餡子1
(まずは、大きな鍋を用意しましょう。
鍋に水とキズア1粒を入れて、キズアが柔らかくなるまで煮込みます。
キズアが十分に柔らかくなったら砂糖を加えて煮詰めます。
ほうら簡単、キズアが甘くなったら出来上がり。
後は軽く潰して、キズアをパンに挟んだり、餠に絡めたりしてお楽しみ下さい)
「チャンチャラチャラチャラチャンチャンチャン……アンコ!」
菜穂は、とある3分料理番組の音楽を口ずさみながら、キズアの餡作りに料理長と一緒に励んでいた。
今は、一粒のキズアを大鍋で煮込んでいて、時々灰汁を取ったりしている。
初め、巨大な小豆もどきであるキズアを煮るほどの大きな鍋があるのか心配した菜穂であったが、大人数の料理を作ったりするから鍋はあるという話を聞き、ホッと安堵した。
だが、実際にキズアを煮込みだして、一つ問題が出てきた。それは、キズアが大きすぎる木の実のため、中まで火が通りにくい事である。
「どうしよう。これじゃあ、柔らかく煮るまで時間がかかり過ぎる」
「ナーオ様、切ればよろしいですわ」
「そうでちゅ、スライスチーズでちゅう!」
ヘレネとクリュタイメストラの意見もあり、料理長と相談してキズアを何等分かに切る事にした菜穂であったが、そこで再び驚かされる事となった。キズアは包丁で切るには硬い木の実であり、切る方法がなんと斧であるというのだ。
菜穂は、料理長が上手に斧でキズアを分割していくさまを感心しながら眺めた。
(まさか、アンコを作るのに、斧を使うなんて思ってもいなかったな。さすが、異世界……食べ物も変わっている……。あれ? そういえば、イエティ……じゃなかった、マーウだっけ? そんな硬いキズアを食べているんだから、やっぱり鋭い歯をしているんだろうな……)
菜穂の想像の中で、すっかり未確認生物イエティと決めつけられたマーウは、外見も凶暴なものになりつつあった。
そうして、火の通りやすいサイズに分けられたキズア。菜穂は、それを再び煮込み出した。小さくなっただけに今度は柔らかくなるのが早い。砂糖を加えて煮詰めていく。
「それにしても、甘い豆料理が存在しないなんて、思いもよりませんでした。豆は、どういう調理をするんですか?」
『豆は塩茹でが一般的です。後は、スープの具材や何かのソースにしたりします。そもそも砂糖で煮るという発想はありませんでした。さすが、神子様。素晴らしいお考えです』
「いえ、私の考えではないですよ。私のいた世界では、甘く煮た豆を食べる習慣があっただけでして……」
『習慣ですか……なるほど……。神子様、甘煮の他にも豆料理はあるのですか?』
「うーん、そうですね……あっ! 納豆があります!」
『ナットー?』
料理長と交代で鍋をかき混ぜながら、ヘレネとクリュタイメストラの通訳で会話をする菜穂。
料理長が相手だけあり、次々と出てくる話題は料理の事ばかりであった。菜穂の世界の豆料理から始まって、やがて異世界の変わった食材の話など、興味惹かれる内容に菜穂は時間を過ぎるのも忘れた。
そうしている内に、鍋の中身はすっかり煮詰まり、甘い餡の香りが辺りに漂ってくる。
菜穂は、夢にまで見た餡の香りにごくんと喉を鳴らした。
「ナーオ様、何やら甘い上品な香りがしますね」
「美味しそうな匂いでちゅう」
『これが、アンコなるものですか。かぐわしい高貴なる香りですね……』
ヘレネ、クリュタイメストラ、料理長の三人がそれぞれの感想を述べている中、菜穂はいそいそとスプーンを手に早速味見をしようとする。
(くぅー、やっとアンコが食べられるー! 至福の時が私を待っている!)
キズアの餡を掬ったスプーンを口元に持ってきた菜穂の手は、感激のあまり震えていた。目を閉じ、待ちに待った餡をゆっくりと口の中へと運んだのだが……。
「…………あれ?」
目をぱちっと開いた菜穂は、怪訝そうに首を傾げた。もう一口スプーンに掬って、餡を口の中へ入れる。
「うー、違う……」
菜穂は、眉間に皺を寄せながら唸り、ポツリと呟いた。
出来上がったキズア餡は、想像からあまりにもかけ離れていた味であったのだ。
期待が大きかっただけに、菜穂はがっくりと肩を落とす。
「「ナーオ様?」」
『神子様?』
頭を垂れてぷるぷると両手を震わす菜穂の様子に、ヘレネたち3人は顔を見合わせ、心配そうに声をかけると、菜穂の悲痛な声が周囲に響いた。
「美味しくない……です……。こんなの、あんこじゃないー!」
鍋の中身を睨んで、失敗したキズア餡を自棄になったようにパクパク食べだす菜穂。
「ナーオ様、落ち着いて下さい」
「ナーオ様、大丈夫にゃあ、きっと作れるにょー」
必死に菜穂を宥め励ますヘレネとクリュタイメストラは、慌てて菜穂のやけ食いを止める。
そんな中、料理長はキズア餡の味見をし、真面目な表情で菜穂に尋ねた。
『神子様、何が違ったのでしょうか? 甘さが足りないのですか?』
「そう、全然甘くないというか……甘味が薄いというか……。全体的に味がない? うーん、とにかく、こんなに煮詰めたというのに、びちょっとした触感で薄すぎるんです」
スプーンを手にしたまま首を捻りつつ答える菜穂の傍らで、料理長はふむふむと何やら考え込みながら頷く。
菜穂は、じーっと鍋の中身を穴のあくほど見つめ、ぶつぶつと呟き出した。
「せっかく上手くいったと思ったのに、何がダメだったんだろう? このままじゃあ、またしてもエロエロキッスの餌食に……ヤバいぞ……」
ふと、瞬時に昨夜のあれやこれやを思い起こし、顔を赤くしたり青くしたりする菜穂。脳裏に鮮明にオリオン王の意地の悪い笑顔が浮かび上がる。菜穂は、ぎゅっと両手を握りしめた。
「フッ、フッ、フ……」
「「ナーオ様?」」
突然、笑い出した菜穂に、きょとんと首を傾げたヘレネとクリュタイメストラ。二人は、菜穂の顔を見てぎょっと目を見開き、一歩後退した。
「ナーオ様、お顔が怖いです……」
「ナーオ様、変顔でちゅ。おもろいにゃあ。にらめっこでちゅか?」
だが、二人の声が耳に入っていない菜穂は、目の前に見えるオリオン王の幻に向かってピシッと人差し指を突きつけていた。
「負けるもんかー! 絶対に、あんたをギャフンと言わせてやる。3回回ってワンと言わせてやる。3回回ってからワンって言うんだからね!」
『わん……』
「へ?」
菜穂は、目の前の幻のオリオン王が犬の様に鳴いたので、びっくりして自分の瞼をごしごしと擦った。すると、オリオン王が見る間に消えてしまい、突きつけていた指の前にいたのは、目をぱちくりさせている料理長であった。
『ぎゃふん』
「え?」
『あの、神子様……これでよろしいのでしょうか?』
「え? へ? は?」
一瞬、訳が分からず、ポカンと口を開いた菜穂の目の前で、料理長は再び、3回グルグルと回ってから『わん』と口にした。
姉妹の翻訳を聞いた料理長は、神子である菜穂がその行動を望んでいると誤解をし、そして、意味が分からないまま、3回回って『わん』と口に出したのである。
『神子様、これは何かのまじないなのでしょうか? 「わん」と「ぎゃふん」……不思議なお言葉ですね』
「きっと、料理が美味くなる術なのですね?」
「わたくし、手伝うでちゅう。ぎゃふん、ぎゃふん、ぎゃふん、わん、わん、わん、にゃ」
「えーっと……」
3人に誤解された菜穂は、引き攣った笑みを浮かべた。頭の中でどうやって誤解を解こうかと慌てて考える。
その傍らで、いつの間にか、「わん」と「ぎゃふん」が3重唱になっていた。もちろん、ヘレネとクリュタイメストラと料理長によるものである。
ブックマークと評価ありがとうございます。
モチベーション上がります。感謝。




