第56話:信用とは、約束した日に金を払うこと
星環暦1284年・恵雨月≪第8月≫18日・闇曜――
アスタリア大商会本部・会長執務室
夕刻を前にした会長執務室では、その日の決裁書類がようやく残り少なくなっていた。
シェリィが次の報告書へ手を伸ばしたところで、総務財務部から来ていた経理担当者が一歩前へ出る。
「会長、明日の第2回再建資金についてご報告いたします」
シェリィが顔を上げた。
「お願いします」
「明日は、企業群9社に対する第2回再建資金・合計金貨910枚の支払日となっております。現在、資金準備と支払い手続きの準備を進めております」
机上には、9社それぞれの契約書、支払予定表、口座情報、金額照合表がまとめられている。
最初の再建資本80%は蒼潮月19日に支払われた。
今回支払うのは残る20%のうち、契約で恵雨月19日と定めた10%分。
追加融資ではない。
新たな救済資金でもない。
9社の再建計画を成立させるため、アスタリア大商会が取得時の契約で約束した資本の一部だった。
シェリィは一覧へ目を通した。
「口座と金額の再確認も終わっていますか?」
「一次照合は完了しております。明朝、契約原本との最終照合を行い、その後、王国銀行を通じて執行いたします」
「では、予定どおりお願いします」
経理担当者は深く頷いた。
「かしこまりました」
それだけだった。
シェリィは恩を与えるような言葉を加えなかった。
明日支払うのは、好意ではない。
契約したから支払う。
それだけのことだった。
◇
星環暦1284年・恵雨月≪第8月≫19日・光曜――
アスタリア大商会本部・総務財務部
朝一番から、総務財務部では支払い執行の最終確認が進められていた。
契約原本・支払予定表・各商会の再建管理口座・商会登録番号・支払額・承認印を担当者2名が別々に照合し、最後に責任者が確認する。
一つでも数字が違えば、そこで止める。
急ぐことより、間違えないことの方が重要だった。
確認を終えた支払一覧が、アルノルトの前へ置かれる。
ラインフェルト運輸商会・金貨120枚。
モーゲン食品卸商会・金貨125枚。
シルヴァン繊維商会・金貨80枚。
ケストラー魔導機器商会・金貨100枚。
ベルナート精製素材商会・金貨125枚。
グローヴァー建設商会・金貨160枚。
ヴァルデン倉庫商会・金貨90枚。
フォルスター車両製作商会・金貨65枚。
ハインデル商業印刷・紙工商会・金貨45枚。
合計金貨910枚。
アルノルトは最後の合計欄まで確認すると、執行承認を行った。
「契約どおり執行してください」
「承知しました」
王国銀行を通じた振込手続きが開始された。
金貨910枚を荷車へ積み、9社へ直接運ぶわけではない。
各商会の再建管理口座へ、それぞれ決められた金額を移す。
資金が大きくなるほど、現金そのものを動かす回数は減らした方が安全だった。
そして午前中には、各社へ着金の通知が届き始めた。
◇
同日午前――
ラインフェルト運輸商会本社・代表執務室
経理担当者が扉を叩いた。
「代表、アスタリア大商会から金貨120枚の振り込みがありました」
ブルーノ(ラインフェルト運輸商会代表)は、輸送計画から顔を上げた。
一瞬だけ手を止め、それから日付を確認するように机上の予定表を見る。
恵雨月19日。
間違いない。
「今日だったな」
「はい。契約予定日どおりです」
ブルーノは小さく息を吐いた。
最初の支払いが予定どおりだったからといって、次も必ず予定どおりとは限らない。
かつて資金繰りに追われていた頃なら、支払日前には相手へ確認し、遅れないか探りを入れ、場合によっては催促までしていた。
今回は、それを一度もしていない。
「催促する必要すらなかったか」
その声音には、驚きよりも安堵があった。
「予定していた車両整備と北方輸送の準備を進めよう。資金が入ったからといって、一度に使う必要はない」
「承知しました」
ブルーノは再び輸送計画へ目を落とした。
今日を凌ぐためではなく、数か月後の輸送量を考えて金を使える。
それだけでも、会社の景色は以前とは違っていた。
◇
モーゲン食品卸商会本社では、マルタ(モーゲン食品卸商会代表)のもとへ同じ報告が届いた。
「代表、アスタリア大商会から金貨125枚の振り込みがありました」
マルタは帳簿を閉じ、経理担当者を見た。
「予定日どおりね」
「はい」
彼女の表情に派手な喜びはなかったが、肩から僅かに力が抜けた。
食品卸は、仕入れを止めればすぐに商売が止まる。
契約農家への支払いを遅らせれば、その影響は翌日ではなく次の季節まで残る。
「仕入れ先への支払いを早める必要はありません。予定どおり進めましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ。資金が入ったから予定を変えるのではなく、予定どおり資金が入ったから、予定どおり動けるのよ」
経理担当者が頷く。
マルタは、その言葉を口にしてから僅かに笑った。
以前なら、予定どおりという言葉自体が贅沢だった。
◇
シルヴァン繊維商会では、エリーゼ(シルヴァン繊維商会代表)が生地見本を確認していた。
「代表、アスタリア大商会から金貨80枚の振り込みがありました」
報告を聞いたエリーゼは、指先で触れていた厚手の防寒布から手を離した。
「確認できたのね?」
「はい。金額も契約どおりです」
「では、北方用作業衣料の増産準備を予定どおり進めてください」
「承知しました」
エリーゼは積み上げられた試作品を見る。
「資金がいつ入るか分からない状態では、職人へ仕事を増やしてほしいなんて言えないもの」
少し間を置き、静かに続けた。
「約束どおり入ると分かっているだけで、先の仕事を組めるのね」
◇
ケストラー魔導機器商会本社。
「代表、アスタリア大商会から金貨100枚の振り込みがありました」
アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)は、魔導通信設備の試験報告書を読んでいた手を止めた。
「確認を」
「すでに口座残高と照合済みです」
「分かった」
アドリアンは椅子へ深く座り直した。
企業群へ加わってから、北方支部・魔導通信・熱供給設備・余剰魔力送信研究と、技術者が関わる仕事は増えている。
だからこそ資金管理を緩めるわけにはいかなかった。
「試験設備を増やす話は、現場から正式な見積もりが上がってからだ。金が入ったことと、使ってよいことは同じではない」
経理担当者が頷く。
「承知しました」
アドリアンの口元に僅かな笑みが浮かぶ。
「だが、予定どおり研究計画を進められるのはありがたいな」
◇
ベルナート精製素材商会。
「代表、アスタリア大商会から金貨125枚の振り込みがありました」
トビアス(ベルナート精製素材商会代表)は、使用済み魔石の精製試験資料から視線を上げた。
「今日か」
「はい」
トビアスはしばらく何も言わず、机上の加工試験予定表へ目を向けた。
新たな素材研究が始まったばかりだった。
設備も必要になる。
試料も増える。
それでも、研究が面白いからという理由だけで資金を投入するつもりはない。
「精製試験設備の追加については、この金を前提にせず、採算と必要性をもう一度出してくれ」
「承知しました」
「その上で必要なら使う」
トビアスは報告書を閉じた。
「約束された日に資金が来るからこそ、使わない判断もできる」
焦って何かへ変える必要がない。
それもまた、資金に余裕が生まれた証拠だった。
◇
グローヴァー建設商会。
「代表、アスタリア大商会から金貨160枚の振り込みがありました」
ルートヴィヒ(グローヴァー建設商会代表)は、実証区画の工程表を確認していた手を止めた。
「金貨160枚、全額か?」
「はい」
「分かった」
彼はすぐに喜ぶのではなく、工事予定表を見直した。
住宅建設・地下共同設備空間・今後増えていく各施設。
建設会社にとって、仕事が増えることは嬉しい。
だが、仕事が増えすぎれば資材も人員も足りなくなる。
「これで無理に工事を増やすなよ」
担当者が少し意外そうな顔をする。
「増やさないのですか?」
「資金があることと、施工能力があることは別だ」
ルートヴィヒは工程表を指で叩いた。
「現場を潰してまで売上を増やす必要はない。必要な資材と人員に使う」
そして、ほんの僅かに表情を和らげた。
「予定どおり入ったこと自体は助かるがな」
◇
ヴァルデン倉庫商会。
「代表、アスタリア大商会から金貨90枚の振り込みがありました」
クララ(ヴァルデン倉庫商会代表)は、在庫配置表から顔を上げた。
「確認ありがとう」
「北方用の保管設備を前倒ししますか?」
クララは首を横へ振った。
「いいえ。荷量の増加を確認してからです」
倉庫は空いていても金を生まない。
足りなくても商機を逃す。
だからこそ、少し先を読みながら増やさなければならない。
「お金があるから倉庫を造るのではなく、必要になるから造るのよ」
「はい」
クララは口元を緩めた。
「でも、その必要が来た時に動ける資金があるのは安心ね」
◇
フォルスター車両製作商会。
「代表、アスタリア大商会から金貨65枚の振り込みがありました」
エドガー(フォルスター車両製作商会代表)は、整備工房から届いた部品不足一覧を持ったまま振り返った。
「金貨65枚だな?」
「はい」
「よし」
短い返事だったが、その顔には明らかな安堵が見えた。
北方運用を考えれば、車両は造るだけでは足りない。
壊れた時に直せなければ輸送そのものが止まる。
「整備部品の在庫計画を出してくれ。ただし買い込みすぎるな」
「承知しました」
「車両は走ってこそ価値がある。部品は使えてこそ価値がある」
エドガーはそう言うと、再び不足一覧へ目を戻した。
◇
ハインデル商業印刷・紙工商会。
「代表、アスタリア大商会から金貨45枚の振り込みがありました」
クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)は、一瞬だけ目を丸くした。
9社の中では最も小さい金額だった。
だが、商会の規模から見れば決して小さな資金ではない。
「本当に今日なのね」
「はい。予定日どおりです」
クラウディアは共通帳票規格の印刷見本へ視線を落とした。
企業群が拡大するほど、契約書・発注書・納品書・請求書・研究記録・技術資料も増える。
印刷と紙の仕事は、目立たなくてもすべての業務の下に存在する。
「紙と印刷設備の増強計画をもう一度確認しましょう」
「はい」
「でも、先に人員配置ね。設備だけ増やしても回せないもの」
その顔には、会社を守るためではなく、会社を伸ばすために金の使い道を考えられる喜びが滲んでいた。
◇
同日午後――
アスタリア大商会本部・《アスタリア経営者会議》会議室
アスタリア大商会と企業群9社、合計10社の経営者が揃っていた。
議題の最初に、アルノルトが第2回再建資金について報告する。
「本日、契約に基づく第2回再建資金を9社すべてへ支払いました。総額は金貨910枚です」
各社から着金確認済みであることも報告された。
シェリィは9人の顔を見渡した。
「皆様の会社の資金です。契約した再建計画と、それぞれの経営判断に基づいてお使いください」
ルートヴィヒが問いかける。
「使途について、アスタリア大商会への追加承認は必要ですか?」
「通常の経営判断については必要ありません」
シェリィは答えた。
「ただし、既存の契約で事前確認が必要と定めている事項については従来どおりです。企業群だからといって、各社の日々の仕入れや人員配置まで私が決めるつもりはありません」
ブルーノが苦笑した。
「それをやられたら、運輸商会の代表を続けている意味がなくなりますな」
「その通りです」
シェリィが笑う。
「ですから、ブルーノさんに続けていただいています」
会議室に小さな笑いが広がった。
重い再建資金の話をしているにもかかわらず、以前のような緊張だけに支配されてはいなかった。
やがて議題は、企業群内外で増加している取引件数へ移った。
そこでブルーノが手を上げる。
「会長、ひとつよろしいでしょうか」
「はい」
「アスタリア大商会では、すでに独自小切手帳をお持ちですね」
「ええ」
「私どもも申請できませんか?」
他の代表たちがブルーノを見る。
彼は続けた。
「外部との支払いも増えています。運送費・修繕・資材・外部倉庫、それ以外にも現金で処理している取引が多い。独自小切手帳を持てるのであれば、申請したいと考えています」
アドリアンがすぐに反応した。
「それは当社も同じです」
クララも頷く。
「倉庫も外部取引が多いですから、使えるなら便利ですね」
他の代表たちも次々に関心を示した。
シェリィは少し考えた後、答える。
「資格要件を満たしているのであれば、申請することに問題はありません。各社の経営判断です」
ブルーノが確認する。
「企業群として一括ではなく?」
「はい。それぞれ別法人ですから、それぞれの会社として申請してください」
その答えに、9社の代表全員が納得した。
最終的に、9社すべてが申請を希望した。
シェリィは会議室の外に控えていた職員へ声をかける。
「小切手振出管理の担当者を呼んでください」
「承知しました」
ほどなくして担当者が資料と申請書を持って入室した。
「独自小切手帳の発行申請についてご説明いたします」
9社の代表の前へ申請書が配られる。
「初回の振出限度額は金貨50枚、保証金は金貨5枚、発行料は銀貨5枚、登録料は銀貨50枚、月額管理料は銀貨10枚となります。また、振出額に対して10%の準備金が必要です」
ブルーノが書類を見ながら尋ねる。
「最初から金貨50枚を超える小切手は振り出せないということですね」
「はい。初回は金貨50枚までです。6か月後に利用状況と決済実績を基に再審査が行われます」
担当者は説明を続ける。
「申請には商会登録情報・代表者情報・決済口座・保証金確認・振出責任者・帳簿管理責任者・印章または署名登録、その他必要書類をご提出いただきます。また、発行後は振出冊数・未使用番号・振出総額・決済済額・未決済額・不渡りの有無・保証金・準備金・手数料について月次報告が必要です」
トビアスが資料を読み込む。
「かなり管理が細かいですね」
「信用で金貨の代わりをする証書ですから」
担当者の返答に、トビアスは納得するように頷いた。
「それなら当然か」
9社の代表は、その場で申請書への記入を始めた。
不明な項目については担当者が一社ずつ説明する。
すべてをその場で終わらせることはできない。
だが、必要書類は明確になった。
担当者は最後に説明した。
「本日中に申請内容を確認し、不足書類がなければ、明日まとめて正式な申請先へ発送いたします」
「お願いします」
ブルーノが答え、他の代表たちも続いて頷いた。
すでに存在する制度である。
必要なら使えばいい。
シェリィは、その判断を各社へ任せた。
◇
申請書の確認が一段落したところで、シェリィは机上に置かれていた企業群内取引の集計表へ目を落とした。
「もう一つ、皆様にご意見を伺いたいことがあります」
9人の視線が集まる。
シェリィは資料を中央へ置いた。
「企業群が動き始めてから、アスタリア大商会を含む10社間の取引がかなり増えています」
グローヴァー建設商会がケストラー魔導機器商会から設備を調達する。
ヴァルデン倉庫商会がラインフェルト運輸商会の荷を預かる。
モーゲン食品卸商会が北方へ送る食料をラインフェルトが運び、ヴァルデンが保管する。
ベルナート精製素材商会とケストラー魔導機器商会は研究用部材をやり取りする。
取引相手を企業群内へ限定しているわけではない。
外部企業の条件が良ければ、今でも外部から仕入れる。
それでも、事業が連動し始めた結果として10社間の取引そのものが大きく増えていた。
「一般の独自小切手とは別に」
シェリィが続ける。
「《アスタリア企業群》の内部だけで使える決済小切手を作ることはできないでしょうか」
ブルーノが眉を上げた。
「内部だけ?」
「はい。アスタリア大商会と9社、合計10社の間で成立した正式な取引に限って使用でき、企業群の外では使えない小切手です」
クララがすぐに意味を理解した。
「倉庫から運輸へ支払う場合や、建設から魔導機器へ支払う場合に使う?」
「そうです」
シェリィは頷いた。
「10社間の取引がこれだけ増えているのであれば、毎回現金を動かしたり、一般取引と同じ形で処理したりするより、内部取引専用の決済手段が必要になりませんか?」
会議室に短い沈黙が生まれた。
最初に答えたのはブルーノだった。
「運輸と倉庫の間だけでも支払い回数は増えています。使えるなら、現場としては助かります」
アドリアンは慎重だった。
「ただし、企業群の外へ持ち出せない仕組みは必要です。第三者へ渡せるなら、一般小切手と変わらなくなる」
「そうですね」
トビアスも加わる。
「それと、誰が支払責任を負うのか。振り出した会社なのか、アスタリア大商会なのか、それは最初に明確にすべきでしょう」
ルートヴィヒも腕を組む。
「建設では1件の支払いが大きくなることがあります。限度額を一般小切手と同じ金貨50枚にするのかも検討が必要でしょうな」
マルタが別の観点を示した。
「支払期日も必要ですね。食品は取引回数が多いので、長く未決済のまま残ると管理が大変です」
エリーゼが続ける。
「紛失した場合に止められる仕組みも必要でしょう」
エドガーは小切手帳の用紙を指で軽く叩いた。
「偽造防止もだな」
クラウディアは印刷業者らしい視点から口を開く。
「番号管理と専用紙なら、私どもでも協力できると思います。ただし、制度を決めてからですね」
各社から次々に実務上の問題が出てくる。
シェリィはそれを止めなかった。
むしろ、書記へすべて記録させた。
便利そうだから作る。
それだけでは制度にならない。
責任・保証・限度額・決済期限・番号管理・紛失・偽造・企業群外への流出など、確認すべきことはいくらでもあった。
一通り意見が出たところで、シェリィが口を開く。
「ありがとうございます」
皆が静まる。
「必要な機関とは私が協議します」
その上で、もう一つだけ付け加えた。
「ただし、この小切手を作ったからといって、企業群内での取引を優先する義務は作りません」
ブルーノが頷いた。
シェリィは続ける。
「外部企業の方が価格・品質・技術・納期で優れているのであれば、これまでどおり外部と取引してください。《アスタリア企業群内決済小切手》を作る目的は、企業群内取引を強制することではありません。実際に発生している取引を、より安全に、分かりやすく決済するためです」
「異論ありません」
アドリアンが答えた。
他の代表たちも頷く。
こうして、《アスタリア企業群内決済小切手》はまだ1枚も存在しないまま、その構想だけが生まれた。
◇
その日の夕刻――
アスタリア大商会本部・会長執務室
経営者会議を終えたシェリィのもとへ、総務財務部から最終報告が届いた。
9社への第2回再建資金、合計金貨910枚。
全社着金確認済み。
誤振込なし。
未処理なし。
シェリィは確認欄へ署名した。
たったそれだけのことだった。
約束した日。
約束した相手。
約束した金額。
それを、そのまま支払う。
派手な改革でもなければ、新技術でもない。
けれど、ブルーノたちは今日、催促をしなかった。
マルタは仕入れ計画を崩さなかった。
エリーゼは職人へ次の仕事を考えられた。
アドリアンは研究を急いで資金を使う必要がなかった。
トビアスは必要がなければ金を使わないという判断ができた。
ルートヴィヒは施工能力に合わせて仕事を選べた。
クララは需要が来るまで倉庫建設を待てた。
エドガーは必要な部品を計画できた。
クラウディアは設備より人を先に考えられた。
金貨910枚が9社を変えたのではない。
その金貨が、約束した日に来ると信じられることが、彼らの判断を変えていた。
そして、その信用が積み重なった先に、小切手という決済手段がある。
紙そのものに金貨の価値があるわけではない。
そこに書かれた約束が守られると信じられるからこそ、人はそれを金貨の代わりとして受け取る。
シェリィは、机の端に置かれた《アスタリア企業群内決済小切手・検討事項》と書かれた新しい資料へ目を向けた。
信用とは、難しい言葉ではなかった。
約束した日に。
約束したものを。
きちんと渡すこと。
その積み重ねだった。
お読みいただきありがとうございます。
今回は、企業群9社へ契約どおり第2回再建資金・合計金貨910枚が支払われました。
同じ金額でも、「いつ入るか分からない資金」と「約束した日に必ず入る資金」では、企業が立てられる計画が大きく変わります。
さらに、企業群9社による一般向け独自小切手帳の申請が始まり、アスタリア大商会を含む10社間の取引増加を受けて、《アスタリア企業群内決済小切手》という新しい構想も生まれました。
まだ構想段階ですが、信用を積み重ねてきた企業群だからこそ、その信用そのものを決済へ使う仕組みへ進もうとしています。
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