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グレイスはハッと目を覚まし、慌てて懐中時計で時刻を確認した。
今はちょうど昼時で、グレイスは思った以上に長く眠ってしまったらしい。
慌てて一階の食堂へ降りると、そこは大勢の人で賑わっていた。
キッチンで、ダンゼルがフライパンを振っている。彼の他にも、細身の女性と小さな女の子が店内を駆け回っていた。
「お、やっと来たか」
グレイスの姿に気付いたダンゼルが、キッチンの中から声を掛けてきた。
「今は手が離せねぇから、自分で席に座ってくれ。約束通り、あんたには俺の自慢料理を振る舞ってやるよ」
グレイスは少し驚きつつも、美味しそうに食事をとる客たちの間を縫うように進み、なんとか空席のテーブルへと辿り着く。
ようやく席に着くと、いつの間にか小さな女の子が隣に立っていた。十歳前後だろうか……女の子が元気よく言った。
「飲み物は果汁ジュースとお酒があります!」
「あ……ええと、では果汁ジュースをいただこうかしら」
「はい! うけたまわりました!」
女の子ははきはきと返事をすると、すぐに立ち去るのかと思えば、そのままグレイスの顔をじっと見つめてきた。
少女の頬が、ぽっと赤く染まった。
「お母さん! うちのお店に、すっごく綺麗なお姉さんがいる!」
そして、そんなことを騒ぎながら、近くを通りかかった細身の女性のもとへ走っていった。
(ダンゼルさんの娘さんかしら……?)
ダンゼルにちっとも似ていない愛らしい少女だったが、瞳の色が彼と同じだった。
やがて、細身の女性が大きな皿を一つ運んできた。
皿の上を見ると、そこには、まるで繭のような白い物体が乗っている。
(これって……!)
グレイスは目を輝かせた。
女性がグレイスの目の前で、その繭を小槌で器用に割ってみせた。すると、中からは香草とともに焼き上げられた魚が出てきた。
(あの旅行記にも書かれていた、魚の塩包み焼きだわ!)
グレイスはナイフとフォークで魚の身を丁寧に取り分ける。ふっくらとした白身から、じゅわりと魚の脂が滲み出てきた。
はやる気持ちを何とか押さえながら、魚の身を口の中に入れる。磯と香草の香りとともに、魚の濃い味がグレイスの舌の上に広がっていった。
「まあ、美味しそうに食べてくれちゃって! こちらもどうぞ」
再び、女性が料理皿を運んでくる。今度は貝や海老をふんだんに使ったオイルパスタだった。
ふわりと立ち上る香ばしい匂いに、グレイスはさらに目を輝かせた。
「お姉さん、こちらもどうぞ。搾りたての果汁ジュースだよ」
女性の後ろから、あの女の子がひょっこりと顔を出した。
グレイスは女の子からジュースを受け取ると、ちょうど喉も渇いていたので、そのまま飲んだ。
柑橘の爽やかな香りが鼻をくすぐる。味は甘酸っぱく、後味がすっきりとした味わいだ。
「とても美味しいわ。ありがとう」
グレイスがお礼を言うと、女の子は嬉しそうに笑った。
「お姉さん、ここに泊まるの?」
「えぇ。お世話になるわ」
「外国の人?」
「王国から来たの。今日ちょうどこの国に着いたのよ」
女の子はグレイスに興味津々のようだった。
「あたしね、アーティって言うの。あの人がお母さんで、キッチンにいる人がお父さん」
アーティは女性とダンゼルを順に指差しながら紹介した。
「私は、グレイス。よろしくね、アーティ」
グレイスは手を差し出す。アーティは「えへへ」と照れ臭そうに笑いながら、その小さな手でグレイスの手を掴んだのだった。
店は忙しそうで、アーティもすぐに手伝いへ戻っていった。
グレイスも午後から街の散策をしたいので、ダンゼルご自慢の料理をゆっくりと楽しんだ後、宿を出て街中へと消えていった。
◆
すでに昼時を過ぎていた。客足も落ち着き、ダンゼルはやっとひと息つけると思っていたら、新しい客が二名やってきた。
ダンゼルはその二人に目を向けて、素っ気なく言った。
「今日の昼はもう終いだ」
「そんなこと言わずにさぁ。さっき、やっと仕事を終えて来たんだよ」
「腹減った……余り物でいいから、何か作って」
その二人は騎士の格好をした、若い男だった。ダンゼルは舌打ちしながらも、下ろした腰をすぐに上げて、キッチンの中へと入っていった。
男たちが座るテーブルのそばでは、アーティがお絵描きをしていた。
「アーティ。何描いてるんだ? お姫様?」
黒髪の騎士がアーティの絵を後ろから覗き込む。するとアーティは恥ずかしそうに絵を隠した。
「今日からこの宿に泊まることになった旅行客の女性を、アーティがすっかり気に入っちゃって……」
アーティの母アンナが笑いながら説明すると、アーティはすかさず言った。
「だって、すっごい綺麗なお姉さんなんだもん!」
「へぇ、美人なんだ」
黒髪の騎士はその旅行客の女性に興味を持ったようで、アーティから話を聞きたそうにしていた。
「お姫様みたいにね、食べ方もきれいで上手だった!」
「どうやらその人は、貴族みたいなんだ。話し方や風貌的にも、王国の人っぽかったなぁ」
アーティの話を補足するように、キッチンからダンゼルが言った。
「王国って言ったら……」
黒髪の騎士は、隣に座って料理が運ばれてくるのを今か今かと待っている金髪の騎士に目を向ける。
「カリスト。お前の親戚がいるんじゃなかったか?」
カリストと呼ばれた金髪の騎士は、空腹すぎて不機嫌だった。青い瞳で冷たく同僚を見る。
「まあ、いるけど。その親戚とも、たまたま王国に短期留学していた時に一度しか会ったことないし、親戚と言うほど親しくはない」
「あ、そうそう。年の離れた従兄弟の結婚式に参列させられたんだったよな」
「よく覚えてるな、お前」
カリストはうんざりした表情を浮かべると、黒髪の騎士は「俺たち、何年の付き合いだと思ってんだよ」と肩を組んできた。
「それで、その時に見た花嫁に憧れちゃって。こっち帰ってきてからも落ち込んでたよなー、お前」
「本当に、何年前の話を覚えてんだよ!」
カリストは眉を顰めながらも、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
その時、ダンゼルが二人の前に二つの大皿を置いた。魚介の旨みたっぷりのピラフだ。
「うまそー!」
腹ペコの騎士たちは、さっきまでの話はすっかり忘れて、夢中になってピラフを頬張ったのだった。




