【第4話】:黄金の新人(ルーキー)と、ざわめく街灯
翌朝、俺はコンビニへと出勤した。今日は初めての『中番』シフトだ。
勤務開始は12時からなので、余裕を持って11時45分には店に到着した。
レジカウンターに視線をやると、そこにはいかにも上品な主婦パートさんといった雰囲気の、40代くらいの女性スタッフが立っていた。
俺は軽く会釈をしてから、事務所のドア前で声をかけた。
「昨日から入りました、間宮守と申します。よろしくお願いいたします!」
「あら! あなたが噂の『ゴールデンルーキー』君ね? 高槻茜です。よろしくね」
高槻さんはそう言うと、パッと花が咲くような上品で素敵な笑顔を向けてくれた。
(……それにしても、店長は顔で採用基準を決めているんじゃないかと思うくらい、この店の顔面偏差値は高いな……)
……ってことは、面接なしで即採用された俺も、客観的に見れば悪くない顔立ちということになるのだろうか?
そんなアホな自惚れを心の中で呟きつつ、俺はバックヤードへと足を踏み入れた。
「おはようございます!」
「あ、おはようマモル君!」
バックヤードの中では、神田店長がストアコンピュータ(ストコン)に向かってカチカチとキーボードを叩き、悩ましげな顔で発注作業をしていた。
「発注作業ですか?」
俺がそばに近寄って覗き込むと、神田店長は「そうなんだよ〜」と眉をひそめた。
「今週末、近くの河川敷で大きな少年野球大会があるだろう? 試合を観戦する保護者たちがたくさんお弁当を買いに来ると思ってね。何をどれくらい仕入れようか考えていたところなんだよ」
俺は画面に表示された発注予測データをじっと見つめた。
「……えっ? 幕の内弁当が……30個……!? 店長、それは無謀ですよ! そもそも今の若いお父さん・お母さん世代は、外のイベントで幕の内弁当なんてそこまで買いません!」
「ええっ!? そ、そうかなぁ……!? じゃあ……どうすればいいんだい?」
「……ちょっと場所を貸してください」
俺は半ば強引に神田店長を押しのける形でストコンの前に座り直すと、キーボードを爆速で叩き始めた。
脳内で、異世界の一号店や自立生活で培った『顧客ニーズの分析データ』を高速スキャンする。
「まず、ワンハンドで手軽に食べられる『唐揚げ弁当』と『ハンバーグ弁当』をメインに据えます。それからスポーツドリンクの在庫を通常の1.5倍に増やしておきましょう」
「あ……ああ、なるほど……!」
「さらに! 一番忘れてはいけないのは【試合後の来店ラッシュ】です。腹を空かせた子供たちが、家に帰るまで買い食いを我慢できるわけがありません。ここはホットスナック──特に『からあげクン』とフライドチキンの超大量発注一択ですね!」
「そ……そうなのかい……っ!? よし! 週末のお弁当・ホットスナックの発注は、君にすべて任せるよ!」
「任せてください! 完璧に売り切ってみせます!」
俺は異世界の店長としてのプライドを全開にし、全身全霊をかけて発注データを送信した。
──そして迎えた、週末。
朝から俺の予想は見事に的中した。
午前中のうちにガッツリ系のお弁当とスポーツドリンクは飛ぶように売れて完売。
そして何と言っても、試合を終えてお腹を空かせた子供たちと保護者が押し寄せた夕方の『からあげクン』の売上は、店舗の過去最高記録を更新する大爆破を記録した。
「マモル君……! 君はやっぱり本物のゴールデンルーキーだ! これからも期待してるよ!!」
大喜びの神田店長が「今日の晩御飯をご馳走するよ!」と言い出し、せっかくだからと急遽『マモルの歓迎会』が開催されることになった。
参加者は、神田店長、水野葵さん、高槻茜さん、そして俺の4人。
仕事終わりに、お店のすぐ近くにある賑やかな居酒屋へと繰り出した。
「「「「かんぱーい!!!」」」」
冷えたビールジョッキ4つが、勢いよく中央で音を立ててぶつかり合う。
神田店長は一口目でビールを半分以上一気に飲み干すと、すかさず店員を呼んで「おかわり!」と注文した。
隣では水野さんと高槻さんが、ビールをちびちび飲みながら枝豆やお刺身をつまんでいる。
俺は普段飲み慣れないビールの苦味に少しクラクラしつつも、人生で初めて開いてもらった『歓迎会』という温かい空間に、胸を熱く高鳴らせていた。
「しっかしマモル君はすごいなぁ〜! いったい以前はどこのお店で働いていたんだい? きっと相当な繁盛店だったんだろうねぇ」
すっかりほろ酔い気分の神田店長が、感心したように尋ねてくる。
(異世界の『ロー〇ソン一号店』です……とは口が裂けても言えず……)
「あハハ……都内の店舗だったので、朝から晩まで怒涛の忙しさで……そこで叩き込まれました」
俺は言葉を上手く濁してビールを口に含んだ。
「マモル君って、いま何歳だっけ?」
高槻さんが上品に枝豆をつまみながら尋ねてくる。
「21歳です」
俺が答えると、高槻さんは「わあ、若〜い!」と嬉しそうに声を弾ませた。
「葵ちゃんがうちの最年少だったのにね。これで葵ちゃんもおばさんの仲間入りね〜」
「ちょっと! ひどいです茜さん! 私だってまだまだピチピチの若手ですからね!?」
水野さんが口を尖らせて抗議すると、神田店長が助け舟(?)を出す。
「そうだぞ高槻さん! 私に言わせれば、高槻さんだってまだまだ現役バリバリでピチピチじゃないか!」
「店長……それ、今どきセクハラですよ?」
「ええっ!? そうなの!? 飲み会の表現って難しいなぁ〜〜!」
そんな他愛もない会話と笑い声に包まれながら、夜は賑やかに更けていった。
みんなと居酒屋の前で別れ、一人で歩く帰り道。
俺は全身を満たす圧倒的な『日常の充実感』に、深い幸福を感じていた。
「なんか……いいな。こういう『普通の生活』って……」
夜空に向かって大きく腕を伸ばし、深呼吸をする。
自分の足で立ち、働き、仲間と笑い合う。俺がずっと欲しかったのは、このささやかで温かい時間だったのだ。
──だが。
近所の静かな公園の前を通りかかった、その時だった。
街灯の薄暗い光の向こう側に、見覚えのある背中のシルエットが浮かび上がっているのを見つけ、俺の足がピタリと止まった。
(……え……?)
ヨレヨレのジャケット。少し丸まった猫背。
(……おっさん……! やっぱり、あのおっさんだ……!!)
幻覚なんかじゃない。間違いなく、異世界の店に毎日来ていた常連客のおじさんだ!
「今度こそ逃がすかよッ!!」
俺は迷わず全速力でアスファルトを蹴った。
公園の隅を歩いていたおじさんは、俺の足音に気づいたのか気づいていないのか、反対側の出口から静かな住宅街の路地へとすっと曲がっていく。
「おっさん!! 待ってくれよ!! 俺だよ!! マモルだよ!!!」
夜の住宅街に俺の叫び声が響き渡る。
角を曲がり、全力で追いかけた。
──しかし。
そこには、淡い街灯に照らされた一本のまっすぐな一本道が続いているだけだった。
曲がり角も隠れる場所もない住宅街の真ん中で、おじさんの姿は煙のように消え去っていた。
「……また……消えた……?」
ハァハァと荒い息を吐きながら、俺は誰もいない路上にぽつんと立ち尽くす。
夜風が首筋を撫でて吹き抜けていく。
(……気のせいなんかじゃない。あのおじさんは、確実にこの現実世界に『いる』……)
せっかく手に入れた温かい日常の裏側で。
胸の奥が、冷たく不穏にざわつき始めるのを抑えきれずにいた──。




