【第1話】:初出勤と、デジャヴのバックヤード
ピピピピピピ──!
スマホのけたたましいアラーム音が部屋に響きわたる。
俺はその音を聞いて迷わずスヌーズボタンを押す……訳にはいかない。
今日は俺のリハビリ生活本格始動となる、記念すべきバイト第一日目だ。初日から遅刻なんて絶対にありえない。
俺は気合でスマホのアラームを止め、小さな台所へ向かった。
食パンをトースターにセットし、やかんにお湯を沸かす。
その間に狭い流し台で顔を洗い、冷たい水で冷え切った意識をシャキッと覚まさせる。
焼き立てのトーストにマーガリンをたっぷり塗りたくり、淹れたてのコーヒーと一緒にちゃぶ台へ運んで正座した。
「……いただきます」
昨日とまったく同じ生活パターン。
だが、この『いつもと同じ当たり前』をこなすことが、元引きこもりニートにとっては案外きつい。圧倒的な夜型人間だった俺が昼型の身体に完全に戻るまでは、もう少し時間がかかりそうだ。
朝食を手早く平らげると、食器を洗って丁寧に歯を磨き、身支度を整える。
鏡に映る自分を見つめながら、ふと思う。
(なんか俺……すごくイイ感じじゃないか……?)
当たり前のことを当たり前にこなせている自分自身に若干興奮しながら、俺はアパートの部屋を出た。
朝日が眩しい朝の通勤時間帯。
駅へ足早に急ぐサラリーマンやOL、楽しそうにお喋りしながら歩く女子高生たち。そのすべての日常の風景が、今の俺にはとても新鮮で輝いて見えた。
──気合が入りすぎていたせいか、出勤予定時間の30分前にはすでに目的のコンビニ近くに到着してしまっていた。
(あまり早すぎる時間に押しかけるのも迷惑だよな……。そこらへんで缶コーヒーでも飲んで時間を潰すか)
道路の脇にあった自動販売機で温かい缶コーヒーを買い、その隣に設置されたベンチに腰を下ろす。
朝の少し冷たい空気が、頬に心地いい。
目の前を通り過ぎていく人波をぼんやりと眺めながら、俺はふと異世界での出来事を思い出していた。
つい数日前まで、俺はたしかにあの過酷な異世界にいたはずなのだ。だけど、いまこうして平和な街並みに佇んでいると、あれがまるで遠い昔の出来事のように……いや、最初から全部ただの夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。
(あいつら……向こうで元気にしてるかな……)
現実世界に戻ってきてからスマホでニュースサイトをくまなくチェックしてみたが、コンビニ各社による『異世界利権独占事件』のような大事件はどこにも報じられていない。
(結局……裏でどう処理されたんだろうな)
現実世界では相変わらず、大手コンビニ三社が激しいシェア争いを繰り広げている。
俺の予想通りファ〇マの躍進は凄まじく、セ〇ン一強の時代は終わりを告げつつあった。そして俺たちのロー〇ソンも、負けじと健闘しているといったところだ。
チラリとスマホの画面を見ると、時刻はすでに8時50分を回っていた。
「うおっ、ヤバいやばい!」
俺は慌てて立ち上がると、空き缶を自販機脇のゴミ箱へシュートし、店に向かってダッシュした。早めに来ておいて遅刻なんてしたら目も当てられない!
ピロリロリ〜ン♪
自動ドアが開き、俺は店内へと滑り込んだ。
「おはようございま〜す!」
カウンターへ向かって元気よく挨拶をする。
「は〜い!」
奥のレジの中から声が聞こえ、昨日見かけたあの可愛い女子大生バイトさんが顔を出した。
「あ、おはようございます!」
俺が改めて頭を下げると、彼女はニコッと可愛らしい笑顔を返してくれた。
「おはようございます。店長は奥のバックヤードにいますから、案内しますね」
そう言って彼女はレジの横を抜け、バックヤードへと進んでいく。俺もその後に続いた。
コンコンコン
彼女が扉を軽くノックすると、中から「はいどうぞ〜」と店長の声が聞こえた。
「店長、新人の……」
そこまで言いかけて、彼女は「あ、お名前……」というようにチラッとこちらを振り返った。
「あ、間宮守です」
「新人の間宮守さんが来られました」
「はーい、どうぞ〜」
彼女は身体を横にズラし、俺が入るようにドアを開けて促してくれた。俺は彼女に軽く会釈をしてから返事をした。
「失礼します!」
バックヤードに入ると、店長はストアコンピュータ(ストコン)に向かってカチカチとキーボードを叩いていた。
「ちょっと待っててね。すぐ終わるから、そこらへんに適当に座ってて」
「はい、失礼します」
そう言われ、俺は近くにあった丸椅子に腰を下ろした。
……ぐるりとバックヤードの中を見渡してみる。
異世界にあった『一号店』とは言え、同じロー〇ソンの店舗だ。基本的な間取りや機材の配置は、あの異世界の一号店とまったく変わらないらしい。
ふと、バックヤードの天井を見上げ──苦笑混じりの独り言が漏れそうになる。
(……アラクネが、いるわけないよな)
あの天井の隅からひょっこり顔を出していた蜘蛛の少女を思い出して視線を戻す。
黙々と発注作業をこなす店長の後ろ姿を眺めながら、異世界で店長代理をやっていた頃の自分もこんな感じだったのだろうかと、どこか誇らしく、そして懐かしい気持ちになった。
カチャ、とキーボードを叩く手が止まる。
店長は椅子をくるりとこちらへ向けると、
「お待たせ! ゴメンね」
そう言って笑顔で近づいてくると、俺の目の前のパイプ椅子に腰掛けた。
「改めまして、ロー〇ソン桜木町店の、神田です」
「間宮守です! 今日からよろしくお願いいたします!」




