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アスタリア大商会起業編 ~無知な母国を置き去りに、極寒の死地を熱で満たします~  作者: IORI


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第8話:人を呼ぶ町と、学びの灯

星環暦(せいかんれき)1284年・翔風月(しょうふうげつ)≪第4月≫7日――

アスタリア大商会・仮会議室

光曜。

2度目となる部門長会議は、開始から早々に止まった。

原因は、1枚の紙だった。

総務財務部の責任者が、申し訳なさそうに机の中央へ置いた求人計画書を、シェリィはしばらく無言で見つめている。

「……23人」

「はい」

「追加で?」

「最低でも、です」

熱供給事業部。

生産開発部。

物流商務部。

技術研究部。

それぞれから出された必要人員を積み上げると、23人。

しかもこれは、今すぐ必要な人数だけだった。

温室を増やす。

熱導網を伸ばす。

中央魔導熱供給所を本格運転へ移す。

住宅を建てる。

倉庫を整備する。

それらが始まれば、さらに必要になる。

シェリィが尋ねた。

「現在の住民から採用できる人数は?」

「仕事を移れる者だけを考えれば、かなり限られます」

当然だった。

人口約1,500人。

そこにいる人間は、何もせず待っていたわけではない。

農業。

狩猟。

畜産。

鍛冶。

皮革。

織物。

商売。

運搬。

それぞれが、すでにアスタリアの生活を支えている。

熱供給事業へ人を回した結果、食料を作る人間がいなくなった。

そんなことになれば、本末転倒だった。

「では、外から募集を」

物流商務部の責任者が言った。

シェリィは頷きかけ――止まった。

「その前に確認します」

「何をです?」

「住む場所はありますか?」

沈黙。

「……ありません」

「23人が全員独身とは限りませんわね?」

「もちろんです」

「夫婦なら?」

「2人です」

「子供がいれば?」

さらに増える。

親を連れてくる者もいるかもしれない。

職人1人を募集する。

それは、人口が1人増えるという意味ではない。

その人の生活を受け入れる。

という意味だった。

「求人票を出す前に」

シェリィは言った。

「住宅の受け入れ可能数を確認してください」

そして、少し考える。

「食料も」

会議室の空気が止まる。

「今でもアスタリアは、多くの食料を外から運んでいます」

人数だけ増やして。

食料が足りない。

それでは町を豊かにするのではなく。

飢える人間を増やすだけだった。

「人口計画」

シェリィは紙へ書く。

その下へ。

雇用。

住宅。

食料。

教育。

ペンが止まった。

「……教育?」

会計担当者が尋ねる。

シェリィは、自分で書いた文字を見た。

「はい」

なぜか。

嫌な予感がした。

こういう時は。

たいてい仕事が増える。

◇

会議を終えたシェリィは。

熱導網の点検区域へ向かった。

風は。

まだ冷たい。

積雪はかなり減っていたが。

建物の陰や北向きの斜面には、白い雪が厚く残っている。

熱導管の近くでは。

工事に参加している若者たちが、点検札を取り付けていた。

次回重点点検――風曜。

次回詳細点検――第5風曜。

文字に加えて。

先日からは。

曜日を示す記号と。

簡単な絵も付けている。

そのきっかけになった若い作業員も、そこにいた。

「使いやすくなりました?」

シェリィが声を掛ける。

男が。

少し驚いて振り返る。

「あ、はい」

点検札を指す。

「これなら分かります」

「良かったです」

「でも」

男は。

少し言いにくそうに続けた。

「やっぱり」

「読めた方がいいですよね」

シェリィが。

彼を見る。

男は苦笑した。

「この前、商会の採用案内を見たんです」

「はい」

「俺」

「ほとんど読めませんでした」

そこには。

募集職種。

勤務条件。

賃金。

必要技能。

全部。

文字で書かれていた。

「誰かに読んでもらえば分かりますけど」

男は。

少しだけ目を伏せる。

「毎回」

「人に聞かないといけないのも」

「なんか」

嫌なんですよね。

その気持ちは。

シェリィにも分かった。

読むことができない。

それは。

単に本が読めないということではない。

自分の給料を確認できない。

契約内容を確認できない。

薬の注意書きが読めない。

設備の警告が読めない。

他人から渡された紙に。

何が書かれているのか。

自分では判断できない。

「……習いたいですか?」

シェリィが尋ねた。

男が。

顔を上げる。

「今からでも?」

「なぜ無理だと思うのです?」

「子供が習うものだと思ってました」

シェリィは。

しばらく。

何も言わなかった。

そして。

はっきり言った。

「そんな決まりはございません」

◇

同日午後――

アスタリア・領主館執務室

「学校を作りたい?」

レオンハルトが。

思わず聞き返した。

「正確には」

シェリィは訂正する。

「まず、学校を作る必要があるかどうかを確認します」

「もう顔が作る人間の顔だぞ」

「そうでしょうか?」

机には。

すでに。

3枚の計画書があった。

レオンハルトが。

呆れたように1枚を取る。

「教育対象」

読み上げる。

「子供」

次。

「成人」

次。

「職業訓練」

顔を上げる。

「十分作る気だろう」

シェリィは無視した。

「ですが」

「学校は商会の事業にはいたしません」

これは。

明確だった。

子供が文字を学ぶ。

数字を学ぶ。

この世界について学ぶ。

それは。

商会の利益のためだけに行うものではない。

「基礎教育は」

「領地行政側の仕事です」

「商会は?」

「職業訓練を担当します」

設備操作。

熱導網保守。

会計実務。

魔導具操作。

温室管理。

食品加工。

それらは。

実際に雇用する商会が教える。

「つまり」

レオンハルトが言う。

「文字を教えるのは領地」

「仕事を教えるのは商会」

「基本的には」

「はい」

「だが、今の君に学校を作る権限はない」

「承知しております」

アスタリアは。

まだ。

ヴァルモント公爵領の一部。

シェリィが。

思いついたからといって。

行政施設を勝手に建てていいわけではない。

だから。

父ローランドへ。

正式に申請する。

「空いている公共建物を」

「一時的な学び舎として利用できないか」

「教師を派遣していただけないか」

「そして」

シェリィは加える。

「成人向けの読み書きと算術の講習を」

レオンハルトが。

少し驚く。

「大人も?」

「先ほど」

「習いたいと言われました」

「それだけで?」

「いいえ」

シェリィは。

机の端に置かれた熱導網の点検札を見る。

「文字が読めることは」

「今のアスタリアでは」

「安全設備の一部になり始めています」

警告。

点検。

契約。

薬。

料金。

作業指示。

「でしたら」

「教育は」

「町の基盤の1つです」

レオンハルトは。

少し笑った。

「熱の次は文字か」

「どちらも」

シェリィは答えた。

「使えなければ」

「暮らしは良くなりませんもの」

◇

その日の夕方。

シェリィは父ローランドへ。

長い手紙を書いた。

学校設置の許可。

教師の派遣。

使用可能な建物。

必要教材。

そして。

成人向け講習。

さらに。

最後へ。

もう1つ。

付け加える。

アスタリアで作成する教材・教育手順について、公爵領内の他地域でも利用できる形で記録したい。

アスタリアだけが。

文字を読めるようになればいい。

という話ではない。

ここで。

効率的な教育方法が作れれば。

公爵領の。

別の町。

別の村。

そこで使える。

読み書きのできる者が増える。

帳簿を扱える者が増える。

役人になれる者。

職人になれる者。

商人になれる者。

技師になれる者。

可能性が。

増える。

「これなら」

シェリィは。

小さく呟いた。

「お父様にも」

「無駄遣いとは言われませんわね」

侍女が。

後ろから。

小さく笑った。

「公爵様が、お嬢様の教育計画を無駄遣いと仰るとは思えませんが」

「予算は別です」

「そこは厳しいのですね」

「当然ですわ」

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・翔風月(しょうふうげつ)≪第4月≫8日――

アスタリア・物流倉庫

翌日。

教育とは別の問題が。

先に。

現実になった。

「まだ来ない?」

シェリィが尋ねる。

物流担当者が。

首を横に振った。

「はい」

公爵領から来る予定だった。

食料輸送隊。

小麦。

豆。

油。

保存肉。

予定なら。

朝には。

アスタリアへ入っている。

だが。

来ない。

「連絡は?」

「途中の街道で」

「雪解け水による泥濘が酷く」

「荷車が進めなくなったそうです」

「事故は?」

「ありません」

「食料は?」

「無事です」

シェリィは。

安堵する。

だが。

すぐに表情を戻した。

「到着見込みは?」

「早くても明日」

1日。

あるいは。

2日。

それだけなら。

アスタリアが。

飢えることはない。

倉庫には。

備蓄がある。

ただ。

シェリィは。

別のものを見ていた。

「この道が」

「1週間使えなくなったら?」

物流担当者が。

黙る。

「2週間なら?」

さらに。

沈黙。

食料安全保障。

会議では。

言葉だった。

今は。

現実だった。

「現在庫を」

シェリィが言う。

「品目別に」

「保存可能日数と合わせて」

「もう一度出してください」

「はい」

「そして」

地図を広げる。

ヴァルモント公爵領からの道。

1本。

「これ以外の調達経路を」

「探します」

物流担当者が。

地図を見る。

「グラン・アルスターから?」

「そこだけに変えたら」

「依存先が変わるだけです」

少なくとも。

複数。

地域も。

商人も。

経路も。

分ける。

価格だけで。

決めない。

安い。

だが。

1本の道しかない。

それは。

平時には。

効率がいい。

非常時には。

弱い。

「レオンハルト大公殿下にも」

「お願いはします」

「ですが」

「大公殿下だけに頼るつもりもございません」

「大公殿下が聞いたら」

「寂しがりそうですな」

シェリィは。

少しだけ笑った。

「喜ばれると思いますよ」

本当に。

レオンハルトなら。

そう言うだろう。

◇

同じ倉庫。

シェリィは。

積み上げられた袋を見る。

小麦。

豆。

干し肉。

塩。

油。

現状。

その多くを。

外から。

持ってきてもらっている。

「温室だけでは」

背後から。

生産開発部の担当者が言った。

「人口が増えた時」

「到底足りません」

「分かっています」

「畑を増やしますか?」

「増やします」

だが。

ただ。

耕地面積を増やせばいいわけではない。

寒い。

農期が短い。

土壌も。

場所によって。

違う。

「まず」

シェリィは指を折る。

「露地で育つ寒冷地作物」

「温室作物」

「保存性の高い作物」

「飼料」

「この4つを」

「分けて考えましょう」

担当者が。

頷く。

「それと種です」

「種?」

「はい」

シェリィは。

彼を見る。

「食べる分だけ確保して」

「翌年に植える種がなければ」

「次の年に困ります」

担当者が。

「ああ」と声を漏らした。

「種子備蓄」

「必要ですわね」

また。

仕事が。

1つ増えた。

担当者が。

乾いた笑いを浮かべる。

「会長」

「はい?」

「人」

「足りませんね」

シェリィは。

しばらく。

彼を見る。

「……存じております」

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・翔風月(しょうふうげつ)≪第4月≫10日――

アスタリア・領主館

ローランドから。

返書が届いた。

シェリィは。

封を切る。

最初に。

学校。

許可。

旧倉庫として使われていた公共建物を。

補修の上。

臨時学舎として利用してよい。

教師についても。

公爵領内から。

まず数名を。

一定期間派遣する。

費用は。

領地行政費から。

ただし。

施設改修費。

教師の住居。

教材。

今後の恒常運営費について。

詳細な予算案を提出すること。

「……お父様ですわね」

侍女が尋ねる。

「何と?」

「許可の次の行から」

「予算の話です」

「お嬢様と同じでは?」

シェリィは。

聞かなかったことにした。

そして。

手紙は続いていた。

アスタリアで作成した教材。

識字教育。

算術教育の方法。

それらが。

他地域でも使用可能なら。

公爵領内へ展開することを。

検討する。

「……」

シェリィの口元が。

少し緩む。

分かっている。

父は。

最初から。

アスタリアだけを見てはいない。

続いて。

食料。

アスタリア側の生産量が増え。

恒常的な食料支援が減らせるようになった場合。

これまでアスタリアへ回していた食料の一部を。

領内備蓄へ回す。

それも。

承認されている。

ただし。

最後に。

ローランドの文字で。

短い一文。

備蓄は、まず領民を飢えさせないためのものとする。

シェリィは。

その文字を。

しばらく見つめた。

「……はい」

誰に聞かせるでもなく。

返事をした。

その通りだ。

もし。

何も起きなければ。

備蓄は。

不作。

災害。

街道遮断。

そうした時に。

領民を救う。

もし。

王国に。

政治的混乱が起きても。

同じ。

まず。

人を。

飢えさせない。

兵站より前に。

生活。

それが。

結果として。

国王の治世を。

支える。

◇

手紙には。

もう1通。

母マーガレットからの。

小さな封書が。

添えられていた。

開く。

中には。

短い手紙。

学校を作ると聞きました。

子供用の読み物と、文字練習用の板を送ります。

ただし、シェリィ。

子供だけでなく、大人が勉強する時に恥ずかしい思いをしないようにしてあげてください。

シェリィの手が。

止まった。

母らしい。

数字でも。

制度でもない。

けれど。

重要なこと。

大人になってから。

文字を習う。

それを。

「知らない人」として。

扱われる。

恥ずかしい。

行きたくない。

結果。

学ばない。

「……そうですわね」

シェリィは。

新しい紙を取った。

成人識字講習。

その横に。

追記。

年齢別に分けない。

希望者制。

商会勤務者・住民を区別しない。

受講記録を人事評価に使用しない。

さらに。

考える。

「先生」

同席していた事務担当者が。

顔を上げる。

「はい?」

「大人向け講習を」

「学校という名前ではなく」

「読み書き講習としましょう」

「なぜです?」

シェリィは。

母の手紙を見る。

「来やすい方が」

「良いでしょう?」

◇

3日後――

アスタリア・旧公共倉庫

建物は。

かなり古かった。

だが。

壁は。

使える。

屋根も。

直せば。

大丈夫。

何より。

熱導支線が。

比較的近い。

「ここなら」

熱供給事業部の技師が。

図面を見る。

「支線を1本伸ばせば」

「暖房できます」

公爵領から。

先に到着した教師が。

建物の中を。

ゆっくり見る。

「十分です」

「本当に?」

シェリィが尋ねる。

「王都の学校とは」

「比べられませんが」

教師は笑った。

「学ぶのに」

「金の装飾は必要ありません」

シェリィも。

微笑む。

「安心しました」

教師が。

別の紙を見せる。

「ただ」

「1つ提案が」

「何でしょう?」

「大人の講習です」

教師は言う。

「昼間は」

「皆さん働いています」

シェリィが。

止まる。

「……そうですね」

当然だった。

農民は。

畑。

職人は。

工房。

商人は。

店。

昼間の学校に。

来られるわけがない。

「ですので」

教師が続ける。

「夕刻」

「仕事が終わってから」

「週に何度か」

「短時間の講習にしては?」

シェリィは。

即座に頷かなかった。

考える。

夜。

アスタリアは。

寒い。

だが。

ここには。

熱導網を。

引ける。

照明用の魔導具も。

用意できる。

「採用しましょう」

「ただし」

「毎晩は駄目です」

教師が。

少し笑った。

「私もそのつもりです」

「働いた後ですもの」

「長時間にもいたしません」

シェリィは。

メモする。

短時間。

複数曜日。

同じ内容を繰り返す。

勤務日が違っても。

参加できるように。

そして。

また。

シェリィではない誰かから。

制度が。

1つ。

生まれた。

◇

校舎予定地を出た時。

工事を担当する大工が。

シェリィを呼び止めた。

「会長」

「はい」

「住宅の方ですが」

地図を広げる。

移住者用の住宅。

当初案では。

それぞれ。

独立した家を。

建てる予定だった。

「これ」

「少し変えませんか」

「理由を聞かせてください」

大工が。

指で線を引く。

「家を離して建てると」

「熱導管が」

「その分長くなります」

シェリィの目が。

動く。

「建物を」

「ある程度まとめる?」

「はい」

完全に。

同じ家を並べるのではない。

だが。

道路。

水。

熱導管。

排水。

それらを考えて。

住宅を。

ある程度。

集約する。

「木材も」

「配管も」

「工事日数も」

「減らせます」

シェリィは。

地図を。

じっと見る。

「ただし」

「密集しすぎれば」

「火災時に危険です」

「その通りです」

大工が頷く。

「だから」

「間隔を取る」

「道路幅も」

「最初から広くする」

そこで。

シェリィは。

レオンハルトの言葉を思い出した。

1万人。

現在。

1,500人。

だが。

今の人数だけを前提に。

道路を細く作れば。

人口が増えた時。

全部。

作り直す。

「住宅だけではなく」

シェリィが言う。

「地区全体で考えましょう」

大工が。

顔を上げる。

「地区?」

「はい」

住宅。

学校。

商店。

診療所。

倉庫。

道路。

熱導網。

最初から。

つなげて。

配置する。

「……また」

大工が。

笑った。

「大きくなりましたな」

シェリィは。

地図を見る。

「私のせいではありませんわ」

「誰のせいです?」

「レオンハルト大公殿下です」

「それは」

「ご本人には言わない方が」

「もう言いました」

大工は。

声を出して笑った。

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・翔風月(しょうふうげつ)≪第4月≫13日――

アスタリア大商会・部門長会議

光曜。

新しい数字が。

並んでいた。

求人希望。

住宅予定戸数。

必要食料。

温室増設候補地。

種子備蓄。

外部調達候補。

教師。

教材。

成人識字講習。

職業訓練。

総務財務部の責任者が。

遠い目をしている。

「会長」

「はい」

「1週間前より」

「仕事が倍になっております」

「気のせいでは?」

「数字で証明できます」

「……では」

「気のせいではございませんわね」

レオンハルトが。

横で笑っている。

「楽しそうだな」

「大公殿下も」

「原因の1人です」

「私が?」

「1万人などと」

「仰るからです」

「だが」

レオンハルトは。

壁の地図を見る。

先週より。

明らかに。

書き込みが増えている。

住宅地。

学校。

農地。

温室。

倉庫。

道路。

熱導幹線。

「現実味が出てきただろう?」

「まだ」

「1,500人です」

「今はな」

その時。

物流商務部の責任者が。

新しい書類を出す。

「求人について」

「公爵領内から」

「問い合わせが来ています」

「もう?」

「はい」

技師。

大工。

鍛冶職人。

商人。

そして。

「家族で移住したいという問い合わせが」

「何件か」

シェリィが。

手を止める。

「家族で」

「はい」

「質問も」

「ほとんど同じです」

住宅はあるか。

冬は暖かいか。

医者はいるか。

仕事は続くのか。

そして。

「子供が」

「学べる場所はあるか」

会議室が。

静かになる。

数日前。

地図の上に。

書いただけだった。

学校。

それが。

もう。

人が。

アスタリアへ来るかどうかを。

決める条件になっている。

シェリィは。

深く息を吸った。

「回答してください」

「学校は」

少しだけ。

微笑む。

「準備中です、と」

◇

同日。

王都。

セレスティア王宮。

アーサー国王の執務机には。

ローランドから届いた報告書が置かれていた。

アスタリア。

食料生産。

公爵領からの支援量。

備蓄計画。

ジュリアン王太子は。

父の向かいに立っている。

アーサーが。

報告書から目を上げた。

「ローランドらしい」

ジュリアンが。

少し笑う。

「何がです?」

「シェリィが」

「アスタリア向けの食料を減らせるようになれば」

「その分を備蓄する」

紙を指で叩く。

「だが」

「兵糧とは書いていない」

「領民備蓄です」

「そうだ」

アーサーは。

窓の外を見る。

「それでいい」

ジュリアンは。

父を見る。

「陛下」

「何だ?」

「第二王子擁立派の件がなかったとしても」

「この備蓄は」

「進めるべきだと思います」

アーサーが。

息子を見る。

「理由は?」

「不作」

「街道事故」

「雪害」

「流行病」

「備蓄が役立つのは」

「内乱だけではありません」

アーサーは。

ゆっくり。

頷いた。

「その通りだ」

短い言葉。

それだけ。

だが。

ジュリアンにとっては。

十分だった。

国王が。

判断する。

王太子が。

支える。

それでいい。

アーサーが。

別の報告書を取る。

「学校まで作るらしいな」

「はい」

「商会ではなく」

「領地行政として」

「シェリィらしい」

少し。

父親の顔で。

笑う。

「ローランドは」

「娘を辺境へ送り出したと思っていたら」

「町を1つ増やすことになりそうだ」

ジュリアンも。

笑った。

「1つで済むでしょうか」

アーサーが。

息子を見る。

「何か知っているのか?」

「いいえ」

ジュリアンは。

少し考え。

「ただ」

「シェリィですから」

その一言で。

アーサーは。

妙に納得した顔をした。

◇

アスタリア。

夕刻。

古い公共倉庫の窓から。

初めて。

灯りが漏れた。

まだ。

正式な学校ではない。

机も。

揃っていない。

黒板も。

仮のもの。

それでも。

部屋の中には。

何人かの大人がいた。

先日。

「文字を読めない」と言った若い作業員もいる。

教師が。

板へ。

最初の文字を書く。

簡単な文字。

たった1つ。

男たちが。

真似をする。

震える線。

曲がった線。

うまくいかない。

笑い声。

もう1度。

書く。

その建物の外。

シェリィは。

窓から漏れる灯りを。

見ていた。

レオンハルトが。

隣に立つ。

「入らないのか?」

「今日は」

「見ているだけで」

「会長なのに?」

「学校は」

シェリィが答える。

「商会ではございませんもの」

「律儀だな」

「大事なことです」

中から。

また。

笑い声が聞こえる。

その時。

男の声。

「書けた!」

誰かが。

拍手する。

シェリィは。

静かに。

微笑んだ。

熱を。

届ける。

食料を。

作る。

家を。

建てる。

仕事を。

生み出す。

そして。

学ぶ場所を。

作る。

町とは。

建物の数ではない。

そこに。

人が。

暮らし続けられるか。

それが。

全てなのかもしれない。

「レオンハルト大公殿下」

「何だ?」

「1万人というお話」

「お?」

「まだ」

「認めたわけではございません」

「そうか」

「ですが」

シェリィは。

灯りを見る。

「もし」

「本当に」

「それだけの方々が」

「ここへ来るのなら」

少し。

間を置く。

「来てよかったと」

「思える町には」

「したいですわね」

レオンハルトは。

笑わなかった。

静かに。

頷いた。

「なら」

「なるだろう」

シェリィが。

彼を見る。

「根拠は?」

「君は」

レオンハルトが。

灯りの向こうを見る。

「人を数として呼ぼうとしていない」

「仕事だけではなく」

「食事も」

「家も」

「子供も」

「学ぶ場所も」

「一緒に考えている」

そして。

少しだけ笑う。

「そういう町には」

「人が残る」

建物の中。

また。

1人。

文字が。

書けたらしい。

小さな歓声。

外には。

まだ。

雪が残っている。

けれど。

窓から漏れる灯りは。

以前のアスタリアにはなかったものだった。

熱とは。

違う。

けれど。

確かに。

人を。

暖める光だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

エピローグでしたが本編にしました。

第8話では、アスタリアの課題が「仕事を作る」ことから、人が暮らし続けられる町を作ることへ広がりました。

人材を募集する。

ですが、人を呼ぶだけでは町は成長しません。

住む家が必要です。

食べるものが必要です。

家族で来るなら、医療や教育も必要になります。

そして食料について、シェリィが目指すのは完全自給ではありません。

地域生産力を高める。

調達先を分散する。

備蓄を持つ。

どれか1つに依存せず、何かが止まってもすぐに住民が飢えない状態を作る。

それが、アスタリアの食料安全保障です。

また今回、学校構想も具体的に動き始めました。

子供の基礎教育は領地行政。

設備管理や会計、農業技術などの職業訓練はアスタリア大商会。

そして、これまで学ぶ機会のなかった大人にも、読み書きや算術を学べる場所を用意します。

アスタリアで生まれた教育方法がうまくいけば、それは将来、ヴァルモント公爵領の他地域へも広げることができます。

さらに、アスタリアへの食料支援が減っていけば、その分を公爵領側で備蓄できる。

アスタリアが強くなることが、公爵領を強くし、その余力が王国の安定にもつながっていく。

まだ人口約1,500人の小さな土地。

ですが。

仕事。

熱。

食料。

住宅。

教育。

人が「ここで暮らしたい」と思う条件が、少しずつ揃い始めています。

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