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アスタリア大商会起業編 ~無知な母国を置き去りに、極寒の死地を熱で満たします~  作者: IORI


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第88話:国家の約束を、現実の資金へ

星環暦(せいかんれき)1285年・創光月(そうこうげつ)≪第1月≫30日・闇曜(あんよう)――

王都セレスティア・セレスティア王宮。

午後5時30分。

ジュリアン王太子の執務室へ、シェリィは数人の補佐担当者とともに入った。

その後ろには、分厚い書類を抱えた者たちが続いている。

ジュリアンは、思わず机の上から顔を上げた。

「……それは全部、今日の資料か?」

「はい、殿下」

書類は無造作に積み上げられているわけではない。

施工部隊別。

工区別。

外部商会別。

支払案件別。

それぞれに分類され、原票番号をたどるための索引まで付けられていた。

創光月29日に締結された《魔導熱伝導路》国家共同事業契約は、王国とアスタリア大商会が費用と責任を共に負うことを定めている。

だが、契約書に署名しただけでは、国庫から金が動くわけではない。

国庫が何に対して支払うのか。

その根拠を確認する必要があった。

午後5時40分。

シェリィは最初の書類を開いた。

「殿下。月末締めの会計処理はまだ完了しておりませんが、国庫からのお支払いに必要になる資料をお持ちしました」

「助かる」

ジュリアンが最初の冊子へ手を伸ばす。

「まず、こちらが施工第1部隊(C01)の内部注文書です」

「うむ」

「こちらが本部での受付記録と、在庫引当の記録です」

シェリィは次の書類を示した。

「その後、倉庫から出庫されます。こちらが出庫記録です」

「なるほど」

「そして、こちらが配送記録、現場受領記録、品質確認の結果です」

ジュリアンは頁をめくった。

注文した。

在庫を引き当てた。

倉庫から出した。

運んだ。

現場で受け取った。

使用できる物か確認した。

そこまで記録がつながっている。

「外部から購入した場合は、さらにこちらが必要になります」

シェリィが別の冊子を置いた。

「発注書、相手商会からの受注回答、納品書、検収記録、請求書、支払予定表です」

「……細かいな」

「国家のお金を使いますので」

ジュリアンは一組の資料を見終えた。

そこでシェリィが次の冊子を取り出す。

「こちらが施工第2部隊(C02)の分です」

「待て」

「はい?」

「先ほどと同じものか?」

「はい。施工部隊は10部隊ございます」

ジュリアンが資料の山を見る。

「10組……」

「続きまして、メンテナンス部隊の――」

「シェリィ」

「はい、殿下」

「分かった。もうよい。止めてくれ」

シェリィが首を傾げる。

「ですが、お支払いに必要な書類でございます」

「分かっている。分かっているが……」

ジュリアンは机いっぱいに広がった資料を見渡した。

「これを毎月、王国側でも確認するのだな?」

「はい」

「人が必要になる」

「必要です」

あまりにも当然のように返され、ジュリアンは言葉を失った。

国庫から金を出す。

その一言の裏には、金を正しく出すための仕事がある。

午後6時。

ジュリアンは椅子へ深く腰掛けた。

「シェリィ。一つ提案がある」

「何でございましょう?」

「国家共同事業の支払方法を変えたい」

シェリィは資料から顔を上げた。

「どのようにでしょうか?」

「毎月、一定額を先に支払う」

ジュリアンは続けた。

「実際に必要だった費用は、後から証憑で精算する方式にしてはどうだ?」

「月額概算払いでございますね」

「そうだ」

ジュリアンは少し考える。

「毎月、金貨5,000枚ではどうだ?」

シェリィはすぐには答えなかった。

施工費。

資材。

輸送。

外部役務。

保守。

人件費。

今後増えていく管理対象。

頭の中で順番に確認する。

やがて、静かに首を横へ振った。

「殿下。それでは難しゅうございます」

「金貨5,000枚でも足りぬか?」

「路体だけを造っているわけではございません」

シェリィは指を折りながら説明した。

「施工用の資材、魔導流体、接続部材、制御設備、施工員の人件費、土系魔法士への報酬、外部工事費、運送費がございます」

さらに続ける。

「完成した設備にも、維持費が必要でございます」

シェリィが隣のファイルへ手を伸ばした。

ジュリアンは反射的に手を上げた。

「いや、資料を全部読み上げなくてもよい」

「そうですか?」

「ああ」

ジュリアンは苦笑した。

「それで、いくら必要だ?」

シェリィは少し考えた。

「初月は金貨10,000枚」

「倍になったな」

「そして翌月からは、毎月金貨1,000枚ずつ増額していただくのはいかがでしょうか?」

ジュリアンの表情が止まった。

「毎月、1,000枚?」

「はい」

「自動的に?」

「はい」

「完成した後もか?」

「正式な契約変更がない限りは」

ジュリアンは黙った。

今月10,000枚。

翌月11,000枚。

その翌月12,000枚。

事務を簡素化するために金貨5,000枚を提案したはずだった。

気が付けば、金貨10,000枚から始まり、毎月増えていく契約の話になっている。

「シェリィ」

「はい」

「私が提案したのは、支払いを簡単にする話だったはずだ」

「はい。ですから、毎月の支払額をあらかじめ決めます」

「そういう意味ではない気がするのだが」

シェリィは不思議そうにジュリアンを見る。

その顔に悪意はなかった。

必要な資金を、必要だから提示しただけだった。

ジュリアンは小さく息を吐いた。

「財務卿が何と言うか、今から分かる気がする」

◇

午後6時30分。

冗談だけで決められる金額ではない。

王太子個人の財布から出す金でもなかった。

国庫である。

ヘレーネ・フォルクナー財務卿の審査が必要になる。

契約内容を変える以上、エリアス・アルヴェルト法務卿の確認も必要だった。

さらに、王国80%、アスタリア大商会20%という費用負担原則は維持する。

したがって、毎月支払う金を売上として渡し切るわけにはいかない。

概算前渡金として支払い、実際の対象費用を後から精算する必要がある。

ジュリアンは決めた。

白耀月1日に財務・法務審査を行う。

問題がなければ、2日に変更契約を成立させる。

「それで進めよう」

「ありがとうございます」

「ただし、金貨10,000枚からだ」

「はい」

「しかも毎月1,000枚増える」

「はい」

ジュリアンは、もう一度資料の山を見た。

「……王太子という仕事は、想像していたより高くつくな」

シェリィは何と返すべきか迷い、結局何も言わなかった。

◇

星環暦(せいかんれき)1285年・白耀月(はくようげつ)≪第2月≫1日・光曜(こうよう)――

アスタリア大商会本部。

午前6時。

新しい月が始まった。

総務財務部。

熱供給事業部。

生産開発部。

物流商務部。

品質保証部。

会計監査部。

各部署が、創光月から残った仕事をそのまま白耀月へ引き継いだ。

未納品。

検収待ち。

請求待ち。

未払。

それらは月が変わったから消えるわけではない。

創光月23日に各部署へ設定した2日分の初期可用在庫も、月初だからといって再び増えることはなかった。

帳簿の月が変わっても、現物は増えない。

◇

午前6時30分。

会計監査部と管理部では、月初恒例の不正防止用品の配布と回収が始まった。

今回配布するのは白耀月分。

回収するのは創光月分である。

対象は《アスタリア企業群》10商会。

魔力調整インク。

指定帳簿。

指定筆記具。

予備ペン先。

交換部材。

管理容器。

担当者は、残量と識別情報を照合する。

破損があれば記録する。

交換した部品も残す。

ラインフェルト運輸商会は、既存契約に従って配布と回収の輸送を担当した。

管理部が受け取る記録と、会計監査部が検査する記録は別に作る。

同じ物を扱っても、役割は同じではない。

◇

午前7時。

アスタリア大商会・設備保守課。

14名の試験官が、2つの試験会場を確認していた。

この日は、138名が試験を受ける。

第2期生68名。

第3期生70名。

同じ試験ではない。

第2期生が受けるのは、正式な保守資格を取得するための最終試験。

第3期生が受けるのは、後半の現場研修へ進むための前半修了試験だった。

試験問題。

採点表。

工具。

実技設備。

緊急遮断訓練装置。

一つずつ確認する。

午前7時30分。

第2期生68名の最終試験が始まった。

筆記だけではない。

故障判断。

工具操作。

接続部の修理。

緊急遮断。

安全確保。

復旧手順。

熱路の構造を覚えただけでは合格できない。

事故が起きた時、自分と周囲の安全を守りながら正しい判断ができるか。

そこまで見られる試験だった。

◇

午前8時。

別の研修室では、第4期の新規研修生56名が研修を始めた。

設備構造。

魔導熱伝導の基礎。

安全規則。

工具の扱い。

ここから新しい60名の育成が始まる。

ただし、今日は56名。

残る4名は、第3期前半試験の結果が出た後に決まる。

◇

午前8時30分。

第3期生70名の前半修了試験が始まった。

新規66名。

前の研修で不合格となり、再受講している4名。

設備構造。

魔力制御の基礎。

安全確認。

工具。

施工手順。

点検記録。

試験官が見ているのは点数だけではない。

後半の現場研修へ送り出せるかどうか。

その判断が必要だった。

◇

午前11時。

第3期生の結果が発表された。

受験者70名。

合格66名。

不合格4名。

再受講していた4名は全員合格した。

新規66名では62名が合格し、4名が基準へ届かなかった。

不合格となった4名には、第4期前半研修へ合流することが通知された。

落とすことが目的ではない。

危険な現場へ、まだ十分な技能のない者を送り出さないための試験だった。

合格した66名は、10の実習チームへ分けられた。

第11工区から第20工区まで。

ただし、まだ出発はしない。

第2期生の最終試験結果を待つ必要がある。

◇

正午。

継走早馬による輸送準備が最終段階へ入った。

馬。

交代地点。

乗員名簿。

荷物。

中継拠点。

現場側の受入担当者。

試験結果が出てから、慌てて馬を集めたわけではない。

輸送体制は事前に準備されている。

最後に必要なのは、誰をどの工区へ送るかという確定名簿だった。

◇

午後1時――

セレスティア王宮・財政実務協議室。

ヘレーネ財務卿の前には、昨日ジュリアンが持ち込んだ変更案が置かれていた。

「初月、金貨10,000枚」

ヘレーネが読み上げる。

「翌月から毎月金貨1,000枚ずつ自動増額」

ジュリアンは黙っている。

「そして、全300 Mi(ミーレ/300km)の完成後も継続」

「そうだ」

「殿下」

「何だ」

「昨日、最初にお考えだった金額はいくらでしたか?」

「……金貨5,000枚だ」

ヘレーネはシェリィを見る。

シェリィは落ち着いたまま答えた。

「必要額を考えますと、継続的な増額が必要と判断いたしました」

「でしょうね」

ヘレーネはため息をつくのではなく、次の資料を開いた。

「問題は金額そのものではありません」

国家が引き受けた事業である。

必要な金を出すこと自体は、すでに政治判断がなされている。

確認すべきなのは、国庫の負担能力と精算方法だった。

エリアス法務卿が契約条項を確認する。

毎月3日。

月額概算前渡。

毎月金貨1,000枚ずつ増額。

王国80%、大商会20%の実費負担原則は別途精算で維持。

全300 Mi完成後も、正式変更がない限り増額を継続。

「これなら、概算払いが実費負担の原則を壊すことはありません」

エリアスが言った。

「余れば精算する。足りなければ対象費用を照合する」

ヘレーネも頷く。

「明日、最終決裁へ回します」

◇

午後3時。

第2期生68名の最終試験結果が発表された。

合格60名。

不合格8名。

第1期から再受講していた6名は、全員合格した。

不合格となった8名は、故障判断、緊急遮断、応急復旧などの実技で基準に届かなかった。

だが、研修から外されるわけではない。

翌日から、第3期の後半現場研修へ再履修者として加わる。

合格者60名は、新しい10のメンテナンス部隊へ編成された。

メンテナンス第11部隊(M11)から、メンテナンス第20部隊(M20)まで。

各部隊6名。

班長1名。

副班長1名。

班員4名。

同じ研修を終え、同じ資格試験に合格した同期である。

現場上の役割は分けるが、給与上の差は付けない。

白耀月2日と3日は、試験後の休養日。

正式勤務開始は4日となった。

◇

午後3時30分。

第3期前半合格者66名。

第2期再履修者8名。

合計74名が、10の現場実習チームとして出発した。

継走早馬が次々に走り出す。

目的地は第11工区から第20工区。

各現場では、宿泊場所、食事、教材、安全装備、指導担当者が待っている。

その日のうちに、すべての実習生から到着報告が届いた。

移動途中の重大事故もない。

翌朝から、14日間の現場研修が始まる。

◇

同日夕刻。

施工部隊から日報が届いた。

第2期累計49.8 Mi。

アスタリア側総施工距離149.8 Mi。

連続通熱距離は100.0 Miのまま。

第2期の工事は進んでいる。

だが、完成検収されていない距離を通熱済みにはしない。

◇

星環暦(せいかんれき)1285年・白耀月(はくようげつ)≪第2月≫2日・火曜(かよう)――

第11工区から第20工区。

午前6時。

前日に到着した74名の実習生が、施工員たちと朝食を取っていた。

長距離を移動した翌朝である。

指導担当者は、全員の体調を確認した。

装備。

防寒具。

工具。

安全規則。

現場へ出る前に、もう一度確認する。

午前7時。

第3期後半の現場研修が始まった。

第3期前半試験に合格した66名。

第2期最終試験で不合格だった8名。

合計74名。

見学だけではない。

施工工程。

接続作業。

安全確認。

検査記録。

工具操作。

実際の現場を使って学ぶ。

ただし、正式な施工部隊員として人数へ加えることはしない。

必ず指導者の監督下で行動する。

再履修の8名については、前回不合格だった技能を重点的に確認する。

◇

午前8時。

研修施設では、前日の第3期前半試験で不合格となった4名が第4期へ合流した。

新規56名。

再受講4名。

これで第4期前半研修は60名となった。

4名には、前日の未履修部分について補講が組まれた。

◇

午前9時――

セレスティア王宮。

国家共同事業の支払変更契約が、最終審議へ入った。

ジュリアン。

シェリィ。

ヘレーネ。

エリアス。

机の中央に契約書が置かれている。

ヘレーネが確認する。

「全300 Miが完成した後も、毎月金貨1,000枚の自動増額は止めない」

「はい」

シェリィが答えた。

「完成後は施工費が減るのでは?」

「施工費は減ります」

「では、なぜ増額を続ける?」

「管理対象が消えるわけではございません」

シェリィは説明する。

300 Miの設備。

30工区。

保守拠点。

備蓄。

人員。

設備更新。

長期間使えば、交換する設備も増える。

事故へ備える費用も必要になる。

「ただし、前渡金を受け取ったから、その全額を使い切るという意味ではございません」

「実費精算する」

「はい」

ジュリアンも口を開いた。

「国家がこの事業を必要だと認めた以上、完成した瞬間に責任が終わるわけではない」

ヘレーネは契約書へ視線を落とした。

やがて頷いた。

午前11時。

変更契約が正式に成立した。

白耀月分の概算前渡金は、金貨10,000.000枚。

以後、毎月3日に支払う。

翌月は金貨11,000.000枚。

その翌月は金貨12,000.000枚。

毎月金貨1,000.000枚ずつ自動的に増額する。

全300 Mi完成後も、正式な契約変更がない限り継続する。

王国80%、アスタリア大商会20%の実費負担原則は維持する。

午後1時。

ヘレーネは初回分、金貨10,000.000枚の支出命令を発行した。

午後2時。

財務院は、契約番号、承認書、支出命令、金額、受取口座を照合する。

指定日は翌3日。

それまで、アスタリア大商会側で入金済みとして扱うことはできない。

◇

同日夕刻。

施工・研修日報が集計された。

第2期累計51.8 Mi。

アスタリア側総施工距離151.8 Mi。

74名の実習生についても、施工日報とは別に研修記録が作られた。

誰が指導したか。

どの作業を学んだか。

安全確認はできたか。

工事の数字と、人を育てる数字は混ぜなかった。

◇

星環暦(せいかんれき)1285年・白耀月(はくようげつ)≪第2月≫3日・風曜(ふうよう)――

アスタリア大商会本部・総務財務部。

午前7時。

アルノルト・フェルナー(総務財務部長)のもとへ、銀行から入金通知が届いた。

「王国財務院からです」

担当者が差し出した。

アルノルトは、通知を受け取っても入金確定とはしなかった。

銀行記録。

変更契約。

支出命令。

送金元。

受取口座。

金額。

一つずつ照合する。

午前8時。

「確認しました」

担当者が言った。

「金貨10,000.000枚、着金しています」

セレスティア王国からアスタリア大商会へ。

国家共同事業・白耀月分月額概算前渡金。

金貨10,000.000枚。

国家が約束した資金が、初めて実際の金として大商会へ届いた。

だが、アルノルトは入金を通常売上へ入れなかった。

魔石を売った代金ではない。

熱利用料金でもない。

対象費用を後から精算する義務を伴う、国庫前渡金である。

専用の管理区分へ記録する。

◇

午前9時。

アルノルトはディートリヒ・ハーゲン(熱供給事業部長)へ報告した。

「国庫からの初回支払い、着金を確認しました」

「金額は?」

「金貨10,000.000枚です」

ディートリヒは頷いた。

「では、契約対象となる建設・保守費用をこれまで以上に分けてください」

「すでに準備しています」

金が届いた。

だから製造能力が増えるわけではない。

金が届いた。

だから輸送時間が消えるわけでもない。

使える資金が増えたことと、物理的に施工できる能力は別だった。

◇

午前10時。

王都にいるシェリィへ、正式な着金報告が届いた。

送金元。

契約。

入金日。

金額。

管理区分。

「分かりました。実費精算に必要な証憑をそのまま継続してください」

『承知しました』

通信を終えたところで、ジュリアンが執務室へ入ってきた。

「届いたそうだな」

「はい。金貨10,000枚、正式に確認できました」

「ようやく、王国も金を出した」

「契約上のお支払いを履行していただき、ありがとうございます」

ジュリアンは頷いた。

そして、ふと思い出したように言った。

「次は……」

「金貨11,000枚でございます」

シェリィは即答した。

ジュリアンの顔に、わずかな苦笑が浮かぶ。

「覚えていたか」

「契約ですから」

「また、あの量の書類が来るのか?」

「証憑は必要でございます」

ジュリアンは創光月末の机を思い出した。

「……人を増やしておく」

「お願いいたします」

◇

午後1時。

総務財務部では、国庫前渡金の管理台帳が更新された。

施工原材料。

工事人件費。

外注役務。

輸送。

品質検査。

保守運営。

対象費用を区分して管理する。

金貨10,000枚を受け取った。

それと、金貨10,000枚を使ったことは同じではない。

未使用分は未使用分として残す。

国庫から受け取った額。

対象費用へ充当した額。

未精算額。

すべてを分ける。

◇

同日夕刻。

第2期累計53.8 Mi。

アスタリア側総施工距離153.8 Mi。

100.0 Miの連続通熱は維持されている。

◇

星環暦(せいかんれき)1285年・白耀月(はくようげつ)≪第2月≫4日・水曜(すいよう)――

アスタリア大商会・熱供給事業部。

午前8時。

2日間の休養を終えた60名が正式勤務を開始した。

白耀月1日に最終資格試験へ合格した第2期生である。

所属は《熱供給事業部・メンテナンス課》。

研修を担当してきた設備保守課14名とは役割を分ける。

メンテナンス第11部隊(M11)は第11工区担当予定。

メンテナンス第12部隊(M12)は第12工区。

同じ形で、メンテナンス第20部隊(M20)まで10部隊が編成された。

各部隊6名。

合計60名。

ただし、まだ保守巡回へは出ない。

第11工区から第20工区は施工中だからだ。

施工完成。

完成検査。

検収。

通熱開始。

それらを終えて、初めて本格的な保守運用へ移る。

それまでは担当予定工区の図面を確認する。

保守手順を覚える。

緊急遮断訓練を行う。

交換部品や予備品を確認する。

「資格を取ったから、今日から現場を任せるわけではありません」

ディートリヒが60名を前に言った。

「設備が引き渡された時、すぐ守れる状態にしておいてください」

◇

午前9時30分。

同行料理人の配置についても準備が始まった。

M11からM20まで、正式な保守運用が始まれば生活拠点で食事が必要になる。

だが、まだ採用していない人物を採用済みにすることはできない。

必要人数。

既存の職員。

配置時期。

食材。

それらを確認してから人事と発注を進める。

◇

午前11時。

第11工区から第20工区では、74名の実習生が3日目の現場研修を続けていた。

工具を持つ。

安全確認をする。

記録を書く。

施工工程を見る。

だが、正式施工員の人数へは加えない。

研修生がいるから、施工速度を勝手に上げることもしない。

◇

午後1時。

アルノルトは、前日に受領した国庫金貨10,000.000枚を適格費用別に管理していた。

建設費。

保守費。

管理費。

実際に使った額。

まだ使っていない前渡金。

そして大商会が負担する20%。

王国の資金と会社の資金を、同じ財布として扱わない。

◇

午後3時。

翌日の給与支給準備が始まった。

創光月分給与の確定総額。

金貨5,073.401枚。

アルノルトは給与台帳と支払指示を照合した。

支給対象者。

勤務日数。

給与額。

振込先。

資金残高。

一つずつ確認する。

今日から正式勤務を開始した新しいメンテナンス要員60名は、当然この金額には含まれていない。

彼らが働き始めたのは白耀月4日からである。

◇

同日夕刻。

第2期累計55.8 Mi。

アスタリア側総施工距離155.8 Mi。

第11工区は9.2 Miへ達した。

残り0.8 Mi。

レオンハルトは施工第1部隊(C01)へ、完成までに必要な資材と検査準備を確認するよう指示した。

◇

星環暦(せいかんれき)1285年・白耀月(はくようげつ)≪第2月≫5日・土曜(どよう)――

アスタリア大商会本部・総務財務部。

午前7時。

創光月分給与の最終確認が行われた。

対象期間は創光月1日から30日。

締め日は創光月30日。

支給日は今日、白耀月5日。

支給総額は金貨5,073.401枚。

「給与台帳、承認額、送金指示、一致しています」

午前8時。

正式支給が始まった。

個人別の給与明細を確認する。

実際に決済が成立した者から、支払済みへ変更する。

給与は、働いたという理由だけで帳簿上自動的に支払済みにはならない。

本当に送金されて初めて支払いが終わる。

会計監査部も、給与台帳、承認済み支払額、出金記録を独立して照合した。

◇

午前9時。

創光月30日締め、白耀月5日払いとなっている外部取引の支払処理も始まった。

ハインデル商業印刷・紙工商会。

ケストラー魔導機器商会。

ラインフェルト運輸商会。

既存3件の発注総額は金貨7.200枚。

ただし、発注額がそのまま今日の支払額になるとは限らない。

納品されたか。

役務が履行されたか。

検収されたか。

請求書が届いているか。

そこまで確認する。

特にラインフェルト運輸商会の契約には、白耀月の配布・回収業務も残っている。

未履行分まで創光月中に完了したことにはしない。

検収・請求が成立した部分だけを支払対象にする。

◇

午前10時。

企業群決済管理室では、二重支払防止の照合が行われていた。

支払伝票。

PO。

受注回答。

納品記録。

請求書。

銀行決済記録。

同じ請求書を2回計上していないか。

同じ発注に2回払おうとしていないか。

番号をたどって確認する。

◇

午前11時。

会計監査部は、国庫受領と給与支払と仕入代金支払を分けて検査した。

王国から金貨10,000.000枚が入金されている。

だから、創光月給与金貨5,073.401枚を全部国庫負担へ回す。

そんな処理はしない。

国家共同事業の対象費用かどうかは、契約と実績で決まる。

入金口座に金があることと、使途が認められることは別だった。

◇

午後1時。

第17工区。

施工員たちのもとへ、給与支給の通知が届いた。

一人の施工員が確認票を見て、隣の仲間へ言った。

「入ってる」

「そうか」

返事は短かった。

王国が国家共同事業化した。

国庫が金貨10,000枚を支払った。

そんな大きな話より、現場の一人にとっては、自分が働いた給与が約束の日に支払われたことの方が身近だった。

会社が守るべき約束も、そこにある。

◇

午後3時。

アルノルトからシェリィへ報告が届いた。

創光月分給与。

金貨5,073.401枚。

支給処理実施。

外部取引。

検収・請求確定分を支払い。

未履行分は継続管理。

国庫前渡金。

対象費用ごとに区分管理中。

「分かりました」

シェリィは答えた。

「国家共同事業になったからこそ、会社側の帳簿もこれまで以上に厳格にしてください」

『承知しております』

◇

同日夕刻。

第2期累計57.8 Mi。

アスタリア側総施工距離157.8 Mi。

連続通熱100.0 Mi。

工事も、給与も、支払いも止まらなかった。

◇

星環暦(せいかんれき)1285年・白耀月(はくようげつ)≪第2月≫6日・闇曜(あんよう)――

第1工区から第10工区。

午前6時30分。

メンテナンス第1部隊(M01)からメンテナンス第10部隊(M10)までが、完成済み100.0 Miを巡回していた。

《熱制御口》。

《熱継送所》。

《魔導流体》。

接続部。

保安設備。

緊急遮断設備。

第2期の60名が新たに資格を取得しても、第1期を守る10部隊の責任は変わらない。

新しい人材が増えたから、古い区間を放ってよいわけではない。

◇

午前8時。

メンテナンス第11部隊(M11)からメンテナンス第20部隊(M20)は、運用開始準備を続けていた。

担当予定工区の図面。

完成検査資料。

保守手順。

緊急復旧手順。

必要な保守用品があれば、正式な所属から内部注文を出す。

まだ現場運用は始まっていない。

だから、存在しない故障や交換実績も作らない。

◇

午前11時――

第11工区。

レオンハルトは、施工第1部隊(C01)の進捗を確認していた。

前日までに9.4 Mi。

今日の施工計画を終えれば9.6 Mi。

残り0.4 Mi。

第2期で最も早く完成へ近づいている工区だった。

だが、レオンハルトが見ているのは残距離だけではない。

「第11工区が終わったら、そのまま第21工区へ出発、とはしません」

担当者が頷く。

第11工区の施工を終える。

完成検査。

検収。

旧制度で発生した人件費を精算する。

必要な支払いを終える。

その後、第21工区への転進を始める。

施工部隊に導入される新しい給与等級制は、実際に第3期工区へ向けて移動を開始した日から適用する。

第11工区が完成した日からではない。

◇

午前11時30分。

総務財務部では、施工第1部隊(C01)の旧制度人件費の精算準備が始まった。

勤務記録。

給与。

土系魔法士の契約。

前払金。

精算済み金額。

土系魔法士は独立した契約者であり、社員向けの給与等級へ自動的に組み入れない。

契約は契約。

社員給与は社員給与。

そこも分ける。

◇

午後1時。

アルノルトは、王国財務院へ国庫資金の使用状況を報告した。

白耀月3日に受領した金貨10,000.000枚。

対象費用への充当額。

未使用額。

未精算分。

完成済み100.0 Miの過去の建設費を、後から今回の対象へ混ぜることはしない。

契約効力発生日以降の対象費用だけを照合する。

◇

午後3時。

オットマール・リンデン(物流商務部長)は、第11工区の残り施工に必要な物資と、他9部隊の継続需要を確認した。

第11工区で余る建設用品が出た場合も、完成直後に勝手に別工区へ送らない。

現物を確認する。

保守用に残す物を分ける。

中央倉庫の承認を受ける。

その後に移管する。

◇

同日夕刻。

第2期累計59.8 Mi。

アスタリア側総施工距離159.8 Mi。

第11工区は9.6 Mi。

完成まで残り0.4 Miとなった。

◇

星環暦(せいかんれき)1285年・白耀月(はくようげつ)≪第2月≫7日・光曜(こうよう)――

第11工区(第2期・第1工区)。

午前6時。

施工第1部隊(C01)の施工員たちは、残施工距離を確認していた。

9.6 Mi。

残り0.4 Mi。

今日の標準施工は0.2 Mi。

予定どおりなら、日終了時点で9.8 Miとなる。

あと少し。

その先には第21工区への転進がある。

だが、誰も今日の0.2 Miを飛ばすことはできない。

◇

午前6時30分。

第11工区から第20工区まで、10施工部隊が作業を開始した。

第11工区には、74名の実習生のうち8名が配属されている。

実習生は指導担当者の監督下で作業を学ぶ。

施工記録を見る。

接続手順を見る。

安全確認を行う。

だが、8名が加わったから施工速度を上乗せすることはしない。

施工実績は、正式施工部隊が完成させた距離で記録する。

◇

午前8時。

施工第1部隊(C01)は、完成へ向けた書類整理も始めた。

工事記録。

資材使用記録。

工区図面。

検査資料。

今日9.8 Miへ達しても、残り0.2 Miがある。

さらに、その0.2 Miを施工し終えた後には完成検査と検収が待っている。

「完成間近」と「完成」は違う。

だから、まだ第21工区へ向かう準備だけを行う。

◇

午前9時。

総務財務部では、第11工区に関わる旧制度人件費の精算準備が続いていた。

白耀月5日に支払った創光月分給与は、再び支給しない。

白耀月に入ってから発生した勤務分だけを追加で整理する。

工区勤務終了時点までの額を確定する。

すべて精算してから、施工第1部隊(C01)は第21工区へ向かう。

その移動開始日から、新しい給与等級制へ切り替える。

◇

午前10時。

第21工区への転進計画が確認された。

移動式宿舎。

工具。

輸送手段。

施工用品。

料理人。

土系魔法士の次契約。

まだ第11工区は完成していない。

だから、計画は計画のまま。

出発済みにはしない。

◇

午前11時。

メンテナンス第11部隊(M11)も、第11工区の完成に備えていた。

完成後。

完成検査。

検収。

そして連続通熱条件が整う。

その段階で保守引継ぎが始まる。

施工距離が10.0 Miへ達しただけで、メンテナンス第11部隊(M11)が運用を始めることはない。

準備と運用開始は別だった。

◇

午後1時。

74名の現場実習について、最初の週間報告がまとめられた。

第3期生66名。

第2期再履修者8名。

現場研修は白耀月15日まで続く。

まだ資格取得ではない。

16日に継走早馬で研修施設へ戻る。

17日から30日までは、施設内で修理、保守、緊急対応の研修を受ける。

今は、その途中だった。

◇

午後3時。

ディートリヒのもとへ、1週間分の報告が集約された。

施工。

保守。

研修。

製造。

品質保証。

物流。

会計。

国庫資金。

そして、各部門の発注と補給。

予定どおり施工できた区間について、日報との照合が行われる。


挿絵(By みてみん)


総施工距離161.8 Mi。

施工進捗率53.93%。

残施工距離138.2 Mi。

連続通熱距離100.0 Mi。

第11工区は9.8 Mi。

完成まで残り0.2 Mi。

第2期の10工区では、すべて施工が続いている。

第3期はまだ1 Miも施工していない。

施工第1部隊(C01)が第21工区へ進むのは、第11工区の完成、検収、旧人件費の精算を終えた後である。

◇

同日午後4時――

王都セレスティア・セレスティア王宮。

シェリィは、アスタリアから届いた週間報告をジュリアンへ渡した。

「国庫からの初回支払いは、正式に受領しております」

「金貨10,000枚」

「はい」

「施工は?」

「総施工距離161.8 Miです」

ジュリアンが頁をめくる。

「それから、新しく60名が保守資格を取得しました」

「60名も?」

「はい。メンテナンス第11部隊(M11)からメンテナンス第20部隊(M20)まで編成しております」

「もう保守に出ているのか?」

「いいえ。担当工区が完成しておりません」

シェリィは続ける。

「現在は運用開始に備えた準備をしています」

「こちらの74名は?」

「現場研修中です」

「さらに60名?」

「第4期の前半研修です」

ジュリアンは報告書を見下ろした。

国庫から金貨10,000枚を支払った。

だから、熱路が14.0 Mi伸びたわけではない。

そこには施工員がいる。

保守員がいる。

研修生がいる。

教える者がいる。

食事を作る者がいる。

資材を製造する者がいる。

運ぶ者がいる。

検査する者がいる。

給与を支払う者がいる。

国家が支えるべきものは、地面の中に埋まる設備だけではなかった。

「第11工区は、もうすぐ完成か」

「残り0.2 Miです」

「その次は第21工区?」

「完成、検収、人件費精算を終えてからです」

ジュリアンが笑った。

「相変わらず、順番を飛ばさないな」

「飛ばしますと、後で必ずどこかが合わなくなりますから」

シェリィは窓の外へ視線を向けた。

王国が約束した金は、現実の資金として届いた。

新しい保守要員も育った。

次の世代も研修を始めた。

そして、ヴァルモント公爵領へ向かう《魔導熱伝導路》は161.8 Miまで伸びている。

まだ138.2 Miが残っている。

終わりではない。

だが、国家共同事業という言葉だけだったものが、金と人と仕事へ変わり始めていた。

国家の約束が、ようやく現実を動かし始めたのである。

お読みいただきありがとうございます。

王国とアスタリア大商会の国家共同事業は、契約を結ぶ段階から、実際に国庫資金が動く段階へ進みました。

白耀月2日に支払方法の変更契約が成立し、3日には初回の概算前渡金として金貨10,000.000枚が正式に着金しています。

以後は毎月3日に支払い、毎月金貨1,000.000枚ずつ増額する契約となりました。

ただし、国庫から受け取った資金はそのまま売上や利益にはせず、王国80%・大商会20%の原則に従って対象費用を精算していきます。

白耀月1日には保守研修の試験も行われ、第2期生68名のうち60名が最終試験に合格しました。

合格した60名は、メンテナンス第11部隊(M11)からメンテナンス第20部隊(M20)までの10部隊に編成されています。

一方、第3期生は70名中66名が前半試験に合格し、第2期の再履修者8名と合わせた74名が第11~第20工区で現場研修を開始しました。

第4期についても、新規56名と再受講4名の合計60名で前半研修が始まっています。

創光月分給与の金貨5,073.401枚も白耀月5日に支給され、国家から資金を受け取る一方で、大商会自身も従業員や取引先への支払義務を履行しています。

白耀月7日時点の総施工距離は161.8 Mi、全300.0 Miの53.93%まで到達しました。

第11工区は9.8 Miとなり、完成まで残り0.2 Miです。

ただし、連続通熱距離は完成・検収済みの第1期100.0 Miから増えていません。

次は第11工区の完成と検収、その後の保守引継ぎ、そして施工第1部隊(C01)の第21工区への転進が見えてきます。

国家の資金、人材育成、施工、保守が少しずつ一つの仕組みとして動き始めました。


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