葡萄?
菜穂が、和菓子の瞑想をにんまりとしていると、そこへヘレネとクリュタイメストラ、そして料理長が走り寄ってきた。
「よかった。ナーオ様、ご無事ですね」
「ナーオ様、急にいなくなったら困りますです」
「ごめんさない。ヘレさん、クリュさん」
二人の声に、ハッと我に返った菜穂は、申し訳なさそうに謝った。
でも、口元は嬉しそうにピクピク動いている。
そんな菜穂の表情の変化に気づいた二人は、不思議そうに首を傾げた。
「ナーオ様、何か良い事がありましたか?」
「何だか、とっても嬉しそうにゃ」
「えぇ、探していた豆が見つかったんです! ほらこれです。ちょっと大きさが違うんですけど……」
ニコニコと笑顔で菜穂が、両手で持っている巨大な小豆もどきを見せると、ヘレネとクリュタイメストラばかりでなく、料理長も怪訝そうな表情をした。
みんなが喜んでくれると思っていた菜穂は、きょとんと首を傾げる。
「あーっと、どうかしたんですか?」
「あの、ナーオ様、その手に持っているものが、ナーオ様のお探ししていた『あずき』という豆で間違いないのですか?」
「えぇ、多分間違いないです。豆は全部見せてくれたと言っていたけど、料理長もうっかりと忘れていたみたいですね」
ヘレネの問いかけに菜穂がニコニコと笑顔で返事をかえすと、そこへクリュタイメストラが口を挟んできた。
「ナーオ様、それは豆ではないでちゅう。ずばり、木の実であるにゃあ! だから、料理長はうっかりではないでしょう」
「え? 木の実?」
菜穂は、目をパチパチと瞬きをさせ、手に持つ巨大小豆を確かめるようにじっと見つめた。
(うん、大丈夫。この色味、香り、肌触り、絶対にこれは小豆よ! でも、木の実ってどういう事?)
菜穂の疑問が顔に出たのであろう。顔を見合わせ頷き合った姉妹は、料理長に何やら話しかけてから、一歩前に出て説明をし始めた。
「はい、そのキズア……ナーオ様の言う『あずき』ですが、ここでは、木になるものです。それと、言いにくいことなのですが……」
「?」
珍しく口を閉ざすヘレネの様子に菜穂が首を傾げていると、そこへクリュタイメストラがにっこりと笑顔で姉の言葉の続きを口にした。
「キズアは私たちの食べるもの違うにゃ。人は、キズア食べない。マーウの餌になるあるね」
「えぇーっ!? 人間の食べ物じゃない?」
菜穂は、クリュタイメストラから告げられた事に、驚きの声をあげた。そして、手に持つキズアと言われた巨大小豆を見つめる。
(そんな、せっかく見つけたのに、まさか、食べられないとか言わないよね……。それに、マーウって何?)
脳裏に浮かんでいた様々な甘味が遠のいていく姿が見え、それと否定しようと必死に首をふる。菜穂は、ふと巨大小豆を美味しそうに食べている毛むくじゃらでイエティのようなものを想像した。
(嫌だー! イエティに食べられて私に食べられない事はない! 絶対にアンコを食べてやるー!)
「ヘレさん、クリュさん、このキズアって、人間には食べられないものなんですか? まさか……毒があるとか?」
どこか切羽詰まったように必死に尋ねてくる菜穂に、姉妹は顔を見合わせて軽く首を振った。
「いいえ、毒なんてありません」
「キズア、食べられない事ない。でも、あんまり美味しくないから、誰も食べないでちゅう」
「よかった。食べられるものなんだ……」
二人の返事を聞き、菜穂はホッと安堵してその場にへなへなと座り込んだ。
菜穂にとって、大好物の小豆餡が食べられないということは死活問題で、またエネルギー補給の意味でも重要だったのである。
「「ナーオ様!」」
座り込んだ菜穂を見て、ヘレネとクリュタイメストラは慌てて走り寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「体、調子よくないあるか? 寝ているにゃあ」
心配そうに見つめてくる二人に、菜穂は首を左右に振ってから笑いかけた。
「ヘレさん、クリュさん、私は大丈夫です。このキズアが食べられると聞いてホッとしただけですから……。これで、大好きな餡子のお菓子が作れるかと思うと嬉しくて……。それに、気の補給ができるから、これからはあの変態鬼畜お……じゃなくて、王様に……」
「まぁ、ナーオ様は陛下にもご自分のお好きな『あんこ』というものを食べてほしいのですね」
「陛下のために苦労して『あんこ』を作るのでちゅね。ナーオ様すばらしいにゃあ」
「え? えっ? ちがっ……」
いきなり話を遮られた菜穂は、思いもよらない二人の言葉にぽかんと口を開く。急いで否定しようとするが、いつもと同じように二人の姉妹は瞳をきらきらとさせて自分のたちの世界へ入っていた。
「ナーオ様、恥ずかしがらないでいいのです。私たちは、ナーオ様の味方ですから……」
「応援するでちゅ! 手伝うから、がんばって、陛下にあんこを作るにゃう」
「姉貴!」
「妹!」
「「これもすべて、愛」」
「ですね」
「でちゅね」
手を取り合ってきゃあきゃあ騒いでいる姉妹を、菜穂はため息をつきながら米神を抑えて眺めるのであった。
(うーわー、もう慣れてきたとは言え、相変わらず恥ずかしい事ばかり……。ミュージカルでも始まりそう……)
いつまでもキラキラと輝いて愛の世界の妄想に陥っている姉妹に、菜穂はどうしようかといい加減困っていた。
すると、そこへガラガラと荷台を引いた料理長が、汗をかきかきタイミングよくやってきた。
(あれ? 料理長って、いつの間にいなくなったんだ?)
菜穂は気づいていなかったのだが、ヘレネとクリュタイメストラに頼まれたものを料理長は取りに行っていたのだ。料理長が運んできた荷台の上には、丸くて大きなものが載っていた。
料理長が来た事に気づいた二人は、その荷台を料理長と共に、菜穂の目の前まで運んだ。
「ナーオ様、これが木からとったばかりのキズアです」
「殻をむいて、ナーオ様の持っているものになるにゃ。キズアばかりの森もあるから、たくさんあるでちゅ」
菜穂は、荷台にあるキズアを見て、目を丸くした。
「これが、キズア!? 巨大どんぐりを集めてつくった葡萄みたい……」
菜穂の呟いたように、荷台にあったのは、大きな茶色の木の実がたくさんくっついている見た目が大きなどんぐり葡萄であった。
菜穂は、見たことのない木の実に驚きながら、手にある巨大あずきを荷台に置くと、その木の実に触れた。興味津々、よく観察する。そして、その硬度を確かめるように軽く叩いてから、ビクともしなさそうなので拳骨で強く叩いた。
「イタッ! 本当に硬い……。どんぐりというより、クルミに近いかな? それで、この殻を割るとこっちの巨大小豆になるんだ……」
殻つきの葡萄のようなキズアと巨大あずきを見比べ、納得したように菜穂は頷いた。
(こっちの世界の食物って、いろいろ変わっているかもしれない。面白そう。後で見せてもらおう。でも、今はとにかくアンコ作り!)
菜穂は、再び巨大あずきを手に持ち上げ、それを料理長へ差し出した。
料理長は、困惑した表情でそれを受け取りながら首を傾げる。
「これで、あんこというものを作りたいんです。料理長、どうか手伝って下さい!」
真剣な眼差しで料理長を見つめた菜穂は、がしっと料理長の手を取った。
一方、訳の分からない料理長はおろおろと姉妹に助け求め、何やら説明を受けた。
「ナーオ様、大丈夫ですわ」
「ずばり、『あんこ』作れるですます。料理長、腕いいあるね。どんと任せて下さいでちゅう!」
姉妹の言葉に合わせて大きく何度も頷いた料理長に、菜穂は嬉しそうに微笑むのであった。
(ようし、アンコをゲットして、チューを阻止してやるぞー!)
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