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フェアリー・クインテット  作者: 芝森 蛍
嵐と砂塵の祝歌(キャロル)
35/138

後奏曲

「私は、クラウスが好きなんだって」

「僕はアンネが嫌いだよ」


 交わされた言葉に口元が緩む。

 そう、それが真実。彼が望むありえていいはずのたった一つの景色。

 だからこそ、自分は彼に希望を抱いた。

 彼なら今を変えてくれる。未来を作り出してくれる。

 その景色を、見せてくれる。

 そう願って、彼に託した。


「あたしはそんな貴方が好きよ、クラウス」


 紡いだ言葉、響いた声にその場の視線が釘付けになる。

 あぁ、やっと彼に会えた。やっと彼に見てもらえた。

 湧き上がった興奮は体の芯を熱く震わせてこれ以上ないほどの妖しい笑みを浮かべる。

 そうして見据えた灰色の瞳が少しだけ苦痛に歪められていて胸に痛みを灯した。


「痛いよね……苦しいよね……。でもそれももう少しだから……だから後ちょっとだけ、我慢してくれる?」

「あなたはっ…………!」


 首を傾げて問えば、返ったのはその空気に皹を入れる一言。

 一瞥さえくれてやるのも勿体無い。けれど彼女もまた少しでも関わった駒か。今は彼に免じて許すとしよう。


「貴女は邪魔、喋らないでっ」


 こちらを見つめる敵意の篭った水色の瞳。招かれざる彼女に感情のない瞳を向けて、それから胸の内で妖精力を練る。

 途端、彼女は頭を押さえてその場へ蹲った。

 無様な事。何て醜い。そんな醜態を晒してクラウスに媚びようなんて底の知れる女。

 彼との関係に無粋に踏み入って来る魔性。やっぱりあの時もう少し痛めつけておくべきだったか。

 何にせよ無くてもいい存在、必要のないものだ。気に掛けるだけ徒労だ。


「……もう少し、先になるかと思ってた」

「嘘吐き♪ 気付いてたくせに」


 笑顔で告げると彼は頭を押さえながらこちらを見上げる。そう言えばずっと上にいた。見上げるのも楽ではない。

 何より、彼と自分は対等であるべきだ。

 出入り口の上から下りて地面に立つ。その寸前に人化の術を使って人間大に大きくなった。

 やっぱり翅は消せないか。まぁいい。これもあたしだ。

 慣れない足取りで彼の側に寄ると、目の前に白を纏った自分とは対照的な少女が彼との道を遮った。


「邪魔よ、退きなさい」

「あなたは誰ですか?」


 話を聞かない不躾な子だ事。こんなのが彼のはんぶんだなんて呆れて溜息も出ない。

 けれどこれでも一応彼のはんぶん。事を荒立てるべきではないか。


「聞く時は自分から名乗るべきだと思わない……?」


 その後に続けるべき言葉を言おうとして、けれどもやめた。

 目の前の彼女はきっとその事実を知らない。今ここで口にしたところで新たな混乱を招くだけだ。それより今は彼との再会を喜びたい。


「……フィーナ、です」

「そう、フィーナ。退いて?」

「やです」


 笑顔で告げると間髪いれずに答えが返った。その頑固さは父親譲りだろうか。

 どうでもいい事を考えて頭を振る。

 彼女とは分かり合えない。それがきっと正しい結論だ。

 心よりも深いところに刻まれた本能に従って視界からはずす。邪魔だ。

 あたしより20セミルほど小さい背丈に、ご大層な決意な事だと気持ちだけの賛辞を送って、彼女の肩に手を置いて通り過ぎる、その刹那────


「止まってください────アルさん」

「っ────!!」


 響いた声に、紡がれた言葉に、その名前に。思わず驚いて息が詰まった。


「──驚いた…………クラウスにも思い出せないようにしてたのに、貴女が知ってるなんて」

「知らないなら教えてあげます。私とクラウスさんは契約で結ばれているんです。意識すれば互いの事が分かってしまう」


 その声はどこか震えていて、けれど確かに怒っていた。


「クラウスさんが言ってました。あなたの……アルさんの記憶の封印術は近付くほど共鳴するって。それって近くにいればいるほどその封印が弱まるって事ですよね」

「随分と知った風な口を利くじゃない。流石は彼のはんぶんね」

「……知らないから言ったんです。今アルさんが肯定してくれました」


 思わず頭に血が昇る。

 何だそれは。それではまるで彼のやり口と同じ────嫌な成長を…………。

 振り上げかけた腕を、どうにか視界に入ったクラウスの姿で鎮める。


「封印が緩まればわたしでもクラウスさんの記憶を覗けました。だから分かったんです、アルさん」

「大した度胸ね。……なら分かるでしょ、どうすれば封印が解けるのかも」

「…………分かったから、止まってくださいってお願いしたんですっ」


 呼吸一つ。それから落ち着いた声で出来る限り尊大に言い放つ。その言葉に、彼女──フィーナは拗ねたように告げた。

 それは嫉妬だろうか。それとも独占欲だろうか。

 どちらにせよ彼女の自信は自分には壊せそうにない。なるべくしてなった彼の片割れということだろう。苛々する。


「だったらしっかり見ておきなさい。あたしこそが、彼の隣にいるべき存在なのだから」


 彼女に反論は無い。そうする以外に彼女のできる事はないのだから。

 優越感に浸りながらフィーナを押し退けて彼の前に立つ。そうして視線を交わしたクラウスは、やはりどこか寂しそうだった。


「久しぶりね、クラウス」

「…………あぁ」

「早速で悪いけど、少しだけ時間を頂戴」

「感傷に浸る暇もくれないのか」

「それはあとでゆっくりと、ね?」


 言って、彼の額に口付けを落とす。

 その瞬間、かちりと錠前の外れる音が確かに響いた。

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