名誉回復 1
この世界には魔法がある。
とは言っても生活魔法レベルの話。
薪に火をつけるとか壺に水をためるとか庭の落葉を風で集めるとか。
そんな平和な魔法しかないくらい人が持つ魔力なんて微々たるもの。
その微々たる魔力も全くない人たちもいるし。
精霊とか神獣とかの存在なら天変地異も起こせるんだろうけど、平和を愛する種族ですからね~。
そもそも存在するかどうかすら謎な伝説の生き物ですから。
そんなこんなで多少の魔法はあるものの、文明の発展具合は中世ヨーロッパくらい。
お出掛けするときの乗り物はもちろん馬車です。
「ジェイド、準備できたわ。」
「では、出発いたしましょう。」
玄関前のアプローチに停まっている落ち着いた作りの黒い馬車に、護衛騎士に抱き上げられるようにして乗り込む。
後からあたし付きの侍女リリエルもジェイドの手を借りて乗り込んできた。
あたし付きの護衛騎士ジェイドとシェザード家お抱えの騎士3人を従えて向かうのは、お屋敷から程近い農村地帯。
すっかり良きパパとなった侯爵さまは再婚の「さ」の字も考えてないらしく、ユーフェミアに跡をついでもらいたいと思うようになったみたいで。
跡を継ぐと言っても宰相のお仕事じゃないよ。
王都近くにあるシェザード家所有の領地のこと。
宰相のお仕事をするようになってからは側近の部下の何人かに管理を任せていているの。
随時報告を受けていろいろな決断はお父様がしているのです。
宰相業務は激務ですからね。
そんなこんなで最近あちこち一緒に連れてってくれるようになりまして。
ある日向かったのは今日これから行く農村地帯。
そこであたしは衝撃的な出会いを果たしたのです。
広々とした平原に広がる小麦畑の隅っこに水をたたえた場所が。
川ではなく人の手で四角く区切られたその場所に、豊かに実り頭をたれる見慣れた植物の姿。
『お、お米?!!』
心の中で絶叫し号泣しそうになるのを必死に我慢したあたしを誉めてほしい。
この世界でのお米は、7才の貴族の息女が知っているわけのない食材だったのですから。
シェザード家領内の農民たちにだけ受け継がれてきたお米もといコルエ。
高く売れる小麦粉を収入源として全て出荷し、片手間に育てたコルエを粉にして焼いたパンが農民たちの主食。
いわゆる米粉のパンね。
日本みたいにお米を炊いてほかほかご飯っていう食べ方はないみたい。
貧しい農民の食べ物として蔑まされてるから、貴族はおろか町民も食べたことないというかあえて食べないんですって。
もちろん大貴族であるお父様も存在は知ってるけど食べたことないっていうし、貴族の人達はほぼ100%存在すら知らないでしょう。
なんてもったいない。
愚行の極みよね。
お米は日本人の心。
素晴らしい食材なの。
あたしが名誉回復してみせる!!
それからあたしの農村通いが始まったのです。