我々の本当の役割は、すでに神が与えている真名を守護天使に伝えることなのです」
名が弾かれる本当の理由。それは守護天使の名を生まれる前に神自らがつけているからだった。まさか、そんなことが。フォルテューナの言葉にクラウディオとディーナリンデは言葉を失った。
「ローレンス王子のときもそうですし、リゲルのときもそうです。まるで導かれるように彼らの名を呼びました。運命の乙女の役目は神に代わって守護天使に真名を教えることなのでしょうね」
月桂樹の花、薬瓶の青い液体。名を呼ぶ場には必ず何かしらの暗示があった。今思うと、フォルテューナは導きに従って、脳裏に降って湧いたような名を口にしただけだった。
ちなみにアシェルには祝福された子という意味がある。
「つまり神託を受けとったということか」
「たぶん、そんなところでしょう」
フォルテューナは表情を変えることなくさらりと言い放つ。他国では神託を受けとることができる人間を巫女や星見と呼んで重用するそうだ。彼らを奪われないように囲い込み、一生国に縛りつけて外に出さないこともあり得るとか。たしかに迂闊に他人には教えられないだろう、どんな目に合わされるかわからない。
魔道具店の店主で、魔女で、神託を受けることのできる運命の乙女。とんでもないことを、当たり前のように語る彼女はどれが本当の姿なのだろうか。
フォルテューナはリゲルの青白い瞳を覗き込んだ。
「神が守護天使の名をつけるのは、それだけ大切に思っているから。運命の乙女は神のものである王子を人たらしめる唯一の慈悲とされているけれど、唯一のものとは真名のことでもあると思うの」
言い換えるのなら、守護天使に贈られる真名は神からの唯一無二の愛だ。
「だからね、あなた達は決してかわいそうな子ではない。顔を上げて、胸を張りなさいな」
救われたような気持ちでリゲルはフォルテューナの手を握った。
かわいそうな王子。誰もがリゲルに優しくしてくれたけれど、それはかわいそうだと思っていたから。だからリゲルは視線を下げて闇に紛れるように生きてきたのだ。名が弾かれる守護天使は天の光さす場所にいてはいけない存在だと、ずっと思い込んでいたから。
本当は深く愛されていたのか。こんな大切なことを、愛を忘れたフォルテューナに教えてもらうとは思わなかったな。
「フォルテューナは、いつも私の欲しい言葉をくれる」
「それはね、経験値が違うからよ!」
ドヤ顔がかわいい。笑顔が直撃したリゲルは頬を赤らめる。それを見守るクラウディオは、なんだかんだで相性のいい二人なんだなと安堵したように微笑んだ。
「では最後に、これを対価として渡しておこう」
クラウディオは侍従から受け取った書類をフォルテューナに手渡した。広げてみると営業許可証だ。店の名前と店主としてフォルテューナの名が記されている。だけど、紙面がめちゃくちゃ豪華だ。縁取りや文字が金を溶かしたインクで書かれているし、許可番号は見たことのない番号で……一桁多い?
「営業許可証ですよね?」
「そう、王室御用達の店に発行する特別な営業許可証だ」
「はっ⁉︎」
どういうこと、全く聞いていないのですけれど。あんな寂れたフォルテューナの店がいつのまに王室御用達まで昇格したわけ⁉︎ 呆然として言葉を失ったフォルテューナの肩をリゲルが軽く叩いた。
「最高級の魔法薬と珍しい魔道具を販売していて、しかも新進気鋭の画家であるジュリと取り引きがある。十分に条件を満たしているわけだ」
「いや、どう甘く見積もっても怪しさしかない店よ?」
「それを店主自ら口にするのがフォルテューナらしい」
リゲルが笑いながら肩を震わせる。そして別の意味でフォルテューナの手が震えていた。これがほんの一握りの店にしか発行されないという王室御用達の証。店を持つ者の憧れで、商人にとって喉から手が出るほどに欲しいもの。これがあるだけで、さまざまな優遇措置が受けられて身分が保障される。それだけでなく関税や仕入れに係る諸経費が安く済むこともあるのだ。そう思うと珍しくフォルテューナの良心が痛んだ。
「……い、いいのかしら」
「爵位よりも、謝礼よりも営業許可証にうろたえるとは。商売人と呼ぶには程遠いね」
これなら最初から営業許可証をかましておくべきだった。リゲルとクラウディオは密かに顔を見合わせて笑う。そして笑みを深めたクラウディオは営業許可証の番号を指差した。
「この番号で呼び出したときは何があろうと応じて欲しい。それが条件だ」
ああ、なるほど。この営業許可証は、引き続き運命の乙女として働くための対価でもあるというわけか。フォルテューナの脳裏で秤が揺れ動いた。利益が損害を上回ったところで、潔く首を垂れる。
「謹んでお受けいたします」
「ではこれからも勤勉に励むように。そうそう、この営業許可証には特別に王の居住区にも入れるという優遇措置がついてくるからね」
「は?」
「王と王妃が君に会いたがっていたよ」
いや、そんな優遇措置いらない。まさか息子の嫁チェックする気じゃないでしょうね。秤が少しばかり傾いだ。
「やっぱり謹んで、お断り」
「フォルテューナ?」
王太子殿下の圧がこわい。ええ、わかっていますよ。発行済みですもの、無理ですよね。それに先ほどから扉のあたりが騒がしいような……。
「おや、両親がアシェルに会いにきたようだ」
「やっぱり!」
「真名を得たことを聞いて、居ても立ってもいられなかったのだろうねぇ」
ちょっと待て、聞いてないわよ! 使用人達が心得たようにゾロゾロと部屋を後にする。そうよ家族水入らずだもの、私なんて邪魔よね! 使用人に紛れて退散しようと体の向きを変えたところで扉の前にリゲルが立ちはだかった。しかも逃げられないように、しっかりとフォルテューナの手を握っている。リゲルは、目を釣り上げたフォルテューナの耳元で囁いた。
「残念だがフォルテューナはこちら側だ」
「ちょっとあなた私の敵なの、味方なのどっちよ!」
「決まってる、いついかなるときも君の味方だ」
「じゃあ逃してよ!」
「もちろん逃さない」
そんなキラキラした笑顔で微笑んだからって許さないんだから! とうとう扉が開いて、威風堂々とした国王陛下と、年々美しさに磨きのかかる王妃殿下が姿を現した。
「アシェルに会いにきた」
「はい、こちらに」
ディーナリンデ様の腕の中でおとなしく眠っていた王子が目を覚ます。オリヴィア様によく似た混じり気のない青の瞳だ。わずかでも魔力が残っていれば、治癒か回復の魔法が使えるかもしれないな。国王陛下が王妃殿下の腕に抱かれた王子の名を呼ぶと、王妃殿下が瞳を潤ませる。
ああ、よかった。取り戻せないものもあるけれど、それでも取り戻せるものもあるはずだと信じて。
やっぱり帰ろう。家族の幸せな時間を邪魔しないように開いたままの扉からそっと外へ出ようとする。そのときだ、リゲルが繋いだ手を軽く引いた。
「待ちなさい」
背後から国王陛下の声がした。フォルテューナが振り向くと、国王陛下と王妃殿下が揃って首を垂れている。
「今まで申し訳なかった。そして、力を貸してくれてありがとう」
「………もったいないお言葉です」
フォルテューナは気が遠くなった。ここまでは望んでないよ、絶対に!
公式の場ではなく、使用人の目がないからなのかもしれないが国の最高責任者が謝ったよ。呆然として言葉を失ったフォルテューナをリゲルが笑った。
「王太子殿下と王太子妃殿下と使用人一同まとめて膝をつかせた状況に比べたら優しいものじゃないか?」
「どっちにしても、しがない平民且つ平凡な一般庶民には刺激が強いのよ!」
いつものつもりでポンと言い返した。それからハッとする。しまった、不敬まっしぐらだわ! 真っ青になったフォルテューナと対照的に、皆、楽しそうに笑っている。笑いがおさまったところで、国王陛下が柔らかく微笑んだ。
「いつでも遊びにきなさい。君ももう我々の家族なのだから」
「……」
「リゲルのことを、よろしく頼む」
その慈しむような声と顔が、王家の血を引く父のものと重なる。
ねえ、お父様……こんな簡単に許してもいいのかしら。
フォルテューナが下を向くとリゲルが手を握り直した。長い髪の隙間から美しい青がのぞく。結局この青白い星に魅入られたときから、こうなる未来は決まっていたのかもしれない。
……フォルテューナが幸せなら、それで我々は十分。
どこからか父のもののような優しい声が聞こえて、フォルテューナは微笑んだ。
「はい、それでは今後とも幸運と空想に満ちた我が魔道具店をご贔屓に!」
大事なのは許すか許さないかではなく、フォルテューナがどうしたいかだった。
悲劇は終わり、悪役令嬢は退場する。これからの私は魔道具店の店主として生きていくのだから。リゲルはフォルテューナを引き寄せると口づけを落とした。
「親公認だ、これからもよろしく」
「だから断りもなく襲うなって言ったでしょう!」
真っ赤な顔をして反射的に言い返すと周囲に笑いが起きた。
ああもう、すぐに甘やかして。本当にしょうがない人だ。あきらめた顔で一同を見回わすと、フォルテューナは優雅に礼の姿勢をとった。そして微笑みながら客間を後にする。
もし王家がローレンスを守るためにフォルテューナを手放さなければ、以降、王家に生まれる守護天使は名無しのままで生涯を終えることもなかったかも…という展開も考えていたのですが、長くなりそうなのでやめました。
お楽しみいただけるとうれしいです




