閑話 招かざる客1
時は遡る。オリヴィアがテナモジュールに嫁ぐ前のことだ。
「相変わらず掃除がはかどっているようね」
無事に旦那様を撃退したオリヴィアは、事後報告のためにフォルテューナの魔道具店を訪れた。彼女は愛用の箒を握りしめ、掃き掃除をしていたところらしい。一瞬ポカンとしたフォルテューナは、次の瞬間、どういうわけか頭を抱える。
「……だから、なんでここまで来られるのですかね」
「あら、そんなに私が嫌なの?」
「そういう意味ではないのですが」
フォルテューナは箒を立てかけて、いつものテーブルに案内する。そして氷を入れた器で冷やしたハーブティーをカップに注いだ。
「今日は休業日なので来客の予定がないと思っていました。これは自分用の作り置きですが。って、なんで注いだ次の瞬間に飲むんですか!」
「のどが渇いていたし、よく冷えていて美味しいからよ」
「ですからね、毒味の済んでいないものをよくそうやってゴクゴクと……」
「相手は選んでいるわ。だから大丈夫」
それを言われたらフォルテューナは黙るしかない。オリヴィアはにっこりと微笑んだ。
「それで、なんで来てはいけないの?」
「来てはいけないというわけではなく、そもそも愛を買い取った人間は二度と店にたどり着けないよう魔法をかけているからですよ。次の愛もダメなら、また買い取ってもらえばいい。そんな誠意のない人間には愛だって寄りつきません」
「たしかにね。苦難を乗り越え、時間をかけることで育つ愛だってあるでしょうから」
「愛を買い取る魔法は加減が難しいのです。相手によっては人生を蝕む毒ともなります」
フォルテューナの見立てで相手は選んでいるが、絶対ではない。だから愛を失う機会は一度きり。それと知らしめるために二度と店にたどり着けないよう魔法をかける。
「ですが何事にも例外はつきものでして。絡み合う魔法の制約をかいくぐって再び魔道具店を訪れるお客様がごく稀にいらっしゃるのです。どういう理屈なのかは、いまだにわかっていないのですが」
「あらそう、じゃあ私はごく稀な例外ということね。この店でそういう相手はどう扱うの?」
「どうもしませんよ? 制約をかいくぐってきたわけですから、縁があったということで普通に受け入れます」
「光栄だわ、じゃあまた来てもいいかしら?」
「この店にまた来たいと思う時点で、すでに稀なのですよ。捨てたいと願った愛の記憶に繋がる場所ですから普通は避けるものなのです。ですがそれでも来たいというのなら……まあ、止めないですけれど」
早々にあきらめたフォルテューナは苦笑いを浮かべる。謎めいた店主の仮面を脱いだフォルテューナは、配慮はしても遠慮はしない主義らしい。そして意外と押しに弱かった。飾らない彼女と過ごす時間をオリヴィアは心地よいと感じている。せっかく手に入れた息抜きの時間だもの、セアモンテにいる間くらいは有効活用しないとね!
「そういえば新聞で読みました。テナモジュール王国の王弟殿下と婚約を結ばれたそうですね。心よりお祝い申し上げます」
「ありがとう、おかげさまでとても幸せよ!」
「それに旦那様の横槍をかわせたようで安心しました」
「ええそう。最後まで自分にとって都合のいい妄想に取り憑かれていたわ。 彼を選んでいたらどうなったか、想像するだけでも地獄よ」
心底嫌だという顔でオリヴィア王女はフォルテューナに旦那様目線の裏話を語ってくれたのだが……なんというか、旦那様がポンコツすぎる。もはやアデライーデ王女がどうというよりも、単純に旦那様が夫としての資質に欠けていたのではないだろうか?
「話し合ったとしても、わかり合うことはできない気がしますね」
「そうなのよ。彼と私は全てが微妙にズレているの。そのズレが気持ち悪いのよ」
「ズレですか。たとえばどんなところですか?」
「あの男は私にバラを贈るとき、絶対に赤を選ばないの。なぜなだか想像つく?」
「いえ、全くわかりません。だって殿下の好きなバラは赤ですよね? 国民でも知っている常識ですよ?」
「それはね、アデライーデ王女が赤が好きだったからよ。彼女にバラを贈るみたいで嫌なの。だからねオリヴィエラの好きだった白いバラを贈るのよ。それなら被らないでしょう?」
「いやなんというか、それはまた盛大に拗らせましたねー」
「今世で彼を選ばない理由はそういうところなのよ。最後まで理解してもらえなかったけどね!」
オリヴィアは乾いた笑い声をたてた。過去に囚われすぎているエリアスは王女に好きな花一つ贈れないことになる。生まれ変わっても、旦那様の残念なところは治らなかったということね!
「それで旦那様はどうされているのです?」
「失恋の痛手で引きこもっているそうよ」
会談での出来事はオリヴィアが止めないこともあって侍女によって余すところなく語られ、エリアスの思い込みとして処理された。結果、各国の水面下でお花畑脳だの勘違い男だのとさまざまな呼び方で揶揄されているそうだ。かなり恥ずかしいものもあるので、噂が沈静化するまで当分表舞台には姿を現さないだろう。ちなみに引きこもっても公爵としての仕事は果たしているそうだから、国も憐れに思って放っておいてくれているらしい。それも逆に情けない話だけどね。
「まあ、もう私の人生には関係ないからどうでもいいわ」
「そのとおりです。無視して幸せになってくださいね」
「ふふ、ありがとう。それでね、今日はせっかく来たのだからお店で買い物をしたいのよ」
「ご自身のものですか?」
「いいえ、ロラン様への贈り物を買いたいの」
途端にオリヴィア様が頬を赤らめた。おやおやー、なんか初々しくていいわね!
「今世は旦那様ではなく名前で呼ぶことにしたわけですか」
「だって旦那様はもうこりごりなのよ!」
二人は軽やかな笑い声をたてた。何を勧めるか思案しながらフォルテューナは立ち上がると陳列棚の鍵を開けた。そして選んだ商品のいくつかをオリヴィアの前に並べる。
「せっかくですから装飾品を贈られたらいかがでしょう? 男性に人気なのはネクタイピンやカフス、それから日常使いのできるシンプルな指輪やネックレスもありますよ」
「もしかして、これにも魔法がかかっているの?」
「はい。人気なのは守護するもの、回復を助けるもの、災難避けでしょうか。装飾品の用途に合わせて効果を付与したものが多いですね。っと、ごめんなさい。こちらの腕輪はいけませんわ」
「あらどうして? 素敵なデザインじゃない」
「女性から好かれやすくなるという効果が付与されておりまして」
「ちょっと、どうしてそんな不届きなものが店頭に並んでいるのよ!」
「意外に需要があるものですから、ついうっかり」
誤魔化すように笑って、フォルテューナは別の棚にしまうとしっかりと鍵をかけた。
「あの鍵が開いた棚にあるものは自由に手に取って見ていただいてかまいませんよ。女性物もありますから同じ意匠を選べばお揃いにもできます」
「商売上手ね」
「光栄ですわ。ゆっくりお選びください。私は掃除道具を片付けてまいります」
オリヴィアが真剣な表情で商品を選んでいるのを確認してフォルテューナは扉を開けて外に出た。カランと小さくドアベルが鳴る。そして箒を手に取ったとき白いベンチに視線が向いた。呆れたように深く息を吐いて、横たわるかわいくない生き物に声をかける。
「あのね、堂々と人前に姿を現すなんて影としてどうかと思うわよ?」
「……存在がバレているのに姿を隠すのは面倒くさい」
くつろぐ猫のようにリゲルが長々と伸びていた。全身のシルエットを晒し、緊張感の欠片もないのが腹立たしい。ちょっとは自重しなさいよ!
風で前髪が揺れて、差し込む陽射しに端正な面立ちがくっきりと浮かび上がった。精悍というよりは優美な印象だ。誰かに似ている……思い当たる人物がいてフォルテューナはハッと息を吐いた。
ああ、そういうことね。
「どうした?」
「なんでもないわ」
リゲルは相変わらず目を閉じたままだったけれど、迷いなくフォルテューナに話しかけた。それは影として相手の些細な変化であっても感じ取る訓練をされているからだろう。
「そういえば採光窓の鍵は修繕したんだな」
「だから二階は住居スペースだって……」
「わざわざ屋内から二階に行かなくてもわかる。外から開かなければ鍵が掛かっているという証拠だ」
「っ、それはまあそうだけれど。窓の鍵を確かめるには屋根に登らなきゃいけないでしょう。古い建物だから脆いところがあるのよ。落ちて怪我でもしたらどうするの」
「あの高さなら落ちても怪我はしない。そんな生半可な訓練は受けてないからな」
そして、うっすらと目を開けた。木陰のもたらす薄闇に青白い瞳が瞬く。本当、忌々しいくらいに綺麗な色よね。
「フォルテューナは、お人好しだな」
「なんですって!」
フォルテューナはムッとして眉間に皺を寄せた。リゲルは気だるそうに上半身を起こすと、からかうように口角をあげる。
「主人ではなく、影の心配をする人間なんてはじめてだ」
「落っこちて怪我でもされたら寝覚めが悪いからよ!」
「この程度で怪我の心配をされるようじゃ、影は務まらない」
そしてゆっくりと立ち上がってフォルテューナの正面に立った。バッチリ人相と全身が確認できる。ああもうなんてこと。
「人相を明かさないはずの影が無防備な状態で全身を晒すなんて……。善良な一国民として、はっきり言って迷惑だから!」
「善良ってところは確実に嘘だ」
「失礼ね、真っ当に生きてるわよ!」
「真っ当に生きている奴が、愛を買うなんていう怪しい売り文句で王女を唆したりしない」
ここまでは皮肉を言って、からかっていたくせに。次の瞬間、リゲルは真面目な顔をした。
「だが礼を言いたい。オリヴィアを迷いから救ってくれたことに感謝する」
「……」
「オリヴィアは王女として民を心から愛している。そんな彼女の願いは国に尽くすことだ。政略であろうと受け入れる覚悟があったはずなのに、急に公爵閣下にだけは嫁ぎたくないと言い出した。嫌がるようになった理由がわからなくて周囲の人間がずいぶんと心配したんだ」
歓待され十分にもてなされたはずなのにロアプールから戻ってきたときから急に思い悩むことが増えた。顔色も悪くなり、食も細くなって、日々何かに怯えている。原因はエリアス・ボルティア公爵なのはわかっていたけれど、とにかく怯える理由がわからない。しかも限られた自由時間に、教会の縁もゆかりもない人物の墓に参りたいとかいう意味不明な行動を取り始めた。誰もが不安に思いながら手も足も出なかったのに、フォルテューナだけが、ほんのわずかな時間でオリヴィアの心に平穏を取り戻した。
しかも愛を買い取るという、いかにも怪しいとしか思えない魔法で。
「セアモンテは唯一、魔法の残る国。でも魔法なんて信じていなかった」
「信じていないくせに、あっさりと彼女が一人きりになることを許したわね」
「あのときは気休めのようなものだと思っていたからな。おまじないのような子供じみた行為でもオリヴィアが納得するならそれでいいと思っていた。だがどういうわけかフォルテューナの施す怪しい魔法だけがオリヴィアを救うことができた。だからこそ聞きたい――――あなたは何者なんだ?」
世界から消えつつある魔法。その只中にあってフォルテューナの使う魔法はおそろしく純度が高い。彼女の施す結界もそうだし、家のあらゆる場所で巧妙に隠された魔法もそう。リゲルが聞いたこともなければ、見たこともないものばかりだ。
「この魔道具店は一体なんなんだ?」
魔法すら失われつつある世界で魔道具なんて過去の遺物だ。魔道具店の多くはかつての名残りとして店名を残しただけの怪しい店ばかり。
だがフォルテューナ・パンタシア魔道具店だけは異質。まるでこの店が魔道具そのものにも思える。リゲルの鋭い視線を受け止めるフォルテューナの表情は変わらない。箒を片手にそっと首をかしげて、少女みたいに笑っただけだ。
「ふふ、何を想像しているかわからないけれど私は私よ」
それ以上答える気はないとリゲルは悟った。影として尋問にも携わる自分だからこそわかる。この秘密を守るためにフォルテューナは命を捨てる覚悟があった。そこまでして守りたいものとは何か……それはとても気になるけれど、これ以上彼女を追い詰めたいわけじゃない。本心を言えば、仕事とは関係なしに自分が知りたいというだけだ。
リゲルは熱を逃すように深く息を吐いた。相手の事情に踏み込むなんて自分らしくない。自分はもっと冷めた人間のはずなのに。影と知りつつ普段どおりに振る舞うフォルテューナのことが気になって仕方がないのだ。
もっと踏み込んで、奥深くに眠る秘密を暴いてしまおうか。
そうしたら彼女はどんな表情を見せてくれるのだろう?
いくつか短いお話が続きます。内容によっては続けて投稿することもあるのでご了承ください




