第二十四話 あふれた感情
「…………あぁ。ただいま、ニコラ。母さん……」
軽く目を見張った後。
フッと微笑んだお兄様。
そして、そのあとすぐ。
『座ろうか』って言ってソファーに座った。
お兄様の隣に、泣いてるお母様。
やっぱり安心と嬉しさで涙が止まらないみたい。
だって、前みたいに笑ってるんだ。
あたしはそんなお母様の姿に、心の底からホッとした。
やっぱり、あたし。
役立たずだな……。
って、何言ってんだろ。
馬鹿みたい。
、なに落ち込んでるんだろ。
あたしは小さく笑って、二人が座ったソファーの近くに置いてある、一人掛けのソファーに座った。
「ロイド……。また、夢かしら? ふふっ、夢だったら。弱音、吐いても言いわよね」
落ち込んでたなんて、見えないくらい無邪気に笑ったお母様。
そんなお母様にあたしは何も言えなかったけど、お兄様が笑って「夢じゃないよ。これは現実なんだ」って言った。
でも、お母様は信じてないみたい。
「そうね。ロイドはいつもそう言ってくれるのよ? でもね、わかっているの。『これは私が望んでみている夢だ』って」
無邪気に笑うお母様は、『だから、聞いてね』っていった。
お母様の弱音?
それに、お母様の口ぶりだと、こういう夢を結構見てるみたい。
もしかして、ずっと落ち込んでたのって、夢と現実が一緒になってて、どっちがどっちか解らなかったから?
てことは、『落ち込んでた』じゃなくて『考え込んでた』?
…………とりあえず、お母様が何か言うのを待とう。
そう思って待つことにして、いつの間にか俯いてたお母様の方を向いた。
少しして。
顔を上げたお母様は、楽しそうに笑っていたはずなのに、すっごく悲しそうに涙を流してた。
どうして?
どうして、泣いてるの……?
なんで。
さっき、嬉しそうに泣きながら笑ってたのに…………。
「あのね、ロイド。母さん、ニコに『お母様なんて大嫌い』って、言われてしまったの。どうしよう、嫌われてしまったわ……。私は……、あの子の母親失格ね…………」
震える声であたしを見ずに、必死に微笑みを浮かべるお母様。
あたしはお母様がいった言葉にめまいがして、徐々に視界が床に落ちていく。
どういうこ、と……?
お母様に、『大嫌い』なんて、言ったことも、思ったことも、ないよ……?
あたし、言葉にできないくらい、お母様、大好きだよ?
お母様とあたしは血がつながってなくても、あたしのたった一人の大切な『お母さん』なんだよ…………?
お父様に拾われたあの日。
お父様に抱えられた、酷く汚れてたあたしを見て、驚いて。
次の瞬間には泣きだして。
抱きしめてくれたのは……お母様だったんだよ?
あたしが、それにどれほど救われたか。
お母様は知らないの?
……知らないんだよね…………。
そうだよね。
だって、言ってないもん……。
でも。
今のお母様は『夢を見てる』って思ってる。
あたしに『嫌われたって』って思ってる。
だからあたしを見ない。
きっと、今あたしがお母様に『大好き』って、何度言っても、信じてくれないかもしれない。
でも、あたし。
お母様、大好きだよ。
とっても大切なんだ。
だから、傍に行って、いい……?
傍に居させて……?
お願い。
拒絶しないで、嫌いにならないで……。
あたし、お母様に嫌われたくない…………!!
「……っ。お、かぁさま…………。おかぁさま、お母様、あたし。あたし、そんなこと思ったことも、言ったこともないよ……! なんで、なんであたしが、お母様を嫌いにならないといけないのっ……?!」
つい感情に任せて立ち上がってお母様に言った。
でも、あたしの視界はにじんで、歪んでて、こっちを向いてるお母様がどんな顔をしているのか解らなかった。
「お母様はあたしのたった一人の『お母さん』だよ!! なのに、お母様は『夢のあたし』を信じるの? 『現実のあたし』を信じてくれないの? 見てもくれないのっ?!」
悔しい……。
悔しくて、悔しくて。
夢を信じるお母様に腹が立つ。
なんで、何も言ってくれないの?
なんで黙ってるの?
「ねぇ、知ってる? あたしを産んでくれた人は生まれたあたしの姿を見て、ひどく落胆したんだよ。『こんな不気味なのいらない』って。だからお爺とお婆に押し付けた。でも、二人はあたしのせいで殺された。あたしを引き取りたくなかった二人は……」
あぁ、こんなに冷たい声が出せるんだあたし。
……今。
ひどい顔してるんだろうな。
あたしは目からあふれて、頬を伝う雫を感じ、頭の端のほうで冷静に思う。
でも、あたしの中で暴走した感情は、勝手に言葉を紡ぐ。
あたしが見たくなかった。
信じたくなかったあの事を……。
「遠く離れた王都の裏道に、あたしを捨てた。うわべだけの笑顔を張り付けて、『ここで待っていてね』って」
イライラする。
思い出したくもない、大嫌いなあの二人。
今までずっと、その感情を必死に消そうとしてた。
でも。
もう、無理だ……。
あの二人のせいでお母様が不安になってる。
もう、あの人たちなんか大っ嫌い!
ずっと、ずっと嫌いだった。
でもそれはあまりいい感情じゃない。
わかってる。
でも、止まらない……。
「腕に、【化け物】じゃない、二人に良く似た赤ちゃんを――――っ!!」
『抱いていた』。
そう、言おうとした。
でも、正面から暖かいぬくもりに包まれた。
だから言えなかった……。
「ニコラ。ごめん、ごめんなさい。母さん……。母さん、ニコが大好きよ。とってもとっても、大好き。愛しているわ」
「お、かぁ……さ、ま…………」
恐る恐る震える手を、お母様の背中に手をまわす。
お母様は、あたしの手が震えてることに気づいてるのか分からないけど、少し、力が強くなった。
「うん。なぁに、ニコ……」
「……大好き」
「ふふ。母さんも、ニコが大好きよ」
そう言って少し体を離して、涙を流しながら微笑んだお母様。
あぁ、そうか。
お母様から笑顔が消えた原因は、お兄様だけじゃなかったんだ。
あたしのせいでもあったんだ……。
「お母様、ごめんなさい……」
「どうしたの、ニコ。急に謝ったりして」
ふわっと微笑んだお母様。
その微笑みは、二年前と変わらなかった。




