【第5話】:画面の向こうのサカモトと、世界の輪郭
アパートの自室に辿り着いた俺は、夜風で冷え切った身体を温めようと、台所のやかんを火にかけた。
マグカップにインスタントコーヒーの粉をスプーン二杯入れ、お湯が沸くのを静かに待つ。ピーーッと勢いよく沸騰したお湯を注ぎ入れ、湯気を立てるマグカップを持ってちゃぶ台の前へドカッと腰を下ろした。
フゥフゥと息を吹きかけ、熱いコーヒーを口に含みながら、片手でスマホの画面を操作して動画共有アプリ『ミーチューブ』を開く。
おすすめ動画のサムネイルを指先でぼんぼんスクロールさせていた俺の手が、突如としてピタリと止まった。
画面に表示された、見覚えのありすぎる男の顔に目が留まる。
「……サ……サカモト……!?」
見間違うはずがない。
あの調子の良さと胡散臭さを凝縮したような、ひょうひょうとした面構え。
俺は半ば弾かれたように、その動画のサムネイルをタップした。
スマホのスピーカーから、聞き覚えがありすぎる関西弁の音声が流れてくる。
『──ハイ、どーもー! サカモトチャンネルへようこそ! いや〜、しかし閲覧数が全然伸びひんな〜……。みんなほんまの面白さっちゅうやつが分かってへんみたいやな。ええか? これから話すことはな、わしが実際に体験した、とんでもない極秘陰謀の話なんや──』
俺はコーヒーを飲む手も止め、食い入るように画面を凝視した。
画面の中のサカモトは、異世界ロー〇ソン一号店での出来事を、さも武勇伝のようにペラペラと喋り倒していた。
その中には当然、俺の存在や活躍もバッチリ含まれている。
ファ〇マの巨大移動要塞からの脱出劇、ドローンを使った命がけの逃走劇のパートでは、サカモトは感極まったのか、嘘くさい涙まで浮かべながら熱弁を振るっていた。
「おいおいおい……! そんなことまでベラベラ喋って大丈夫なのかよ……!?」
視聴しながら、俺の胸の奥が冷たくざわつき始める。
あの異世界コンビニを巡る一件には、大手コンビニ三社はもちろん、公安の極秘部隊までもが深く関わっているのだ。こんな動画をネットに配信していることが知れ渡れば、サカモトの身に公安の追手がかかり、ただでは済まないはずだった。
だが、リアルタイムの画面にはサカモトを「嘘松乙」「頭おかしい配信者草」とバカにする視聴者コメントが虚しく流れていく。
「あいつ……公安に追われて自暴自棄にでもなったのか……?」
これだけ包み隠さず情報をぶちまけるということは、追い詰められて自暴自棄になっているのか。
それとも──「公安に追われても問題ない状況」にいるのか。
配信が終盤に差し掛かった時、答えは後者であることが判明した。
それは、サカモトを煽る一つのコメントを彼が読み上げた時のことだった。
『──お前なんか公安に消されちまえ──』
そのコメントを読み上げたサカモトは、カメラに向かって不敵で意地の悪い笑みを浮かべた。
『ひょっとして、みんなそう思うわな? これだけ国家機密レベルの話をベラベラ喋ったら、公安の恐いお兄さんらに消されるんと違うか〜?ってな。……それがな、全っ然そうでもないんやわ。……今のわしな、どこへでも自由に移動できまんのや』
そう言った次の瞬間──
フッ──
画面の中からサカモトの姿が綺麗さっぱり消え去った。
そして一秒後、まるで何事もなかったかのように、彼は元の画面の中へヌッと戻ってきた。
ただし──その右手には、いつの間にか海外風の紙袋と、包み紙に包まれた極太のハンバーガーが握られていた。
サカモトはそのハンバーガーを豪快にガブリと頬張りながら、カメラに向かってニヤリと笑う。
『ほれ、見てみ。これな、今ニューヨークのタイムズスクエア前で買ってきたハンバーガーや。シュッと行って、シュッと帰ってきたんや。……凄いやろ? でもな、わしがやろうとしてるのは、こんな程度のことやないで。これからな、異世界と現実世界を……』
バンッ──!!
サカモトは両手を顔の前で勢いよく打ち鳴らした。
『……くっつけよう思っとるんや』
両手で押し潰されたハンバーガーから、ソースや具材がぐしゃりと潰れ、ボタボタと手のひらから床へこぼれ落ちていく。
それはまるで、強引に引き裂かれ、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わせられようとしているこれからの世界を暗に示しているかのようだった。
『今のうちにチャンネル登録しといた方がええで? 異世界の連中はな、もうすでに現実世界の中にチョロチョロ入り込んどるさかいな。助かりたいなら、わしのチャンネル登録しとき──』
そこでプツリと動画は終了し、暗転した画面が静まり返った四畳半の部屋を照らした。
俺は金縛りにでも遭ったかのように、指一本動かすことができなかった。
冷めきったコーヒーのカップを握りしめたまま、俺の脳裏には公園の路地裏で消えた「あのおじさん」の姿が過る。
(サカモトの奴……一体、裏で何を企んでいるんだ……!?)
静かなアパートの部屋で、俺の呟きは誰にも届かず消えていった──。




