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アスタリア大商会起業編 ~無知な母国を置き去りに、極寒の死地を熱で満たします~  作者: IORI


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第3話:極寒の地に灯る、最初の熱

第3話:極寒の地に灯る、最初の熱

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・芽風月(めかぜづき)≪第3月≫10日――

アスタリア・領主館

目を覚ましたシェリィが最初に見たのは、自分の右手だった。

白い指先。

昨日、確かにそこから淡い黄金色の光が流れた。

魔導原石(まどうげんせき)へ触れ、熱を生み出した自分自身の魔力。

「……夢では、ありませんでしたわね」

ベッドの上で右手を開き、ゆっくり閉じる。

幼い頃から魔法理論を学んできた。

魔力とは何か。

体内をどう循環させるのか。

属性へどう変換するのか。

術式へどう流すのか。

知識ならば知っている。

教師から問われれば、理論だけであれば上級課程の問題にも答えられた。

だが、実際に自分の中を魔力が流れた感覚だけは、昨日まで知らなかった。

シェリィは目を閉じる。

昨日を思い出す。

寒さに震えていた少女。

自分の外套を娘へ掛けた母親。

そして。

――暖めたい。

そう願った瞬間。

深い場所から、何かが応えた。

「……もう一度」

誰にも聞かせない小さな声。

呼吸を整える。

教わった通りに意識を集中し、自分の内側へ注意を向ける。

そこに何かがあることは、もう分かる。

巨大で。

深く。

普段は触れることのできない何か。

けれど昨日は。

ほんの一瞬だけ。

そこから力が流れてきた。

(焦らずに)

シェリィは右手へ意識を集めた。

(ほんの少しだけ)

数秒。

何も起こらない。

さらに数秒。

「……」

やはり何もない。

「そう簡単には参りませんわね」

少しだけ残念に思った、その時だった。

指先が。

ほんのり。

温かくなった。

「――!」

シェリィは目を開けた。

光はない。

だが。

確かに。

指先へ何かが集まっている。

昨日ほど強くはない。

それでも。

今度は誰かに促されたわけでもない。

自分の意思で。

ほんの僅かだけ。

力を動かせた。

驚きより先に。

シェリィは枕元の呼び鈴へ手を伸ばした。

「誰か」

扉の外に控えていた侍女が入ってくる。

「お呼びでしょうか、お嬢様」

「記録用紙をお願いいたします」

「……今ですか?」

「今です」

侍女は一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑った。

「承知いたしました」

◇

同日朝。

領主館の食堂へ現れたシェリィを見て、レオンハルト大公は開口一番に言った。

「眠れなかった顔だな」

「失礼ですわね。きちんと眠りました」

「では、朝から何をしていた?」

シェリィは席へ着き、侍女から紅茶を受け取った。

「魔力操作の再現試験です」

レオンハルトの手が止まった。

「……1人で?」

「大量の魔力を扱ったわけではございません」

「そういう問題ではない」

「では、どういう問題でしょう?」

「昨日初めて自分の意思で魔力を扱った人間が、翌朝には1人で再現実験をしていることだ」

シェリィは少し考えた。

「気になりましたので」

「分かっている」

レオンハルトは額を押さえた。

「君はそういう女だった」

「褒め言葉として頂戴いたします」

「褒めてはいない」

それでもレオンハルトの表情には、呆れだけではなく安堵もあった。

「それで?」

「ごく僅かですが、指先まで魔力らしきものを流すことができました」

「昨日のように光ったのか?」

「いいえ。温かさを感じただけです」

「ならば、まだ使えるとは言えないな」

「同感です」

シェリィは紅茶を一口飲む。

「ですので、私自身の魔力についても研究対象に加えます」

「やはりそうなるか」

「ただし」

カップを置く。

「魔導原石の開発とは分けます」

レオンハルトが目を細める。

「なぜだ?」

「私の魔力と魔導原石の価値を混同したくないからです」

昨日、シェリィ自身の魔力で鉱石を発熱させた。

だがその後。

試験用魔導具でも熱を生み出せることが確認された。

それが重要だった。

「仮に私の魔力が特殊であったとしても、それを前提とした設備は作りません」

「君という個人に依存するから?」

「ええ」

シェリィは微笑んだ。

「私は便利な燃料になるつもりはございませんもの」

レオンハルトが吹き出した。

「そこだけ聞けば随分俗っぽい理由だな」

「重要ですわ」

自分がいなければ動かない設備。

自分が倒れれば止まる都市。

自分が死ねば終わる産業。

そんなものは。

国でも。

事業でも。

社会基盤でもない。

「人ではなく、仕組みに働いてもらいます」

それが。

シェリィの考える統治だった。

◇

3時間後――

アスタリア中央集落・旧集会所

「まず、ここです」

シェリィが選んだ建物を見て、レオンハルトが眉を上げた。

豪華な領主館でも。

新しい研究施設でもない。

古びた石造りの集会所だった。

その一角は簡易診療所として使われており、冬には体調を崩した住民が集められる。

「最初の設備をここへ?」

「ええ」

「研究所ではなく?」

「研究所の技師は防寒具を持っています」

シェリィは建物の中を見る。

奥では、咳をする老人。

赤子を抱く母親。

足を痛めた鉱夫。

寒さで体力を落とした子供。

「こちらの方々の方が、熱を必要としております」

レオンハルトは何も言わなかった。

シェリィは現地の職人たちと建物を見て回る。

前世の知識にある地域暖房。

だが。

そのままこの世界へ持ち込めるわけではない。

高性能なポンプも。

現代の断熱材も。

精密な制御装置もない。

だから。

今ある技術で作る。

魔導原石を加熱源として。

水を温める。

既存の循環用魔導ポンプを使い。

金属管を通して建物の中へ運ぶ。

最初から町全体を暖めようとはしない。

まず。

1棟。

安全性を確認する。

問題があれば止める。

使えるなら次へ広げる。

「配管を壁の中へ埋めません」

シェリィが言った。

職人が尋ねる。

「見栄えが悪くなりますが」

「構いません。最初は全て見える状態にしてください」

「なぜです?」

「漏れた時にすぐ分かるからです」

なるほど、と職人が頷く。

「さらに」

シェリィは床へしゃがみ、図面を広げた。

「区画ごとに止められるようにします」

「1本の管では駄目ですか?」

「1か所壊れた時、全部止まります」

主配管。

分岐。

遮断。

点検口。

前世では当たり前に存在した発想。

けれど。

この世界の職人にとっては新しい。

「壊れないものを作るのではありません」

シェリィは言った。

「壊れても、全部は止まらないものを作ります」

その場にいた職人たちが顔を見合わせた。

「……お嬢様」

年嵩の職人が口を開く。

「それなら、ここの継ぎ手も二重にした方がいいですな」

シェリィの目が輝く。

「理由を聞いても?」

「凍った時に金属が縮むんです。王都の管と同じ作りじゃ、こっちじゃ割れます」

シェリィは即座に記録した。

「採用します」

「え?」

「私はアスタリアの冬について、皆さんほど詳しくありません」

シェリィは当然のように言った。

「現地を知る方の意見を無視して作る方が危険ですもの」

職人が。

しばらくシェリィを見ていた。

公爵令嬢。

王都から来た貴族。

命令する人間。

そう思っていたのだろう。

だが。

目の前の18歳の少女は。

自分の知らないことを。

知らないと認めた。

「……分かりました」

職人が笑う。

「なら、こっちも本気でやらせてもらいます」

「お願いいたします」

その日。

アスタリアで初めての小規模熱供給設備の建設が始まった。

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・芽風月(めかぜづき)≪第3月≫10日――

同日夕刻・セレスティア王宮

大后アストリッドは。

突然。

窓の外へ顔を向けた。

「……」

傍らにいた侍女が首を傾げる。

「大后陛下?」

アストリッドは答えない。

遥か北。

王都から何日も離れた場所。

そこに。

昔から。

自分だけには分かるものがある。

シェリィ。

生まれた日。

小さな身体に宿った巨大な魔力を封じた。

その後。

シェリィがどこにいても。

アストリッドは、その存在を感じ取ることができた。

それは。

18年前。

赤子の命を守るために魔力へ深く触れた結果でもあった。

昨日。

その感覚が。

僅かに変化した。

そして今。

もう一度。

小さく。

本当に小さく。

封じた魔力が。

シェリィ自身の意思へ応えた。

アストリッドの口元が。

ゆっくりと緩む。

「……そう」

「大后陛下?」

「何でもありません」

そう答えながら。

目元には。

嬉しさが滲んでいた。

その日の夜。

アストリッドは。

アーサー国王。

エレノア王妃。

ローランド。

マーガレット。

4人だけを呼んだ。

◇

2時間後――

セレスティア王宮・星詠みの間(ほしよみのま)

18年前。

5人が。

シェリィを守るために集まった部屋。

今。

同じ5人が。

再びそこにいた。

「シェリィが?」

マーガレットが立ち上がる。

アストリッドが頷いた。

「ええ」

「ほんの僅かですが」

「自分の意思で魔力へ触れ始めています」

ローランドの表情が強張る。

「危険は?」

「今のところ感じません」

「封印は?」

「健在です」

その言葉で。

4人が少しだけ安堵する。

エレノア王妃が胸へ手を当てた。

「では……成長したから?」

「それもあるでしょう」

アストリッドは静かに答えた。

「ですが」

少し。

笑う。

「面白いことがあります」

アーサー国王が尋ねる。

「何だ?」

「最初に大きく反応した時」

アストリッドは目を閉じる。

遠くにいる少女の魔力を思い返す。

「怒りではありませんでした」

誰も。

口を挟まない。

「恐怖でも」

「自分のためでもない」

「とても温かな感情でした」

マーガレットが。

気づいたように呟く。

「……誰かを守ろうとした?」

アストリッドは。

ゆっくり頷いた。

「恐らく」

静寂。

ローランドが。

小さく息を吐く。

「……あの子らしい」

「ええ」

マーガレットも。

少しだけ泣きそうな顔で笑った。

18年前。

5人は。

シェリィの力を封じた。

それは。

少女から未来を奪うためではない。

いつか。

自分自身で。

何のために力を使うのか。

選べる日が来るまで。

守るためだった。

その日が。

少しずつ。

近づいている。

「このことは」

アストリッドが4人を見る。

「まだシェリィへ知らせません」

ローランドが眉を寄せる。

「なぜです?」

「自分で見つけるべきだからです」

「封印の意味も?」

「今はまだ」

アストリッドは答える。

「力を使えた」

「それだけで十分です」

エレノア王妃が。

静かに微笑んだ。

「いつか」

「自分から聞きに来ますね」

「ええ」

アストリッドは。

18年前と同じ場所で。

優しく笑った。

「その時に」

「5人で話しましょう」

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・芽風月(めかぜづき)≪第3月≫11日――

アスタリア・旧集会所

翌日。

試験設備は。

まだ完成していなかった。

「……駄目です」

シェリィが言った。

配管の1か所。

接合部から。

水が漏れている。

職人が悔しそうに顔をしかめる。

「申し訳ありません」

「謝罪は後です」

シェリィは即座に答えた。

「止水」

「魔導原石への魔力供給停止」

「管内の温水を排出」

「原因確認」

指示を受け。

作業員たちが動く。

数分後。

設備は安全に停止された。

レオンハルトが。

少し離れたところから見ている。

「初日から故障か」

「良いことです」

「……良い?」

「住民へ本格導入する前に壊れてくれました」

シェリィは漏水箇所を見る。

「ここで原因を見つければ、次から防げます」

昨日。

現地の職人が指摘した。

寒冷地では金属が縮む。

それを考慮して。

接続部分を改良したつもりだった。

しかし。

まだ不足していた。

「記録を」

シェリィが言う。

「室外気温」

「水温」

「運転時間」

「漏水箇所」

「使った金属」

「接合方法」

職人が苦い顔で笑う。

「失敗まで全部、ですか」

「もちろん」

シェリィも笑った。

「昨日申し上げたでしょう?」

「失敗した理由が分かれば」

「失敗は資料になります」

「分からなければ」

「ただの失敗です」

職人は。

その言葉を。

しばらく考えていた。

やがて。

「なら」

漏れた接合部を指す。

「もう1度やらせてください」

「当然です」

「今度は外側に伸縮を逃がす部分を作ります」

「お願いします」

「あと、管を少し浮かせたい」

「理由は?」

「床へ直接固定すると、建物そのものの冷えに引っ張られる」

シェリィは。

すぐに図面へ書き込む。

「採用します」

そうして。

失敗を1つずつ。

仕組みへ変えていった。

◇

5時間後――

2回目の試験。

魔力供給。

魔導原石が。

ゆっくりと熱を持つ。

水温上昇。

循環開始。

第1区画。

異常なし。

第2区画。

異常なし。

問題が起きた接合部分。

漏水なし。

「……通りました!」

職人の声。

だが。

シェリィは。

まだ喜ばない。

「30分継続」

「はい!」

30分。

異常なし。

「さらに30分」

「お嬢様」

職人が笑う。

「今日は慎重ですな」

「今日も、ですわ」

1時間。

異常なし。

ようやく。

シェリィは小さく頷いた。

「住民区画への熱供給を開始してください」

弁が開かれる。

温水が。

管を通って流れていく。

最初の暖房板。

次。

さらに次。

冷え切っていた集会所の空気が。

ほんの少しずつ。

変わっていく。

壁際に座っていた老人が。

顔を上げた。

「……暖かい?」

隣にいた女性も。

手を伸ばす。

「本当だ」

昨日。

シェリィが見た少女もいた。

母親と一緒に。

暖房板へ駆け寄る。

「お母さん!」

小さな手を。

近づける。

「昨日より、あったかい!」

その声が。

シェリィへ届いた。

胸の奥。

――どくん。

「……っ」

右手が。

ほんの僅かに熱を持った。

シェリィは。

驚いて手を見る。

昨日ほどではない。

光もない。

だが。

確かに。

自分の内側にある何かが。

また。

応えた。

シェリィは。

ゆっくり右手を握る。

(やはり)

偶然ではない。

少しずつ。

何かが。

変わっている。

怖くないと言えば嘘になる。

自分自身の中に。

どれほどの力があるのか。

分からない。

なぜ今。

使えるようになり始めたのかも。

分からない。

それでも。

目の前では。

少女が笑っている。

なら。

今は。

それでいい。

「シェリィ様!」

声をかけられ。

シェリィが顔を上げる。

年老いた女性が。

両手を握っていた。

「ありがとうございます」

「まだ試験設備です」

シェリィは優しく答える。

「明日、問題が見つかれば止める可能性もございます」

「それでも」

女性は。

暖房板を見る。

「この土地で」

声が震える。

「冬にこんな温かいものがあるなんて」

「私は……初めてで」

泣いていた。

シェリィは。

何も言えなくなった。

世界を変える。

エネルギー市場を動かす。

産業を作る。

それは。

まだ遠い未来。

けれど。

今。

1人の人間が。

暖かいと言っている。

それだけで。

十分だった。

◇

星環暦(せいかんれき)1284年・芽風月(めかぜづき)≪第3月≫12日――

アスタリア・領主館会議室

翌朝。

シェリィは。

大きなアスタリアの地図を壁へ貼った。

レオンハルト。

技師。

職人。

村の代表。

食料担当。

医療担当。

輸送担当。

全員が集まっている。

「今日から」

シェリィが言った。

「魔導原石の研究と並行して、アスタリア全体の生活基盤調査を始めます」

誰かが尋ねる。

「鉱山開発ではないのですか?」

「鉱山だけ掘っても、人は豊かになりません」

地図を指す。

「鉱山から石を運ぶ道」

「加工する場所」

「働く人の住居」

「食料」

「水」

「医療」

「修理工房」

「そして」

集会所のある場所へ。

指を置く。

「熱」

「全て必要です」

魔導原石。

それが本当に資源になるとしても。

石を掘るだけなら。

一時的に儲かるかもしれない。

だが。

富が外へ流れるだけなら。

アスタリアは。

永遠に「資源を掘るだけの貧しい土地」のまま。

それでは意味がない。

「この土地で」

シェリィは。

全員を見る。

「掘る」

「加工する」

「使う」

「運ぶ」

「売る」

「修理する」

「研究する」

その仕事を。

できるだけ。

アスタリアの中へ残す。

「外から技術は借ります」

レオンハルトを見る。

「資金も」

「人材も」

「ですが」

「最後には」

「ここに住む方々自身が」

「自分たちの産業として扱える状態を目指します」

村の代表者が。

恐る恐る尋ねた。

「我々が……ですか?」

「ええ」

「ですが、私どもには学が」

「ならば」

シェリィが答える。

「学べる場所を作ればよろしいのです」

「技術がありません」

「教わればいいのです」

「金が」

「そこは私が考えます」

レオンハルトが横から口を挟んだ。

「最後だけ随分頼もしいな」

「あら」

シェリィは微笑む。

「それが私の仕事ですもの」

笑いが起きた。

この土地へ来て。

初めて。

会議の中に。

自然な笑い声が生まれた。

シェリィは。

その声を聞きながら。

地図へ最初の印をつける。

旧集会所。

試験暖房設備。

次。

診療所。

その次。

共同炊事場。

さらに。

子供たちが集まる学びの場。

最初から。

都市を作ろうとはしない。

1棟ずつ。

1本ずつ。

1人ずつ。

「まず」

シェリィは言った。

「この冬を」

地図を見る。

「少しだけ」

顔を上げる。

「去年より楽にいたしましょう」

壮大な演説ではない。

だが。

その場にいた誰もが。

静かに頷いた。

◇

会議が終わった後。

レオンハルトだけが残った。

「世界のエネルギーを変えると言い出すかと思った」

「申し上げませんわ」

シェリィは書類を整理しながら答える。

「なぜ?」

「まだ集会所を1棟暖めただけですもの」

「だが」

レオンハルトは窓の外を見る。

住民たちが。

昨日の設備について話している。

職人たちは。

新しい配管を作っている。

技師は。

採取した魔導原石を運び込んでいる。

昨日まで。

ただ寒さに耐えるだけだった土地で。

人が。

動き始めている。

「既に変わり始めている」

シェリィも。

窓の外を見る。

「変わったのでしょうか」

「少なくとも」

レオンハルトは答えた。

「昨日までのアスタリアには、明日何を作るか話す人間はいなかった」

シェリィが。

少しだけ驚いた顔をする。

そして。

笑った。

「でしたら」

机の上に。

新しい紙を置く。

「明後日の話も、始めましょうか」

「休む気はないのか?」

「ございますわ」

「いつ?」

「そのうち」

「一番信用できない回答だな」

2人の間に。

小さな笑いが生まれる。

窓の向こう。

白い雪原から。

細い煙が上がっている。

ただの薪の煙ではない。

試験設備の熱で温められた建物から。

湯気が。

冬の空へ昇っていた。

それは。

町を変えるには。

あまりにも小さな熱だった。

世界を動かすには。

なおさら。

けれど。

18年間。

魔法なしと呼ばれた少女が。

初めて自分の力を使った場所。

何もないと捨てられた土地が。

初めて。

自分たちの明日のために動き始めた場所。

その日。

アスタリアに灯ったものは。

単なる熱ではなかった。

「ここは変えられる」

そう信じる人間の心に。

初めて。

火が灯ったのだった。

【第3話改稿について】

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

第3話では、魔導原石(まどうげんせき)そのものよりも、それをどう人の生活へ届けるかを描きました。

そしてシェリィの魔力にも、もう一度小さな変化が起きています。

まだ完全に使えるわけではありません。封印も残ったままです。

それでも、誰かを暖めたい、守りたいという思いに応えるように、18年間眠っていた力が少しずつシェリィ自身へ戻り始めました。

一方で、シェリィはその力に依存することを選びません。

自分がいなくても動く設備を作る。

失敗を記録する。

現地の職人から学ぶ。

そして、大きな夢を語る前に、まず1棟の建物を暖める。

アスタリアの変革は、まだ本当に小さな一歩です。

ですが、その小さな熱から、人々の意識も少しずつ変わり始めました。

次は、この「生活のための熱」が、いよいよ仕事・生産・人材へ繋がっていく段階へ進んでいきます。

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