餡子2
菜穂たちが戻っていくと、樽を運んでいたマークたちが見えてきて追いつき、一緒にゆっくりと坂道を下っていったのだが……。菜穂は、またもや、信じられないものを見たとばかりにポカンと口を大きく開くことになる。
「ヘレさん、クリュさん、マークって空を飛ぶのですか?」
「あれは、飛ぶというより、ジャンプですかね?」
「マークは、ジャンプ得意だわん。大きくジャンプしたから、空飛んでるように見えるアルねー」
坂を下っていく途中でマークたちは急に立ち止まった。そして樽を持ち上げたままぴょんと大きく飛び上がったように菜穂の目には見えたのだ。
「あれ、ジャンプだったのですね。大ジャンプが得意なマーク……。しかも、重い樽を持ち上げたままで……」
今、マークたちは菜穂たちより遙か前方の空中を移動している。菜穂はそれを唖然と見つめながら、リゲルがマークに一生をかけていることも理解できるような気がした。
(ますます、謎の生命体マーク。小さくて可愛い過ぎるのに、規格外の動き! いくら見てきても飽きない。あー、抱っこして一緒に寝たいなぁー。もふもふだったし、癒されるだろうなぁ)
マークに埋もれてベッドで寝ている自分を想像して、ぽわーんと思わず頬が緩んでくる。幸せそうな表情をしてうっとりとしていると、ヘレネとクリュタイメストラが菜穂に声をかけてきた。
「ナーオ様、マークたち無事に着地したみたいですよ」
「マーク、一気にジャンプで飛んだにゃあー! もう、厨房の裏についたアル」
「え?」
マークに埋もれる妄想をしていた菜穂がハッと目を開いて先の方を確認すると、厨房の裏に樽があるのが見えた。マークは小さすぎてよく見えないが、菜穂たちのいる場所からジャンプして飛んだのだから、かなり一気に大ジャンプした事が分かる。
「マーク、すご過ぎ!」
菜穂は、蜜蜜入り樽を一気にジャンプで飛んで運んだマークに感心した。そして、今度リゲルに会ったら、マークのジャンプ力について聞いてみようと思った。
そうして、菜穂たちが厨房の裏へ辿りつく頃にはマークは既に戻り出していて、途中で『クーマ、クーマ』と鳴きながらよちよち歩いて上っていくマークとすれ違うことになり、菜穂は、マークたちに「ありがとう」とお礼を言うのであった。
菜穂が、「またね、バイバイ」とマークたちに手を振れば、マークたちもブンブンと手を振り返してくれ、菜穂は嬉しくてじーんと感動しまくり、暫く帰っていくマークたちをうっとりと見送る事となる。
小さなマークたちの姿が見えなくなってしまうと、菜穂は蜜蜜がたっぷり入った樽を見てこれから作る餡子のことを考えて笑みを浮かべるのであった。
(ようし、美味しい最高の餡子作るぞー!)
決意新たに、菜穂が気合を入れていると、背後から何やら声が聞こえてきた。何を言っているのかは分からないが、どうやら料理長の声である。
「ナーオ様、料理長がキズア柔らかく煮込み終わったと言っていますよ」
「料理長、役に立ったにゃ。後は蜜蜜入れるだけにゃあー」
「え?」
菜穂はヘレネとクリュタイメストラの言葉に、目をぱちくり。料理長が一緒に来なかったのは、キズアを柔らかく煮てくれていたからだと知り、直ぐに餡子が作れることに嬉しくなった。
直ぐに料理長がやってきて、蜜蜜の樽を煮込んでいた大鍋の側に運んでくれた。
ここからは、菜穂の餡子作りの仕上げである。キズアが柔らかく煮込まれすり潰されているのを確認すると、そこへ蜜蜜をたっぷりと投入して弱火にかけ、ゆっくりと丁寧に掻き混ぜていく。甘い香りが厨房に漂い始め、菜穂はよく知っている餡子の香りになっていくことに気づき、顔を輝かせた。
(菜穂、ここで焦っちゃ駄目よ。焦がさないように丁寧に掻き混ぜてもう少し煮詰めないと……)
菜穂は大鍋を真剣に見つめながら、丁寧に掻き混ぜていき水分を飛ばしていく。ポコポコッと煮詰まっていく大鍋の中身、小豆色の美味しそうな匂いに鼻がピクピクと反応してしまいそうである。
隣でじっと大鍋の中身を見つめている料理長は何やら感心した様子でカリカリと必死にメモを取っていた。
ヘレネとクリュタイメストラは、瞳を輝かせながら菜穂を応援する。
「ナーオ様、頑張って下さい!」
「ナーオ様、ファイトにゃん! 美味しそうな匂いだにゃあー!」
(あぁ……これよ! この匂い、絶対に餡子だー!)
菜穂は大鍋の火を消し、スプーンでそっと中身を掬う。少し手を震わせながらスプーンをゆっくりと口に運んでいき、ふぅふぅしながらパクリと口に入れた瞬間、目を閉じた。
(餡子、あんこ、アンコだー! 美味し過ぎー!)
口の中に広がる懐かしい和の風味、上品な甘味、いつも口にしていた餡子よりも美味し過ぎて、菜穂はうっとりと瞳を閉じてじーんと感動しまくっていた。と同時に、何やら力が湧いてくるような感覚を身体に感じた。
(あっ、この感じ……王様にキスで力を分けて貰った時に似ている……。てことは、やっぱり女神様の教えてくれた通り、餡子を和菓子を食べると力が戻るってことだ! ようし、これでもう王様に好き勝手にやられないわよー!)
菜穂は意地悪キス魔王の顔を思い浮かべながらにんまりと笑みを浮かべ、「勝った」と思わずガッツポーズをした。
そんな菜穂を、ヘレネとクリュタイメストラと料理長は不思議そうに眺めている。
「あのー、ナーオ様? アンコはどうでしたか?」
「ナーオ様、美味しかったアル? 私も、食べたいにゃあー!」
料理長も遠慮がちに小さな声で、『神子様、もしよろしければ私も今後の参考のために味見を……』と呟くように口にする。
菜穂は、ヘレネとクリュタイメストラの声が耳に入ったらしく、ハッとしたように二人に視線を向け、満面の笑みを浮かべた。
「ヘレさん、クリュさん、出来ましたよ、餡子! もう、バッチリです。私の世界の餡子、是非味見してく下さいね?」
とニコニコ笑顔で告げながら、小皿に味見するための餡を入れていき、ヘレネとクリュタイメストラに渡す。
「成功したのですね、ナーオ様。おめでとうございます! これが、ナーオ様の世界の食べ物……嬉しいです。ありがとうございます」
「ナーオ様、おめでとにゃあー! アンコ、できて嬉しいのじゃあー。すっごく、美味しい匂いだから、絶対にうまいにゃあ。ありがとうアル」
いそいそと嬉しそうに受け取った二人は、小皿に入っている餡子をじっと見つめると、期待している表情で口に入れるのであった。その瞬間、二人は驚いたように大きく目を見開く。
「こ……これが、アンコ……。とっても甘くて、その甘さも優しくて美味しいです」
「うまいにゃあー! アンコ最高アル! キズアから作ったなんて思えないにゃん!」
うっとりとした表情で感想を口にするヘレネと、顔をぱあっと輝かせて美味しそうに頬を押さえるクリュタイメストラ。二人の感想を聞き、菜穂も嬉しそうに微笑んだ。
「でも、ヘレさんクリュさん、これで終わりじゃないのですよ。ここからが本番。この餡子を使った和菓子をこれから作りますね。何にしようかと思ったのですけど、ここは定番のお饅頭にします」
「おまんじゅう、ですか? 楽しみです」
「アンコ、使った料理にゃあー。わくわくするワン!」
菜穂たち三人が楽しそうに話している姿を、側で羨ましそうに指を咥えたような表情でじっと見つめている料理長。料理長の頭の中は、未知なる餡子という食べ物のことでいっぱいになっていた。食べたいのだが、相手は神子様であり怒らせると怖いからという理由(未だに人骨や内臓食べると勘違いしている)で、なかなか『私も食べたいです』と口にできないでいた。
そんな料理長の視線に気づいたのか、菜穂は「あっ!?」と思い出したように口にすると、小皿に餡をのせて料理長に差し出した。
「すみません、料理長。後になってしまって……。料理長も、是非味見して下さいね?」
『み……神子様……これを、私に……? うぅ、嬉しいです』
料理長は、差し出された餡子を見て顔を輝かせ、感動したように打ち震えると、満面の笑みでぱくっと口に入れるのであった。




