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アスタリア大商会起業編 ~無知な母国を置き去りに、極寒の死地を熱で満たします~  作者: IORI


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第51話:北方へ集う人々、動き出す産業基盤

星環暦(せいかんれき)1284年・恵雨月(けいうづき)≪第8月≫5日・土曜(どよう)――

アスタリア大商会本部・経営者会議室

会議室には、いつもとは少し違う緊張感があった。

机の上には、複数の書類が整然と並べられている。

《アスタリア企業群》各商会から提出された北方派遣計画書。

それは単なる人員名簿ではなかった。

誰を送り、何を任せ、どの分野を支えるのか。

北方で新たな産業基盤を作るための、最初の組織設計だった。

シェリィは全員の顔を確認してから、静かに口を開いた。

「本日は、北方支部の正式な運営体制について確認いたします」

「これまで各商会で準備を進めていただきましたが、今回からは実際に人が動く段階へ移ります」

室内にいる各商会代表者が頷く。

以前なら、ここにいる多くの者は互いに競争する商人だった。

しかし今は違う。

建設、物流、素材、製造、金融、生活。

それぞれの専門分野を持つ商会が、同じ目的へ向かって動こうとしている。

「まず、北方派遣予定人数を確認します」

シェリィは資料を開いた。

「《アスタリア企業群》各商会から派遣される人員は、合計125名です」

数字が会議室へ響く。

125名。

大きな人数ではある。

しかし、北方という未知の環境で産業基盤を作るには、決して過剰ではない。

「内訳を確認します」

シェリィは順番に資料へ目を落とした。

「グローヴァー建設商会、22名」

「ケストラー魔導機器商会、18名」

「ベルナート精製素材商会、15名」

「ラインフェルト運輸商会、20名」

「ヴァルデン倉庫商会、12名」

「フォルスター車両製作商会、14名」

「ハインデル商業印刷・紙工商会、6名」

「モーゲン食品卸商会、10名」

「シルヴァン繊維商会、8名」

合計を確認したシェリィは、ゆっくり頷いた。

「この125名は、単独で働くための人数ではありません」

「互いの役割を繋げ、北方で継続的に事業を行うための基盤となる人数です」

◇

続いて、各商会の北方責任者が紹介された。

最初に立ち上がったのは、ラインフェルト運輸商会の責任者だった。

カール・ラインベルク(45歳・北方物流責任者)。

長距離輸送と貨物管理を専門とする人物である。

「輸送は、ただ荷物を運ぶだけではありません」

カールは資料を手にしながら話した。

「必要な物を、必要な時に、必要な場所へ届ける仕組みを作ります」

シェリィは頷いた。

北方では、物流そのものが産業の血管になる。

次にヴァルデン倉庫商会。

クラウス・ヴァルデン(40歳・倉庫管理責任者)。

担当するのは、保管と在庫管理。

「資材も食料も、管理できなければ失われます」

「入庫・保管・出庫の記録を徹底します」

続いてフォルスター車両製作商会。

ヴィクトル・フォルスター(44歳・整備責任者)。

車両整備と保守体制を担当する。

「北方では、壊れた車両を修理できる体制そのものが必要になります」

「作るだけではなく、使い続けられる環境を整えます」

ハインデル商業印刷・紙工商会からは、ヨハンナ・ハインデル(39歳・支部責任者)。

文書管理、契約書類、帳票整備を担当する。

モーゲン食品卸商会からは、アンナ・モーゲン(35歳・北方供給責任者)。

食料供給と生産者との連携を担当する。

シルヴァン繊維商会からは、ソフィア・シルヴァン(37歳・支部責任者)。

防寒衣料と作業用装備を担当する。

それぞれの責任者が紹介されるたび、シェリィは確認するように頷いた。

北方へ向かうのは、単なる作業員ではない。

それぞれの分野を背負う専門家たちだ。

◇

「次に住宅計画を確認します」

グローヴァー建設商会から提出された資料が机へ置かれた。

必要住宅数。

約80戸。

「派遣人数は125名ですが、住宅数は人数分ではございません」

グローヴァー建設商会の担当者が説明する。

「今後、人員交代が発生した場合でも利用できるよう、余裕を持った設計としております」

単身者用住宅。

家族赴任者向け住宅。

さらに、一戸建て住宅。

勤務形態や家族構成が変化しても対応できるよう、複数種類を準備する。

シェリィは資料を確認した。

「住宅は設備ではありません」

「そこで生活する人の基盤です」

「北方へ来ていただく方々が安心して仕事へ集中できる環境を整えてください」

「承知しました」

建設側から返答が返る。

◇

同日午後――

アスタリア大商会本部・応接室

王国銀行担当者が訪れていた。

「アスタリア支店の準備状況について、ご報告いたします」

担当者は資料を広げた。

「内装工事は予定通り進行しております」

「窓口設備、事務区画、防犯設備についても確認を進めています」

「支店用金庫についても、設置準備へ移行しております」

シェリィは確認する。

「職員訓練の期間は確保できますか」

「はい」

「設備確認後、実際の業務を想定した訓練期間を設けます」

「安全確認を短縮する予定はございません」

その回答に、シェリィは満足した。

「それでお願いします」

「完成予定日は?」

「予定通り進めば、恵雨月18日に引き渡し可能です」

「その後、設備確認と職員訓練を行います」

シェリィは日程表を見る。

「では、開業日はその後最初の光曜で設定しましょう」

王国銀行担当者が頷いた。

金融基盤も、少しずつ形になっていく。

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・恵雨月(けいうづき)≪第8月≫5日・土曜(どよう)――

アスタリア北方実証区域予定地

夕刻。

長い輸送列が到着した。

ラインフェルト運輸商会の貨物車両だった。

積まれているのは、実証区域建設に必要な資材。

建築材料。

設備部品。

加工素材。

各商会が必要とする物資。

ヴァルデン倉庫商会が受け入れ記録を確認し、グローヴァー建設商会が数量を確認する。

ケストラー魔導機器商会の技術担当者が、運ばれてきた部品を慎重に確認していた。

1つの商会ではできない。

だからこそ、複数の専門家が集まっている。

シェリィは、その光景を静かに見つめた。

以前は、計画書の中にしか存在しなかった未来だった。

しかし今は違う。

人が集まり、物が届き、組織が動き始めている。

「ここからです」

小さく呟いた。

北方産業基盤は、まだ完成していない。

だが、始まった。

お読みいただきありがとうございます。

今回は、北方へ向かう人員と組織体制が整い、《アスタリア企業群》が実際に動き始める回となりました。

建物や設備だけではなく、そこで働く人・支える仕組み・物流網が揃って初めて産業基盤になります。

次回以降も、北方実証区域の建設と新たな技術開発へ進んでいきます。


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