第89話:第11工区をつなぎ、次の100 Miへ
星環暦1285年・白耀月≪第2月≫8日・火曜――
アスタリア側・第11工区(第2期・第1工区)。
午前6時。
夜の間に降った雪が、施工現場を白く覆っていた。
新雪は6 Ln(リーネ/6cm)。
最低気温は−39.9 °Gr(グラーデ/−39.9℃)まで下がり、朝になっても空気は鋭く冷えている。
施工第1部隊(C01)の部隊長フロリアン・ヴェルナーは、作業開始前に現場を歩いていた。
第11工区の施工済み距離は9.8 Mi(ミーレ/9.8km)。
残るのは0.2 Miだった。
だが、あと少しだからといって、最後だけ急ぐことはできない。
積雪で見えにくくなった作業動線を確認し、必要な場所から除雪する。
露出している資材の凍結状態も確かめる。
接続部周辺では、雪や氷が施工精度へ影響しないよう入念に確認した。
「今日で終わらせます」
若い施工員が言った。
フロリアン(C01部隊長)は、すぐには頷かなかった。
「今日で終わらせるのではない」
施工員が顔を上げる。
「安全に施工できたなら、その結果として今日終わるんだ」
「……はい」
「順番を逆にするな」
午前7時。
最終区間の施工が始まった。
通常施工員11名と土系魔法士3名が、それぞれの担当へ入る。
土系魔法士は凍結した地盤を掘削し、施工可能な状態へ整えていく。
掘削後は路体を支える地盤を整え、埋設後の締固めにも備える。
魔導設備を扱う者は、路体の据付位置と接続部を確認する。
管路施工員は、残区間の施工と埋設状態を追う。
安全と品質を担当する者は、作業員の動線と施工記録を確認していた。
少し離れた場所では、同行料理人のマルタが温かい飲み物と食事を準備している。
誰かが無理をして手を震わせれば、接続精度にも影響する。
寒さの中で働く人間を支えることも、工事の一部だった。
最大風速は9.1 Er(エルン/9.1m)毎秒。
強風ではない。
それでも、氷点下30 °Grを大きく下回る現場では油断できなかった。
正午。
最後の施工記録が上がった。
「測量確認。第11工区、10.0 Mi到達」
フロリアンは施工図と記録を見比べた。
施工第1部隊(C01)が担当してきた第11工区。
本体施工は、これで終わった。
しかし、誰も「運用開始」とは書かなかった。
施工完了。
それだけだった。
検査はまだ。
検収もまだ。
通熱もまだ。
保守部隊への正式な運用引継ぎも終わっていない。
午後2時。
品質保証部が翌日の完成検査に向けた準備へ入った。
施工日報。
使用資材記録。
接続部の施工記録。
《熱制御口》。
遮断設備。
路体状態。
必要な資料をそろえる。
降雪で見えにくくなった箇所については、検査前に視認可能な状態へ戻すよう指示が出された。
雪で隠れているから確認済みにする。
そんな処理は認められない。
夕刻。
第12工区から第20工区でも施工が続いた。
第11工区を含め、この日の計画上の増加は2.0 Mi。
第2期累計は63.8 Mi。
アスタリア側総施工距離は163.8 Miとなった。
連続通熱距離は100.0 Miのまま。
完成した第11工区の10.0 Miは、まだそこへ加えられなかった。
◇
星環暦1285年・白耀月≪第2月≫9日・風曜――
アスタリア側・第11工区。
午前8時。
前日の雪は止み、空は晴れていた。
最低気温は−39.0 °Gr。
積雪深は80.4 Ln(リーネ/80.4cm)に達している。
品質保証部による完成検査が始まった。
施工第1部隊(C01)は資料を提出する。
だが、自分たちで造った設備を、自分たちだけで合格にすることはできない。
施工記録。
路体。
接続部。
《熱制御口》。
遮断設備。
安全装置。
完成図。
使用資材。
現物と書類を照らし合わせていく。
「接続部、記録と一致」
「遮断機構、確認」
「路体周辺、異常なし」
検査は、施工した距離を褒めるための時間ではない。
使ってよい設備なのかを判断する時間だった。
午前10時。
通熱前の技術検証へ移る。
熱源側と第11工区側が通信をつなぐ。
遮断機構。
異常検知。
通信。
制御設備。
熱の伝達試験。
本運用を始める前に、止められることを確かめる。
熱を送れることだけでは足りない。
異常が起きた時に止められなければ、長距離設備として運用できない。
午後1時。
フロリアンたちは、第11工区の引継資料を整理していた。
設備配置。
施工履歴。
検査結果。
残置資材。
保守上の注意事項。
第21工区へ向かった後も、第11工区で何が行われたのかが追えるようにする。
「持っていく資料と、ここに残す資料を混ぜるな」
フロリアンが指示する。
「原本は?」
「指定保管へ回します」
「現場側で必要な写しは?」
「引継用に分けています」
施工部隊が移動したから、設備の履歴まで消える。
そんなことは許されなかった。
午後3時。
アスタリア大商会本部・総務財務部。
アルノルト・フェルナー(総務財務部長)は、施工第1部隊(C01)に関する旧制度人件費の資料を確認していた。
対象は15名。
通常施工員11名。
土系魔法士3名。
同行料理人1名。
第1工区で発生した報酬。
第11工区で発生した報酬。
過去に支払った額。
前払金。
前払相殺。
創光月までの既払額。
それらを分ける。
「総額だけ見て支払額を決めないでください」
アルノルトが言った。
「すでに支払ったものを、もう一度払うことになります」
担当者が頷く。
特に土系魔法士3名については、第1工区分の精算と金貨14.400枚の前払相殺がすでに処理されている。
過去に終わった処理を、今回の最終精算で復活させてはいけない。
夕刻。
第11工区は施工完了のまま。
第12工区から第20工区までの9部隊が施工を進めた。
第2期累計65.6 Mi。
総施工距離165.6 Mi。
連続通熱100.0 Mi。
施工距離と通熱距離は、まだ別々の数字だった。
◇
星環暦1285年・白耀月≪第2月≫10日・水曜――
アスタリア側・第11工区。
午前8時。
空は曇っていた。
最低気温は−38.5 °Gr。
品質保証部と工事管理担当が、前日の完成検査結果を確認する。
必要な確認事項に残りがないこと。
是正が必要だった箇所は、是正後の確認まで終えていること。
施工記録と完成状態が一致していること。
一つずつ確認した。
やがて、正式な判定が出る。
「第11工区、完成検査合格」
続いて、正式検収が完了した。
第11工区は、この時点で初めて「施工完成・検収合格」となった。
それでも、まだ通熱はしていない。
午前9時。
メンテナンス第11部隊(M11)の6名が、正式な勤務を開始した。
給与対象開始日は白耀月10日。
以前の一括した勤務開始予定ではなく、第11工区を担当する6名については、この日を正式な起算日とする。
会社命令による移動も勤務時間として扱う。
メンテナンス第11部隊(M11)は、第11工区の保守引継ぎへ向かった。
午前11時。
施工第1部隊(C01)とメンテナンス第11部隊(M11)が、同じ図面を囲んだ。
フロリアンが設備配置を示す。
「ここが主要遮断点です」
M11の班長が図面へ視線を落とす。
「緊急時は?」
「この区間を独立して止められます。現場責任者には即時停止権があります」
次に、検査記録を見せる。
接続部。
制御設備。
注意すべき箇所。
保守時に確認する位置。
施工した者しか知らない情報を、守る側へ渡していく。
「今日から全部そちらの責任、ではありません」
フロリアンが言った。
「通熱開始までは共同確認です」
M11の班長が頷く。
「通熱後はこちらが運用保守を引き継ぎます」
午後2時。
通熱開始前の最終承認へ進んだ。
完成。
検査。
検収。
施工側から保守側への資料引継ぎ。
遮断機構。
通信。
制御。
翌日の通熱開始に必要な条件を確認する。
すべてを1日で済ませる必要はない。
設備は逃げない。
急いで事故を起こす方が問題だった。
夕刻。
第12工区から第20工区の施工も進んだ。
第2期累計67.4 Mi。
総施工距離167.4 Mi。
連続通熱は100.0 Mi。
第11工区の10.0 Miは、明日を待っていた。
◇
星環暦1285年・白耀月≪第2月≫11日・土曜――
アスタリア側・第11工区。
午前6時30分。
氷霧が現場を包んでいた。
最低気温は−38.4 °Gr。
遠くまで見通せない。
メンテナンス第11部隊(M11)は、通常より移動速度を落として確認作業を進めていた。
通信状態。
《熱制御口》。
遮断機構。
異常検知。
前日の伝達試験。
屋外確認では、必ず互いの位置を確認する。
視界が悪い中で設備だけを見て、人間を見失ってはならない。
午前8時。
第11工区の正式通熱が始まった。
第1工区から第10工区まで。
100.0 Mi。
そこへ、第11工区の10.0 Miを接続する。
既定の通熱手順に従い、熱源側と現場側が各測定点を確認した。
「第11工区起点、確認」
しばらくして次の報告が届く。
「中間地点、確認」
M11の担当者は記録から目を離さない。
最後の報告が来る。
「第11工区末端、熱到達確認」
連続通熱距離。
100.0 Miから110.0 Miへ。
第1工区から第11工区までが、一本の熱路としてつながった。
メンテナンス第11部隊(M11)は、この時点から第11工区の正式な運用保守責任を引き継ぐ。
設備を造った者から。
設備を守る者へ。
責任が渡された瞬間だった。
◇
同日午前9時30分――
アスタリア大商会本部・総務財務部。
アルノルトの前には、C01旧制度人件費の最終計算書と会計検査の判定資料が並べられていた。
通常施工員11名。
第1工区分、金貨287.040枚。
第11工区分、金貨314.640枚。
合計、金貨601.680枚。
土系魔法士3名。
第1工区分、金貨72.960枚。
第11工区分、金貨109.440枚。
合計、金貨182.400枚。
同行料理人1名。
第1工区分、金貨10.400枚。
第11工区分、金貨29.640枚。
合計、金貨40.040枚。
15名の旧制度報酬総額は、金貨824.120枚だった。
対象期間中は全日8時間勤務。
休日なし。
今回の精算では、この作者裁定に基づいた勤務条件を採用する。
ただし、金貨824.120枚を今日新たに費用計上するわけではない。
そこには、すでに計上済みの報酬が含まれている。
前払済みの金額もある。
精算済みの金額もある。
「総報酬額と、今日追加で支払う額を混同しないでください」
アルノルトが言った。
午前10時30分。
最終追加支払設定額が確定した。
金貨388.980枚。
アスタリア大商会負担、金貨194.490枚。
ヴァルモント公爵家負担、金貨194.490枚。
50%ずつ。
だが、この金貨388.980枚は、新しく発生した人件費ではない。
旧制度報酬金貨824.120枚について、既存の前払金や既払額を考慮したうえで残った追加支払設定額である。
「ここを間違えると、費用を二重に計上します」
アルノルトが担当者を見る。
「金貨388.980枚を、そのまま新規人件費として仕訳しないでください」
「はい」
「まず、既存記録と照合します」
午前11時30分。
正式な仕訳伝票の起票作業が始まった。
最初に、15名の報酬発生額を既存記録と照合する。
次に、1284年度と1285年度ですでに計上された人件費を確認する。
既存前払金と精算済み金額も照合する。
その上で、未計上となっている確定債務が存在する場合だけ、対象額について仕訳伝票を作成する。
公爵家負担分は、大商会自身の負担分と分けて補助記録へ登録する。
「伝票を起票します」
経理担当者が言った。
「ただし、統合会計システムへの転記完了にはしません」
アルノルトが頷く。
「それでいい」
現在、正式記帳には制御がかかっている。
だから、伝票を作ったことと、総勘定元帳へ正式転記したことを同じにはしない。
支払についても同じだった。
追加支払設定額が決まった。
それは、実際の送金が完了したという意味ではない。
送金証憑を確認して初めて、支払済みとなる。
午後1時。
第11工区にいるフロリアンへ、正式な通知が届いた。
旧制度に基づく最終精算設定額が確定したこと。
通常施工員。
同行料理人。
土系魔法士。
それぞれについて、旧制度の給与対象期間を白耀月11日で終了すること。
ただし、土系魔法士3名は独立契約者である。
翌日から社員向け給与等級へ自動的に切り替わるわけではない。
契約条件は別に確認する。
フロリアンは通知を読み終えると、静かに折り畳んだ。
第11工区は通熱した。
旧制度も、ここで区切られる。
午後3時。
施工第1部隊(C01)は、翌日の転進準備へ入った。
工具。
移動式宿舎馬車。
食料。
保安用品。
施工資料。
必要なものを確認する。
ただし、第11工区に残っている資材を勝手に積み込むことはしない。
残置資材は中央管理側で照合する。
第21工区へ持っていくと決まった物だけを積む。
完成した工区の在庫は、施工部隊個人の持ち物ではなかった。
夕刻。
第12工区から第20工区までの9施工部隊は、この日も施工を続けた。
第2期累計69.2 Mi。
総施工距離169.2 Mi。
連続通熱距離110.0 Mi。
施工距離の増加以上に、この日の意味は大きかった。
第11工区は、造る側から守る側へ渡った。
そして施工第1部隊(C01)は、次の100 Miへ進む準備を終えようとしていた。
◇
星環暦1285年・白耀月≪第2月≫12日・闇曜――
第11工区・施工部隊宿営地。
午前6時。
小雪が降っていた。
新雪は4 Ln(リーネ/4cm)。
積雪深は81.3 Ln。
最低気温は−38.5 °Gr。
施工第1部隊(C01)の15名は、移動式宿舎馬車と荷物を確認していた。
フロリアンは、積載一覧を一つずつ見る。
工具。
施工資料。
食料。
防寒用品。
保安用品。
承認済みの資材。
積み残すもの。
ここで間違えれば、第21工区で不足する。
反対に、持ち出してはいけない物を持ち出せば、第11工区の保守に影響する。
午前8時。
「出発する」
フロリアンの声で、施工第1部隊(C01)が動き始めた。
目的地は第21工区(第3期・第1工区)。
この瞬間から、通常施工員11名には第3期の新しい給与制度を適用する。
給与支払主体はアスタリア大商会100%。
公爵家との50%負担は、第2期までで区切る。
会社命令による移動時間も勤務対象となる。
同行料理人も、既存の正式な等級と手当規則に従って大商会側の給与管理へ移る。
一方、土系魔法士3名は社員ではない。
彼らについては、独立契約者として次の契約条件を確認する。
第21工区への到着日も、着工日も、まだ書かない。
移動距離と所要日数が確定していないからだ。
「第21工区へ向かう」
それだけが、この時点で確定した事実だった。
◇
午前10時。
総務財務部では、給与制度の切替登録が行われていた。
白耀月11日まで。
旧制度。
白耀月12日から。
第3期の新制度。
「同じ日を両方に入れないでください」
担当者が勤務記録へ境界を入れる。
二重計上を防ぐ。
人が同じでも、制度が変わるなら記録上の区切りが必要だった。
◇
午後2時。
第12工区から第20工区では、残る9施工部隊が工事を継続した。
第14工区と第15工区も完成へ近づいている。
ただし、この時点では保守部隊の正式投入準備へは進まない。
まず施工を終える。
その後、検査。
検収。
必要なら是正。
順番を守る。
夕刻。
第2期累計71.0 Mi。
総施工距離171.0 Mi。
第3期施工距離は0.0 Mi。
施工第1部隊(C01)は移動を始めたが、第21工区ではまだ1 Erも施工していない。
連続通熱は110.0 Mi。
数字は、起きたことだけを示していた。
◇
星環暦1285年・白耀月≪第2月≫13日・光曜――
アスタリア側・第12工区から第20工区。
午前7時。
空はよく晴れていた。
最低気温は−38.6 °Gr。
9施工部隊は、それぞれの担当工区で作業を始める。
第11工区が完成したからといって、他の現場が止まるわけではない。
凍結地盤。
接続部。
資材。
作業員の体調。
一つずつ確認しながら施工を進める。
◇
午前9時。
第11工区。
メンテナンス第11部隊(M11)は、通熱開始後の運転記録を確認していた。
温度。
熱量。
《熱制御口》。
遮断機構。
異常履歴。
通熱を始めてから初めて見えてくる変化もある。
「今のところ、異常なし」
記録担当者が書き込む。
だが、異常がないことを理由に巡回を減らすことはしない。
設備は完成した瞬間から、劣化する側へ時間が進み始める。
守る仕事は、そこから始まっていた。
◇
午前11時。
74名の現場研修も続いていた。
第3期前半合格者66名。
第2期再履修者8名。
第11工区へ配置されていた8名は、施工が終わった後の工程を学んでいる。
完成検査。
資料整理。
施工から保守への引継ぎ。
運用開始後の記録。
工事が終わったら仕事も終わる。
そうではないことを、実際の設備を見ながら学ぶ。
ただし、8名をメンテナンス第11部隊(M11)の正式な人数へ加えることはしない。
彼らは、まだ研修生だった。
◇
午後2時。
中央管理側では、第14工区と第15工区の完成に必要な資材を確認していた。
現場在庫。
既引当。
配送中。
納品済み。
使用可能。
検査待ち。
数量を重ねて数えない。
不足分があるなら補う。
足りているなら新しく注文しない。
完成が近いからこそ、余計な資材を送り込まないことも重要だった。
夕刻。
第2期累計72.8 Mi。
総施工距離172.8 Mi。
連続通熱110.0 Mi。
第3期はまだ未着工。
施工第1部隊(C01)は、第21工区へ向けて移動を続けている。
◇
星環暦1285年・白耀月≪第2月≫14日・火曜――
第14工区(第2期・第4工区)。
午前7時。
施工第5部隊(C05)は、施工距離9.8 Miを目標に作業を進めていた。
今日の予定施工を終えれば、残り0.2 Mi。
完成が見えてくる。
それでも、現場責任者は同じことを言った。
「最後だから急ぐな」
資材。
地盤。
接続部。
記録。
最後の0.2 Miだけ品質が落ちれば、それまでの9.8 Miも意味を失う。
◇
午前8時30分。
第15工区(第2期・第5工区)。
施工第9部隊(C09)も、9.8 Mi到達へ向けて作業していた。
施工図面と使用資材記録を整理する。
完成後の検査で、何をどこへ使ったのか説明できる状態にする。
完成は、土を埋め戻した瞬間ではない。
記録までつながって初めて、検査へ渡せる。
◇
午前11時。
品質保証部では、第14工区と第15工区の完成予定を受けて、検査体制の調整が始まった。
ただし、15日に施工完了する予定だからといって、検収日まで先に確定することはしない。
施工完了。
完成申告。
資料確認。
検査。
必要なら是正。
再検査。
その後に検収。
工程を飛ばさない。
◇
午後1時。
74名の現場研修について、最終日前日の確認が行われた。
出席記録。
作業記録。
安全意識。
工具操作。
設備理解。
指導者の評価。
明日で現場研修は終わる。
だが、研修課程そのものが終わるわけではない。
16日には研修施設へ戻る。
17日からは施設内で修理、保守、緊急対応を学ぶ。
◇
午後3時。
アスタリア大商会では、翌日の定例取引に向けた準備も始まった。
ヴァルモント公爵家向け魔石販売。
熱供給料金の定例確認。
魔石については、今回から国際相場の変動を反映した価格を使用する。
ただし、相場上昇分をそのまま公爵家へ転嫁するわけではない。
既定の優遇条件も適用する。
契約。
相場。
優遇率。
数量。
受渡証憑。
それぞれを確認する。
夕刻。
第2期累計74.6 Mi。
総施工距離174.6 Mi。
第14工区と第15工区は、どちらも9.8 Mi。
残り0.2 Mi。
2つの工区が、同時に完成目前まで来ていた。
◇
星環暦1285年・白耀月≪第2月≫15日・風曜――
第14工区・第15工区。
午前6時30分。
空は快晴。
最低気温は−38.3 °Gr。
積雪深は80.7 Ln。
施工第5部隊(C05)と施工第9部隊(C09)が、最後の0.2 Miへ入った。
両工区とも、完成を急がない。
寒冷地施工の安全基準。
資材管理。
地盤確認。
接続部。
施工記録。
必要な工程を、最後まで同じように進める。
午前10時。
第14工区から報告が届いた。
「10.0 Mi到達」
ほぼ同じ頃、第15工区からも報告が入る。
「第15工区、10.0 Mi到達」
2つの工区が施工完了した。
だが、状態は「施工完成」まで。
完成検査はまだ。
検収もまだ。
通熱開始もまだ。
保守部隊の正式投入も、まだである。
完成した距離を、そのまま連続通熱距離へ加えることはしない。
◇
午前11時。
74名の現場研修が最終日を迎えた。
第11工区から第20工区まで。
指導担当者が、研修生一人ひとりの記録を確認する。
施工工程を理解できたか。
安全確認を自分で行えたか。
工具を正しく扱えたか。
異常を見つけた時、勝手に作業を続けなかったか。
記録を残せたか。
現場で求められるのは、速さだけではない。
危険を感じた時に止まれることも技能だった。
今日で14日間の現場研修は終了する。
だが、資格取得ではない。
明日は研修施設へ戻る。
17日からは、施設内で修理、保守、緊急対応を学ぶ。
現場を知ったうえで、今度は壊れた設備をどう戻すかを学ぶことになる。
◇
午後1時。
アスタリア大商会・魔石保管区画。
ヴァルモント公爵家向けの定例魔石取引が始まった。
販売数量は、高純度級魔石90 Sl(セル/90kg)。
特級魔石10 Sl。
合計100 Sl。
今回の基準国際相場は、高純度級が1 Slあたり金貨118.000枚。
特級が1 Slあたり金貨630.000枚。
そこへ15%の相場上昇を反映する。
高純度級は金貨135.700枚。
特級は金貨724.500枚。
さらに、ヴァルモント公爵家向けの12.5%優遇を適用する。
高純度級の販売単価は、1 Slあたり金貨118.7375枚。
90 Slで金貨10,686.375枚。
特級は、1 Slあたり金貨633.9375枚。
10 Slで金貨6,339.375枚。
販売総額は、金貨17,025.750枚となった。
数量。
品質。
ロット。
価格。
受渡条件。
それらを確認する。
売上と決済については、販売証憑と受領記録に従って処理する。
定例取引だからといって、証拠を省くことはしない。
◇
午後2時。
熱供給料金の定例確認も行われた。
既存契約に基づく徴収対象を確認する。
請求額。
入金額。
未収。
ただし、ここでは確認できていない売上額を新しく作らない。
実際の料金台帳と入金記録にある数字だけを使う。
魔石取引と熱供給料金。
同じ日に金が動いても、別の取引だった。
◇
午後3時。
アスタリア大商会本部。
ディートリヒ・ハーゲン(熱供給事業部長)のもとへ、各部門から報告が集まった。
第11工区。
施工完成。
検査合格。
正式検収。
連続通熱開始。
メンテナンス第11部隊(M11)へ保守引継ぎ。
施工第1部隊(C01)。
旧制度報酬総額、金貨824.120枚。
最終追加支払設定額、金貨388.980枚。
正式仕訳伝票の起票と承認手続きを開始。
ただし、正式転記と実送金完了は別管理。
白耀月12日。
施工第1部隊(C01)、第21工区へ転進開始。
第3期の給与負担はアスタリア大商会100%。
第14工区、第15工区。
施工完了。
検査・検収はこれから。
74名。
14日間の現場研修を終了。
ヴァルモント公爵家向け魔石100 Sl。
販売総額、金貨17,025.750枚。
一つずつ、シェリィへ報告が送られる。
◇
同日午後5時。
施工進捗が集計された。
総施工距離176.4 Mi。
施工進捗率58.80%。
残施工距離123.6 Mi。
連続通熱距離110.0 Mi。
第12工区は残り0.2 Mi。
第13工区は残り0.4 Mi。
第14工区と第15工区は施工を終えた。
第21工区から第30工区までの第3期は、まだ未着工。
施工第1部隊(C01)は、その第21工区へ向けて移動を続けている。
◇
同日夕刻――
王都セレスティア。
シェリィは、届いた報告を1枚ずつ確認していた。
第11工区。
110.0 Mi連続通熱。
C01旧制度最終精算。
第21工区への転進。
第14、第15工区施工完了。
74名の現場研修終了。
魔石販売、金貨17,025.750枚。
数字だけを見れば、多くのことが同時に進んだ8日間だった。
けれど、シェリィが最も長く見ていたのは、第11工区の引継報告だった。
施工した者から。
守る者へ。
そして、施工する者は次の場所へ進む。
同じ人間が永遠に同じ設備へ張り付くのではない。
役割を渡せるから、組織は先へ進める。
シェリィは沿線図へ視線を落とした。
第1工区から第11工区まで、110.0 Mi。
熱は、そこまで途切れず届いている。
その先では、第12工区から第20工区が続く。
さらに先には、第21工区から始まる次の100 Miが待っている。
アスタリアからヴァルモント公爵領まで。
まだ、熱路は完成していない。
だが、最初の施工部隊が次の100 Miへ向けて動き始めた。
シェリィは第21工区へ伸びる線を指でなぞった。
「次は、ここね」
完成した場所を守る人がいる。
次を造るために進む人がいる。
その両方がいるから、熱路は先へ伸びていく。
ヴァルモント公爵領へ続く道は、また一つ先へ進もうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
第11工区が施工完了、完成検査、正式検収を経て、110.0 Miの連続通熱運用へ加わりました。
メンテナンス第11部隊(M11)も白耀月10日から勤務を開始し、通熱開始後は第11工区の正式な保守運用を引き継いでいます。
施工第1部隊(C01)の旧制度報酬総額は金貨824.120枚、既存の前払金や既払額を考慮した最終追加支払設定額は金貨388.980枚です。
この金貨388.980枚を新しい人件費として二重計上せず、既存記録を照合したうえで正式な仕訳伝票の起票と承認手続へ進めています。
白耀月12日には施工第1部隊(C01)が第21工区への転進を開始し、ここから第3期の給与負担はアスタリア大商会100%へ切り替わりました。
第14工区と第15工区も白耀月15日に10.0 Miへ到達しましたが、現時点では施工完了までで、検査・検収・通熱はまだ行っていません。
74名の研修生も14日間の現場研修を終え、次は研修施設で修理・保守・緊急対応を学びます。
ヴァルモント公爵家向けの定例魔石販売は、高純度級90 Slと特級10 Slの合計100 Slで、販売総額は金貨17,025.750枚となりました。
白耀月15日時点の総施工距離は176.4 Mi、施工進捗率は58.80%、残施工距離は123.6 Miです。
連続通熱距離は110.0 Miとなり、熱は第11工区まで届きました。
造り終えた設備を守る者へ引き継ぎ、施工する者は次の100 Miへ進みます。
続きが気になりましたら、ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです。




