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アスタリア大商会起業編 ~無知な母国を置き去りに、極寒の死地を熱で満たします~  作者: IORI


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第52話:ここに街を造ります

第52話:ここに街を造ります

星環暦(せいかんれき)1284年・恵雨月(けいうづき)≪第8月≫7日・光曜(こうよう)――

アスタリア北方・熱供給都市実験実証区画予定地

冷たい風が吹き抜ける広大な土地に、多くの人が集まっていた。

グローヴァー建設商会の測量担当者。

ケストラー魔導機器商会の技術者。

ベルナート精製素材商会の研究員。

ラインフェルト運輸商会の輸送管理者。

ヴァルデン倉庫商会の資材担当者。

それぞれが異なる専門分野を持ちながら、同じ図面を囲んでいた。

以前なら、それぞれ別々の商会として競争していた者たちだった。

しかし今は違う。

北方に新しい産業基盤を作るために、同じ目的へ向かって動いている。

シェリィは、少し離れた場所からその様子を見ていた。

目の前には、まだ何もない。

建物もない。

道路もない。

地下設備もない。

だが、ここには未来の形がある。

「現在の計画では、熱供給設備を中心とした実証区域として設計しております」

グローヴァー建設商会の担当者が説明する。

「熱源設備を設置し、複数の建物へ供給することで、安定性と効率を確認する予定です」

シェリィは図面へ視線を落とした。

熱源設備。

配管。

試験用建築物。

間違ってはいない。

熱供給設備の実験として考えれば、十分な計画だった。

しかし、シェリィが確認したいものは、それだけではなかった。

「確認します」

シェリィが口を開く。

「この場所で、人は生活しますか?」

担当者が一瞬迷う。

「技術者や管理者が滞在する予定です」

「長期間ですか?」

「はい。設備確認期間中は滞在します」

シェリィは頷いた。

「では、これは設備実験区域ではありません」

周囲の技術者たちが顔を上げる。

「人が暮らす環境を確認する必要があります」

シェリィは図面へ指を置いた。

「試すものは熱だけではなく、都市として成立するか、人が安全に暮らせるか、将来的に拡張できるかを確認するための実証区画なのです」

静かな言葉だった。

しかし、その場にいた全員へ届いた。

「ここに街を造ります」

その一言で、空気が変わった。

◇

アスタリア大商会本部・臨時設計会議室

数時間後。

新しい計画図が机の上へ広げられていた。

「名称を変更します」

シェリィは集まった責任者たちへ告げる。

「ここは《アスタリア熱供給都市実験実証区画》とします」

熱を試す場所ではない。

都市機能を試す場所。

それが、この名称に込められた意味だった。

「必要な施設を整理します」

シェリィは図面を示した。

「住宅」

「病院」

「店舗」

「ホテル」

「工房」

「オフィスビル」

「学校」

「公共浴場」

技術者たちは改めて図面を見る。

「これほどの施設を配置する理由は何でしょうか」

ケストラー魔導機器商会の技術者が尋ねた。

「都市は一つの設備だけでは動かないからです」

シェリィは答える。

「住宅では生活の変化を見ることができます」

「病院では安定供給と安全性が必要になります」

「工房では大きな熱量や動力が必要になります」

「学校や公共浴場では時間による需要変化を確認できます」

すべての施設には意味がある。

都市とは、設備の集合体ではない。

人の生活が集まったものだ。

「実験区域ではなく、実証都市として設計します」

その言葉に、建設担当者たちは深く頷いた。

◇

地下設備設計会議。

次に議題となったのは、地下構造だった。

「現在の計画では、熱供給管を地下へ設置します」

説明を聞いたシェリィは、別の資料を求めた。

「上下水道の計画は?」

「後から追加する予定です」

返答を聞いた瞬間、シェリィは首を横へ振った。

「それではいけません」

責める声ではなかった。

必要な条件を示す声だった。

「上下水道そのものは後から接続できる設計にします」

「ですが、将来必要になる空間、接続口、保守経路は最初から確保してください」

図面へ新しい線が引かれる。

「地下には、人が内部へ入り点検・交換できる共同設備空間を作ります」

「道路を何度も掘り返す都市にはしません」

建設担当者は、その意味を理解した。

建設費だけを見るなら、簡単な方法もある。

しかし都市は完成した瞬間から維持が始まる。

何十年も使う設備なら、最初から修理できる仕組みにする必要がある。

「熱供給管」

「魔導通信回線」

「将来的な魔導動力供給系統」

「制御設備」

「安全遮断設備」

それらを収められる空間を確保する。

ただし、上下水道の本管はまだ入れない。

取水。

浄水。

給水。

下水処理。

必要な施設計画だけを先に進め、配管は接続できる状態にする。

それが現在の最適解だった。

◇

同日午後――

アスタリア大商会研究施設。

別の計画も動き始めていた。

シェリィの魔力研究である。

研究員の前に、一つの魔石が置かれる。

「準備完了しました」

研究責任者が報告する。

シェリィは頷いた。

「開始します」

魔石へ魔力を流す。

淡い光が広がる。

しかし、研究員たちが注目したのは光ではなかった。

「流れています」

「魔力の方向が一定しています」

通常の魔石内部では、魔力は複雑に変化する。

しかし、シェリィが魔力を通した魔石には明確な流れが存在した。

まるで内部に道が作られたようだった。

その魔石を熱変換設備へ移す。

実験開始。

数値を確認していた研究員が声を上げる。

「待ってください」

「何か確認できました」

「熱変換後にも、魔力反応が残っています」

シェリィが測定結果を見る。

「余剰魔力……」

熱として利用された後にも残る力。

捨てられていた可能性がある力。

「取り出すことは可能ですか?」

「まだ分かりません」

研究員は答えた。

「ですが、存在は確認できました」

シェリィは少し考える。

「研究項目を追加してください」

「余剰魔力を安全に取り出す方法」

「そして、一定方向へ流す方法です」

さらに続ける。

「使用後の魔石についても調査してください」

「まだ利用できる可能性があるか確認します」

それは、新しい技術への入口だった。

◇

夕刻。

再び、実証都市予定地。

測量杭が打ち込まれ、資材搬入の準備が始まっていた。

同時に、別の場所では住宅計画も進んでいる。

第1期建設予定。

単身者用住宅。

家族用集合住宅。

家族用一戸建て。

最終的には140戸。

125名の派遣者だけではない。

将来の人員増加や生活環境の変化まで考えた住宅計画だった。

シェリィは、そのすべてを見渡す。

これは単なる熱供給計画ではない。

北方に人が住み続けるための基盤。

産業が育つための土台。

未来の都市の原型。

「ここから始まります」

誰に言うでもなく、シェリィは静かに呟いた。

何もなかった土地に。

新しい街が生まれようとしていた。

お読みいただきありがとうございます。

今回は、熱供給設備の実証から始まった計画が、人が実際に暮らせる街そのものを検証する《アスタリア熱供給都市実験実証区画》へと発展しました。

地下共同設備空間や上下水道、住宅・病院・学校・公共浴場など、シェリィが見据えているのは設備単体ではなく、長く維持し発展していける都市基盤です。

また、シェリィの魔力を通した魔石を使った実験では、熱変換後にも余剰魔力が残ることが確認され、新たな魔導動力供給技術へつながる研究も始まりました。

何もなかった北方の土地で、産業だけではなく、人が暮らし続けられる新しい街が少しずつ形になっていきます。

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