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アスタリア大商会起業編 ~無知な母国を置き去りに、極寒の死地を熱で満たします~  作者: IORI


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第50話:企業群、動き出した北方産業基盤

星環暦(せいかんれき)1284年・恵雨月(けいうづき)≪第8月≫2日・火曜(かよう)――

アスタリア・アスタリア大商会本部・会議室。

前日の協議から一夜が明けた朝、会議室には普段の経営者会議とは異なる顔ぶれが集まっていた。

机を囲んでいるのは、アスタリア大商会の関係者だけではない。

ケストラー魔導機器商会、グローヴァー建設商会、ラインフェルト運輸商会、ヴァルデン倉庫商会、ベルナート精製素材商会、フォルスター車両製作商会、モーゲン食品卸商会、シルヴァン繊維商会、ハインデル商業印刷・紙工商会。

それぞれの商会から、北方拠点を担当する責任者として選ばれた者たちが集まっていた。

ただし、今日の目的は組織図を完成させることではない。

まだ決めるべきことは多く残っている。

どれだけの人員を派遣するのか。

どの役割を誰に任せるのか。

家族を伴う者がどれほどいるのか。

必要となる施設や生活環境はどの程度なのか。

それらは各商会が、自らの事業状況を確認したうえで判断する必要があった。

シェリィは全員を見渡してから、静かに口を開いた。

「本日はお集まりいただきありがとうございます」

「今回の目的は、《アスタリア企業群》として北方拠点をどのように運営していくか、その準備状況を共有することです」

「ただし、最初に明確にしておきたいことがあります」

室内の視線が集まる。

「各商会は独立した法人です。アスタリア大商会が一方的に人数や組織を決めることはいたしません」

シェリィは机上の資料へ視線を落とした。

「必要な人員、必要な役割、北方で継続的に事業を行うための体制については、それぞれの商会で判断してください」

「そのうえで正式な回答書として提出いただき、全体調整を行います」

誰も異論を挟まなかった。

むしろ、その言葉によって会議室の空気は少しだけ柔らかくなった。

企業群という名前が付いていても、それぞれの商会が積み重ねてきた技術や顧客、経営判断まで失われるわけではない。

シェリィが作ろうとしているものは、一つの巨大な商会ではなかった。

異なる専門を持つ者たちが、それぞれの強みを持ったまま協力できる仕組みだった。

「現在決定しているのは、北方支部の責任者です」

シェリィは資料を確認した。

「各商会から責任者を選定していただきました。今後、その方々を中心に派遣計画を作成していただきます」

各商会の責任者が順に名を告げる。

ケストラー魔導機器商会。

グローヴァー建設商会。

ラインフェルト運輸商会。

ヴァルデン倉庫商会。

ベルナート精製素材商会。

フォルスター車両製作商会。

モーゲン食品卸商会。

シルヴァン繊維商会。

ハインデル商業印刷・紙工商会。

それぞれの名前が記録されていく。

しかし、その先の人数や役職についてはまだ空欄だった。

シェリィはその空欄を見ていた。

空欄は不足ではない。

これから各商会が責任を持って埋めるべき部分だった。

「次に、施設について説明します」

シェリィが資料を切り替える。

「アスタリア大商会本部の隣に建設していたオフィスビルは完成しました」

数名が資料へ視線を向ける。

「各商会の北方支部事務所として利用可能です」

「また、1階には王国銀行・アスタリア支店が入居します」

会議室に小さな反応が広がった。

仮店舗ではなく、正式な店舗が完成する。

これは単なる移転ではない。

北方で継続的な金融機能が動き始めるという意味だった。

「ただし、事務所が完成したからといって、人を受け入れる準備がすべて整ったわけではありません」

シェリィは続けた。

「特に住宅については、慎重に準備する必要があります」

グローヴァー建設商会側の責任者が資料へ目を向ける。

「現在、派遣人数は各商会から正式回答を受けていません」

「そのため最終的な戸数は確定していません」

「ですが、単身者だけではなく、家族を伴って赴任する方が出る可能性もあります」

シェリィは住宅計画案を示した。

「グローヴァー建設商会には、人数確定前の準備として、複数の住宅形式を検討していただきたいと考えています」

「1つは単身者向けです」

資料には集合住宅の案が描かれていた。

「技術者や事務担当者など、単身で赴任する方が生活できる1LDK程度の住居を中心に考えます」

「もう1つは家族赴任向けです」

別の図面が表示される。

「こちらは2種類を想定します」

「1つは家族向けの集合住宅」

「もう1つは、一戸建て住宅です」

「長期勤務を希望される方や、家族と生活される方が安心して暮らせる環境を整えるためです」

グローヴァー建設商会の責任者が頷いた。

「人数が確定する前でも、複数の生活形態を想定した設計を準備します」

「お願いします」

シェリィは答えた。

「住宅は単なる建物ではありません」

「北方へ来てくださる方が、安心して働き続けるための基盤です」

その言葉に、会議室にいた者たちは静かに頷いた。

◇

同日午後――

アスタリア大商会本部隣接・新設オフィスビル・1階。

王国銀行・アスタリア支店予定区画では、担当者による最終確認が行われていた。

仮店舗から正式店舗へ移行するため、確認項目は多い。

窓口配置。

職員動線。

書類保管場所。

防犯設備。

そして、支店用金庫。

王国銀行担当者は、設置予定場所を確認しながら資料へ記入していく。

「金庫については、支店規模に合わせたものを設置予定です」

「将来的な取引量増加も考慮して、余裕を持たせたいと考えています」

シェリィは頷いた。

「北方で商業活動が増えるなら、金融機能も同時に成長する必要があります」

「ただし、最初から過剰設備にする必要はありません」

「現在必要な規模と、将来拡張できる余地、その両方を考えるべきです」

銀行担当者はその意見を書き留めた。

「内装についてですが、相談したい点がございます」

「どうぞ」

「窓口設備や職員区域の施工について、信頼できる業者を紹介いただけないでしょうか」

シェリィは少し考えた。

「対応できる商会はございます」

「ただし、王国銀行様が求める条件に適しているかを確認したうえで正式にご紹介します」

企業群だから必ず依頼する。

そんな考えではない。

必要な技術を持つ者が、適切な条件で仕事を受ける。

それがシェリィの考える取引だった。

「ありがとうございます」

銀行担当者は頭を下げた。

「職員訓練、設備確認、防犯確認まで含めますと、完成直後の営業開始は難しいでしょう」

「その通りですね」

シェリィは答えた。

「準備期間を確保したうえで、安全に開始できる日を設定してください」

協議の結果、

内装・設備確認・職員訓練が完了した後、最初の光曜を正式開業日候補とすることが決まった。

北方で新しい金融拠点が動き出す日程も、少しずつ形になり始めていた。

◇

同日夕刻――

アスタリア大商会本部・正門前。

その日、街へ入ってきた一団を、多くの者が足を止めて見ていた。

複数の大型輸送車。

積載された建設資材。

慎重に固定された魔導設備関連部材。

これは商品の輸送ではない。

これから作られるもののための最初の準備だった。

ラインフェルト運輸商会の輸送隊が、実証区域建設用の資材を届けたのである。

到着した資材は、ヴァルデン倉庫商会の管理担当者によって確認され、グローヴァー建設商会の現場担当者へ引き渡されていく。

まだ建物はない。

まだ設備もない。

しかし、計画書の中だけに存在していたものが、初めて現実の重さを持ってアスタリアへ届いた。

シェリィは少し離れた場所から、その光景を見ていた。

企業群を作った時、彼女が考えていたのは単純な規模拡大ではなかった。

必要な技術を持つ者。

必要な場所へ運ぶ者。

必要なものを管理する者。

必要な生活を支える者。

それぞれが自分の役割を果たすことで、一つの大きな仕組みになる。

目の前で動いているのは、まさにその始まりだった。

北方産業基盤は、計画書の中から現実へ移り始めた。

お読みいただきありがとうございます。

今回は、《アスタリア企業群》が実際に北方で動き始めるための準備を描きました。

それぞれ独立した商会が、自分たちの専門性を持ったまま協力することで、新しい産業基盤が形になっていきます。

続きが気になりましたら、ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです。

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