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フォルテューナ・パンタシア魔道具店の秘密〜魔道具店の店主が守護天使につかまるまでのおはなし〜  作者: ゆうひかんな
四章 蜘蛛の咬み傷

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閑話 招かざる客2


「どうしたの?」

 

 首をかしげた拍子にフォルテューナの髪が揺れた。香油の心地よい香りが漂って、陽だまりにまどろむような幸せを感じる。思わず手を伸ばしかけて、ハッと手を引いた。


「いや、なんでもない」

 

 調子が狂う。まるで自分が自分でないみたいだ。


「そういえば冷やしたハーブティーはクセがなくて意外と飲みやすいんだな」

「いきなり何のこと?」

「レモンのような香りがするお茶に、蜂蜜でほんのり甘みをつけてあるのがいい」


 レモンのような香りに、蜂蜜の甘みという言葉でフォルテューナはハッとした。まさか、テーブルの上に置いてあったハーブティー! フォルテューナの表情が崩れたのを見て、笑いを噛み殺したリゲルは無防備な彼女の耳元に顔を近づけた。いまさら警戒しても、もう手遅れだというのに。


「つまり余計な気を回さなくても毒味は済んでいるということだ」

「あなたっていう人は……いつのまに忍び込んだのよ!」

「一階は店舗スペースだから自由に見て回っていいのだろう?」

「た、たしかにそう言ったけれども!」

「ちなみに使ったコップは洗って元の場所にしまった」

「それはどうも……ってそうじゃないでしょう!」


 リゲルは耐えきれなくなって、とうとう吹き出した。


「意外と抜けてるのな」

「し、失礼ね!」


 この男は礼儀正しいのか不躾なのか、どっちなのよ!


 腹立ちまぎれにフォルテューナは箒を固く握り締める。そうだ、このちっともかわいくないネズミをこの箒で思いっきり掃き出してやろう。やってみろとばかりに口角を上げたリゲルに向かって箒を構えたところで、背後から呆れたような声がした。


「何やってるの?」

「店主の許可なく徘徊するネズミに天誅をと……っていない!」


 なんてこと。振り向いた一瞬の隙を突いて姿をくらましたらしい。


「くっ、無駄にウロチョロして!」

「徘徊する前に店主の許可を取る礼儀正しいネズミがいるとは思わなかったわ」


 感心するように周囲を見回していたオリヴィア様はテーブルを指した。


「買いたい商品があるのだけれど後回しにしたほうがいい?」

「いえ、お買い上げありがとうございます!」


 とっとと商談を終わらせて速やかに奴を連れ帰ってもらおう。放っておいたら何を見られるかわからないものね。一瞬、フォルテューナの脳裏に干したままの下着が浮かんだけれどあれはもう手遅れだろう。

 これ以上、何かやらかしたら全力で出入り禁止にしてやる。正直なところオリヴィア様にも効かない出禁の魔法がリゲルに効くかわからないけれど、それでも絶対になんとかする。店主としての仮面を被り直したフォルテューナは固く決意した。


 そしてテーブルに戻ったところでオリヴィア様の選んだ商品を確認する。男性用のカフスと女性用のブローチ。両方ともバラのデザインを選んだところが彼女らしい。


「お揃いだし、普段使いもできる良い組み合わせですね」

「添付された説明書を読んだのだけれど、このカフスには守護の魔法がかかっているそうね。実際にはどういう効果があるのかしら?」

「わかりやすく言うと悪意を弾きます。そして悪しき心根を持った人物の意識が向くのを避けるものです。さすがに物理攻撃までは弾きませんが、そもそも常日頃から悪感情を持たれないことで所持者を害する行為を未然に防ぐという意図で作られたものと思ってください」

「だから普段から身につけるものに守護の魔法を付与したのね」

「日頃の行いの良し悪しが自分に跳ね返るとは、昔からよく言われるでしょう?」


 悪感情の積み重ねが害意へと繋がる。守護の魔法はそれを防ぐためのものだ。


「それでこのブローチには?」

「身につけることで所持者の魅力を増幅させる魔法です。わかりやすく例えるとお茶会や社交界の華になれます」

「どのくらい力が増すの?」

「あくまでも増幅させるだけなので、魅了のように即効性のある魔法ではありません。ですが人前に出ることの多い王弟妃なら使いどころには困らないでしょう」

「人を従える立場ですもの。常日頃から身につけていても悪くないわね」

「違和感を感じさせることなく、ゆるやかに効果が発揮されるところも普段使いに最適です」


 実のところ、こういう地味な魔法が一番手ごわいのだ。目立たないから反発を受けにくく、溶け込むように影響力を増していく。見た目が派手で攻撃力の高い魔法は怖がられるのよ。口から火を吹いたり、素手で岩を割らないように気をつけないといけないわね!


「オリヴィア様なら魔道具に頼らずとも十分華になれそうですけれどね」

「使える手が多いに越したことはないわ。特に魔法なんて誰でも使えるものではないから有利なのよ。ということで、二つともいただくわ!」

「毎度ありがとうございます!」

「商品は王城に届けてちょうだい。この小切手を見せれば対価はその場で支払うわ」

「承知しました。明日、伺いますね」


 全額現金でお支払いいただけるそうだ。さすが王族。こんなお高い魔道具をポンと買ってくださるとは。ホクホクとした顔で商品に売約済みの札をつける。


「それでは最後にひとつ、お見せしたいものがあります」

「まあ、何かしら。やっぱり魔道具?」

「いいえ、魔道具ではありません。気に入るといいのですが」


 間に合ってよかったわ。フォルテューナは店舗の奥にある倉庫にしまっておいた品を取り出した。そしてイーゼルにかけると、埃除けの布を取り去る。


「正体不明の天才画家、ジュリの最新作です。運良く縁ができたので描いてもらいました」


 大人が両手を広げたくらいのキャンバスに描かれているのは見下ろす視点から描かれた古き良き街並みだ。目印となる建物を見つけたようでオリヴィア様は目を見張る。


「ここに描かれているのは王城でしょう?」

「はい。作者だけが知る秘密の場所からセアモンテの王都を描いた風景画です」


 道に迷ったとき、この場所をジュリエッタは偶然見つけたそうだ。そしてフォルテューナが王都の絵が欲しいといったときに真っ先に思い浮かべた場所だという。


「陽の光を浴びた王都全体が王冠のように輝いて見えたそうです。あまりの美しさに息が止まるかと思ったそうですわ」

「たしかに素晴らしい眺めね。ここに描かれたものは何もかもが美しい」

「ふふ、王女殿下に褒められたと知れば画家も喜ぶでしょう」

「買い手が決まっていないようなら、これも欲しいわ」


 食い入るように見つめて、オリヴィアは瞳を輝かせる。絡み合う魔法の制約を潜り抜けてまで繋がったオリヴィア様との縁だ。簡単に手放すのは惜しいと思っていたから、ちょうどいい。


「気に入っていただけたようですので、こちらの品は当店から婚約のお祝いとさせていただきましょう」

「えっ、いいの⁉︎ ジュリの絵は貴重品でしょう⁉︎」

「一国民として、他国に嫁がれる王女殿下への感謝の贈り物です」


 窓の外へと視線を向けたフォルテューナは眩しそうに目を細める。


「他国に嫁ぐ王族は人質と同じ。国同士の絆を深める役割を果たす一方で、国外には決して出してもらえない。余程のことがない限り、故郷の土を踏む日は二度とないでしょう。ならばせめてもの慰めに王都の風景画を贈りたいと思いました」


 王女の婚姻には光だけでなく闇もある。豪奢で煌びやかな衣装や嫁入り道具に惑わされてそのことに気がつく者は少ない。一瞬目を丸くしたけれど、うれしそうな顔でオリヴィア様は微笑んだ。


「王女として光栄に思います。テナモジュールでも王族として立派に務めを果たすことを約束しましょう」

「当店は他国からの注文もお承りしております。引き続きご贔屓に!」


 こうやって少しずつ手間と時間をかけながらフォルテューナは縁を繋いでいくのだ。手ごわい魔法を編むように、繋いだ縁が誰かの助けとなるようにと願って。


「フォルテューナ、ありがとう」


 イーゼルに掲げられた王都の街並みを堪能してオリヴィア様はゆっくりと振り向いた。明るく軽やかだった彼女を取り巻く空気が、一転して重苦しいものへと変わる。そのことに気がついたフォルテューナは訝しげに眉を顰めた。


「っと、オリヴィア様?」

「では私からもあなたには特別なお礼をしなければね」

「お礼ですか?」

「本当は誰にも言わず隠しておくつもりだったけれどフォルテューナになら教えてもいいわ」 


 そう耳元で囁いて彼女はフォルテューナのローブへと手を伸ばした。とっさのことで反応が遅れたフォルテューナに軽く笑いかけて、オリヴィアは一気に力を注いだ。そして次の瞬間、ローブが輝きと力を取り戻す。


「魔法の付与、しかも治癒と回復……、まさか!」

「そのまさかよ。当時の記憶がよみがえると同時に、力の一部も取り戻したみたいね」


 紡がれたのは失われたはずの聖女の魔法。オリヴィアはまるで()()()()()()、糸をつむぎ、繋げて再び魔法の力を付与したのだ。


「こんなことができるなんて……それに、このレベルで力の一部ですか⁉︎」

「そうよ。今の私の力では腕や足を生やしたり、四肢をつなぎ直すことはできないもの。治癒で痛みを和らげつつ傷を修復して、回復を助けるくらいかしら?」


 いや、十分でしょう。とてつもないことを、さらっと言い切ったオリヴィアにフォルテューナは言葉を失った。もはやどこから突っ込んだらいいか。


「王女殿下はどこまでも規格外の方ですね」

「あなたに言われたくないわよ!」


 それは不本意だ。フォルテューナの持つ力は特別なものではなく、枠からはみ出すようなものじゃない。出来栄えを確認したオリヴィア様は満足そうにうなずいて、フォルテューナの瞳の奥を覗き込んだ。


「どんな経緯があって私が旦那様に残した贈り物(ローブ)を身につけているかは聞かないでおいてあげる。その代わり、与えたこの力でセアモンテの民を救いなさい」

「……まさか、これが本当に?」

「それがそのローブをまとう者の義務と心得るのです」


 フォルテューナは呆然とした。このローブは縁があって手に入れた魔道具で通称()()()()と呼ばれていた。かつて貴族の持ち物だったとされていて、所持者の周囲に結界を張り、浄化して、回復と治療をほどこすと言い伝えられていたという。まさに聖女の力そのものだ。ただ長い年月が経ち、保存状態も良くなかったためか効果効能については失われたとされていたのだけれど……。

 話の流れで、もしかしたらと思ってはいたが、まさかこれがオリヴィア様の織った本物だとは思わなかったわ。


「自分が前世で唯一織ったものだし、見間違えるわけがないわ。青く染めたのと金糸の刺繍は別の蜘蛛みたいだけれどその程度では私の目を誤魔化すことなんてできない」

「返せとは言わないのですね」

「旦那様にあげたものよ、いまさらいらないわ」

「だからって民を救うなんていう途方もない夢を託されましても」

「あなたならいくらでもやり方があるでしょう。私を利用する気ならそれだけの価値を示してからよ」


 フォルテューナは天を仰いだ。オリヴィア様はニヤリと笑う。

 バレてましたか……まあ、そう簡単には利用されてくれないですよね。


「それと私が嫁いだあとは彼をよろしくね」

「はい?」

「ふてぶてしいところは気が合いそうだもの。仲良くするのよ?」


 オリヴィア様の視線の先には、先ほどと同じ体勢でベンチに長々と横たわるリゲルの姿があった。なんでかあの緊張感のなさが腹立つの!


「見ていればわかるわ。周囲にまるで人を寄せ付けなかった彼がフォルテューナには気を許している」

「正直なところ、うれしくはないのですが」

()()()()()()()()()()()()()()()のだから、あきらめなさい」

「……なんですって」


 フォルテューナは目を見開いて言葉を失った。

 ほんと私のバカ。

 

「事情があって彼はこの国から離れることはできないの。私が嫁いだあと、周囲に面倒を見てくれる人間が一人もいなくなるのは可哀想だわ」

「ええと、面倒を見る側の私は?」

「名前をつけたら最後まで世話をするのが飼い主の義務よ」


 いや、それは人以外の生物に対して適用される義務であって……ああそうですか、ゆくゆくは飼い主になれとそういうことですか。


「自分の人の良さを恨むことね」

「一国の王女様とは思えない情け容赦ない捨て台詞ですねぇ」

「あら、王家が慈悲とは程遠い存在だということくらい知っていそうなものだけど?」


 フォルテューナはあきらめた。格上とわかっていたくせに手を出した私が悪い。頭を抱えたフォルテューナの肩をオリヴィア様が軽く叩いた。

 

「じゃあ、また遊びに来るわね」

「遊びにじゃなくて買い物に来てくださいよ!」


 誰も遊びに来ていいとは言っていない。同意するように扉のベルがカランと鳴った。



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