第2話】:経験者の余裕と、現実の重圧
店長の神田さんは挨拶もそこそこに、この桜木町店の細かなローカルルールや、全体的な業務の流れをテキパキと説明し始めた。
(……本当に面接はしないつもりなんだな……)
俺は心の中で苦笑しつつも、特に不安はなかった。
異世界での出来事とはいえ、俺は本物のロー〇ソンで勤務し、果ては二つの店舗を束ねる『店長』として修羅場を潜り抜けてきたのだ。ブランクどころか、実戦経験ならそこらのバイトよりもはるかに濃密である。
俺は神田店長の話の腰を折らないよう気をつけつつ、自分が『知っていること』や『できること』を自然な形で伝えていった。
だが、決して驕ってはいけない。今の俺は、どこにでもいるただの一新人バイトなのだから。
「──という感じなんだけど、大丈夫そうかな?」
一通り説明が終わったタイミングを見計らい、俺はパッと立ち上がると神田店長に向かって深く頭を下げた。
「はい! ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、一生懸命頑張りますのでよろしくお願いします!」
神田店長は満面の笑みを浮かべ、ポンと俺の肩を叩いた。
「よしよし! 掴みは上々だね。とりあえず最初は朝番、中番、遅番、夜勤と一通り経験してもらって、あとは人手の足りないシフトをフォローしてもらう感じになるけど……いいかな?」
「もちろんです! いつでも入れます!」
俺が元気よく答えると、神田店長は「頼もしいねぇ」と目を細めた。
「よし! じゃあ今日はまず、水野君について色々とお店のやり方を教えてもらってくれるかな」
「水野……さん?」
「ああ、自己紹介がまだだったね」
神田店長は事務所の内線電話でレジにいる水野さんを呼び、俺たちはバックヤードで改めて顔を合わせた。
「間宮守です。今日からよろしくお願いします!」
「水野葵です。こちらこそ、よろしくね」
そう言って水野さんは、ニコッと柔らかく微笑んだ。
第一印象はおっとりとした優しい雰囲気だが、どこか芯の強さを感じさせる綺麗な女の子だ。
「マモル君……あっ、そう呼んでも大丈夫かな? 私より年下みたいだし」
水野さんが少し照れたように笑いながら尋ねてくる。
「あ、はい! 全然大丈夫です!」
そう返事をしながら、俺はふと頭の中で計算する。
(そういえば……前に千砂から聞かされた時、あっち(異世界)とこっち(現実)では【5年】の時間のズレがあるって言ってたな……。ってことは、精神年齢的な意味じゃなくて、戸籍的にも本当は俺の方が年上なんだよな……)
なんだか、すごく不思議で妙な感覚だった。
「水野君、間宮君の指導をよろしく頼むよ」
神田店長はそう言い残すと、そそくさと荷物をまとめ始めた。
「それじゃ、僕はこれから本部に移動しなくっちゃいけないんだ。あとは頼んだよ!」
そう言って、風のように店を出て行ってしまった。相変わらず自由でフットワークの軽い店長だ。
「ふふ、店長ったら相変わらず忙しいんだから。それじゃあマモル君、はじめましょうか。と言っても、マモル君は経験者だったわよね。逆に何か分からないこととかある?」
売り場へ向かいながら尋ねる水野さんに、俺は恐縮しながら答える。
「あ、機械の操作や基本的な設定方法は頭に入っていると思うので、このお店独自のルールや優先する作業があれば教えていただきたいです」
「OK! 飲み込みが早くて助かるわ。それじゃ行きましょう!」
こうして、俺のロー〇ソン桜木町店での『現実世界リハビリ生活』が本格的にスタートした。
──勤務を始めてから数時間。
業務は拍子抜けするほどスムーズに進行した。
そりゃそうだ。つい数日前まで、命がけの異世界店舗でモンスターや敵対企業の襲撃に怯えながらレジに立っていたのだ。ブランクなど微塵もない。
俺の流れるような高速レジ打ち、商品棚の先を読む無駄のない品出し、美しすぎる前出し陳列──その完璧すぎる手際に、指導係の水野さんは目を丸くして舌を巻いた。
「マモル君……完璧すぎるわ。むしろ私の方が教えてほしいくらいなんだけど……!」
「あハハ……そんなことないですよ! たまたま以前の店とやり方が似ていただけです!」
俺は顔の前で大げさに両手を振り、必死に謙遜してみせた。内心では『フッ、異世界の店長を舐めてもらっちゃ困るぜ』と少しドヤ顔になりそうだったが、そこはグッと耐えた。
──昼のピーク時間を無事に乗り切り、店内が少し落ち着いた頃。
俺は検品作業の手を動かしながら、気になっていたことを水野さんに尋ねてみた。
「そういえば、水野さんは大学を卒業したらどうされるんですか?」
俺の何気ない質問に、水野さんの表情がほんの少しだけ曇ったような気がした。
「私……卒業したら、実家に帰ることになってるの」
「えっ? 実家ってどちらなんですか?」
「北海道」
「北海道……結構遠いですね。じゃあ、向こうで就職されるんですか?」
「……うん。まあ……そんなところかな」
(あ、あれ……?)
言葉に詰まり、どこか遠くを見るような水野さんの反応に、俺の脳内アラートが鳴り響く。
(これは……もっと突っ込んで聞いてあげるべきなのか……? それとも触れずに流した方がいいのか……!?)
元引きこもりニートでコミュ障の俺には、この絶妙な空気の読み分けが非常に難しい。
(どっちだ……マモル……! どっちなんだ……っ!?)
俺の心の中で、二人のマモルが激しく胸ぐらを掴み合う。
『おい! デリカシーのない質問をして嫌われたらどうする!』
『だが、困っている女の子の悩みに寄り添ってこその男だろうが! どっちなんだいッ!?』
「あ、あの……嫌だったら答えなくても全然大丈夫なんですけど……」
俺はしっかりと前置きをしてから、意を決して尋ねた。
「あまり……帰りたそうには見えなかったので。何か事情でもおありなんですか?」
俺の問いかけに、水野さんは少しだけ俯き、静かな声で答えてくれた。
「……お父さんと約束してるの。大学を卒業したら、絶対に帰ってくるって。私……実家が老舗の旅館なのね。一人っ子だから、私が跡を継がなくちゃいけなくて」
「そうだったんですか……」
「本当は大学進学だって反対されたの。でも『現代の旅館経営には学問や広い視野も必要なんだ』っておじいちゃんが味方してくれて、なんとか許してもらったんだけど……つい先日も実家から電話があってね。『卒業の翌日には帰って来られるように、色々と準備を進めているから』って……」
そう言って、水野さんは深々と切ないため息をついた。
「……そうなんですね……」
俺も水野さんと同じように、どこか遠くを見つめてしまった。
自分は大学受験に失敗し、そのまま三年間も部屋で引きこもり生活を送っていた。だが、無事に大学へ進学できた優秀な人には人での、別の重い悩みが存在するのだと痛感する。
「──ねえ、マモル君は大学に行こうとは思わなかったの?」
突然のカウンター質問。
「マモル君って、今21歳だったよね? 高校を卒業してからは、何をしていたの?」
ドクンッ──!!
心臓が口から飛び出そうなくらい激しく跳ね上がる。
(ヤバいヤバいヤバいッ!! まさか『部屋に三年間引きこもってネトゲとラノベ三昧でした』なんて口が裂けても言えない……ッ!!)
脳内のスーパーコンピュータをフル回転させ、絞り出した答えは──
「け……『警備』の仕事を……少しだけ……」
(そうだ……守るものが『自宅の部屋』だとしても、それは立派な警備だ! 宅急便の受け取りという重要任務もこなしていたし、何より親から報酬(お小遣い)も貰っていた! 嘘じゃない……嘘じゃないぞ……限りなく黒に近い灰色だけど嘘じゃない……ッ!)
「えーーっ!! すごい! 警備のお仕事って大変でしょう? 危険な目とかに遭ったりしなかったの!?」
水野さんが目を輝かせて食いついてくる。
「ええ……まあ……時々……」
(昼間、開けた窓から晩飯の魚を狙って侵入してきた野良猫を全力で追い払ったり……話し始めると止まらない向かいの山田さんの長話に延々と付き合わされたり……暴漢やクレーマーと対峙するガードマンと本質的には変わらない……そう、変わらないはずだ……!)
「夜も遅かったりしたんでしょう?」
「そう……ですね……ほぼ昼夜逆転の生活でしたよ……ははは……」
(よし、この話題は不都合すぎる! 早く切らなければ……!)
焦った俺は慌てて話題を切り替えた。
「実家の旅館って、かなり歴史のある老舗なんですか?」
「そうなの……今年でちょうど100年目。すごいでしょ? でもね……今の私にとっては、足を引っ張る『呪われた鎖』みたいなものなの……」
水野さんはそう言うと、再び重いため息をついた。
(お、重い……! 非常に重いぞ……!!)
元引きこもりの俺には、この重苦しい空気と伝統の重圧を打開する術など持ち合わせていない。
どうしようかとオロオロしていたその時──
ピロリロリ〜ン♪
軽快な入店音が店内に鳴り響き、自動ドアが開いた。
(神様……! お客さん……救われた……!!)
俺は心の中で深く感謝しつつ、救世主であるお客様に向かって声を張り上げた。
「いらっしゃいませー!!」
入ってきたのは、サングラスをかけたチャラい男と、化粧の濃いギャル風の女の二人組だった。
男はサングラスの奥から横柄な視線でチラリと俺を睨みつけると、そのまま雑誌コーナーへ。女は挨拶もなしにトイレへと直行していった。
普段なら心の中で『態度悪いな……』と毒づくところだが、今の俺にとっては重苦しい沈黙を打ち破ってくれた超・救世主だ。挨拶なしのトイレ使用くらい大目に見よう。
やがて二人は、缶チューハイとお菓子を手にレジへとやってきた。
俺と水野さんはプロの笑顔で迎え、商品をスキャナーで読み取っていく。
「……ボロ」
男がボソッと低音で呟いた。
「はい? 恐れ入ります、何でしょうか?」
俺が聞き返すと、男はあからさまにウザそうな顔をして、声を張り上げた。
「マルボロだよ……ちっ、使えねぇな」
(……イラッ)
俺は引きつりそうになる顔を必死に接客スマイルで固定し、丁寧に対応する。
「申し訳ございません。タバコの銘柄は、番号でお申し付けいただけますでしょうか?」
「……ちっ! 24番だよ!」
男が舌打ちしながら怒鳴ると、隣のギャルがクスクスとバカにしたように笑った。
「うわ、こいつマルボロも知らないんだ~ウケる~!」
(……知ってるわボケナスがぁぁぁッ!! マルボロくらい知っとるわ! ただなぁ! お前が吸うのが『赤マル』なのか『金マル』なのか、はたまた『メンソール』なのか、こっちには知ったこっちゃねぇんだよッ!! 番号で言え番号でぇぇぇッ!!)
心の中で般若のような顔で叫びつつも、俺は完璧な笑顔を崩さず「24番ですね、失礼いたしました」とタバコを取り出し、バーコードを読み込みさせた。
男は乱暴にセルフレジの投入口へ一万円札を叩き込み、お釣りをひったくるようにして店を出て行った。
(……フッ、セルフレジで助かったな小僧。もし手渡しレジだったら、お前は小銭を投げつけるように渡していただろう……。そんなことをされていたら、俺の中の『異世界戦士の血』が騒いで、お前をカウンター越しにKOしていたところだ……運のいい奴め……)
俺は心の中でフッと不敵に笑うと、去っていく二人の背中に向かって、
「ありがとうございましたー!」
と爽やかな大声で頭を下げた。
自動ドアが閉じ、嵐が去った店内。
水野さんがポツリとつぶやいた。
「私……ああいう横暴な人って、本当に大嫌いなのよね」
「……僕もです」
俺は深く、力強く同意の頷きを返したのだった。




