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アスタリア大商会起業編 ~無知な母国を置き去りに、極寒の死地を熱で満たします~  作者: IORI


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第44話:10の商会をつなぐ、最初の仕事

星環暦(せいかんれき)1284年・蒼潮月(そうちょうづき)≪第7月≫20日・火曜(かよう)――

王都セレスティア・ヴァルモント公爵邸・会議室

契約が成立した翌朝。

ヴァルモント公爵邸の会議室には、昨日までとは少し違う顔ぶれが集まっていた。

シェリィ・ヴァルモント。

ブルーノ(ラインフェルト運輸商会代表)。

マルタ(モーゲン食品卸商会代表)。

エリーゼ(シルヴァン繊維商会代表)。

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)。

トビアス(ベルナート精製素材商会代表)。

ルートヴィヒ(グローヴァー建設商会代表)。

クララ(ヴァルデン倉庫商会代表)。

エドガー(フォルスター車両製作商会代表)。

クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)。

昨日まで彼らは、取得する側と取得される側だった。

今日は違う。

同じ机を囲む、10人の経営者だった。

机上には契約書の束ではなく、白紙の議事資料が置かれている。

シェリィは全員が揃ったことを確認すると、席を立たずに口を開いた。

「昨日、必要な契約は成立いたしました」

9人が静かに聞いている。

「ですが、契約を結んだだけでは、10の商会が一緒に仕事をすることはできません」

ブルーノ(ラインフェルト運輸商会代表)が腕を組んだ。

「昨日からアスタリアの会社になった、というだけでは足りないわけですね」

「正確には、それも少し違います」

シェリィは穏やかに訂正した。

「ラインフェルト運輸商会は、これからもラインフェルト運輸商会です。モーゲン食品卸商会も、ケストラー魔導機器商会も、ほかの皆様も同じです」

「一つの大商会に吸収されたわけではない、と」

クララ(ヴァルデン倉庫商会代表)が確認する。

「はい。それぞれの商号・顧客・技術・経営を残したまま、必要な時に互いの力を使える関係になりました」

シェリィは、机上に置いた一枚の紙を全員へ見える位置まで滑らせた。

そこには簡潔に、ひとつの名称が記されていた。

《アスタリア企業群》

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)が紙を手に取った。

「これが10社の呼び名ですか」

「そのつもりです。ただし、新しい法人を設立するわけではございません」

アレクサンダー(契約法務室長)が補足した。

「法的には、アスタリア大商会と9つの子商会はそれぞれ別個の商業主体です。《アスタリア企業群》は、それらの系列関係を示す総称となります」

クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)が尋ねた。

「商業ギルド組合への登録は必要でしょうか」

「新法人としての登録は不要です。ただし、系列関係と対外的な統一名称については、各社の商業登録情報へ付記する届出を行った方がよいでしょう」

「でしたら、届け出ましょう」

シェリィは迷わなかった。

「隠す必要のある関係ではございませんから」

アレクサンダー(契約法務室長)が頷き、手元の書類へ記載した。

《アスタリア企業群》。

契約のために作られた名称ではない。

これから10社が一緒に商売をするための名前だった。

◇

「では、最初に決めるべきことは何でしょう」

シェリィが問いかけた。

すぐに答えを出した者はいなかった。

資金。

人材。

支店。

帳票。

物流。

いくつもの候補がある。

クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)が手元の紙を持ち上げた。

「共通帳票の整備から始めるのはいかがでしょう。注文書・納品書・請求書だけでも揃えておけば、10社間の取引はかなり整理できます」

「必要でしょうな」

ブルーノ(ラインフェルト運輸商会代表)が頷く。

だが、その横でアドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)が少し考えていた。

「その帳票を、どうやって届けます?」

クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)が顔を向ける。

「どう、とは?」

「王都の商会同士なら使者を走らせれば済みます。しかし、アスタリア大商会本部は北方です」

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)は机を指先で軽く叩いた。

「注文書を馬車に載せて北へ送れば、おおよそ3日」

誰も否定しない。

「アスタリア側が確認して返事を出す。さらに3日」

エドガー(フォルスター車両製作商会代表)が眉を寄せた。

「それでは、在庫を確認するだけで1週間近くかかることもある」

「緊急修理なら話になりませんね」

ブルーノ(ラインフェルト運輸商会代表)が苦笑した。

「荷車が壊れて、部品があるかどうかの返事を6日待っていたら、その間ずっと貨物は止まったままだ」

シェリィは卓上に置かれていた地図へ目を落とした。

王都セレスティア。

北方アスタリア。

その間を結ぶ街道。

距離そのものは、昨日契約したからといって短くならない。

「では、最初に整えるべきものは帳票ではございませんね」

シェリィが顔を上げる。

「連絡網です」

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)の視線がシェリィへ向いた。

「魔導通信ですか」

「はい」

シェリィは地図上の王都とアスタリアを指した。

「10社を業務用魔導回線で結びたいと思います」

◇

話し合いは、そこから一気に具体的になった。

単に10人の経営者同士が話せる回線では足りない。

経営判断だけなら、それでもよい。

だが、実際に商売を動かすのは経営者だけではない。

「最低でも、経営・経理・受注・法務は必要です」

シェリィが言った。

「それだけでも各社4つの窓口になりますね」

クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)が書き留める。

「業種によっては、もっと増えます」

ブルーノ(ラインフェルト運輸商会代表)が続いた。

「うちなら配車と輸送管理は必要です。受注担当に荷物の空き状況を聞いても分からない」

「倉庫も同じです」

クララ(ヴァルデン倉庫商会代表)が言う。

「入出庫管理へ直接確認できる回線が必要です。寄託品の所在確認まで経営者を通していたら遅すぎます」

ルートヴィヒ(グローヴァー建設商会代表)は、現場管理。

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)は、技術・生産・保守。

エドガー(フォルスター車両製作商会代表)は、製造・修理・部品管理。

マルタ(モーゲン食品卸商会代表)は、仕入・在庫・配送。

各社が必要とする窓口は違う。

シェリィは全員の意見を聞き終えてからまとめた。

「共通して設けるのは、経営・経理・受注・法務」

そして続ける。

「それ以外は、各商会が必要な実務窓口を指定してください」

「全部署同士を直接つなぐのですか?」

エリーゼ(シルヴァン繊維商会代表)が尋ねた。

「それは避けた方がよいでしょう」

答えたのはアドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)だった。

「回線が増えすぎますし、誰でも誰にでも連絡できる仕組みにすると、今度は情報管理が難しくなります」

シェリィが頷く。

「必要な相手へ、必要な情報だけを送れる形がよいですね」

「音声に加え、短文通信までなら現実的です」

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)は考えながら説明した。

「受注番号・数量・納期変更・緊急連絡・確認事項程度なら、文字情報として送れます。ただし、契約書や詳細図面をそのまま送れるほどではありません」

「それで十分です」

シェリィは即答した。

「正式な契約書・詳細帳票・技術図面まで魔導通信へ依存するつもりはございません」

クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)が小さく笑った。

「印刷商会としては安心いたしました」

室内に小さな笑いが起きた。

だが、冗談だけではない。

音声。

短文。

紙の原本。

それぞれに役割がある。

すべてを一つの仕組みへ押し込む必要はなかった。

◇

シェリィはアドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)へ向き直った。

「アドリアン。アスタリア企業群10社を結ぶ魔導通信網の設計・構築を、ケストラー魔導機器商会へ正式にお願いしたいと思います」

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)は一瞬だけ目を見開いた。

「うちへ、ですか」

「はい」

「子商会になった翌日に、いきなり大仕事ですね」

「お断りいただいても構いません」

「そこまで言われると、余計に断りにくいのですが」

また、小さな笑いが生まれた。

だが、アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)の表情はすぐに仕事のものへ戻った。

「範囲を確認させてください」

「もちろんです」

「まず王都側9商会の主要拠点と、アスタリア大商会本部を接続する」

「はい」

「各社について、経営・経理・受注・法務の4窓口を基本とし、必要に応じて追加窓口を設ける」

「はい」

「将来アスタリアへ設ける9支店についても、接続できるよう最初から拡張余地を確保する」

「お願いいたします」

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)は少し黙った。

頭の中で必要な機材・技術者・中継設備・敷設経路を組み立てているのだろう。

「できます」

やがて答えた。

「ただし、うちだけで全部やるのはおすすめしません」

「その点についてもお願いがございます」

シェリィは続けた。

「正当な価格の見積もりをお願いいたします。また、協力が必要でしたら、まずは企業群の中から選んでいただいて、適した商会がないようでしたら外部でも構いません」

何人かの経営者がシェリィを見る。

「企業群の中から、必ず選べという意味ではないのですね」

トビアス(ベルナート精製素材商会代表)が確認した。

「はい」

シェリィは頷いた。

「企業群だからという理由だけで、能力や価格が合わない商会へ仕事を回せば、結局は全体が弱くなります」

「では、使えるところは使う」

「はい」

「適した会社がなければ外から調達する」

「その通りです」

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)が腕を組んだ。

「条件は分かりました」

しかし、シェリィはまだ終わらなかった。

「もう一つございます」

「何でしょう」

「この仕事をお願いする相手は、あくまでケストラー魔導機器商会です」

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)の目が細くなる。

「つまり」

「完成までの全体責任も、御商会にお願いいたします」

少しだけ空気が引き締まった。

シェリィは説明を続ける。

「輸送を別の商会へお願いしても、設備工事を別の商会へお願いしても構いません。ただし、アスタリア大商会が発注する相手はケストラー魔導機器商会です」

「協力会社の工程まで、こちらで管理する」

「はい」

「通信機器だけ作って終わりではなく、全体が正常に接続されるところまで」

「その認識です」

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)は数秒考え、それから頷いた。

「大きな建設工事と同じですね」

ルートヴィヒ(グローヴァー建設商会代表)が反応する。

「元請けが施主から仕事を受けて、必要な専門工事を協力業者へ出す。だが、完成物について施主へ責任を負うのは元請けだ」

「まさにその考え方です」

シェリィが答えた。

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)は、今度ははっきり頷いた。

「承知しました。ケストラー魔導機器商会が元請けとして見積もります」

その言葉を皮切りに、ほかの経営者たちが動いた。

ブルーノ(ラインフェルト運輸商会代表)が言う。

「大型通信機器や敷設資材を運ぶ必要があるなら、うちで見積もれます」

ルートヴィヒ(グローヴァー建設商会代表)も続いた。

「局舎、保護配管、支持設備が必要なら現地調査を出しましょう」

クララ(ヴァルデン倉庫商会代表)は予備機器の保管を申し出た。

エドガー(フォルスター車両製作商会代表)は、敷設・保守用車両の改造や整備が必要なら対応できると答えた。

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)は、それぞれへすぐ注文を出さなかった。

代わりに、手元へ必要事項を書き留めていく。

「まず仕様をまとめます。そのあと必要な仕事ごとに見積もりをお願いします」

シェリィは何も言わず、その様子を見ていた。

昨日までは、自分が9社をどう使うかを考えていた。

今は違う。

経営者同士が、自分たちで必要な仕事を見つけ始めている。

企業群とは。

親商会から命令を受け取るための列ではない。

互いに商売を生み出せる関係なのだ。

◇

「でしたら、帳票の方も始めましょう」

クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)が数枚の試作書類を机へ広げた。

《共通注文書》

《共通納品書》

《共通請求書》

先日の協議で話し合われた内容をもとに、最小限の項目だけを揃えた試作版だった。

商会名。

発注先。

品目。

数量。

単価。

納期。

納品場所。

支払条件。

そして、新しく設けられた欄が一つ。

《企業群共通取引番号》

「注文から支払いまで、同じ番号を使用します」

クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)が説明した。

「注文書・納品書・請求書が別々になっても、共通取引番号を見れば同じ取引だと分かります」

マルタ(モーゲン食品卸商会代表)が試作帳票を確認した。

「農産物の場合、品質等級や納入時刻まで必要ですが」

「それは専用帳票へ残します」

クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)はすぐ答えた。

「これはあくまで、10社すべてで共通して使える部分だけです」

ブルーノ(ラインフェルト運輸商会代表)が頷く。

「輸送指図書までこれにする必要はない、と」

「ございません」

「なら使えそうだ」

全社統一。

その響きだけを優先して、現場の仕事を壊すつもりはない。

共通化するもの。

残すもの。

その境界もまた、経営者たち自身で決めていく。

◇

会議は一度休憩に入った。

その間も、アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)はケストラー魔導機器商会から同行していた担当者と仕様の確認を続けていた。

既存設備の流用可能範囲。

王都側中継設備。

北方幹線。

各社の必要端末数。

将来のアスタリア支店増設。

音声通信。

短文通信。

予備機器。

保守体制。

すべてを一度に完成させるのではなく、段階的に整備する必要がある。

会議が再開されるころには、ケストラー魔導機器商会から基本設計・現地調査に関する見積書が提出された。

シェリィは金額だけを見なかった。

何人の技術者を何日使うのか。

何を調査するのか。

どこまでが成果物なのか。

本工事の見積もりへ何を反映するのか。

項目を一つずつ確認する。

「通常の外部顧客へ出される条件と比べて、不自然な値引きはございませんね?」

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)が一瞬黙った。

「子商会なのだから少し安く、と言われると思っていました」

「申し上げません」

「逆に高くてもいけない」

「もちろんです」

「適正価格」

「はい」

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)は小さく笑った。

「分かりやすいですね」

シェリィが承認すると、クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)が試作した《共通注文書》の最初の1枚が使われることになった。

発注者。

アスタリア大商会。

受注者。

ケストラー魔導機器商会。

業務内容。

《アスタリア企業群業務魔導回線・基本設計及び現地調査》

企業群共通取引番号も付された。

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)は受注内容を確認し、署名した。

クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)が、その紙をじっと見ている。

「どうかなさいましたか?」

シェリィが尋ねる。

「いえ」

クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)は少し笑った。

「最初の共通注文書が、もう使われましたので」

昨日までは試作品だった。

今日は仕事になった。

その違いは大きい。

◇

次に議題となったのは、9商会のアスタリア支店だった。

シェリィは、支店設置に関する準備書を全員へ配った。

「アスタリア大商会側で、各商会の支店として使用できる区画を準備いたします」

エドガー(フォルスター車両製作商会代表)が資料を見る。

「人員はこちらで?」

「はい。アスタリア支店へ赴任していただく方の人選は、それぞれの商会へお任せいたします」

「親商会から、誰を寄越せと指定することは?」

「原則としていたしません」

シェリィは続ける。

「必要人数・必要職種については、各商会で検討してください。最初から大人数である必要もございません」

ラインフェルトなら配車・荷扱い。

モーゲンなら仕入・販売・食品在庫。

シルヴァンなら営業・製品調整。

ケストラーなら技術・保守。

ベルナートなら技術営業・品質確認。

グローヴァーなら現場管理・積算。

ヴァルデンなら倉庫・入出庫管理。

フォルスターなら整備・部品。

ハインデルなら営業・帳票設計。

仕事によって必要な人材は違う。

全社へ同じ人数を割り当てる意味はなかった。

「問題は、北方赴任をどう受け取るかでしょうね」

エリーゼ(シルヴァン繊維商会代表)が静かに言った。

何人かが頷いた。

王都の人間にとって、北方アスタリアにはまだ古い印象が残っている。

寒い。

遠い。

不便。

不毛。

そして、ヴァルモント公爵家の令嬢が事実上追われて向かった場所。

「支店勤務と言っても、左遷されたと思う者は出るでしょう」

トビアス(ベルナート精製素材商会代表)が言った。

シェリィは否定しなかった。

「でしたら、そう思われない条件を作るべきです」

机の上の資料を一枚めくる。

「赴任は本人同意を原則とします」

続ける。

「北方勤務手当・住居・必要な防寒装備を用意します。家族帯同を希望する方には支援を行い、単身赴任となる場合は定期的に王都方面へ戻れる仕組みも整えます」

マルタ(モーゲン食品卸商会代表)が顔を上げる。

「支店へ行ったことで、本店勤務者より昇進が遅れるようなことは?」

「認めません」

返答は速かった。

「むしろ、新しい市場を立ち上げる経験です。支店勤務を理由に人事評価上不利に扱わないことを、企業群共通方針として明記いたします」

ブルーノ(ラインフェルト運輸商会代表)が椅子へ深く座った。

「それなら、若い連中の中には自分から行きたいと言う者も出るかもしれない」

「それが理想です」

シェリィは答えた。

命令されて北へ行くのではない。

新しい市場へ、自分の意思で行く。

アスタリアがそのような場所になればいい。

それは企業群のためだけではなかった。

北方そのものの意味を変えることでもあった。

◇

「支店を置くなら、商会同士の取引ルールも明確にした方がいいでしょう」

クララ(ヴァルデン倉庫商会代表)が言った。

「アスタリア大商会から仕事を受けるだけなら単純ですが、実際には違います」

「例えば?」

「ラインフェルト運輸商会が、フォルスター車両製作商会へ車両修理を頼む」

エドガー(フォルスター車両製作商会代表)が頷く。

「普通にあり得ますね」

「グローヴァー建設商会が、ベルナート精製素材商会から資材を買うこともある」

ルートヴィヒ(グローヴァー建設商会代表)も頷いた。

「モーゲン食品卸商会が、輸送をラインフェルト運輸商会へ頼むこともあるでしょう」

マルタ(モーゲン食品卸商会代表)が続ける。

シェリィは全員を見た。

「もちろん、認めます」

「親商会の許可は?」

ブルーノ(ラインフェルト運輸商会代表)が尋ねた。

「通常の取引であれば必要ございません」

「つまり、我々同士で普通に仕事を取っていい」

「はい」

シェリィは明確に答えた。

「ただし、企業群だからという理由で無料にしたり、不当に安くしたりすることは避けてください」

アドリアン(ケストラー魔導機器商会代表)が笑う。

「さきほど私に言われたことですね」

「はい」

「逆に、身内だから高く売るのも駄目ですね」

「当然です」

適正価格。

正式注文。

正式納品。

正式請求。

企業群であることは、帳簿を曖昧にする理由にはならない。

むしろ近い関係だからこそ、取引を明確に残す。

クラウディア(ハインデル商業印刷・紙工商会代表)が共通帳票を指した。

「そのための書類ですね」

「お願いいたします」

共通帳票。

魔導通信。

支店。

経営者会議。

それぞれは小さな仕組みに見える。

だが、つながれば意味が変わる。

10社が、同じ親商会の下に並んでいるだけではない。

10社の間で注文が生まれる。

物が動く。

金が動く。

情報が動く。

企業群の中に、小さな市場が生まれ始めていた。

◇

会議の終盤。

シェリィは、北方アスタリアの開発資料を机へ広げた。

9支店。

新しい通信設備。

人員。

倉庫。

作業施設。

住宅。

さらに、今後企業群が北方で仕事を始めれば、必要になる工房や保守設備も増える。

シェリィの指が、一枚の需要予測表で止まった。

「……やはり増えますわね」

アルノルト(総務財務部長)が魔導通信越しに答えた。

会議には遠隔で参加していた。

「人が増えれば、当然でございます」

「住居だけではありません」

シェリィは数字を追う。

「工房・倉庫・支店・通信設備・整備拠点。すべて稼働させる必要があります」

アルノルト(総務財務部長)の返事が少し遅れた。

何を見ているのか理解したのだろう。

「熱供給ですな」

「はい」

アスタリアには、すでに熱供給設備がある。

それによって、以前より暮らしやすくなっている。

しかし、現在の規模を前提とした設備だった。

企業群が本格的に北方へ入れば、人も建物も仕事も増える。

成長すればするほど。

必要な熱も増える。

シェリィは数字をもう一度確認した。

企業を作る。

仕事を増やす。

人口を増やす。

それ自体はできる。

だが。

寒さだけは、帳簿上の工夫では消えない。

「現状の供給能力について、帰還後に改めて確認いたします」

「承知いたしました」

アルノルト(総務財務部長)が答える。

シェリィは地図を閉じた。

王都で10社をつなぐ基礎は作った。

今度は、その10社が動ける土地を作らなければならない。

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・蒼潮月(そうちょうづき)≪第7月≫21日・風曜(ふうよう)――

王都セレスティア・セレスティア王宮・謁見の間

北方へ戻る前に、シェリィは王宮を訪れた。

目的は、王都で予定していた仕事を終え、アスタリアへ帰還することの正式な挨拶だった。

アーサー国王陛下の前で、シェリィは王都商業混乱への対応状況、9商会の再建交渉成立、《アスタリア企業群》の設置について簡潔に報告した。

企業群が新しい国家機関でも、王家直属の組織でもないことも明確にする。

9商会は民間の商会。

アスタリア大商会も民間の商会。

王国法の下で活動し、通常の税・商業規制・司法・捜査の対象となる。

その原則は変わらない。

アーサー国王陛下は報告を最後まで聞いた。

「王都へ来た時より、随分と荷物を増やして帰ることになったな」

シェリィは一瞬、意味を考えた。

そして小さく笑った。

「商会を9つ増やしましたので、否定はできませんわ」

「商会は荷物ではない」

「存じております」

アーサー国王陛下の口元にも、わずかな笑みが浮かんだ。

だが、それ以上の干渉はなかった。

「北方でなすべきことがあるのだろう」

「はい」

「ならば行くがよい」

シェリィは深く一礼した。

◇

その日の午後――

王都セレスティア・セレスティア王宮・王太子執務室

正式な挨拶を終えたあと、シェリィはジュリアン王太子殿下の執務室を訪れた。

机の上には、すでに複数の資料が開かれている。

9商会の再建。

王国銀行の管理状況。

商業ギルド組合の監督。

そして、以前から詰めてきた民間商業活動への不当な政治介入を防ぐための原則案。

ジュリアン王太子殿下が最初に取り上げたのは、9商会だった。

「再建統合債務の履行状況は、王国銀行が継続して確認する」

「お願いいたします」

「商業ギルド組合は、商取引上の異常や小切手決済の状況を見る」

「はい」

「アスタリア大商会は、子商会としての経営状況を見る」

シェリィが頷く。

一つの組織へ監督を集中させない。

銀行は銀行。

ギルドはギルド。

親商会は親商会。

それぞれが、自分の権限の範囲で見る。

「それから政治介入の件だ」

ジュリアン王太子殿下が別の紙を開いた。

「国王・王族・中央政府・貴族が、通常の法的根拠なく、特定商会へ融資・取引・採用・価格・仕入先を強制しない」

シェリィは条文案を読む。

「ただし、税務・司法・犯罪捜査・安全規制・通常の行政監督まで制限するものではない」

「その通りだ」

「この区別は必要です」

民間への不当介入を禁止することと。

企業を法律の外へ置くことは違う。

「王家から『あの会社へ金を貸せ』『あの商会を救え』『こちらから仕入れろ』と命令することはできない」

ジュリアン王太子殿下が続けた。

「だが、脱税や不正があれば調べる。危険な設備なら止める。犯罪があれば捜査する」

「それでよろしいと思います」

まだ正式発令ではない。

関係各院と法務上の整理を詰める必要がある。

だが、方向は明確になった。

続いてシェリィは、《アスタリア企業群》について説明した。

「10社を魔導通信網で接続します」

「もうそこまで進めるのか」

「必要ですので」

ジュリアン王太子殿下が、わずかに笑う。

「その言葉を聞くたび、何かが増えるな」

「アルノルトにも似たことを言われましたわ」

9支店を北方へ置くこと。

各商会自身に人選を任せること。

企業群内取引を認めること。

共通帳票を試験導入すること。

通信網の元請けをケストラー魔導機器商会へ任せたこと。

シェリィが説明すると、ジュリアン王太子殿下はしばらく地図を見ていた。

「王都で救った商会を、王都だけで使うつもりではなかったのだな」

「救った、という表現は少し違うと思っております」

シェリィは静かに答えた。

「彼ら自身が再建を選びました」

「そうだったな」

「それに、アスタリア大商会も彼らの力を必要としております」

ジュリアン王太子殿下の指が、北方アスタリアを指した。

「輸送・食品・繊維・魔導機器・精製素材・建設・倉庫・車両・印刷」

「はい」

「随分と揃った」

「私も並べてから気づきました」

「偶然か?」

シェリィは少し考えた。

「取得先を選んだ理由は、それぞれに残す価値があったからです。北方開発に必要だから選んだわけではございません」

「だが結果として」

「必要な産業が揃いました」

二人はしばらく地図を見ていた。

偶然から始まったとしても。

使い方まで偶然に任せる必要はない。

ジュリアン王太子殿下が顔を上げる。

「本当に王都へ残るつもりはないのか」

「ございません」

即答だった。

「王都にも、まだ仕事はある」

「存じております」

「ならば?」

シェリィはジュリアン王太子殿下を見た。

「王都には、殿下がおられます」

少しだけ間があった。

ジュリアン王太子殿下が問う。

「北方には?」

シェリィは微笑んだ。

「私がおります」

ジュリアン王太子殿下は何も言わなかった。

やがて、小さく息を吐く。

「分かった」

それだけだった。

盟友同士に、長い別れの言葉は必要なかった。

王都で見る者。

北方で見る者。

場所は違う。

だが、見ている国は同じだった。

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・蒼潮月(そうちょうづき)≪第7月≫22日・水曜(すいよう)――

王都セレスティア・ヴァルモント公爵邸・正面玄関前

朝の空気には、まだ夜の冷たさがわずかに残っていた。

正面玄関前には、北方へ向かう馬車が準備されている。

荷物はすでに積み終わっていた。

衣類。

執務資料。

王都で作成された9商会の再建関係書類の写し。

《アスタリア企業群》の届出資料。

通信網の基本設計関係書類。

支店開設準備資料。

そして、10社がこれから使う共通帳票の試作版。

王都へ来た時より、確かに荷物は増えていた。

だが、本当に増えたものは紙の束ではない。

輸送を担う商会。

食料を扱う商会。

繊維を扱う商会。

魔導機器を作る商会。

素材を精製する商会。

建設を担う商会。

倉庫を運営する商会。

車両を作り、直す商会。

帳票を作る商会。

それらを束ねるアスタリア大商会。

10の商会が、それぞれの名前を残したままつながった。

公爵邸の玄関前で、シェリィは一度だけ立ち止まった。

王都でなすべきことが、すべて終わったわけではない。

9商会の再建も始まったばかり。

通信網もまだ設計段階。

アスタリア支店も人選すら終わっていない。

《アスタリア企業群》も、生まれたばかりだった。

それでも。

ここから先は、北方で動かさなければならない。

企業が増える。

人が増える。

仕事が増える。

建物が増える。

そして。

必要な熱も増える。

シェリィは馬車の扉へ手を掛けた。

ほんの少しだけ振り返る。

王都セレスティアの空の下に、ヴァルモント公爵邸が静かに立っている。

追われるように北へ向かった時とは違う。

今度は、自分の意思で戻る。

王都で得たものを。

北方で動かすために。

シェリィは馬車へ乗り込んだ。

「参りましょう」

御者が頷く。

扉が閉じる。

ゆっくりと車輪が回り始めた。

ヴァルモント公爵邸の正門が開く。

そしてシェリィ・ヴァルモントを乗せた馬車は、再び北方アスタリアへ向けて走り始めた。

お読みいただきありがとうございます。


契約によって9つの子商会が誕生しても、それだけでは企業群として仕事をすることはできません。

連絡手段・帳票・発注方法・責任の所在・支店・人材配置といった地味な仕組みが整って初めて、複数の会社が一つの企業群として動き始めます。

今回、ケストラー魔導機器商会へ仕事を任せた際も、親商会が各協力会社へ直接細かな指示を出すのではなく、元請けとなる商会へ権限と責任の両方を渡しました。

そして王都で作った10社の仕組みを携え、シェリィは北方へ戻ります。

アスタリアをさらに成長させようとすれば、避けて通れないものがあります。

それは、極寒の土地を支える「熱」です。


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