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アスタリア大商会起業編 ~無知な母国を置き去りに、極寒の死地を熱で満たします~  作者: IORI


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4/99

第4話:密書と、もうひとつの温度

星環暦(せいかんれき)1284年・芽風月(めかぜづき)≪第3月≫13日――

アスタリア・領主館執務室

机の上には、2枚の地図が広げられていた。

1枚は、アスタリア全域。

もう1枚は、中央集落だけを大きく描いたもの。

そこへ。

シェリィ・ヴァルモントは、赤い印を1つずつ書き込んでいく。

旧集会所。

診療所。

共同炊事場。

倉庫。

鍛冶工房。

井戸。

そして。

まだ何も建っていない空き地。

「……足りませんわね」

向かいに座るレオンハルト大公が、資料から顔を上げた。

「何がだ?」

「全部です」

「随分と大雑把な回答だな」

「ですが事実ですもの」

シェリィは地図を指差す。

「熱を作るところまでは進みました」

魔導原石(まどうげんせき)。

一定量の魔力を与えることで発熱する黒色鉱石。

その熱を温水へ移し、配管を通して建物へ届ける。

小規模ながら。

その実験には成功した。

だが。

問題は。

ここからだった。

「熱があっても、食べ物が増えるわけではありません」

「工房で使う金属も」

「配管も」

「魔導具も」

「薬も」

「人材も」

「勝手には増えませんわ」

レオンハルトが腕を組む。

「つまり?」

「熱は目的ではありません」

シェリィは答えた。

「制約を1つ減らしただけです」

これまでのアスタリアでは。

何を始めようとしても。

寒さが最初の壁になる。

作業場が寒い。

水が凍る。

道具が傷む。

病人が増える。

人が長時間働けない。

物資の保管も難しい。

その制約を。

少しだけ。

緩めることができた。

なら。

次に何をするか。

「仕事を作ります」

レオンハルトの目が細くなる。

「鉱山開発か?」

「それだけではございません」

シェリィは。

新しい紙を広げた。

「まず必要なのは」

そこへ。

大きく書く。

――生活維持。

その下。

――生産。

さらに。

――人材育成。

「鉱山を掘る人だけ増やしても駄目です」

「食事を作る人」

「道具を直す人」

「配管を作る人」

「家を修理する人」

「帳簿を付ける人」

「運ぶ人」

「教える人」

「治療する人」

「全て必要になります」

「町そのものを作る気か」

「いいえ」

シェリィは首を横に振った。

「今ある町を」

「生きていける町にしたいだけですわ」

レオンハルトは。

その返事を聞いて。

僅かに笑った。

「君の『だけ』は、いつも規模が大きいな」

◇

同日午前。

領主館の一室。

シェリィは。

便箋を前にしていた。

公的な報告書ではない。

家族への手紙。

ただし。

内容の半分は。

完全に業務連絡だった。

――お父様、お母様。

――こちらは寒いですが、私は元気にしております。

――持たせてくださった手袋は、大変役立っております。

そこまでは。

普通の娘の手紙。

だが。

次の行から。

内容が変わる。

――アスタリアで確認した黒色鉱石について、複数地点の試料で魔力投入による発熱を確認いたしました。

――現在は魔導原石(まどうげんせき)という仮称を用いております。

――ただし、安全性、埋蔵量、精製条件、長期使用時の劣化等は未確認です。

――現時点で資源価値を断定しないようお願いいたします。

そこまで書き。

シェリィは。

少し考える。

そして続けた。

――お願いがございます。

――金属加工に長けた職人。

――配管施工経験のある職人。

――ガラス加工職人。

――農業技術者。

――帳簿管理のできる者。

――できれば、寒冷地で作物を育てた経験のある者。

――移住ではなく、まず短期間の派遣で構いません。

――報酬、宿泊、食事はこちらで用意いたします。

筆が止まる。

(……資金)

当然。

人を呼ぶには。

金が必要だ。

シェリィが持ってきた資金には限りがある。

魔導原石も。

まだ商品ではない。

売上など。

1枚も立っていない。

前世なら。

創業初期。

売上ゼロ。

研究開発段階。

資金流出だけが続く時期。

ここで。

金を使いすぎれば。

成果が出る前に終わる。

「……設備投資の優先順位を決めませんと」

独り言。

侍女が。

お茶を置きながら尋ねる。

「お嬢様、お手紙ですか?」

「ええ」

「公爵様へ?」

「お父様とお母様へ」

侍女が微笑む。

「でしたら、もう少し『会いたい』などとお書きになってもよろしいのでは?」

「……」

シェリィの筆が止まる。

「業務上、必要でしょうか」

侍女が。

無言で見つめる。

「……分かりました」

シェリィは。

小さく咳払いをした。

そして。

最後に付け加える。

――お父様、お母様。

――心配をかけていることは理解しております。

――ですが、こちらで私にできることが見つかり始めました。

――もう少しだけ、見守っていてくださいませ。

そこまで書いて。

一度。

迷う。

そして。

さらに。

――お二人に、お会いしたいと思わない日はございません。

書いた瞬間。

シェリィの頬が。

僅かに赤くなった。

「……これでよろしいでしょう?」

侍女が。

満足そうに頷く。

「はい」

「では封を」

「その前に乾かしてくださいませ」

「……そうでしたわね」

領地経営も。

国家分析もできる。

だが。

こういう時だけ。

18歳の少女だった。

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・芽風月(めかぜづき)≪第3月≫13日――

同日午後・アスタリア中央集落

最初にシェリィが向かったのは。

畑だった。

正確には。

畑だった場所。

厚い雪に覆われ。

土など見えない。

「ここで春から作物を?」

「一応は」

地元の農民が答える。

「ですが育つ時期が短いので」

「収穫量も少ない?」

「はい」

「何を作ります?」

農民が。

この土地で比較的育つ作物の名を挙げていく。

シェリィは。

1つずつ記録する。

「種は?」

「倉庫にあります」

「去年の収穫量」

「記録があります」

「失敗した年の記録も?」

農民が。

困ったように笑った。

「失敗まで知りたいんですかい?」

「むしろ、そちらの方が知りたいです」

どの気温で。

どれくらい育つ。

何日必要か。

何が原因で枯れる。

霜。

雪。

水。

土。

病気。

それが分かれば。

温度という条件を。

人工的に変えた時。

何が起こるか。

予測できる。

「温室を作ります」

農民が。

ぽかんとする。

「温室……?」

「透明な屋根と壁で囲い」

「中へ熱を入れます」

「雪の中で畑を?」

「いきなり大規模にはいたしません」

シェリィは。

両手で。

小さな四角形を作る。

「まずは、このくらいの試験区画です」

「……小さいですね」

「失敗した時に」

「損失も小さくできます」

レオンハルトが。

後ろで笑った。

「君は何を始める時もそれだな」

「当然ですわ」

いきなり成功する前提では。

計画ではない。

願望だ。

◇

1時間後。

鍛冶工房。

「これです」

職人が。

シェリィへ見せた。

旧集会所で使用した配管の。

改良型の継ぎ手。

寒さによる伸縮を逃がすため。

僅かに動きを持たせてある。

「昨日の故障を元に?」

「はい」

職人が。

少し誇らしげに答える。

「また割れるかもしれませんが」

「それでいいです」

シェリィは手に取る。

「壊れたら」

「また直しましょう」

「……公爵令嬢が言う台詞じゃありませんな」

「あら?」

「普通は」

職人が笑う。

「完璧なものを持ってこい、と言われます」

シェリィも笑った。

「完璧なものを作れる方がいらっしゃるなら」

「ぜひ紹介していただきたいですわ」

工房に。

笑いが広がる。

その時。

別の職人が。

ためらいがちに尋ねた。

「シェリィ様」

「はい」

「この仕事」

「これからも、ありますか?」

シェリィが。

顔を上げる。

「配管の仕事です」

「暖房が試験だけで終われば」

男は。

手を擦る。

「また、冬は仕事がなくなります」

そこに。

アスタリアの問題があった。

仕事。

冬になると減る。

収入が減る。

物が買えない。

商人が来ない。

さらに。

町が弱る。

シェリィは。

すぐには答えなかった。

期待させるだけの約束を。

したくない。

「今」

「将来にわたって仕事がある、と申し上げることはできません」

職人の表情が。

僅かに曇る。

「ですが」

シェリィは続ける。

「少なくとも」

「試験設備の改良」

「診療所への追加設置」

「共同炊事場」

「温室試験施設」

指を折る。

「この4件については」

「正式に仕事を発注します」

職人が。

目を見開く。

「報酬も?」

「当然です」

「……いつから?」

「図面がまとまり次第」

「早ければ明日です」

職人たちが。

互いを見る。

ほんの数件。

それだけ。

けれど。

冬に。

明日の仕事がある。

その事実は。

彼らにとって。

大きかった。

シェリィは。

その反応を。

見逃さなかった。

熱は。

家を暖める。

だが。

仕事は。

生活を暖める。

(……もう1つの温度)

シェリィは。

そんなことを思った。

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・芽風月(めかぜづき)≪第3月≫14日――

セレスティア王都・ヴァルモント公爵邸

ローランドは。

娘から届いた封書を。

最初から最後まで。

2度読んだ。

そして。

3度目を読もうとしたところで。

向かいに座るマーガレットが手を伸ばした。

「あなた」

「なんだ」

「私にも読ませてくださいませ」

「読んだだろう」

「最初の1回だけです」

「なら十分では?」

「あなたは3回目でしょう?」

「……」

ローランドは。

黙って手紙を渡した。

マーガレットは。

微笑みながら。

最後の部分へ視線を落とす。

――お二人に、お会いしたいと思わない日はございません。

そこを読んだ瞬間。

母親の顔になる。

「……もう」

目元を。

少し押さえる。

「こんなことを書かれたら」

ローランドが。

咳払いをする。

「仕事の話もある」

「分かっています」

「金属職人」

「配管技師」

「ガラス職人」

「農業技術者」

「帳簿係」

「ええ」

マーガレットは手紙を置く。

「全部送りましょう」

「いや」

ローランドが即答する。

「娘が『短期派遣』と書いている」

「だから?」

「本人が必要と言った人数を超えて送り込むな」

マーガレットが。

少し不満そうに夫を見る。

「心配ではないの?」

「心配だ」

「なら」

「だからこそだ」

ローランドは。

娘の手紙を見る。

「シェリィは」

「自分で考え」

「必要なものを」

「必要なだけ求めている」

「我々が心配だからと」

「全部先回りして用意すれば」

「娘から判断する機会を奪う」

マーガレットは。

少し黙った。

やがて。

小さく笑う。

「あなた」

「父親らしくなりましたわね」

「最初から父親だ」

「戦場では有名でしたけれど」

「……」

ローランドは。

聞かなかったことにした。

「商業ギルドにも声をかける」

「ただし」

「投機目的の商人は近づけるな」

マーガレットが頷く。

「まだ魔導原石の価値は確定していませんものね」

「ああ」

「娘がそう書いている」

ローランドは。

力強く。

その一文へ指を置く。

――現時点で資源価値を断定しないようお願いいたします。

「これを」

「全員に守らせる」

公爵令嬢が。

新しい資源を見つけた。

その噂だけで。

商人は動く。

買い占め。

土地投機。

価格吊り上げ。

まだ。

本当に価値があるかも分からない段階で。

金だけが先に動く。

それを。

シェリィは嫌っている。

ローランドも。

同じだった。

「現地へ入る者には」

「研究中の情報を利用した投機を禁止する」

「土地取得の働きかけも禁止」

「住民から鉱石を安値で買い叩くことも」

「禁止だ」

マーガレットが。

嬉しそうに微笑む。

「シェリィが聞いたら喜びますわ」

「当然だ」

ローランドは立ち上がる。

「ヴァルモント公爵家の名で」

「娘の邪魔をする者を送り込むわけにはいかん」

◇

その日の午後。

公爵家が後見する商業ギルドの幹部たちが。

ヴァルモント公爵邸へ集められた。

提示されたのは。

投資案件ではない。

まして。

新資源の先物取引でもない。

「アスタリアへの技術者派遣?」

老商人が。

書面を見る。

「はい」

ローランドが答える。

「必要なのは」

「人」

「道具」

「種子」

「ガラス」

「金属」

「薬」

「そして」

少し間を置く。

「現地で仕事を覚える意思のある者だ」

商人の1人が。

目を細める。

「鉱物の買い付けは?」

「許可しない」

「採掘権は?」

「交渉させない」

「土地は?」

「買わせない」

室内が。

僅かにざわめく。

「では」

別の商人が尋ねる。

「我々に何の利益が?」

ローランドは。

その質問を待っていた。

「今は」

答える。

「保証できる利益はない」

商人たちの目が変わる。

「ただし」

「娘が」

「本当にアスタリアへ産業を作れるのなら」

「最初に技術と信用を持ち込んだ者は」

「将来」

「最初に話を聞く席には座れるだろう」

老商人が。

静かに笑った。

「十分ですな」

「よろしいのか?」

「我々は」

その男は答える。

「賭場へ金を置くのではありません」

「人へ信用を置くのです」

ローランドの目が。

僅かに細くなる。

「誰へ?」

「シェリィお嬢様へ」

即答だった。

「子供の頃」

「商業ギルドの帳簿を見て」

「数字が1つ合わないと」

「半日かけて探したお嬢様でしょう?」

別の商人が。

笑う。

「あれは11歳でしたか」

「10歳だ」

ローランドが訂正する。

「閣下」

「はい」

「細かいですな」

「娘のことだからな」

今度こそ。

笑いが起きた。

そして。

アスタリアへ向かう。

最初の技術者と商人の選定が始まった。

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・芽風月(めかぜづき)≪第3月≫15日――

アスタリア・簡易温室試験区画

透明な板が。

冬の光を受けていた。

立派な温室。

とは。

到底呼べない。

木組み。

数枚のガラス。

隙間を埋める布。

床には。

小さな土の区画。

そして。

旧集会所と同じ原理で作られた。

簡易の温水管。

シェリィは。

温度計を見る。

「外気温より」

「かなり高いです」

農民が。

恐る恐る土へ触れる。

「……凍ってない」

それだけで。

声が震えた。

冬。

土が。

凍っていない。

アスタリアでは。

それ自体が。

異常だった。

「まだ種は植えません」

シェリィが言う。

農民が振り返る。

「えっ?」

「まず」

「昼と夜の温度変化を測ります」

「湿度」

「土の温度」

「必要な水量」

「魔導原石の消費」

「全部確認してからです」

農民が。

苦笑する。

「また慎重ですな」

「失敗したくないのではありません」

シェリィは。

温室の中を見回す。

「失敗するなら」

「理由が分かる形で失敗したいのです」

その言葉に。

農民が頷く。

「分かりました」

「じゃあ」

「明日も測ります」

「お願いします」

その時。

シェリィの胸の奥で。

ほんの僅かに。

温かな感覚が生まれた。

以前より。

少しだけ。

分かるようになっている。

力を。

無理に引き出そうとはしない。

ただ。

そこにある。

そう認識する。

右手の指先。

淡い光が。

一瞬だけ。

現れた。

「……」

すぐに消える。

近くにいたレオンハルトだけが。

気づいた。

「またか」

「ええ」

シェリィは。

自分の指を見る。

「昨日より」

「少し楽に感じます」

「怖くないのか?」

少し。

考える。

「怖いですわ」

正直に答えた。

「自分の中に」

「自分でも知らないほど大きなものがある可能性は」

「怖くないと言えば嘘になります」

レオンハルトは黙る。

「ですが」

シェリィは。

温室の土を見る。

「使い方を」

「間違えなければよろしいのでしょう?」

「誰がそれを教える?」

「分かりません」

「なら?」

シェリィは。

少し笑った。

「分かりません」

そして。

あの日と同じ言葉を言う。

「だから調べるのです」

レオンハルトも。

笑った。

「それが君の答えか」

「今のところは」

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・芽風月(めかぜづき)≪第3月≫17日――

アスタリア南部街道

遠く。

雪の向こうから。

馬車の列が現れた。

1台。

2台。

3台。

それだけではない。

荷馬車。

工具。

木材。

金属。

ガラス。

種子。

食料。

薬。

そして。

人。

シェリィは。

領主館前から。

その列を見ていた。

先頭の馬車が止まる。

男が降りてくる。

ヴァルモント公爵家から派遣された使者だった。

「シェリィお嬢様」

深く。

頭を下げる。

「ヴァルモント公爵閣下より」

「ご依頼の人員および物資を」

「お届けに上がりました」

シェリィは。

列を見る。

多い。

だが。

多すぎない。

自分が求めた範囲を。

ほとんど正確に守っている。

(……お父様)

思わず。

口元が緩む。

使者が。

もう1通。

封書を差し出した。

「公爵閣下と」

「公爵夫人より」

シェリィは受け取る。

その場で。

封を切った。

父の字。

短い。

――必要なものは送る。

――足りなければ言え。

――ただし、無理をするな。

それだけ。

その下に。

母の文字。

――手袋を使っていると聞いて安心しました。

――食事を抜いて仕事をしてはいけません。

――眠ること。

――そして。

――私たちも、あなたに会いたいと思わない日はありません。

シェリィの視界が。

ほんの少し。

滲んだ。

慌てて。

手紙を下ろす。

「お嬢様?」

「雪が」

「目に入りました」

侍女が。

空を見る。

雪は。

降っていない。

だが。

何も言わなかった。

レオンハルトも。

何も言わない。

ただ。

少し離れたところで。

笑っている。

「……何ですの?」

「いや」

「雪とは」

「便利なものだと思ってな」

「大公殿下」

「何だ?」

「しばらく、お話ししたくございません」

「それは困る」

「困ってくださいませ」

◇

その日の午後。

アスタリアの中央集落に。

新しい音が増えた。

金属を叩く音。

木を切る音。

荷車の音。

職人同士が。

図面を広げて話し合う声。

現地の若者が。

外から来た技師へ質問する声。

農民が。

届いた種子を確認する声。

商人が。

倉庫の在庫を数える声。

まだ。

市場ができたわけではない。

大きな工場もない。

大量の商品もない。

だが。

仕事が。

生まれ始めていた。

そして。

その仕事へ。

人が集まり始めていた。

シェリィは。

領主館の窓から。

町を見ている。

レオンハルトが。

隣へ立つ。

「暖かくなったな」

シェリィが。

窓の外を見る。

雪は。

まだ深い。

風も。

冷たい。

気温そのものは。

ほとんど変わっていない。

「そうでしょうか?」

「ああ」

レオンハルトが答える。

「気温の話ではない」

鍛冶工房。

昨日まで。

仕事があるか不安だと言っていた職人が。

新しく来た技師と。

何かを言い合いながら。

笑っている。

温室予定地では。

農民たちが。

土を運んでいる。

集会所では。

暖房板の前に。

人が集まっている。

「なるほど」

シェリィは。

静かに微笑んだ。

熱には。

2種類あるのかもしれない。

身体を暖める熱。

そして。

明日を期待できる時に。

人の中へ生まれる熱。

魔導原石が。

前者を作れるとして。

後者を作るのは。

石ではない。

仕事。

信用。

人。

約束。

そして。

誰かが。

自分たちの土地を。

まだ諦めていないという事実。

「大公殿下」

「何だ?」

「少しだけ」

「アスタリアが」

窓へ。

そっと手を置く。

「暖かくなった気がいたしますわ」

レオンハルトは。

頷いた。

「私もそう思う」

極寒の土地。

捨てられた土地。

何もない土地。

そう呼ばれてきたアスタリアへ。

初めて。

外から。

「仕事をするために」

人が来た。

それは。

後に巨大な流れとなる。

だが。

この時。

誰も。

そこまで先の未来は知らない。

シェリィでさえ。

まだ。

知らなかった。

ただ。

確かなことが1つある。

熱を作っただけでは。

町は変わらない。

その熱を。

仕事へ。

食料へ。

技術へ。

人へ。

未来へ。

繋いだ時。

初めて。

土地は。

動き始める。

アスタリアは今。

その最初の一歩を。

踏み出したところだった。

【第4話改稿について】

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

第4話では、魔導原石の「熱」が少しずつ仕事・技術・人材へ繋がり始めました。

シェリィが目指しているのは、鉱石を掘って売るだけの土地ではありません。

採掘する人。

加工する人。

運ぶ人。

修理する人。

農業をする人。

技術を学ぶ人。

そうした仕事がアスタリアの中に残り、住民自身が未来を作れる土地にすること。

そのための準備が、ようやく始まりました。

そして、遠く離れていても変わらない家族の温かさも、今回のもう1つの「熱」です。

シェリィ自身の魔力も、まだごく僅かですが、少しずつ彼女の意思へ応えるようになっています。

ただし、何のために封じられ、どこまでの力が眠っているのか――シェリィ自身はまだ知りません。

アスタリアに人・技術・物資が集まり始めたことで、次はいよいよ「作る」だけではなく、どう資金を回し、どう継続する事業へ変えるのかという問題が待っています。

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