加護?
「ちょっ……、その噂、何ですか!?」
一瞬、ピシッと固まっていた菜穂であったが、直ぐに復活してリゲルに詰め寄り、思いっきり首をブンブンと振って否定する。
「人の骨や内臓が主食なんて、ある訳ないでしょうが! 誰がそんな嘘を!」
『だよなぁー、普通、人間の骨や内臓なんて食わないよなぁー』
菜穂の返事に納得したように、うんうんとリゲルは頷いておかしそうに笑う。
だが、菜穂にとっては笑いごとではない。知らない内に、自分が人骨や内臓を食べると思われていたなんて、ショック過ぎる。
「あっ!?」
菜穂はハッとここである事に気づいた。
(そういえば、初めて料理長に会った時、酷く怯えていたような……? 何か土下座してまで謝っていたのって、ま・さ・か……)
菜穂の口元が引き攣った。
(もしかして、料理長、私に骨や内臓を食べられるとでも、思って……なんて……。そんなふうに、思われていたなんて、嫌すぎるー!)
菜穂の顔色は赤くなったり青くなったりして、ぷるぷると震えるとガックリと項垂れる。
(もう、いつから、そんなバカげた噂が立ったのよー!)
リゲルがおかしそうに菜穂の百面相をニヤニヤと眺めていると、菜穂は項垂れていた顔を上げ、ヘレネとクリュタイメストラを不安そうに見つめた。
「あの……ヘレさんとクリュさんも、私が人骨や内臓を食べると思っていました……?」
菜穂の問いかけにヘレネとクリュタイメストラは、顔を見合わせてから菜穂を見つめ、くすっと微笑む。
「いいえ、思っていませんよ」
「ナーオ様、骨も、内臓も、食べないアルね! 私、知ってるにゃん」
「うぅー、分かって貰えて良かったですー」
菜穂は、ヘレネとクリュタイメストラだけでも誤解しておらず、分かってくれている事にホッとして嬉しく思った。
「でも、料理長は、誤解していましたよね?」
「料理長には、よーく話しておきますから、大丈夫ですわ」
「料理長、ちょっと頭のネジ、ゆるいアル。後で、しめるから大丈夫にゃん!」
ヘレネとクリュタイメストラは、ニコニコと笑顔のまま、何でもないかのようにさらっと酷いことを口にした。二人の笑みを見て、菜穂はちょっとだけ料理長に同情するのであった。
『それにしても、何で人骨や内臓を食べるなんて、噂が立ったんだろうな?』
リゲルは、菜穂を不思議そうに見つめる。リゲルの問いに、菜穂は異世界での初めての食事のメニューを思い出して、「あっ!」と声を上げた。
「そういえば、初めて食事を出された時、骨の料理ばかりだった。その時の誤解がまだ続いているの!?」
菜穂は、こちらの異世界に来てからの事を、よく考えて思い出そうとした。
(あー、そういえば、初めて王様に会った時、意識が朦朧としていて、美味しそうな骨と言ったと、言われたよね……。そこから始まったのね。だから、骨料理が出て……あ、でも、誤解はその時、といたはずなのに、何で……?)
菜穂は、あの食事の時、何を話したのか一生懸命自分の記憶をたどっていこうとする。
「あ、焼き肉の話をしたわ! ホルモンとか、舌とか心臓とか、食べる話を……あぁーっ!? そこだー!」
『スゲー、ナーオは、心臓や舌を食べるのか。そりゃあ、恐がられるぞ』
「だから、それは違うんです! 私の世界では牛や豚の肉を焼いて食べる習慣があって、特に牛の舌とか人気があるのです。これは牛の話なのです!」
『なんだ、牛の話か。それを、人肉や内臓まで食べると思われたってことか』
リゲルと話しているうちに、菜穂は、結局は噂の元は自分からだったのかと、がっくりと項垂れた。
(もう、私のバカバカ! 自分から骨や内臓を食べる話を出していたんじゃないのー。あの時、牛肉じゃなくて人肉と思われたんだわ。うぅー、人食い神子だなんて、きっと恐れられているに違いない。嫌過ぎるー!)
ショックを受けたようにガクッと項垂れたままの菜穂の顔の前で、手のひらをヒラヒラと振るリゲルは、おかしそうに笑っていた。
『ナーオ、お前って本当に面白いな。そんな噂、その内消えるから気にすんなよ。俺は人骨、人肉、内臓を食べる神子って、面白いと思ってたんだぞ。だから、会うの楽しみにしていた』
「人骨、人肉、内臓を食べるって噂がある神子に会いたいなんて、リゲルさんって変わっていますね?」
一応、慰めてくれているのだろうリゲルの言葉に、菜穂は顔を上げて、くすっと笑みを浮かべた。
『そうさ、俺は変り者ー。マークに俺の一生をかけてんだからな。 ほらっ、マーク見て元気出せって!』
「はい、ありがとうございます」
菜穂は、よちよち歩きのマークやまん丸転がるマークたちに視線を向け、頬を緩ませる。
「本当にマーク見てると元気でますね」
『だろ? マークは最高なのさ! あ、そういえば、ナーオはここに蜜蜜貰いに来たのか?』
菜穂と一緒にニマニマとマークを眺めていたリゲルは、ふと思い出したようにきいてきた。菜穂も、リゲルの問いに「あっ!」と声を上げ、本来の目的を思い出して頷いた。
「そうそう、蜜蜜を貰いに来たのです。でも、マークの可愛さに夢中になってしまって……」
『だよな、マークの可愛さにはやられるよなぁー。っと、じゃあ、蜜蜜持ってけよ!』
「いいのですか?」
『勿論、良いに決まってるだろ。マーク好き好き仲間だ。いくらでも持ってっていいぞー』
「わー、ありがとうございます! 美味しい餡子が作れたら、持ってきますね」
『あんこ?』
「私の世界の食べ物で、甘い物です。餡子があると和菓子という甘い物が作れるのですよ」
『へぇー、俺、甘いもん好きだぞ。それは、楽しみだ』
「はい、楽しみにしていて下さいねー」
これで美味しい餡子が作れると、嬉しくて菜穂が自然と笑顔を浮かべていると、リゲルは並んでいる樽の方へ近づいていき、そこにいるマークたちに話しかけていた。マークたちは『クマ―、クマー』と返事をしながらコクコク頷いているように見える。
菜穂が何をしているのか不思議そうに眺めていると、リゲルはブンブンと手を振って笑顔を見せた。
『おーい、この蜜蜜たっぷりの樽、運ぶと重くて大変だから、マークたちに運ばせるなー』
「え? マークが運んでくれるのですか?」
『おう、マークはあんなに小さいのに、力持ちなんだぞー!』
「わー、凄いのですね」
菜穂が可愛らしいマークたちに視線を向けつつ感心していると、よちよち歩きのマークたち数匹(?)がボコっと自分たちよりはるかに大きくて重い樽を持ち上げていた。
力持ちだとは今聞いたが菜穂は驚いて口をポカンと開き、樽を持ち上げて歩きだしたマークたちを何度も瞬きをして信じられないように見つめる。
「本当に凄い! マークって、不思議な可愛い生き物ですね……」
『クーマ、クーマ』と鳴き声をあげながら、よちよち歩きで持ち上げた樽を運んでいくマークたちを菜穂は呆然を見送るのであった。可愛い声だなぁと思いながら……。
『なぁ、樽は一つでいいのか?』
「え? あ、はい、一つで十分ですよ。あ、でも……また、貰いに来ていいですか?」
『おう、いつでも来いよ。お前なら大歓迎だぞ。マークを見に来てもいいしなー』
「わー、ありがとうございます! 絶対絶対、マークにまた会いにきますね」
菜穂は蜜蜜がまた貰えることよりも、マークに会いに来られることの方が嬉しくてぱぁっと顔を輝かせて笑顔を見せた。そんな菜穂の鼻息荒い意気込みに、リゲルはぷっと噴き出しながら笑うのであった。
『やっぱ、お前面白れぇ奴ー。気に行ったぞ!』
そんな中、菜穂はヘレネとクリュタイメストラに声を掛けられ、樽を運ぶマークを追って戻るのであった。菜穂はリゲルにお礼を言い、手を振りその場を後にした。菜穂の去っていく背を見送りながら、リゲルが何やら小さく呟いていたのを知らぬまま……。
『ナーオに、俺の加護を……』
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