【第9話】:マスターコードと、三日間の猶予
俺を見つめてニヤニヤと不敵に笑っていたサカモトが──次の瞬間。
フッ──
音もなく、突然目の前から姿を消した。
俺は一瞬の出来事に、目をパチクリとさせて驚く。
すると次の瞬間、まるで映像が飛び跳ねたかのように、サカモトが再び俺の目の前へと戻ってきた。
その手には、以前『ミーチューブ』の動画内で見かけた、海外の英語がプリントされた包み紙のハンバーガーが二つ握られていた。
「ほれ、マモルはんも食いなはれ」
サカモトはそのうちの一つを俺の前に差し出すと、自分の分の包み紙をバリバリと豪快にはがし、極太のハンバーガーにそのままガブリとかぶりついた。
俺も促されるまま包み紙をはがし、まだ熱を帯びているハンバーガーへかぶりつく。
「……う、うまい……ッ!」
あまりの肉汁のジューシーさと旨味に、思わず声が漏れてしまった。
「そりゃそうや。今、世界の中心であるニューヨークで一番流行っとる絶品バーガーや。……だがな、これから世界の中心になるのは、このワシなんや。ワシはこの力で、全世界の物流を支配する」
口の周りをソースで汚しながらドヤ顔を決めるサカモトに、俺は冷めた視線を送りながら言った。
「……たしかに異世界でも、お前は持ち運び式の転送装置を使っていたよな。……まあ、その技術の応用だとして、いちいちお前がその足で取りに行くんなら、そこまで大したことはできないんじゃないか?」
チッチッチッ
サカモトはわざとらしく人差し指を立てると、俺の目の前で左右にチッチッと大きく振って、大げさに否定してみせた。
「甘いなー! これはただのパフォーマンスや! ワシがわざわざ現地まで歩いて行く必要なんて、どこにもおまへんのや。……ほれ」
そう言ってサカモトが広げた手の上で、空間がフッと歪んだ。
次の瞬間──彼の掌の上に、出来立ての香ばしい匂いを漂わせた『からあげクン(レギュラー)』が、ぽつんと出現した。
「……ッ!?」
「ワシはな、この世界のあらゆる『物流』と『在庫』をジャックできるんや。……そやなぁ、分かりやすく言うたら……そうや! 『マスターコード』や! この力は全人類の生活インフラ、そのすべての在庫データを握る神の力……『マスターコード』なんや!!」
サカモトは勢いよく立ち上がると、四畳半の天井に向かって拳を高く突き掲げた。
俺はそれをどこまでも冷めた目で見つめながら、手に持ったハンバーガーに再び黙々とかぶりつく。
満足したのか、サカモトは畳の上にどっかりと座り直すと、じっと俺の目を見つめてきた。
俺はハンバーガーの最後のひとくちを口の中に放り込み、ゴクンと呑み込んでから尋ねた。
「……で? それに俺がどう関わるんだよ」
「それや!!」
サカモトはバシッと自分の膝を勢いよく叩いた。
「この力はたしかに強大で、世界の物流を支配するパワーがあるんやが……ワシひとりでは、世界中の全商品の『管理・オペレーション』まで手が回らんのや! ワシが世界中からジャックした膨大な商品を、マモルはんが完璧な手際で売りさばいて儲けようっちゅう話や!」
「……そんなことが可能なのか?」
「可能や! ワシのこのマスターコードの力と、マモルはんの『元店長スキル』があれば……ワシらは世界中の物流と経済を完全に支配できるんや!!」
俺は静かに目を閉じ、腕を組んで考え込んだ。
(たしかに……俺はロー〇ソンや大手コンビニ各社の汚い陰謀に巻き込まれ、普通の人生を一度は奪われた経験がある。まあ、その前の『三年間引きこもりニート生活』は完全に自己責任だから置いとくとしても……奴らに対する恨みが全くないと言えば嘘になる。……だが、だからと言って世界をパニックと混乱に陥れるほどの憎しみがあるかと言われたら、そんなものはない。それに……サカモトの言う通りに世界を混乱させたら、それこそアメリカや各国の軍隊が黙っちゃいないはずだ。ミサイル一発ぶち込まれてジ・エンドだろ……)
俺の脳内の思考を完璧に読み取ったのか、サカモトがニタリと不気味に笑った。
「クックック……マモルはんの心配しているような事態にはなりまへんで? 仮にワシらに向かって軍隊がミサイルを撃ち込んできてもな、このマスターコードの転送力を使えば、そのまま相手の基地へ『お返し』することだって可能や。……誰もワシらに手出しなんてできへんのやで?」
俺は深く腕を組み、畳を見つめた。
「……ちょっと……考えさせてくれ」
俺の言葉に、サカモトは余裕たっぷりにフッと笑った。
「ええで。焦ることはおまへん。……また三日後、この部屋にお邪魔させてもらうわ」
そう言った次の瞬間──
フッ──
サカモトの姿は、影すら残さず部屋から綺麗に消え去っていた。
サカモトがいなくなった、ちゃぶ台の向こう側の誰もいない畳を見つめたまま、俺は四畳半の部屋で……重く長い、深いため息を吐き出したのだった──。




